リリー特製たーもーあーみーの講習。
肩の痛みが酷いので注射を打ってもらいました。
コロナ注射のように痛みが継続するのに驚きましたよ。
世の中いろいろな注射があるんだなぁ……。
とりあえず肩の痛みが軽減してくれると嬉しいのですが。
リリーは用意された施設へと向かう。
既に説明を終えたスライムたちに聞けば、施設や設備に問題はないとのこと。
ただし受講しに来る人たちには随分と温度差があると忠告された。
重々承知だ。
リリーが受け持つ講習内容は、主にリリー特製たーもーあーみーの使い方説明となっている。
あちらの世界でのたも網は大きな魚を捕るときに使う場合が多いが、小魚は勿論、虫取り用、料理用などもあった。
こちらではサイズに応じて使い方も固定して教える予定だ。
使い方を熟知してから別の用途に広げていく分には問題ないが、手にした途端全く別の使い方をする輩には注意が必要だろう。
施設内には既に受講する人間が揃っていた。
合計二十人。
男性十人、女性十人。
用途の広さを考えれば無難な人選だ。
しかし、受講者の温度差は忠告の通りだった。
リリーが施設に足を踏み入れ、その姿を認識した途端腰を上げたのは十名。
近付いてきてから腰を上げたのが五名。
目の前に到着しても腰を上げないのが五名。
指示しないと立てないのかしらねー、と思うも、この世界の独自の作法も多いし、その程度のことで目くじらを立てなくてもいい。
ただ、受講前にやる気がない人間を弾くには有用だろう。
「そこの五人はやる気がないみたいなので、さっさと出て行くのねー」
リリーは椅子に座っている女性五人を一人一人指刺して告げた。
三人はおしゃべりに夢中で、二人は化粧直しの手を止めていない。
待ち時間女性あるあるの態度は異世界も共通のようだ。
「えぇー? せっかくきてあげたのに何様?」
「スライムさまーとか言うんじゃないの?」
「え、魔物ってしゃべれたの?」
「少なくともそこのスライムはしゃべるみたいよ、有名じゃない。貴女、知らないの?」
化粧直し女がおしゃべり女を見下しながら鼻を鳴らす。
リリーをマウントの材料にしないでほしいものだ。
「それぐらい、知ってるわよ! しゃべれなきゃ、講師なんてできるわけないじゃない!」
何処までも続きそうなやり取りに辟易したリリーは、触手を伸ばしてさくっと五人の女性を部屋の外へと放り投げる。
「「「「「ぎゃあああ!」」」」」
悲鳴はなかなかに野太く全員揃っているのには笑った。
「さ。邪魔者は排除したのねー。まだやる気のない者はいるのねー?」
やる気を感じられなかった五人の背筋が伸びる。
二十人中十五人にやる気が見られるのならマシな方なのねー、と頷いたリリーは大きなテーブルの一つに乗った。
「今回は五種類のたーもーあーみーの説明をするのねー」
リリーはテーブルの上に五種類のたも網を並べた。
本当はもっと種類があるのだが、今回は五種類だけだすと決めたのだ。
「これが一番本来のたも網に近い大きい魚用たーもーあーみーなのねー」
大きい魚掬い用たーもーあーみー
ダンジョン内で使用したのがこれだ。
取っ手は滑り止めがついた棒状、網の形は逆三角形。
網の目は魚を逃がさない程度に細かく、魚を傷つけないやわらかな糸で編まれている。
一メートル程度の魚ならしっかり網の中に収められるのがポイントだ。
「……手にしてもよろしいでしょうか?」
「構わないのねー」
男性の一人が声をかけてきたので頷きながら返答した。
「失礼します」
男性はきちんと断ってから取っ手をしっかり握った。
「お、思いの外軽いぞ」
「そうなんか? ちょっと俺にも持たせてくれよ!」
男性たちが一気に寄ってきた。
勢いは凄いが順番に、取っ手を持って試しているあたりには好感が持てる。
「……その……同じ物を出していただくわけには参りませんでしようか?」
「同じ物でもいいけれど、女性にはこちらの方が興味ありそうなのねー」
リリーはそう言って二番目に小さい物を取り出す。
麺茹で用たーもーあーみー
その名の通り麺物を茹でるときに使うたも網だ。
アイリーンが愛用しているのはステンレス製のあちらの世界用だが、こちらの世界ではさすがに使えない。
先ほどのたも網とは違い取っ手がシンプルになっており、持ちやすいのが特徴。
さらには軽く、女性が片手で湯切りをするのに違和感がなかった。
ちなみに形は丸形で、麺が入って余裕のある深さもある。
「麺物を茹でるときに使うのねー。湯切りが簡単なのねー」
今度はテーブルの上へ二つ並べた。
女性の目が輝く。
頷き合って二人が手にした。
「あ、これなら一人ずつ茹でられて喧嘩にならない?」
「大鍋で茹でれば……三人前、四人前はいけそうよ!」
「もっと大人数対応なら専用の茹で鍋を作る必要がありそうね」
「便利には違いないわ。フォルス嬢の提供品は何を取ってもすばらしいわね!」
大絶賛である。
今までは一度に人数分を茹でていたのだろうか?
確かに分配が正確ではないと揉めそうだ。
育ち盛りの子供ややる気に満ち溢れた冒険者たちの間で、一度は起きる諍いの気もした。
「お、そっちはなんだ?」
「麺を茹でるときのたも網よ」
「一人ずつ茹でられるのか……喧嘩にならないですむな」
「でしょう?」
やっぱりそこが重要だったらしい。
大きいたも網を見終わった男性がやってきて検証に参加している。
「次は二番目に大きい虫取り用たーもーあーみーなのねー」
二種類のたも網を手に取り、あーじゃない、こーじゃないと意見を交わしていた人々の首が、一斉にぐるんと向いた。
「虫取り用、だと?」
「も、もしかしてインセクトダンジョン内でも有用なのでは?」
「サイズ的に小型なモンスターなら大丈夫だけど、基本的に普通の昆虫用なのねー。子供が楽しんで使えるものなのねー」
食いつきが良かったのはダンジョンで使える物だと判断されたかららしい。
使えはするけれど、そこまで頑丈な作りではない。
数匹の動きを留めておくのが限界だろう。
出していない五種類以外のものであれば対応できるたも網もあるが、出すのであればスルバランやボノと相談が必要だった。
虫取り用たーもーあーみー
この網の特徴は取っ手にある。
形は麺茹で用に似ているが、麺茹で用より二回りほど大きい感じだろうか。
取っ手はなんと伸縮自在だ。
子供が持つときは短め、高いところ遠いところを狙うとき又は大人が持つときは長め、と簡単に調節できる。
くるっと回すだけで調節できる機能は、まだこちらにない気がした。
編み目は細かく、小さい虫も逃さない。
「子供でも使えるって……軽いな!」
「し、伸縮自在って、どうすれば? こうすれば? え、嘘! 凄いわ!」
やはり伸縮自在に食いついた。
くるっくるっと取っ手部分を回しては長さを調節し、そのたびに歓声を上げている。
何とも微笑ましい光景だ。
「あとは小魚掬い用とアク取り用なのねー」
「アク取り用?」
「お肉やお魚を料理するときに使うのねー。アクを取ると料理が一段と美味しくなるのねー」
「アクって?」
そこからなのねー?
思わず心の中で突っ込みを入れるアイリーンの真似をしてしまった。
「材料を煮ているときに浮かんでくる薄紫というか灰色の濁った泡のことなのねー」
「あー、あれか」
「え、よく出るわよね?」
なんと女性にもアク取りの習慣がないようだ。
料理人ならあるのだろうか。
「まぁ、今度作るときに試してみるのねー。アイリーンは必ずやるのねー」
「フォルス嬢がやるんなら……それが間違いなく美味くなる秘訣なんだな」
男性の言葉に全員が等しく頷いている。
アイリーンに対する高評価がすっかり浸透しているようで嬉しい。
小魚掬い用たーもーあーみー
長方形のたも網。
深さもそれなりにある。
小魚を逃がさないように目が細かい。
また、魚を傷つけないように使われている糸は頑丈だがどこまでもやわらかかった。
異世界仕様の糸といったところだろうか。
細かい鑑定はサクラなら可能だが、そこまでは求められていないだろう。
アク取り用たーもーあーみー
今までの網と違いほとんど深さがないのが特徴だ。
浮かんでいるアクを掬い取るだけだから、この形が最適だろう。
アクを洗うための入れ物もついている。
アクを感知すると水が湧いてくる、何ともハイスペックな入れ物の凄まじさを説明すると混乱しそうだ。
今度は使い方を実践してもらおうかと考えて、床に小型の池を出現させる。
全員の悲鳴が上がった。
今までで一番の悲鳴だった。
シーズンが終わる前にふわふわかき氷が食べたいのですが、なかなか機会に恵まれません。
や、一人ふわふわかき氷ツアーを計画してもいいんですけどね。
暑さが厳しいので遠出はなぁと思ってしまう今日この頃。
次回は、 ミートキリトリの養殖講習。(仮)の予定です。
お読みいただきありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。