薬の講習。
健康診断を受けた病院から電話がありました。
せ、精密検査があるので事前連絡を……とのことでしたよ。
初めての連絡だったので、どんな結果が出たのか気になって仕方ないです。
そう、事前連絡だけでまだ診断結果が届いていないのですよ……。
早く入手して精密検査を受けたいです。
何時ものようにペネロペとキノコ小屋に籠もって作業をしていたら、リリーから連絡があった。
規格外能力持ちのスライムは転移も念話も自由自在だ。
同じく規格外の主人にそっくりだとしみじみ思う。
『トリアにお願いがあるのねー』
「ん、珍しいな」
『ドーベラッハで薬の講習をしてほしいのねー』
しばらく前からアイリーンはダンジョンを攻略したいと、インセクトダンジョンがある
ドーベラッハ街へ赴いていた。
スライムたちがちょこちょこ戻ってきては報告をしてくれるので、そこまで時間が経過した感覚はなかったがもう数か月は行きっぱなしだろうか。
「薬の講習かぁ……我は厳しいぞ?」
『むしろ厳しくしてほしいのねー。アイリーンの薬が簡単に手に入ると思われても困るのねー』
「なるほど」
『あと、薬師ギルド? が腐ってるらしくて、アイリーンが怒っているのねー』
「ああ、アイリーンは優しいからなぁ」
人嫌いと広言しつつも、常識的な対応ができる人間に対しては驚くほど寛容だ。
そして人外にはもっと優しい。
細やかな心遣いは、人間不信になっていたトリアやトレントたちを短時間で魅了した。
今ではトレントたちもトリアへの忠誠と同じものをアイリーンに捧げている。
「腐っているなら私も一緒に行くのですよ!」
話を聞いていたペネロペも参加してきた。
基本引き籠もりの彼女だが、村民として認めてくれたアイリーンには深い恩義を感じている。
役に立とうという気持ちを常にトリアへ語っていた。
『死ななければ何をしてもいいのねー。それぐらい腐っているのねー』
「おお! 頑張るのです。いろいろと、持って行くのです!」
トリアは長い年月を生きたエルダートレントなので、空間収納のスキルを持っている。
ペネロペは食材とそれらを加工する機材なら無制限に持てる、条件付きの空間収納スキルを持っていた。
当然の時間停止機能もついているので、希望するものを何でも持ち込める。
たとえ忘れても村に生息しているトレントに頼めば、トリアの空間収納へ入れてもらえるので抜かりはない。
「何時行けばいいの?」
『あちらの準備が調うのは五日後なのねー』
「では少し早めに行った方がいいのか?」
『うーん。ぎりぎりでいいと思うのねー。ホルツリッヒ村にいる方がいろいろと楽なのねー』
アイリーンの能力は空恐ろしいほどなので、ホルツリッヒ村は日々急速な発展を遂げている。
ドーベラッハ街から送られてくる人材は、優秀で人格もよく着実に村に馴染み生活をしていた。
ホルツリッヒ村から一歩出てしまえば、この快適な生活が送れないのは重々承知している。
『あーでも、アイリーンが執事付きの屋敷を手に入れたから、そこに滞在していれば同じくらい快適かもねー』
「ほぅ」
それはすばらしい。
優秀な執事なのだろう。
アイリーンが作り出す快適な空間と同じくらいだというのなら、きっと執事は人ではない。
人の短い生命ではそこまで極められないはずだ。
「どうする? ペネロペ」
「お屋敷に滞在するとアイリーンと一緒にいられるのです?」
『お屋敷が快適だから引き籠もる予定なのねー。たぶん読書三昧なのねー』
「じゃあ、早めに行きたいのです。アイリーンにキノコ料理を振る舞いたいのです」
どうやらペネロペの尽くしたい欲が限界のようだ。
種族特性なのだから仕方ない。
早く運命の相手が見つかればいいのだが、なかなかに難しいのが現状だ。
街へ行けば新しい出会いもあるだろう。
何よりアイリーンが近くにいれば、呼吸がしやすいのはトリアも一緒だ。
「三日前には着くとしよう」
『了解なのねー』
連絡はそこで終わった。
トリアは早速カロリーナに留守をお願いすべく足を運ぶ。
ペネロペは荷物の選定に入るのだろう。
ドーベラッハ街はアイリーンのお蔭で、想像していたよりもずっと繁栄していた。
活気があるのだ。
危険な気配もあったが、アイリーンとスライムの名前が出ると沈静化している。
短い間にどんな伝説になったのかは、随時連絡があったので把握していたが、実際体感するとその凄さは筆舌に尽くしがたい。
寄ってくる有象無象はするすると回避して屋敷へと向かう。
迎えに出てきたのはセバスチャンと名前を賜った執事妖精。
召喚されてから長く屋敷に憑いていたという妖精は、代々の主人が良かったのか想定よりも優秀だった。
トリアとペネロペをアイリーンの家族と認識したようで、対応には客に対するものとは違う近さがある。
悪くない気分だ。
ペネロペのキノコ料理には感動してあれこれと尋ねている。
褒められれば嬉しいペネロペも丁寧に対応していた。
アイリーンもすっかり寛いでいるので、長い付き合いになる予感がする。
信頼できる仲間が増えるのはいいことだ。
「礼儀がなっちゃいないのです。私はキノコ娘。トリアはエルダートレントなのです。薬に関しては、貴様らなど遠く及ばぬ英知を持っているのです。貴様らは教えを請う者に対して何時もそんな失礼な態度を取るのです?」
講習初日、用意された部屋は大きく機材も揃っていた。
受講する人も多く幾つかの集まりに分かれている。
その中で恐らく薬師と思しき輩の態度が悪かった。
あからさまに見下した表情をしていたのだ。
貴様らに教えられるモノなどない! と言わんばかりの表情だった。
で。
ペネロペが切れた。
無理もない。
特にキノコを使った薬に精通しているキノコ娘と同等の知識や経験を持つ薬師など、そうそう存在していないのが常識だ。
「そこの薬師もどきは教えを請う資格はないのです。出て行くのです」
「キノコ娘如きが寝言を抜かすな! 貴様に教えを請うくらいなら薬師の資格を返上するわ! 我らはだなぁ、エルダートレント様に!」
「ペネロペを見下す屑に教える何物もないわ。とくと、いね!」
エルダートレントの覇気に耐えられる者は多くない。
熟練の冒険者でもその場で膝をついて嘔吐するほどなのだ。
薬師などひとたまりもない。
揃って昏倒した。
ごごごん、と頭が床に打ちつけられる音が響く。
「薬師崩れは排除なのです。謝罪も許さないのです。とっとと外へ放り出すのです!」
怒っても可愛いだけなのがキノコ娘の難点だ。
何人かがでれっと見惚れている。
「そこの、ペネロペに見とれている者。邪魔な者を外へ出すがよい」
「「「はっ!」」」
元々は優秀な冒険者だったのだろう。
可愛い女性に弱いだけで。
トリアの言葉に動いたのは欠損が見られる男性三人。
しかし彼らは欠損の不自由など感じさせず、薬師もどきを手早く外へ放り出してくれた。
扉の外へ、まさしく放り投げるという粗雑な対応に、ペネロペの溜飲も下がったようだ。
「では、この進行表をよく見るのです」
ペネロペが準備していた進行表を一枚一枚丁寧に手渡していく。
キノコ娘自体が珍しいのだろう。
受け取った人々は進行表よりもペネロペを凝視している。
「ペネロペではなく、進行表を見てほしいのだが?」
トリアの声に全員がぴょんと跳ね上がった。
そこまでペネロペに執着しているのではないようで安心する。
「キノコ娘の特性は御存じではないのです? 運命の相手以外への興味は基本、薄いのです。あと! 仕事をしない人は嫌いなのです!」
男性が惹かれるのはさて置き、女性も興味津々なのに驚く。
所謂恋バナがしたいのかもしれないが。
それだけキノコ娘がひたむきなのは有名だからね。
「貴方方はここへ何をしに来ているんだ? しっかりしてほしい。やる気がないのであれば、速効帰っていただいて構わないのだが?」
「失礼いたしました!」
「申し訳ございません! 以降、集中して講習に挑む所存です」
元冒険者男女かな? と思う人たちから声が上がる。
ギルド関係者と思わしき人たちも、深く頭を下げて謝意を示したのでペネロペに頷いた。
「では、進行表にそって講習を進めるのです。まずは、何処まで知識があるのか試験をするのです」
ペネロペの発言に悲鳴があがった。
試験を想定していなかったのだろうか。
知識が皆無でもやる気があれば教えるつもりなので、そこまで悲壮感を漂わせなくていいのだが。
絶望している人たちにわざわざ説明はしない。
ここで試験を投げやりに受ける者に教える義理などないからだ。
薬師くずれ以外の人物はきちんと弁えていたらしい。
試験の結果、知識がほとんどない者もいたがやる気はあるようで。
試験用紙の裏にまでびっしりと意気込みを書く者もいたほどだ。
知識皆無の者はペネロペが、それ以外の者はトリアが担当する。
全く知識がない方が教えやすいようで、ペネロペは熱心に指導しているようだ。
トリアは薬に関する知識よりも、学ぶ姿勢の指導に力を入れた。
少なくとも講習が修了する頃には、薬を作るには正確な計量と、丁寧な調合作業が絶対不可欠だと学べたようではあった。
それすら学べなかった薬師もどきはこれからどうするんだろうね?
そして四十肩が急に悪化して痛いんですよね。
痛み止めを飲み続けるのもなぁと思いつつ、リハビリに通い始めましたが、地味に痛いのです。
こっちも薬を飲まないですむ程度に回復して欲しいところ……。
次回は、料理の講習。(仮)の予定です。
お読みいただきありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。