スルバランはドキドキがとまらない。4
義妹さんとその娘ちゃんと映画を見に行く予定。
その予定に主人が途中参加するのは、義妹さんにカメラの使い方を教えるため。
クラスのカメラ係になってしまったらしいです。
カメラを扱うのもそうですが、自分以外の子たちを満遍なく撮るのも大変ですよね。
無骨な手が優しく卵を撫でている。
ボノにテイマーの才能がないのは残念だ。
きっとフォルス嬢も同じ考えだろう。
「じゃ、すっごい宝箱、いくよー」
目の前に宝箱が出される。
大きさは然程ではない。
ただ、美しい。
レア種モンスターの羽で作られている蝶の形をした宝石箱は、どこまでも繊細で儚く映った。
「隠し宝箱だったからね。内容も内容だし、今後も同じ宝箱は出ないんじゃないかなぁ。確定じゃないけどね。開けていいよ」
ボノを横目で見れば、俺が開けたら壊しそうじゃねぇか! と目で訴えてきたので、慎重に蓋を開けた。
中に入っていたのは、モルノフォを中心として神秘的な輝きを放つ首飾り、小さなパープルモンが幾つも彫り込まれているサークレット、指にするには少々サイズが大きすぎるブルーアゲーハの指輪。
何の効果がなくても貴婦人たちが目の色をかえて求める希少な典雅さ。
優美を理解できない婦人であれば、三点をセットで身につけようとするかもしれない。
「……これはフォルス嬢が使えばいいんじゃねぇか? 似合いそうだし」
「あら、ありがとう」
フォルス嬢なら三点全てを身につけても、宝飾品に負けず、ただただ品良く見えるだろう。
気のせいでなければ、アイテムもフォルス嬢に所持されるのを望んでいる。
「しっかし、効果がえげつねぇ。オークションに出したら高貴な方々が競り落としそうだけど、冒険者にこそ欲しい効果だぜ」
「モルノフォの首飾り以外は、商人にだって欲しいですよ?」
「オークションも考えたんだけど、最終的に曰く付きのアイテムになりそうでねぇ……隠蔽でもかけて使おうかしら」
「いいと思うぜ。これ以上アイテムドロップ率を上げる必要があるのかは、微妙だがよ」
そんなボノの言葉を聞き、スライムたちがこそこそと話し合いをしている。
まだまだドロップ率を上げたいらしい。
なかなかに強欲だ。
フォルス嬢が淡泊なのでその分、スライムたちが頑張るのだろう。
「じゃあ、これは普段使いにでもするわ」
「王族でも考えられねぇ普段使いだな……」
ボノの呆れる気持ちもわかる。
高位冒険者でも成金でもできないだろう。
フォルス嬢だからこそ、納得の取り扱いなのだ。
「しっかし、レジェンドだのアーティファクトだの……出るダンジョンじゃなかったんだがなぁ」
「アイリーンに感謝するのねー。これがきっかけで、新しいドロップが増えるのねー」
「本当ですか!」
「嘘をついてどうするのねー? 気持ちはわかるけど、アイリーンの豪運はこんなものじゃないのねー」
「そんなレアじゃなくていいからよぅ。もっと食べ物系が欲しいんだよな」
「贅沢ですよ、ボノ」
「わかってるけどなぁ。食べやすい食べ物とかあるにこしたこたぁ、ねぇだろ?」
まぁ、確かにそうだ。
昆虫を模した食べ物は子供や観光客には興味を持たれるが、地元人には不評なのだから。
「あー、食べ物に関しても朗報があるんだけど……順番にいくわよ、順番に」
フォルス嬢がこほんと意味ありげに咳払いをした。
どうやら彼女はそちら方面にも貢献してくれるようだ。
「二階はこれで終了。次は三階ね。食べ物なら蜜の話を最初にしようか」
「三階の蜜と言いますと……アント、ハニービー、運が良ければフラワービー、更に運が良ければクイーンアント……です、けれど」
「全部あるけど」
「……さすがでございます」
どの蜜も需要は高い。
だがその中でもクイーンアントの蜜は別格だ。
「全種類とかすげぇなぁ……蜜の相場が下がる気までしてきたぜ」
「ホルツリッヒ村から定期的に卸すようになれば、そうなるんじゃない?」
「……体制が整ったら個人的に卸してもらってもいいか?」
「スライムたちの許可がおりればね!」
「肉ボノにならない程度には卸してあげるのねー」
肉ボノ!
酷い表現だが、それもスライムたちなりの愛情なのだろう。
個人に卸してもいいというなら、その好意は破格だ。
「クイーンアントの蜜はスルバランを通してオークションかしら?」
「冒険者ギルドと共同で、フォルス嬢の踏破攻略記念としてオークションを開催できれば、と」
既に王都まで名が知れている彼女の名前が借りられるなら、オークションを取り仕切るギルドの評価も上がるだろう。
「主催者がボノとスルバランの二人なら、いいわよ?」
驚くほど簡単に許可が出た。
副ギルド長と会頭の介入を許さないのは想定内だ。
「では、本日の商談が終了次第、取りかからせていただきますね」
「了解。当日は挨拶もしようかしら?」
「大丈夫なのですか」
「スライムたちが、そうした方がいいって。まぁ当日はドレス着て化粧して、別人にさせるみたいだし」
ドレスを用意させてください! と言いかけて止める。
スライムたちより良いドレスや装飾品を用意できる気がしない。
何より今回の踏破で一式手に入れていそうな予感までした。
「じゃあ、俺も気合い入れて手伝うわ。主に警備面で」
「それ以外もお願いしますよ。ペルペトゥアは借りますからね」
「ああ。フォルス嬢のためなら二つ返事で借り出されるだろうよ」
「あ、クイーンアントといえば卵もあるわよ? 王族に献上でもする?」
「ぶっー!」
「……っ!」
ボノはお茶を噴き出した。
スルバランは何とか堪える。
噴き出したお茶は無言のスライムたちが拭いてくれた。
「そんな顔をするなよぅ、悪かったから! 俺が拭くから貸してくれ!」
ボノが拭けば余計に汚れるとばかりに、スライムたちはボノの手からすり抜ける。
表面だけしか怒っていないのが軽快な動きから知れた。
クイーンアントの卵の凄さを理解しているからだろうか。
「十個あるから。この国だけで独占するのは危険かもね?」
「フォルス嬢よぅ。数まで教えてくれなくてもいいんだぜ」
「あら。ここまでくれば共犯者になってくれないと」
くすくすとフォルス嬢は楽しげに笑う。
本来ならそこまで大きくない冒険者ギルドと商人ギルドでできる取り引きではないのだ。
特に虫避けの件しかり、今出たばかりのクイーンアントの卵の件しかり。
「アランバルリから教会のトップと一度は会ってほしいと言われているから、そちらと相談するのもありかしらね」
「ああ、なるほど。王都防衛という点でも、それは良い案です」
「げー俺。あの方苦手なんだよなぁ」
「あの方を得意にできる人は、多くないでしょうが」
ここだけで許される不敬。
外ではこんな軽口を叩いたら、それこそ信者に暗殺されてしまうだろう権力とカリスマを持つ、教会の頂点に立つ御方。
フォルス嬢ならにこやかな笑顔で対等の立場になれるだろう。
そしてあの方はきっと、それを。
心から喜ぶだろう。
「扱えそうなパーティーもいるには、いるが……王家を相手にするには弱いんだよなぁ」
「一個ぐらいなら冒険者ギルドに卸してもいいわよ? 何せ十個あるし」
「うーん。パーティーに話してみるわ。返事はそのあとでいいか?」
「構わないわよ。引く手あまたのアイテムだもの。時間をかけて検討して構わないと先方にも伝えてね」
「おうよ。ありがとな」
「あとはこれかな。死蔵か教会にお任せか、オークションか迷ってるんだけど……」
そう言ってフォルス嬢がテーブルの上に置いたのは、赤、黒、金色の配色が美しい王冠。
だが酷く、禍々しい。
「鑑定してみて?」
フォルス嬢の言葉にボノと二人で目をこらす。
「なんじゃ? こりゃ」
ボノの言葉の意味を生唾と一緒に飲み込む。
名前付きの王冠。
愚かなる貪食クイーン。
その名にふさわしく、悍ましい効果があった。
呪われたアイテムといっても大げさではない。
ただ、何人かこれを被せたい女性が浮かんだのは、自分の胸の内だけにしまっておこう。
「……教会案件だな。呪いのアイテムに近いし」
「同感ですね」
こんなときは野生の勘が働くボノに賛同するのが一番だ。
「それ以外のクイーンアント関係はオークション用に出そうか。素材としては眼球が一対、羽一対……あとは宝箱も持っていたから、その中身も一緒がいいかしらね。あーでもフラワービーは蜜以外の需要はないかな? 花粉玉と羽があったんだけど」
「……フラワービーはそもそもレア種なのですよ、フォルス嬢。十分な需要はあります」
「あ、良かった。百個ずつあるんだよね」
俺はもう、突っ込まねーぞーと、ボノ本人も気付かない声で呟いている。
気持ちはスルバランにもよくわかった。
「クイーンアントの大好物がフラワービーみたいでね。宝箱にみっしり入っていたんだよ。あ! あとフラワービーのチャームも入っていたんだけど、これは私が持つからごめんね。
レア食材ドロップ率アップのアイテムだからさ」
「そんなすばらしい効果のあるアイテムが存在するのですね……」
自分が遠い目をしているのがわかる。
何を思ったのか、フォルス嬢はスルバランの手を取ると、そっとフラワービーのチャームを載せてくれた。
本物と見紛うばかりに精巧なフラワービーが可愛らしい。
一度つけたら、つけた人物が外さない限り外れない効果までついているので、まさしくフォルス嬢のためのアイテムだと思ってしまった。
ハム系の詰め合わせを狙って応募したら、イベントチケットが当選しました。
そのイベントが好きな友人に声をかけたら喜ばれましたよ。
あまり知らない世界は詳しい相手と行くのが一番ですよね。
一応初心者観戦の心得みたいなサイトは読んでおきますけれど。
次回は、ボノはさすがに慣れた 5(仮)の予定です。
お読みいただきありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。