ボノはさすがに慣れた。3
最近洗濯物を外に干すと必ずといっていいほど、虫がついてきます。
親指の第一関節のサイズなのでびびります。
毎回、何がしたいのです? と話しかけているのですが、返事は当然ありません。
同じ個体ではないのですが、同じ種類の虫なのでびびります。
この虫は今年初めてです。
あのスルバランがここまで興奮し続けている状態は初めて見る。
まぁ、自分も人のことなど言えない心境ではあるが。
そんな自分たちの状態を思いやってか、スライムたちがそれぞれ茶や菓子を提供してくれた。
フォルス嬢製なのか、スライム製なのかはわからない。
だがどちらも変わらず美味いのには違いなさそうだ。
いつになく頭を使うせいか、糖分が切実に欲しい!
そう思っているそばから、籠の中に山盛り入った菓子が出された。
初めて見る菓子もある。
尋ねればきっと細かく教えてもらえるのだろうが、その余力が今はない。
スルバランにすらないのだ。
自分にあるわけがないだろう?
「じゃあ次は二階ね」
フォルス嬢は平然としている。
彼女が狼狽える状況とはどんなものなのだろう。
そんな状況下で彼女は的確に対処できるのか。
できなくてもスライムたちの助けを借りて、結果的に良かったと思う着地点につけるのは間違いなさそうだ。
……羨ましい。
「あ! その前にビダルをホルツリッヒ村に誘った話も一応しておこうかしら」
「あー、ついに愛想を尽かしたかぁ……」
「真面目な方でしたからねぇ。惜しい人材でしたが、ホルツリッヒ村でなら幸せに暮らせるでしょう」
「問題なかった?」
「ねぇよ。街の住民登録はしてたみてーだけど、削除手続きをすればいいだけだしな」
「引き留められる場合もありますが、強制力はありませんし。過度の引き留めは罰せられますからねぇ」
「なるほどね。それなら良かった。これからインセクトの門番も大変なんじゃない?」
「自業自得でしょう。彼への負担は見ていて酷かったですからね」
「……冒険者の中に何人か向いている奴がいるから、転職を勧めてみるわ」
ダンジョンへ行くよりは安全だからな。
給与も何かしらの介入がなければ安定しているし。
真面目でそこそこ力はあるけど、結婚を機に冒険者引退を考えている奴がいるからちょうどいいだろう。
元冒険者が門番だと情報共有もしやすいしな。
あの正義感の強い美形は……ほんとーに、どっかに飛ばしてぇなぁ……。
「ボノが悪い顔をしているのねー」
「アイリーンのためになりそうですわね。お菓子を追加してあげます。励みなさい」
お、菓子付きの激励とは。
随分と美形門番はスライムたちに嫌われてるんだな。
っていうか……自分の考えスライムたちに読まれてねぇか?
今更感が強いが。
「ビダルの件に安心したので、二階の話に入りましょう。えーと……この階で素敵な話って聞いたことがあります?」
「……何人かが蝶々がたくさん飛んでる花畑に入った記憶がある。同じような夢を見たって話があるな。場所や存在の確定はできちゃあいなかったが……」
話をしたのは比較的真面目な冒険者たちばかりだった。
恐らく実際に存在するのだと思う。
数え切れぬほど飛んでいたモンスターから、全く敵意を感じなかったというのだから、とんでもないセーフティーゾーンだ。
「ああ、その程度の認識なのね。まぁ行こうとしていける場所じゃないから、存在するとだけ言っておくわね。素敵なところよ。もし行けたと報告が入ったら、くれぐれも欲張らないようにと忠告しておいてね」
「……そんなに凄いところなのかよ?」
「ええ。素敵なところよ。テイマー以外は行けないのかもしれないけれど。友好値が高ければ麻痺無効効果の鱗粉とか、花びら型の可愛らしいアイテムボックスとかが注文できるわ」
「注文!」
どちらも凄いアイテムだ。
花びら型のアイテムボックスなど初めて聞く。
スルバランが興奮のあまり席を立ってしまうのも無理はない。
「ええ。アイテムボックスは作るのに時間がかかるらしいから、注文が叶っても大量入手は難しいでしょうけれど。引き取りに行ったら見せましょうか?」
「是非!」
スルバランの食いつきが凄すぎる。
まぁ、見た目が可愛らしいアイテムボックスなら引く手あまただろうしな。
冒険者よりも金を持っている奴らとの取り引きも可能だ。
見た目はごつくても可愛いものが好きな女性冒険者にも勧めたいところだぜ。
「麻痺無効効果の鱗粉は四階以降の麻痺攻撃を無効にするの。ダンジョンを出るまで継続効果があるから、それなりの需要があるんじゃないかしら?」
そう言ってフォルス嬢が小瓶を一本出してくる。
中にはきらきらと青銀に光る美しい粉が入っていた。
「たぶん少量で効果はあると思うの。その辺りの検証はお任せするわ。私は蝶々たちに直接かけてもらったから、分量に関してはよくわからないのよね……」
「塩ひとつまみと同じ量でいいのです。頭にふりかければいいのです」
「あ、そうなのね。ですって」
サクラが教えてくれた。
それならこの瓶一本で何十人もの冒険者が、麻痺に怯えなくてすむだろう。
「ただ、このダンジョンでのみ有効らしいのです……基本は」
基本はというからには、フォルス嬢の手にかかれば改良されて、どこでも麻痺無効効果が得られるアイテムになりそうな予感があった。
あったが、口は噤んでおく。
スルバランも突っ込みは入れない。
満足がいくものになればフォルス嬢が自ら提供してくれると信じて疑わないからだ。
「こちらも買い取りは可能ですか? 冒険者ギルドと半分ずつ検証します」
「あら、検証用に差し上げるつもりだったのだけれど……」
「や。サクラが教えてくれてるからなぁ。検証用に使う分は少なくてすみそうだし。適正価格で売ってもらわないとまずいだろうよ」
「10ブロンでいいのです」
珍しくスライムからの値段提示だ。
フォルス嬢が頷くので、メモ書きにきちんと書いておく。
商人ギルドと折半するので、5ブロンだと。
「お次はねぇ……かなり気味の悪いものになるんだけど……ここで出してもいいのかしら?」
「大きさは」
「人間」
死体か。
そいつは何をしでかしたんだ?
「ん。自分をテイマーだと思い込んで絡んできた女なの」
「う。アイリーンがドロップさせたブローチを強奪しようと脅してきたのよ」
「……それまで随分と無茶なテイムをしようとしたらしくてね。蝶と蛾に襲われた。助けるつもりはなかったけど、助ける間もなかったわ」
随分と風変わりな事件だ。
フォルス嬢からの話でなければ、彼女がテイムモンスターと一緒に殺したのだと疑う程度には眉唾物。
「で、蝶と蛾に恨まれていた彼女の末路がこの死体というわけよ」
サイと呼ばれる緑色のスライムが死体を床へ置く。
ぞんざいな置き方だ。
「う。よく見るのよ」
サイが遺体の上を這う。
遺体の胸がぱかりと割れた。
「うわ!」
「……これは凄まじいですね」
胸には今にも零れ落ちそうなほどに、鱗粉がみっしりと詰まっていた。
滅多に見ないグロテスクな遺体だ。
「インセクトダンジョンに出現する蝶と蛾全種類の鱗粉が詰まっているのです。薬師なら分別できるのです? サイならできるのです。代金はもらうのです。このまま使うと強力な麻痺粉として使えるのです」
情報が大盤振る舞いだった。
それだけこの遺体はフォルス嬢に対してろくな態度を取らなかったのだろう。
あとはテイム可能なモンスターとして、テイマーを気取る遺体に対しての不満があったのかもしれない。
「どうしますか、ボノ? ここはサイさんに依頼してわけてもらいますか?」
「うーん。だな。それぞれ効果が違うし。あ! でも一部残してもらっておこうぜ。強力な麻痺粉の威力も見ておきてーし。フォルス嬢、サイ、さんいいか?」
「ですって、サイ。早速よろしく」
「う。了解なのよ」
サイの体が遺体を覆い尽くす。
時間にして数秒。
床に粉の入った小瓶が綺麗に並んだ。
しかも小瓶にはラベルが貼ってある。
何処までも行き届いた手配だ。
ボノですら感動するのだ。
スルバランはもっと喜ばしいだろう。
ちらりと顔を見ると、瞳が子供のようにきらきらしていた。
ここまで彼を興奮させられる人間は、そうそういない。
スライムは更にいない。
「遺体の処理は、犯罪者としての始末でいいか?」
「どんな始末になるのかしら」
「粉がそこそこの金になるからなぁ。フォルス嬢への慰謝料はそれで足りるだろう。あとは犯罪者専用の死体安置所で使える部分は切り分けて、他は焼却処分だな」
「若い女性の遺体なので、それなりに需要はありますよ。フォルス嬢の希望があればそいますが……」
「いいえ、私は慰謝料だけでいいわ。あ! サイへの解体手数料もそこから出してもらってもかまわない?」
「そりゃ、かまわねーぜ」
この遺体だけで十分冒険者ギルドにも商人ギルドにも儲けは出る。
粉の分もあった。
慰謝料と解体手数料にも色をつけておくべきだな、とボノは頷きながらこれもきちんとメモをしておいた。
昆虫ダンジョンの話は終わったのに(厳密にはまだ清算中ですが)リアルでは虫に好かれます。
先日を家を徘徊していた蜘蛛のご遺体に遭遇したと思ったら、次の日には同種族の別個体が玄関で跳びはねていました。
そう、蜘蛛って跳ねるんですよね……。
白黒の配色が綺麗で小指の爪程度のサイズなのでこっちは慣れてます。
毎年のことですしね。
次回は、ボノはさすがに慣れた 4(仮)の予定です。
お読みいただきありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。