ボノはさすがに慣れた。1
室内運動としてリングでフィットなアドベンチャーをやっています。
所謂ボス戦とその前の小ボス戦でワールドクリアとなるので気合いを入れたら、何時もの三倍やるはめに陥りました……全身痛いです。
明日は控えめにする予定。
人払いをした執務室で書類の山と格闘しているボノの耳に、扉越しから喧噪が届く。
「今度は何をしてくださったんでしょうかねぇ、フォルス嬢?」
フォルス嬢が冒険者ギルドを訪れてから幾度となく聞いた、この喧噪。
他の者がやらかしたどんなときよりも激しいそれ。
面倒この上ない難題が持ち込まれるが、結果を見れば全てが冒険者ギルドにとっては利益にしかならないので、文句も言えない。
言ったら最後、フォルス嬢は苦笑一つで流しそうだが、スライムたちは決して許してはくれないだろう。
ボノは重い腰を上げて執務室を出る。
フォルス嬢を最優先に対応する受付嬢、ペルペトゥアが珍しく興奮しながら走ってきた。
紅潮した笑顔を見れば冒険者の半数が惚れるだろう。
それぐらいには美しく華やかな笑顔だ。
「マスター! フォルス様がインセクトダンジョンを踏破されました!」
「あーそっか。彼女ならやるだろう。それでもあれか一年ぶりくらいか?」
「ええ、そうですね。ほぼ一年ぶりです。浅い階層ならまだしも、深い階層は割に合わないと拒否する冒険者が多かったですから」
「だな」
スルバランとも幾度となく検討した問題だ。
何か起爆剤がないと、街の発展はこれ以上望めないと。
ただでさえ昆虫を苦手とする冒険者は多いのだ。
男性の意見が尊重はされるが、女性が嫌うダンジョンは人気が低い。
スタンピードが起きるほど放置されていないが、このままではじり貧だと頭を抱えていた。
そこに、フォルス嬢が現れたのだ。
冒険者の風上にも置けない犯罪者をさくさくと捕獲し、女性どころか子供でも簡単にモンスターを殺せるかもしれない虫避けを作成した。
さらにはダンジョン攻略の励みになるだろう、美味しい菓子や食事のレシピも提供してくれたそうだ。
感謝しかない。
感謝しかないのだが。
一際激しい喧噪はフォルス嬢がダンジョンを踏破した事実だけで、盛り上がっているのではないと直感が告げている。
「踏破の知らせだけでも嬉しいのに、フォルス様はクレスヘラオオカブトーンに乗って現れたのですわ!」
「ん? フォルス嬢のテイムモンスターはスライムだけじゃなかったのか?」
「ええ、そのようですわ。あれはきっと特殊個体ですね。大きく美しいクレスヘラオオカブトーンですもの」
「それよりなぁ、ペルペトゥア。インセクトにクレスヘラオオカブトーンが出現した記録は一度もなかったはずだよな?」
昆虫であればレベルが高くても極希に出現するという噂は、昔から真しやかに囁かれていたが、証拠がなかった。
もし新しいモンスターが出現していたとしても、恐らく対応しきれずに全滅していたのだろう。
だからこそ今の今まで発覚しなかったに違いない。
「ええ、一度もありません。噂でレベルが各段に高い昆虫系モンスターが希に出現しているのでは? というものはありましたけれども。ですが今回の件はフォルス様に直接お伺いしたのですから、間違いありません」
何時の間に?
まぁ、フォルス嬢はペルペトゥアを気に入っているみたいだしな。
それぐらいの情報はこの短時間でも引き出せるか。
ギルド出入り口の扉は開け放たれていた。
長くしっかりとした純白の足がちらりと見える。
大変美しい。
観賞用の素材としても高値で売りさばけるだろう。
スルバランが喜びそうだ。
扉を潜れば、想像以上の光景がそこにあった。
フォルス嬢は何時だってボノの予想を軽く超えてくる女性なのだ。
ギルドマスターなんぞに就任する前、自由に冒険者をやっていた頃。
一度だけ見たことがあったクレスヘラオオカブトーンは、ここまで大きくも綺麗でもなかった。
間違いなく特殊個体なのだろう。
しかもクレスヘラオオカブトーンの瞳はきらきらと宝石のように輝き、フォルス嬢を見つめている。
絶対的な服従を誓う眼差しだ。
誰に望まれても、もしかしたらフォルス嬢の指示があっても、他の主は選びそうにない。
完全な服従を得られるテイマーの数は少ないが、フォルス嬢は間違いなくその一人だった。
ボノが頭を抱えて大げさに振ればフォルス嬢が肩を軽く叩いてくれる。
スライムたちもそれに倣った。
セリノは少しだけ離れた場所からぺこりと頭を下げる。
「あー。何処に置いとくんだ? そいつ」
「あら、ミュゲって素敵な名前があるのよ。今度からそう呼んであげてね」
「いいのかよ?」
「スルバランと貴男になら許すわ」
「……あんがとよ」
「えーと。ミュゲ殿。これからフォルス嬢といろいろと話し合いがあるんだが……」
『このままこの場所にいるのは問題ですね。それではお姉様たちの中に入っておりましょう』
お、お姉様?
まさかたぁ思うが……。
「では私が……」
ぴょこんと飛び出してきたスライムの色は赤。
ローズだな。
口調がお貴族様みたいなんで覚えたぜ。
ローズが触手を伸ばしてミュゲに触れる。
途端、ミュゲの体が消えた。
……スライムの中にはアイテムボックスを持つ個体がいるのは有名な話だ。
テイマーとの信頼度が高いとそのボックスの大きさや性能は各段に上がるとも、広く知られている。
だからといって、人間五人は余裕で乗れるクレスヘラオオカブトーンを収納できると思うか?
生き物を収納できるって話は事前に聞いていたけれど、こんなに大きな個体までも収納できるとは初聞きだ。
まだまだ秘密が多いんだろうな、フォルス嬢も。
彼女を主と慕うスライムたちも。
周囲の怒号を気にしていてはギルドマスターなどは勤まらない。
何時の間にか姿を消しているペルペトゥアはスルバランを呼びに行ってくれたのだろう。
奴がいないと交渉が全然進まない悲しい自信しかなかったので大変有り難い。
「想像以上にド派手な登場だなぁ。昆虫ダンジョンインセクト、踏破おめでとう」
「ふふふ。ありがとう。初のダンジョンが昆虫ダンジョンと知ったときは、ちょっとだけ落ち込んだけど思ったよりも楽しくて充実していたわ。もう一度踏破を! と望まれたら考えちゃうけど、行きたい場所があるから機会があったら、また潜ってもいいわね」
「行きたい場所ねぇ……」
何処だ? という間抜けな突っ込みをここでは入れない。
入れるのは個室に入ってからだ。
ボノの後ろにフォルス嬢が続き、セリノ、スライムたちが続く。
スライムの頭上には二匹のブルーアゲーハとアゲーハが飛んでいる。
この二匹もテイムしたのだろうか?
蝶々系モンスターは女性に人気がある。
見た目が美しいものが多いからだ。
特殊攻撃や癒やしのスキルや魔法を持つ個体もいる。
果たしてこの二匹はどれほどの力を持っているのだろう。
聞かせてもらえたら嬉しいのだが。
「お祝いのワインにするのね? それとも冷たい飲み物にするのね?」
部屋へ入った途端にこの発言。
堪らねぇよな?
「ワイン一択だろう!」
「ボノの意見は聞かないのねー。スルバランの許可が出たら出してあげるのねー」
「質問の意味、なくね? 俺に対する評価、酷くね?」
嫌われてはいない。
毎回菓子を山盛りでくれるしな。
ただスルバランと比べると扱いが粗雑なのだ。
「マシな方だと思うのねー。アイリーン、どうするのねー?」
「よく冷えたデトックスウォーターを所望します」
「了解なのねー。美味しいから皆も飲むといいのねー」
陶器のカップの中に色鮮やかな液体が入った物が並べられた。
スライムたちどころか、蝶々も飲むらしい。
蝶々には皿だった。
「……凄く美味しいです……」
遠い目をして言う感想ではないだろう、セリノ。
だが、本当に美味だった。
結構甘いものが好きなボノにとって、かなり好ましい味だ。
よく冷えているがごくごくと飲めてしまう。
「お代わりはいるのねー?」
触手を伸ばしたリリーが聞いてくるので大きく頷いてカップを突き出した。
再びたっぷりと注いでくれる。
少しだけ興味が湧いてこっそりと鑑定してみた。
「ぶほ!」
噴き出してしまった自分を責めないでほしい。
鑑定結果は恐ろしいものだった。
デトックスウォーター
ランクSSS
イエローベリー、オレンジベリー、レッドベリー、パープルベリー、グリーンベリーのベリー尽くし。
とても飲みやすく、見栄えもいい。
残り物フルーツが使い切れるレシピとして、人気が出ること間違いなし。
美肌効果大
腸内改善効果大
むくみ改善効果大
ランクSSSの飲み物なんて初めて飲んだんじゃなかろうか?
道理で美味しいはずだ。
しかも効能が恐ろしい。
高貴な女性たちが奪い合いをしそうな効能ばかりだ。
使っている素材自体はそこまで高価ではない。
ただフォルス嬢だからこそ作れる飲み物なのだろうなぁ……とは思った。
いい加減シビアなダイエットを始めたら、久しぶりに超絶危険体重からちょっとだけ減りました。
この数字から二度と上へいかないようにせねば……。
次回は、スルバランはドキドキが止まらない。1(仮)の予定です。
お読みいただきありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。