ホルツリッヒ村という名の楽園。中編。
やっとこさホラー企画にかかりました。
7日の23時予約投稿予定です。
前中後編ぐらいになりそうな予感……。
村の門にしては頑強すぎる門を潜った瞬間、空気が変わったと感じたのはカンデラリアだけではないだろう。
そっと様子を窺えば、二人はぱかーんと大きく口を開けている。
村に来るまでもモンスターの少なさには驚かされた。
リリーに尋ねれば、ある程度の数を残して定期的に駆除していると返事があったのだ。
トレントが数体で交互に見回りをするらしい。
この辺りのモンスターはそこまで強くはないが、数は多かったはず。
スライムなどは、またスライムスタンピード? と嘆かれるほどなのだ。
『スライムは例外を除いて私たちを襲わないのねー。素材的によく使うから一方的にこちらは襲うけどねー』
『ん。アイリーンが残酷では? って悲しそうな顔をするので、内緒で駆除するの』
一番大変だといわれるスライムスタンピードもリリーたちには問題ないらしい。
最近スライムスタンピードの話を聞かない理由が、こんなところで判明した。
スライムスタンピードは他のスタンピードと違い、労力の割に収入にならないので大変有り難い話だ。
まず、一番驚いたのは村人とラミアが楽しそうに話をしている様子。
ラミアは人食いで、特に人間の男性を好んで襲う。
肉だけでなく性的にも食べられるからだ。
その獰猛さが全身からも滲み出ていて新人冒険者殺しと呼ばれている。
モンスターの中でも危険種に属していた。
悪名高きラミアが清楚な下着で胸を綺麗に隠し、やわらかい微笑を浮かべているのだ。
「ラミアって、人と話なんかするんだな?」
「カロリーナは別種と思っていいほど、ラミアらしくないモンスターなのねー。草食でお菓子作りが上手な優しい子なので、皆も話してみるといいのねー」
「ん。でもあくまでカロリーナが良い子なだけだから、他のラミアには普段通りの対応をするの。そうでないと即死なの」
「だよなー」
穏やかなラミア。
人を食わないラミア。
料理上手なラミア。
これで本来のラミアの獰猛さと同列で語られる、性行為の上手さを持ち合わせているのなら、男性が大変喜ぶのではなかろうか。
現にビダルは鼻の下を伸ばして、ピアに小突かれている。
「それにしても、美味しそうな野菜がたくさん!」
ビダルの鼻の下を戻したピアが嬉しそうに畑を見つめる。
そう、この畑も凄い。
初めて見る作物すらある。
トレントのスキルとして、作物がよく育つというものがあるらしいが、定かではない。
火に弱いのと大きさから、テイマーには好かれていないモンスターだ。
そもそもテイムをしにくい。
「うちはトリアがいるからねー。トレントたちも優秀だけどねー」
トレントも役立っているようだが、やはりエルダートレントであるトリアの力も大きいのだろう。
「個性豊かなトレントに、君たちも面食らうんじゃないかな? いろいろと話しかけてみるといい。ん? 何かあったのかい、ペネロペ」
村の入り口付近で固まって話をしていると、これまた珍しいキノコ娘が歩いてきた。
キノコ娘は容姿端麗で男性に尽くす気質の持ち主。
女にいいように転がされた経験の持ち主が、こぞって求める癒やし系のモンスター。
ただし散々に尽くした挙げ句、最後は自分を食べてほしい(性的にではなく食事として!)と望むので、破局は悲惨な例が多かった。
「……お客さんなのです?」
「アイリーンが許可した見学者なのねー。これから村を案内するのねー」
「……村に永住するのです?」
「ん。勧誘はしているけど、確定事項ではないのねー」
「……夕食はキノコ料理も出すのですよ」
「ああ、ペネロペのキノコ料理は最高に美味しいからね。いいんじゃない? 皆も楽しみにしておくといいよ」
「……厳選して準備に取りかかるのですよ」
どうやらキノコ料理を出してくれるそうだ。
キノコ娘渾身のキノコ料理は大変美味だと聞く。
基本男性を落とすために作るらしいのだが、ペネロペという名のキノコ娘は男女の関係なく、人に振る舞うのが好きな希少種らしい。
スキップしながら去って行った。
「まぁ、あれだね。キノコ娘としては変わっているけど、基本いい子だから、ペネロペ」
「キノコ娘の料理はほとんどの場合、男性しか食べられない。楽しみ」
「実際凄く美味しいよ。日々の研鑽も惜しまない子だからね」
「……変わった村のようですが、良い村のようですね」
「だね。悪い者は既に駆除済みだからね」
トリアがひやりとする内容の言葉を紡ぐ。
カンデラリアは無言を貫いた。
二人も同様だ。
誠意を持って行動すれば、何も問題はないのだから、必要以上に緊張せずともいいだろう。
「しかしこれだけの畑。村人だけでは消費しきれませんでしょう?」
「だね。だから今のところは、村専属の商人に売ってもらってる」
「村専属商人?」
村レベルでいるのは珍しい。
利に執着する商人が、村の専属になる例は希少だ。
カンデラリアが知る限り、恩もしくは借りがある、他にない特産物があるが、その理由だった。
この村であれば、どちらも該当しそうだが、それ以外の理由もある気がした。
「うん。誠実な働き者だよ。不憫属性だったけど、アイリーンのお蔭で大分改善して、今は村一番の美女と婚約中」
「美女!」
「だね。聖女様と似た系列の美女だよ。清楚で可憐。少し前まで愁いを帯びていたけど、最近はもう少し明るい印象を覚えるかな」
「……皆さん、奴隷、だと」
「あーまぁ、一応奴隷だけどねぇ。待遇は奴隷じゃないよ。皆も普通の村民として応対してくれると嬉しいね」
「それは当然」
ピアが大きく頷く。
たぶん三人の中で一番奴隷の心情を理解できるだろう。
「誠実な子たちばかりだから、アイリーンもそう遠くない未来で奴隷から解放するんじゃないかなぁ。彼女の庇護下にいた方が安全だから、敢えて奴隷のままでいいとか、言い出しそうな現状だけどね」
生まれたときから奴隷として生活してきた者の中には、そういった思考の者も少なくない。
特に何人か主が変わっている奴隷にその傾向は強かった。
「さて、村全体を見るとなると畑が広すぎるので、時間が厳しい。夕食の前に泊まる部屋へ案内しよう……泊まりでいいんだよね?」
「ええ、よろしくお願いいたします」
深く頭を下げるカンデラリアに二人も続く。
「じゃあ、トリア。私たちはもう行くのねー。三人は迎えを寄越してほしかったら、トリアに言うのねー」
「う。ホルツリッヒ村を存分に楽しんでほしいのよ。永住も大歓迎なのよ」
スライムたちはここで別れるらしい。
早くアイリーンの元に戻りたいのだろう。
彼女は驚くほどスライムたちに愛されている。
それだけ良い主なのだ。
触手を振ってくれたので手を振り返す。
私たちに気を遣って、随分ゆっくりと移動してくれていたのだな……と途方に暮れてしまいそうな早さで、二人は村を出て行った。
「何か気になる点があったら遠慮なく僕に言ってくれると嬉しいよ。アイリーンがいない間の村を任されているからね。三人とも別部屋がいいかい? それとも男女別がいいかな」
カンデラリアはピアと目配せをする。
ビダルはそんな二人を見て頷いた。
「男女別でお願いできますか?」
「了解だよ。そうそう。今、ホルツリッヒ村は男性が出払っていてね。男の子が一人で奮闘しているんだ。君……えーと?」
「ビダルと申します。トリア様」
「様はいらないよ」
「ではトリア副村長」
「あ、それが限界かな。ビダル。よかったら、男の子に声をかけてくれると嬉しい。ゴヨという犬の獣人だ」
「犬獣人の幼体!」
ビダルの瞳が輝く。
どうやら獣人に抵抗がないらしい。
むしろ興味津々のようだ。
「……尻尾と耳は本人の許可を得てから触るんだよ?」
「すみません。昔、ダンジョンではぐれた犬獣人の幼体を保護したことがあったものですから……すごくいい子だったんですよ」
これが知り合いだったら面白いのだが、さすがにそれはないだろう。
「奴隷落ちして苦労はしただろうが、犬獣人本来の気質が損なわれていない。くれぐれも、犬ではなく、獣人の子供という扱いで頼むよ」
「勿論です!」
一抹の不満は残るが、ビダルが善人であると知っているカンデラリアは、それでもそっと遠くから見守ろうと心に誓った。
案内されたのは、なんと一軒家。
そのまま暮らしてもいいんだよ? という無言の圧を感じるが、努めて気にしない振りをする。
ビダルは、もう永住でいいかな? と言いながら家へ入っていった。
「夕食は皆で食べられるように集会場に準備しておくよ。僕かトレントが迎えにいくから、この家にいるもよし、村の中を散策するもよし、好きにしてくれればいい」
「家にあるもの、全部使っていいの?」
一足早く家の中に入ったピアが扉からひょっこりと顔を出している。
「ああ、構わないよ。服はサイズが合わなかったら申しつけてほしい」
「何から何までありがとうございます。夕食まで休ませていただこうと思います」
「そうかい? 村の中であればどこにいてもわかるから、気が変わって外へ出たくなったらそうするといいよ」
じゃあねーとひらひらと手を振ったトリアは、どこからともなく寄ってきたトレントたちと一緒にゆったりと歩いて行った。
家の横には小さなトレントが一体鎮座している。
何か通じるものがあったのか、ピアがトレントに手を振れば、トレントは枝を振って返事をしてくれた。
「友好的なトレントって、驚いたけど。思ったより馴染むね」
「そうかしら?」
「リアは頭がいいから考え過ぎるんだよ。ほら、このワンピースとか、リアに似合うよ」
備え付けられたタンスの中には、何着かの服が入っていた。
ルームウェア、ナイトウェア、散策用、作業用といったところか。
下着のサイズがぴったりなのには、寒気を覚えてしまう。
エルダートレントには先読みの能力でもあるのだろうか。
おそるおそる身につけた下着はシルコットン製。
胸を優しく包み込み、しっかりと揺れないように固定するすばらしい下着に思わず感嘆の声を上げてしまう。
「私はちょっと、外を見てくるよ!」
「え? ピア!」
手早く散策用の上下に着替えたピアは、勢いよく扉を開けて出て行ってしまう。
心配はいらないよー、という意味でだろう、軽く枝を振ったトレントがちょこちょこと小走りにピアの跡を追う。
「えーと? よろしくお願いいたしますわ」
行ってしまったトレントの代わりなのだろう、先ほどのトレントより大きめのトレントが家の近くにやってきて鎮座したので頭を下げておく。
トレントは深々と頭を下げてくれた。
幹の部分がくにゃりと曲がるのを驚きの眼差しで見つめてしまう。
固まったままのカンデラリアの頭を、葉っぱのついた枝が撫ぜる。
撫ぜられるのを自然と受け入れている自分に再び驚いたあとで、カンデラリアは微苦笑を浮かべた。
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予約できる範囲全てが埋まっていましたとさ。
知ってた。
知ってたよ。
キャンセル待ちしてみようかな……。
次回は、ホルッツリッヒ村という名の楽園。後編。(仮)の予定です。
お読みいただきありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。