街角ウォーキング
「っと……何だ?」
上に注意が向いていたクルルは、何かを蹴っ飛ばした。
コロコロと転がるそれは、
「……ボールか?」
やや歪ではあるが、木を削って作ったお手製のボールらしかった。大きさはバレーボールほど。
「よく作ったなこれ……」
木材を球体に削るのは、そう簡単ではない。魔法、という理解は及ばない。
拾い上げて感心していると、
「あ、あう……クルル君……」
何故か、横で慌てるミリ。よく見ると、周囲の住人もほぼ全員が遠巻きにこちらを見ている。
「どうかしましたか?」
状況が掴めないクルルは、とりあえず身近な存在に訊いてみる。
「えっと……そのボールなんですけど……」
「これですか? よく作ったなー、って思いますけど」
「確かに、一種の職人技ですね……」
「あ、やっぱりノグリスでもそうなんですね」
「はい。__じゃなくて!」
「うおっ? な、何すか?」
テンポのいい会話から一瞬で詰め寄られ、クルルは身を引く。
「そのボール……どうするつもりですか?」
「は? どうって言われても……」
クルルは疑問に思いつつ辺りを見渡し、
「…………」
家屋の陰から、こちらを見つめる子供の顔を発見した。
__あ、これ、パクったと思われるヤツだ。
そう判断したクルルは、スタスタと子供へと近づくと、
「はい」
とボールを差し出す。
前に、
「申し訳ありません貴族様!」
母親らしき女性が駆け寄り、頭を下げた。ついでに体も。土下座である。
「え、ちょ、どういう事ですか⁉︎」
当然だがクルルは、土下座をされるような経験は無い。ミリに助けを求めるが、こちらも複雑な表情で固まるだけ。
状況が掴めない上に、周りの視線が痛い。
「ふむ……」
クルルは一瞬の思考の後、
「__よっ、ほっ、はっ」
リフティングを始めた。
「「…………」」
ミリも母親も、ポカーンとクルルを眺める。
「…………」
逆に子供の方は、徐々にキラキラとした歓喜の表情を浮かべ出す。
「__ほっ!」
最後にヘディングをかますと、ボールは子供の腕の中に収まる。
「す、すげーっ!」
「も、申し訳ありません!」
声を上げた子供の頭を押さえて、母親は再び頭を下げる。
「別に気にしてないんで、頭上げて下さい」
「え……?」
上げられた頭には、安堵よりも驚愕が色濃く表れていた。
その事に疑問を残しつつ、クルルは子供に顔を向ける。そして親指を立てると、
「上手くいくと、カッコイイぞ!」
ヘディングで痛めた頭を我慢しながら、そう言った。
格好悪かった。
「ひやひやしました……」
親子と別れてすぐ、再び歩き出したミリはそう呟いた。
「……あれが、貴族の認識なんですか?」
「そう考えて、間違いはないと思います。他の地区は知りませんが……チリス区では、ギルドの影響が強いですからね……」
「ギルド?」
「あ、ギルドというのは、成人の就職先の事です。既存のギルドへ入団し、そこへ来る依頼を達成し報酬を受け取る、という仕組みになっています」
「会社みたいなモンか」
「おそらく、その認識で間違いないと思います。__貴族は本来、ギルドマスターの家系なんです。ご先祖が立ち上げたギルドの、伝統と誇りを受け継いでいく……。貴族とは、そういうものでした」
「“でした”?」
「現状は、その名におごり代々世襲するだけ……。蓄えられたお金を、趣味嗜好に、そして盾にして脅しをかけてきたりします。もちろん、伝統を守り続ける立派なギルドも存在すると聞きます。__ですが、多くは……」
「…………」
「それでも、自らお店を構える以外はギルドが唯一の稼ぎ口になります。日々の生活のためには、文句を言うわけにはいきません」
__ブラック企業って、どこにでもあるんだな……。
「じゃあ、ストロさんも……」
一瞬表情が険しくなったクルルだったが、ミリは少し笑って首を横に振った。
「トリリオン家のギルド、名前を《ジ・エンジュ》と言いましたが、七年前に解散しました。ストロさんが畳んだんです」
ギルドは解散。生活から、その事実は予想できたクルルだったが、
「何でですか?」
「……それどころじゃない事情があったみたいです」
「事情……」
話を聞く限り、貴族にとってギルドとは生命線ではないのか。それを畳むほどの理由は、並大抵の事ではないだろう。
当然気になるクルルだったが、
「…………」
ミリが発言に間を置いた事、そしてそもそも気軽に踏み込んでいい問題ではない事、それらを踏まえて、
「__街の中心まで、どれくらいですか? せっかくだし、さっき教えた時間を使ってみて下さいよ」
話題を変えたのだった。
街の中心に向かうにつれて、建物の比率が増え木造から石造に。道も均整なレンガへと変化していった。
通りを歩く人も、何となく雰囲気に余裕が感じられる。
加えて、
「お、魔水晶の店なんてあるんですね」
露店を含め様々な店が現れた。
看板に『魔水晶』と書かれた建物を発見したクルル。
光景としては何気ないかもしれないが、看板に文字を書けるというのは、
「識字率は、かなり高いんだな」
という事を意味する。
__使用人のミリさんも、本が読めるみたいだし。
「……ん? あれ……エルフか?」
店のドアには、耳の長い女性が彫られている。
「あ、はい。そうです。__チキューにも、エルフは存在するんですね」
「いやいないです。創作の範囲だけですよ」
__てか、ノグリスにはいるのか……。
すると、ミリは驚いた表情を作る。
「空想でエルフを作り出したんですか? 科学は奥が知れませんね……」
「あー……。そこは科学は関係ないんじゃないですかね……」
「そうでしょうか?」
「気持ちは分からないでもないですが……。__ところで、何でエルフ? どこの魔水晶の店にもあるみたいですけど」
すでに発見した魔水晶の店は三つ。その全ての、どこかしらに耳の長い人物が存在していた。
「魔水晶は、大昔にエルフが発明したと伝えられています。それを人間に教えたのだと。エルフは長寿で聡明、魔法の扱いに長けた種族でもあるので、それにあやかったと言われています」
スラスラと淀みないミリの説明を聞きながら、
「もうミリさん、ガイドとして雇いたくなってきましたよ。……無一物ですけど」
「そ、そんな……私を必要としてくれるだけで、とても嬉しいです」
「…………」
__相変わらず、自分を低く見るよなぁ……。おれ、こんな風に地元の説明できる自信ないぞ。
「えーっとつまり、エルフは凄い種族って事なんですね」
「はいっ! 別名“森の種族”と呼ばれ、あまり人前に姿を現さない事と相まってとても尊敬される崇高な種族なんです!」
弾けたような笑顔のミリ。
「ミリさんもその一人なんですね」
その勢いに、クルルは若干苦笑する。
「……はい。__私なんかとは違って、ずっと……」
「ミリさん……?」
笑顔のミリに一瞬だけ差した影を、クルルは見逃せなかった。