魔法イクスプレイン
「とにかく、色々教えて下さい」
場所は変わって、応接室。
背の低いテーブルを挟んで、クルルは説明を求めた。
「まず最初に、ここはどこなんですか?」
「三度目になるけど、__ノグリスワールド・チリス区郊外、トリリオン家の屋敷だよ。クルル君の立場からしたら、異世界、だね」
「…………」
もう一度現実逃避。
「……まあいいや。__次、魔法って何ですか?」
「こういうのだよ」
ストロは入り口のドアに目を向けると、
「さっきも見せたよね。__スライド」
ひとりでに開くドア。
すでに分かっていた事だが、やはり驚きを隠せない。
「もしかして、急に言葉が通じたのも……」
「ワード・イリュージョン。言葉に乗った意思を、そのまま伝える魔法だよ。これがあれば、言語を理解する程の知能があれば言葉が通じなくても意思疎通が可能なんだ」
__テレパシー、ってヤツか。
「ノグリスでは魔法が全てと言っても過言じゃない。……もちろん例外はあるし、科学も多少なりと存在しているけどね」
「はあ……。__最後に、一つ訊いていいですか?」
「どうぞ」
「……どうやったら、帰れるんですか?」
「無理だと思うよ」
即答だった。
「クルル君の話を聞く限り、ノグリスに来てからミリと会うまでそう時間は無かったはずだ。異世界から人間を召喚するなんて、並大抵の魔力じゃない。それなのに、」
「ナノライトは感知できませんでした……」
__ナノライト?
「魔力の残滓の事さ」
クルルの疑問に、先回りしてストロは答える。
「召喚魔法を一瞬で行い、その痕跡を一切残さない……。__誰が何の目的でやった事かは分からないけど……悪戯にしては大規模だ。故意、だと見て間違いないだろう」
「故意……。誰かが、目的を持っておれをここに呼び出したって事ですか?」
「そうなるね。理由はさっぱりだけど」
「一体誰が……」
考え込むクルルだが、第一こんな異世界と接点などあるはずもない。
「その疑問は後回しだ。考えても答えなんて出ないからね」
ストロは立ち上がると、初めに見せた人当たりのいい笑顔を浮かべた。
「君が嘘をついているとは思えない。僕らも嘘はついていない。となると、君は何も分からない世界に放り出された事になる」
__認めたくない現実だなぁ……。
「歓迎しよう、クルル君。__トリリオン家6代目当主として、君を正式に客人として招待する」
「は……? 当主? __もしかしてストロさん、貴族なんですか……?」
その問いに、ストロは笑顔のまま、
「もしかしなくても貴族だよ」
そう返した。
「__ここを、自由に使って下さい」
応接室をあとにしたクルルは、ミリの案内で二階の部屋に通された。
「何だか成り行きで、すいません」
「いえ、一人増えるだけで賑やかになりますし、私も嬉しいです」
部屋には、簡素だがしっかりした造りのベッドの他に、収納するものなど無いがクローゼット、照明が埋め込まれた電気スタンドのような物、テーブルと丸イスなどが置かれ、日本の一般家庭なら、充分リビングとして使える広さを有していた。
一通り部屋を見渡したクルルは、電気スタンドらしき物に目が行く。形からそう判断したが、あるべきものが無い。
「これ……スイッチはどこですか?」
「あ、それはこうやって使うんです」
ミリはスタンドの前に立つと、パンッ、と手を合わせる。
「ラクリマ・オン」
すると、照明部分の結晶体が光を灯した。
「すげ……」
「これは魔水晶と言って、この中に魔力を注ぎ込んで使うんです」
「へぇ〜……」
魔水晶をしげしげと眺めるクルルに、
「クルル君でも使えますよ」
ミリからそんな声。
「え、マジっすか?」
「はい。私と同じようにやってもらえれば」
「よ、よし……」
クルルは若干緊張の面持ちでスタンドの前に立つと、
「ラクリマ・オン!」
右手を突き出して叫んだ。
……………………。
「……あれ?」
反応無し。
助けを求めて振り返ると、
「く、クルル君……。魔水晶は、衝撃を感知しないと発動しない仕組みになっているんです……」
ミリが必死に笑いをこらえていた。
「そういう事は先に言って下さい!」
__変に恥かいたわ!
クルルは再度向き直ると、今度は強く手を合わせる。
「ラクリマ・オン!」
すると、
「うお、ホントについた……」
魔水晶はぼんやりと光を灯した。
「あはは……。__魔水晶には、他にも種類があるんですよ」
うっすらと浮かんだ涙を拭いながら、ミリが言う。
「よかったら、見ますか?」
「ホントですか? ぜひお願いします」
じゃあこっちへ、とミリは部屋を出る。
案内された先は、キッチンだった。
「これです」
ミリが示したのは、二つあるコンロ。調理器具を置くであろうその金具の中心に、淡いオレンジ色の魔水晶が埋め込まれていた。
「これは発火魔水晶です」
「ああ、料理で使うんですね」
「く、クルル君凄いです……」
簡単な連想をしただけなのに、ミリは驚愕に近い眼差しを向けてくる。
「…………」
__おれ、バカにされてんのかな……。
ちょっと思わざるをえないクルルだった。
「__私は夕食の準備があるので、案内はまた改めて」
ミリは思い出したようにそう言うと、丁寧にぺこりと頭を下げる。
「あ、もしよかったら手伝いましょうか? おれ、多少なら料理できるんで」
クルルのそんな提案は、
「クルル君はトリリオン家のご客人です! そんな事はさせられません!」
問答無用で却下だった。
「り、了解です……」
そのまま押される形で、クルルはキッチンを出た。
「トリリオン家の客人……、か」
ミリの発言に何か引っかかるクルルだったが、せいぜい違和感くらいのものである。答えには行き着けない。それに加え、
「……ここどこだっけ」
屋敷の構造を覚えられていないクルルは、早速迷子である。
「__おやクルル君。こんな所でどうしたんだい?」
と、前からストロが現れた。
「あー、ちょっとここがどこだか分からなくて」
「迷子だね」
__はっきり言いやがった……。
「クルル君の部屋はこっちだね」
今度はストロに案内されながら、クルルはふと先ほどのやり取りを話してみる。
「あっはっは!」
笑われた。
「面白いね。ノグリスの常識が通用しないのか」
「自分の常識なんて、他人から見たら非常識ですよ……」
話した事を若干後悔しつつ、クルルはげんなりと答える。
「なるほどねー。面白い考え方だ」
楽しそうに頷くストロに、クルルは質問ついでもう一つ訊く。
「あの、ストロさん。魔法って、どうやって使うんですか? 呪文言ってみたんですけど、反応しなくて」
「まあそうだろうね」
「いやそんなあっさりと……」
打開策を期待したクルルは、かなりの肩透かしを食らった気分になった。
そんなクルルを見て、ストロは教師のように説明を開始した。
「いいかいクルル君。魔法は、言葉に意思を乗せて、それを魔力と融合させる事で使う。そのためには幼少期から魔力に触れ、言い方を変えれば“仲良く”なっておく必要があるんだ。つまり、成長過程で習得していくという事だね。__そもそも君の身体はノグリスの順応できていない。体内に魔力が無いんだ」
「はあ。じゃあもしそれができれば……」
「無理だね」
再びバッサリ。
「…………」
「クルル君と僕らでは、使う言語が違う。今はワード・イリュージョンのおかげでお互い理解できるけど、それはあくまで、勝手に近い意味に解釈しているに過ぎないんだ」
__つまりおれには、魔法=英語って先入観があったのか。
「僕らだって、呪文の持つ意味を理解できなければ、その魔法を使う事はできないからね」
「なるほど……」
「そう悲観しなくてもいいと思うよ。魔法が苦手な人はいくらでもいるからね。きっとクルル君にしか無い長所が見つかるさ」
「そうだといいんですけどね……」
クルルがため息をつく。
「__ああ、ここだね。クルル君の部屋は」
ストロは一つの部屋の前で立ち止まる。
「慣れない環境に慣れない知識で疲れただろう。しばらくは、ゆっくり休むといいよ」
そう言ってストロは、手を使ってドアを閉めた。