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異世界の機神 【寝過ごしたら、そこは異世界 】  作者: 藤谷和美
第一章:ドラゴンスレイヤー計画
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魔素生成器官起動

(私に関係する何かを、彼は隠している…… )


 きっと、その後ろめたい重圧プレッシャーに耐えかねて、石倉かれは不自然に口を閉ざしているのだ。

 そんな予感めいたものが、バレリーの中で半ば確信に変わっていた。


「ここの凄いところは、予備も含めて全部で4つの魔素転換炉を備えていて、何か災害が発生しても停まらずに自立して動き続ける事が出来る事なんだ」


 石倉は、バレリーに問いかける隙を与えないようにしようと考えているのか、矢継ぎ早にどうでも良い施設の説明を続けている」


「私が聞きたいのは、そんなことじゃ…… 」

 バレリーが石倉に疑問を投げかけたのとほぼ同時に、石倉は突然立ち止まって振り向いた。


「ここなの?」

 不審そうに石倉に問いかけるバレリー。


 長い通路の左側を見れば、石倉の立ち止まった場所に両開きの大きなスライド式自動ドアがあった。


「この中に居るのは、君の良く知っている幾嶋さんだ」


 突然石倉の口から飛び出した、懐かしい幾嶋いくしまゆずるの名前に驚き、そして少し心躍らせるバレリー。

 

「でも、何でジョーがここに?」


 心躍らせた次に、どうして彼がここに… という当然の疑念もバレリーの心に浮かぶ。

 ここは、実験棟だという話では無かったのか…


 もしかすると、また警護の仕事に戻ってきたのだろう、バレリーがそう考えようとした時に、石倉の言葉がそれを打ち砕いた。


「彼はドラゴンスレイヤー計画の実験体の一人として、今朝ここに連れてこられたんだ」


 石倉の言葉に、バレリーは騒がしかった今朝の垂直離着陸機(VTOL)の着陸を出迎える研究員達の姿を思い出していた。

 あの中に幾嶋が乗って居たのかと……


「良かった、戦地に行ったと聞いたから… 彼は無事だったのね」


 石倉の前でホッと胸を撫で下ろすバレリーだったが、自分でもその言葉の意味する違和感に内心では気付いていた。

 ここは実験棟、そして幾嶋はこの中に居る。


 無事であるならば、どうして地下の此処に居るのかと言う違和感を直視できずに、バレリーは不安を押し殺して其れに気付かない振りをしていた。


「何処で君に告げようかと悩んだんだけど、今の彼を見て君がショックを受けるといけないから、室内に入る前に言っておくよ」


 石倉はバレリーにショックを与えるのが自分の役割である事に耐えきれないのか、沈痛な面持おももちでバレリーの返事を待たずに、次の言葉を告げた。


「幾嶋さんは実験体として此処に運ばれてきたんだ、彼は昨夜の戦闘で体の大部分を損傷していて、彼を生かすには此処に連れてくるしか方法が無かったと思ってくれ」


 石倉自身が、自身の語る言い訳を自分でも信じていない事は見ていれば良く判った。

 事実だけを抜き出せば、幾嶋は死に至る程の負傷をして何故か野戦病院でも陸軍病院でも無く、魔総研に緊急搬送されてきたという事になる。


「それで父が私の力を必要だって事なら、何となく理由の想像は付くわ」

 バレリーは決意を心の底に秘めて、石倉の目を見た。


 状況は受け入れる、そしてその上でベストを尽くすのだと、バレリーの心は決まっていた。

 決めてしまえば迷っている暇は無い、その躊躇が幾嶋の命を危うくするのかもしれないのだから、自分に出来る事をやるだけなのだ。


「行きましょう、ジョーが生き残るために私の力を必要としているのなら、全力を尽くして応えます」


 しっかりした口調でそう言うと、バレリーは未だに躊躇している石倉を促してスライド式の自動ドアロックを解除させて、決意を秘めた力強い顔で先に室内へと入っていった。



 昨夜未明に多摩川での攻防に大敗を喫した国防軍は、次の防衛ラインを神奈川県の相模川まで下がらせて後が無い状況に追い込まれていた。


 ここを超えられてしまえば、臨時政府の置かれている富士山麓の樹海までの距離は幾らも無い。

 後は伊豆の山中に設けられた魔総研での、ドラゴンスレイヤー計画の成否を祈って待つしか無いのが実情である。

 しかし、計画が成功したとしても、追い詰められた状況を数名の超人の力で覆すには、些か時が遅過ぎたと言わざるを得ないのも事実なのだ。


 東は神奈川県の相模川、西は静岡県の天竜川、北は山梨県の笛吹川を最終防衛ラインとしているが、既に竜族の手に落ちた諸外国は両の手でも足りない程に多く、勝ち目がある戦では無くなっているのが正確な現状認識なのである。


 ここで一日持ちこたえたとして、それが明日の日本と、僅かに生き残っている人類の行く末に対して何になると言うのか、その明るい答えを持つ者は何処にも居ない。


 果たして竜族に無条件降伏を持ちかけたとして、人類を地球に対する寄生虫と見なして排除しようとしている竜族に対して、それが通じるとは思えないのだ。


 臨時政府の置かれた富士の樹海では、そんな議論がいつ終わるともなく繰り返されていた。

 圧倒的な竜族に対して、無条件降伏を持ちかけた国と言うのは実は少なくは無いが、その後の連絡が一切取れない事から考えても、効果があったとは思えないのである。


 その時、室内に飛び込んできた事務官から何事かを耳打ちされた首相代行の男は、普段の温和な顔が怒りに震えているかのように真っ赤に染まっていた。


「諸君、魔族が竜族に寝返ったそうだ、既に各地の防衛ラインは崩壊しているとの報告があった」

 竜族の主力が箱根山を越えるまでは、まだ僅かな時間は残されているのだろう。

 しかし、既に怪しくなってきている制空権も機体や人員のの損耗が激しく、そう長くは維持出来ないだろうとの報告も受けていた。


「もはやこれまでか…… 」

 期せずして首相代行となった男は、小さな窓から見える樹海の深い木々を見上げて呟いた。

 

 時ここに至れば、人類の共倒れを恐れて中止させたテラフォーミング計画すら、好きなようにやれば良いと思ってしまう。

 死なば諸共に、竜族も魔族も巻き込んでみんな滅んでしまえば良いのだと、そう考えていた。



 魔総研の地下にある実験棟に、多くの研究員が集まっていた。


 実験棟の一室にある広いスペースでバレリーを待っていたのは、紛れもなくあの幾嶋を含む見知った顔が3体、計器類と無数のコードつなぎ止められて上蓋の無い半カプセルのような台の上に横たわっている姿であった。


「バル、3人だが頼む」

 父アイザックが、バレリーを見つけて声を掛けてきた。


「新型の魔素発生器官は出力が大きい分だけ起動に大量の魔力を消費する事が予想される。 もし途中で休みが必要なら遠慮無く言ってくれ」

 この計画の責任者でもあるのだろう、研究所の所長が壁面に埋め込まれたスピーカーからそう指示をしてきた。


 見上げれば、広い室内の二階部分はモニタールームになっているのか、多くの研究者が興味深げに階下の様子を眺めているのが見えた。


 最初にバレリーが選んだのは幾嶋だった。


 残る二人には申し訳無いのだが、新しい器官の起動にどの程度の魔力を消費するのかが判らないだけに、万が一幾嶋を救えないリスクは避けたいと言う利己的な判断が、最初に彼を選ばせたのだった。


「何処にも怪我なんてしていないみたい…… 」


 それが幾嶋に近付いて間近で見た感想だった。

 話に聞いていた酷い怪我などは何処にも見当たらなく、その顔は以前見た時と何も変わっていなかった。


「体の大部分は人造の物に置き換えられているからね」

「特に顔は自己認識に重要な部分だから、念入りにコピーされているんだよ」

 父親の解説に続いて、見知った研究員がそう補足してくれた。


「いつ、そんな物をコピーしたの? 事故で怪我をしたから仕方なくジョーを使ったんじゃないの?」


 そう言って周囲で見守る研究者達に問いかけながらも、眼前に横たわる幾嶋のへその下辺りにある仙骨神経叢の位置に両手を当てて、徐々に魔力を込めて行く。


 徐々に強く掻き回すように回転するそれをイメージして魔力を込めて行くが、魔素生成器官は起動する様子も無い。

 更に強い魔力を注入しようとしたその瞬間、ドン!と言う大きな音と共に激しい衝撃が実験室を大きく揺らした。


 激しい揺れに吹き飛ばされて、計器類や器具の類が宙を飛んでくる。

 二階でのモニタールームでは、監視していた窓ガラスに大きな亀裂が幾つも入って曇りガラスのようになっていた。


 バレリーが激しい揺れで振り飛ばされないように、幾嶋の収められた半カプセルにしがみついて耐えているとその大きな揺れは唐突に収まったが、続いて小さな揺れが断続的に襲ってくる。


「竜族の襲撃だ、エレベータが動いているうちに全員避難しろ!」


 モニタールームから警告が発せられて、それを聞いた各人が慌てて部屋を飛びだしてゆくのが見えた。

 モニタールームでも多くの人が押し合ってパニックになっているのが見て取れる。


「バル、退避するぞ! どのみち人類はもう終わりだ。 一刻も早く脱出しよう」

 振り返れば、父親が実験室の入り口付近で自分を呼んでいた。

 その隣では若い研究員の石倉も逃げずに留まって、心配そうにバレリーを見ている。


「お願い、ジョーを助けたいの」

 バレリーの哀願にも似た要請に、父親と石倉が両手で頭を庇いながらやって来た。


「あまり時間は無いぞ」

「バレリーちゃんが頑張ってるのに、逃げるわけには行かないよね」

 二人は交互にそう言いながら、位置が乱れた幾嶋のカプセルと周辺の装置を元に戻してゆく。


 それに礼を言う間もなく、バレリーは自分の最大出力で魔力を幾嶋に注ぎ込んだ。

 激しい目眩にも似た喪失感を感じると共に、幾嶋が横たわるカプセルの計器の一つにグリーンのランプが点灯した……


「起動成功だ、やったぞバル」

 父親が嬉しそうにバレリーを抱きしめようとしたが、力が抜けたバレリーはスルリとその手をすり抜けて床にしゃがみ込んでしまった。


 石倉は、そんなバレリーの姿を見て呆然としていた。

「バレリーが小さくなってる…… 」


「魔力不足のようだな。 久しぶりだな、バルのその姿を見るのも」

 父親は驚きもせずに10歳くらいの姿になった幼女のバレリーを、だぶだぶになった衣服ごと抱き上げると、石倉に脱出の指示を出した。


「待って、ジョーがまだ目を覚まさないの」

 幼い声でまだ横たわったままの幾嶋を見て、バレリーが叫ぶ。

「成功したんじゃ無いの? ジョーは助からないの?」


「心配無いよ、恐らく起動プロセスが進行中のはずだ」

 父親がそう言ってバレリーを安心させようと、優しく耳元で囁いて教えてくれた。


「最初の起動時には、沢山ある各器官のセルフチェックが順番に行われるんだ、それが終われば目を覚ますはずだよ」

 石倉が、そう言って口数の少ない父親の言葉を解説してくれた。


「じゃあ大丈夫なんだ、良かった」

思わずバレリーの頬を安心の涙が伝う…


「彼は大丈夫だと思うけど、我々はかなり不味い事になってるかもしれないね」


 石倉が室内を見回すように言うのに合わせて、バレリーも辺りを見回してみると、既に誰一人として室内にもモニタールームにも動いている人の姿は見えなかった。


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