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異世界の機神 【寝過ごしたら、そこは異世界 】  作者: 藤谷和美
第三章:初級冒険者 イクシマ
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復讐のライアン

 エステルとルーベルは警護隊の女性兵士に保護されて、先に連れて行かれた。

 ルシアの配慮で、事件についての話は家で聞いてくれる事になったようだ。


 エステルを避けるようなルーベルの態度が気にはなったが、幾嶋としても死体の散乱する凄惨な現場に、いつまでも2人を置いておきたくは無い。

 それだけに、ルシアの配慮には頭が下がる。




 今、イクシマとファルマは、ルシアの依頼で現場検証に付き合っている。

 ルシアは崩壊寸前と言った館の惨状を見て、呆れたような顔で幾嶋を問い詰めた。


「イクシマが『介入できるようにする』と言っていたのは、こういう事だったんですか?」


 ここまで派手にやられたら幾嶋の行為を内々で処理できない、そういう困惑と怒りが入り交じった複雑な顔をしている。

 事実、ここまで派手な破壊と殺戮の痕跡が残ってしまえば、何故そうなったのかを明確にして、それを上に報告しない訳には行かないのだ。


「いや、館を壊したのは俺に間違い無いけど、館の外のことは知らないぞ」


 幾嶋はそう言って、右隣にいるファルマをチラリと見る。

 ファルマは、ニヤリと笑って頷いた。


「あなたがこれを?」


 ルシアが顔で指し示した館の庭、特に門の前に転がっている死体の数が尋常では無かった。

 幾嶋もその光景を目の当たりにしてしまうと、言葉も無い。


 死屍累々という言葉が頭に浮かぶ程の死体が、そこには転がっていた。

 ルシアの部下達が、黙々と死体を1カ所に集めているのが見える。


「邪魔をするから切った! それだけの事だ。 今回の『人喰い狩り』、邪魔をする者の排除も冒険者ギルドが領主から正式に許可を得ている」


 ファルマが差し出す書面を検めるルシアが、見る見る渋い顔になっていった。

 命が軽いこの世界のことだから、排除という言葉には殺害も可という意味が、当然含まれるのだろう。


 ファルマが突然、幾嶋に向かって問いかけた。


「イクシマ、おまえは何者だ?  やつらは腐っても元A2ランク、人の枠をとうに超えている。 腕自慢なだけの駆け出し冒険者が、1人でA2ランクを3人も相手にして無傷で生きていられるなど、冗談にもならぬぞ」


 そう問い掛けられても、自分が竜族を倒すために生まれた生体サイボーグだと言う事は、この世界の人間には理解の及ばない妄言にしかならない。

 どう言えば良いのか思いつかず、幾嶋は答えに詰まってしまう。


「まさか、おぬしも人を喰らった訳ではあるまいな?」


 そう言うファルマの目が細められ、幾分鋭くなった。

 スッと左足を引いて、幾嶋へと向きを変える。


 その左手は、腰の鞘にかけられていた。

 当然その親指は上向きで、分厚い太刀の鍔をいつでも押し出せる体勢だ。


 横に並んでいたファルマが幾嶋の方を向くのに合わせて、右足を踏み出して左足を軽く引き、幾嶋も至近距離でファルマと正面から向き合う姿勢になっていた。


 向きを変えるのと同時に、ファルマの持つ太刀の柄頭を右手で無造作に押さえる。

 彼我の距離は、踏み込まなくとも互いに打撃を当てられる程に近い。


「なっ!」


 抜こうとした太刀の柄を幾嶋に押さえられ、驚愕するファルマ。

 太刀を抜こうという動作に入る直前、その絶妙のタイミングで幾嶋に機先を制されてしまった事に驚いていた。


 後方に飛び退いて太刀を抜こうとしないのは、その動きに幾嶋がついてくると踏んだのか、それとも動いた瞬間に致命的な一撃を喰らいかねないと判断したのかは、判らない。

 屋敷の壊れ方を見れば、それが不可能だとは言えないだろう。


 実のところファルマは、自分に太刀を抜かせない幾嶋を見て、心の何処かで楽しく思っている自分に驚いていた。

 久々に面白い奴に出会った、そう思っていたのだった。


「俺が強いのは、あんたたちから見たら魔法のようなものだ。 『人喰い』とは関係が無いし、俺にはそんな事をやる必要も無い」


 ファルマの目を見据えたまま、そう言い切る。

 しかし、ファルマは黙ったまま幾嶋を見ていた。


「イクシマは凄い魔法を使えるんですよ、私はこの目で見ました」


 横で成り行きを伺っていたルシアが、幾嶋にフォローを入れる。

 ファルマはそれを聞いて、左の眉毛を訝しげにピクリと動かした。


「屋敷が壊れるところは路地の陰になっていて見てはおらぬが、聞こえた破壊音は2つだ。 魔法でなくとも卓越した武技だけでも、Aランクならばこれくらいは不可能では無い。 しかし、それだけの武技や魔法が使える者ならば名が通っていて当然。 だがイクシマ! おぬしの名前は寡聞にして知らぬのだ」


 5日前に目覚めた幾嶋を知らなくても当然ではあるが、そういう答えではファルマが納得をしないのも判り切っている。


「そうだな…… とある国の山の中で人嫌いな師匠について、子供の頃から修行をしていたんだ。 それで師匠が亡くなられたのを切っ掛けに世の中へ出て来た。 だから俺の事を知っている訳が無いのさ」


 幾嶋はとりあえず、頭に浮かんだ古典的カンフー映画のようなストーリーを、出まかせで言ってみた。

 半ば、やけくそな言い訳である。


 幾嶋の目を見つめるファルマの目が、急に緩んだ。

 その心境の変化は何なのか、幾嶋には判らない。


「考えてみれば、俺の任務は『人喰い』の3人が倒された処で終わっている。 証拠も無いのにお前を切れば、俺が同胞殺しだ。 すまぬな」


 そう言って詫びると、ファルマは太刀の柄に掛けていた右手を離した。


 ファルマは幾嶋の出方を試していたのだなと、ルシアは思った。

 恐らく、幾嶋が動揺するか逃げるかしていれば、太刀を抜いて戦いになっていただろう。


 Sランクの処刑人を前にして一歩も引かず、むしろ一歩踏み込んで見せた幾嶋の行動は、ファルマに幾嶋を対等の相手として認めさせる結果となった。

 ルシアは、ホッと胸を撫で下ろす。


「ルシアとやら、別の用件が残っているが故に、俺は帰るぞ! 用向きがあれば、冒険者ギルドを通してくれ。 明後日までは滞在している」


 ファルマはそう言って立ち去ろうとしたが、ふいに立ち止まり、幾嶋達の方へと振り返った。


「言い忘れていたが『人喰い』共の抵抗が激しくてな、成り行きで俺が屋敷を壊してしまった。 領主にはそう報告しておいてくれ」


 それだけを言うと、再び歩き出すファルマ。

 今度は振り返らないまま、通りの奥へと消えて行く。


「見かけ程、悪い人じゃないみたいですね」

 と呟いたのはルシア。


「ああ、力押しで強引な処は好きになれないが、すべては自分の正義を信じるが故かもしれないな」

 そう幾嶋は答える。


 ファルマと違って権力の後ろ盾が無い幾嶋が、エステルたちを救うためとは言え、屋敷を破壊したのは間違いの無い事実である。


 小さなトラブルであれば、ルシアがもみ消すこともできる。

 しかし、ここまで大事になってしまえば、内輪で後始末という訳には行かない。

 ファルマは、それを自分のせいにして良いと言ったのだった。


「良いのか? 事情聴取しなくて?」

 そうルシアに訪ねるが、彼は黙って首を振った。


「書面は正当なものでした。 冒険者ギルドの揉め事に我々は手を出せませんし、領主様の署名も間違い有りません」


「なるほど、ルシアがそう言うなら仕方ないのだろうな」


「まあ、考え方を変えれば警護兵に犠牲を出さず、捜査や証拠集めに手間も掛ける事無く、結局のところ人身売買組織は壊滅してボスは死亡ですから、この町も少しは平和になるでしょう」


 そう言うルシアは、どこか寂しげだった。


 例え市中警護組織の長であっても、こんな時には1組織の歯車でしか無い、自分の力の限界という物を実感しているのだろう。

 やり過ぎだと思っては居ても、領主が認めた人殺しを、部下であるルシアが否定し、それを咎める訳には行かないのだ。




 長々とした実況見分が終わり、事情聴取も終わった。

 夜道を歩いてニーリーの家に戻ると、エステルが玄関の前で待っていた。


「ジョー!」


 そう言って、嬉しそうに走ってくるエステルを抱きとめる幾嶋。

 あんな事があったと言うのに、庭とは言っても外に居るのは不用心すぎるのではないかと、少し腹を立てる。


 屈んだ幾嶋の首に、ぎゅっと抱きついてくる小さな体は、夜風に当たって冷え切っていた。

 首に回された腕をゆっくりと引き離し、優しく尋ねる。


「どうしたの? 家の中に居ないと、せっかく助かったのに病気になっちゃうよ」


 エステルは、幾嶋の問い掛けに何も答えない。

 ただ、下を向いて俯いていた。


 それ以上、何も問い掛けずに待っていると、エステルがようやくポツリと重い口を開く。


「ルーベルがね、私を避けてるから『どうしてなの?』って聞いたの…… そうしたらね、私が怖いんだって。 わたし何にもしてないのに、もう近くに居て欲しくないんだって…… 」


 地下室で何があったのかを、幾嶋は音声信号で得られた情報でしか知らない。

 だから、エステルに対するルーベルの態度が変わった理由が解らなかった。


「とりあえず、家に入ろうか?」

「うん…… 」


 幾嶋は立ち上がり、エステルの背中を軽く押して、家の中へ入ることを促す。

 エステルは素直に幾嶋の右手薬指と小指を小さな左手でギュッと握ると、二人して玄関のドアを開けた。


 居間で幾嶋とエステルを待っていたのはニーリーだけで、見回してもルーベルは居ない。

 ニーリーの雰囲気も、いつもの威勢の良さが見られずに、どんよりとして元気が無かった。


 幾嶋は、とりあえずエステルに先に寝ているように言う。

 久しぶりに幾嶋の姿を見て安心したのか、エステルは素直に2階の部屋に消えていった。



「悪かったね、どうしてもエステルが外で待つって言って聞かないもんでさ」


 熱いお茶を入れてくれたニーリーが、椅子に座りテーブルを前にした幾嶋に詫びを入れる。

 ニーリーは何か言いたいことがあるのだろうと、幾嶋が気を遣ってエステルを先に寝かせたのだった。


「それで、ルーベルがエステルについて何か言っているようだけど、掠われる時か地下室で一緒に居た時に、何かあったのかな?」


 その問いかけに、ニーリーは黙って下を向く。

 しばらく言おうか言うまいか迷っていたニーリーが、ようやく重い口を開いたのは、それから少し後の事だった。


「それが、あたしゃ信じてなんかいないんだけどね、エステルが男の人を燃やしたってルーベルは言うんだよ。 もちろん問いただしても、証拠なんてありゃしない。 だけどエステルでしか有り得ないって言い張るんだよ。 だから、あの子が怖いって…… 」


 今度は、幾嶋が黙る番だった。

 思い当たる死体が1つ、地下室にあった事を思い出す。


 その死体は真っ黒になるほど激しく燃えて、床に倒れていた。


 ルシアとは、誘拐犯が仲間割れでもしたのではないかと話していたのだが、その事だろうか?

 人が燃えたと言って、思い当たるのはそれだけだ。


「それでね、言いにくいんだけど…… 」


 ニーリーが切り出した内容は、二度も掠われた事で相当なショックを受けているルーベルをこれ以上刺激したくないから、出来れば早い内に別の場所に住むところを探して欲しいという事だった。


「エステルが悪い訳じゃ無いのは充分承知してるけど、ルーベルを落ち着かせたいんだよ。 あたしの事は親馬鹿で物事の善し悪しが判断できない愚かな母親だと思って許しておくれ」


 そう言って、頭を下げるニーリー。


 僅か数日前に出会ったばかりのエステルと、長年育ててきた実の娘を比べる事など出来ないのは、当たり前だろう。

 幾嶋としても事実がどうであれ、ニーリーの判断を責める気は無い。


「判りました、明日の朝になったらエステルと町を出て行くことにします。 元々、足の治療が済んだら旅に出るつもりでしたから、気にしないでください」


 ニーリーの気持ちに配慮して、幾嶋は出て行くことを決断した。

 旅に出る事は元から決めていたのだから、ニーリーが追い出す訳では無いと、一言付け加える。


「そんなに早く出て行かなくても…… 」


 形だけでも引き止めようとするニーリーの語尾が言葉にならないのは、それが本心では無い社交辞令である事を示していた。


 もちろん、自分が2人を追い出す事への自己嫌悪もあるだろうし、そこまでする必要は無いと思いたい自己欺瞞と、言い出したのは幾嶋の方だと言う自己正当化も含まれている。


 だが、それは幾嶋が非難する事ではないし、ごく普通の人間の心の葛藤でもある。

 根本的に人は純粋な善でもなければ悪でもない。


 良く在ろうとするから、多くの人は他人に対して善になれるのであろう。

 幾嶋もそれを判っているから、ニーリーに対して特に思う処は無い。


 むしろ、良く在ろうと日常を生きているニーリーに、そういう辛い選択をさせてしまった事を申し訳無く思うだけだった。


 幾嶋は立ち上がり、ニーリーの肩をポンと軽く叩いて2階の部屋へと上がっていった。


 明日は、朝からやることが山積みだ。

 旅の支度は、ある程度済ませてあるから、食料の買い出しとギルドへの手続き、それに地図の確認もしなくてはならない。


 ほんの数日前には、エステルを一緒に連れて行くかどうかで迷っていたのが嘘のように、幾嶋はエステルを連れて行くことに決めていた。




 町の北側にある豪奢な領主の邸宅に、マーテルの腹心の部下だったライアンは居た。

 贅を尽くした分厚い濃緑色のカーペットに膝をつき、頭を垂れている。


「首尾良くいったようだな」


 低い声で言ったのは、でっぷりと太って煌びやかな装飾品で体中を飾っている、この町の領主であった。

 彼の前に居た、ライアンがそれに答える。


「別の男が先に侵入しておりまして、てっきりそれが領主様の手配した処刑人かと間違えて、うっかりマーテルの居場所をそいつに話してしまいました。 しかし結果的にマーテルが死ねば成功でございます」


「うむ、組織の事はお前に任せる。 マーテルは最近調子に乗っておったからな、お前はわしに忠誠を尽くせよ」


「御意にございます」


「それにしてもライアン、お前の育ての親でもあろうに、心は痛まんのか?」


「あんな奴! 私の両親を騙して苦しめて、息子の私を売りに出さざるを得ない程追い詰めて、果ては自殺までさせた男。 信用させる為に必死で働いたのは、その恨みを晴らす、この日のため」


「ふむ、すべてはその復讐の為だったか。 さても人の心は複雑な物よな。 その点、金は裏切らぬから信用ができる。 ライアンも、しっかりと稼げよ」


「はい、仰せのままに…… 」

(ゲスめが、たっぷり利用させてもらうぞ)


 ライアンは心の中で、そう呟く。

 しかし、それを押し隠して深く頭を下げた。


 薄汚い笑い声で笑う領主の声が、ライアンが上辺だけの服従を誓った豪奢な調度品に囲まれた広い部屋の中で、大きく、そして誰はばかるところ無く響き渡った。


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