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異世界の機神 【寝過ごしたら、そこは異世界 】  作者: 藤谷和美
第三章:初級冒険者 イクシマ
38/42

腹心のライアン

「サイマン、あんたたちには今まで高い金を払って良い思いをさせてきたんだ、その分はきっちり働いて貰わないとな」


 金貸しのマーテルが、三人組の真ん中に居る背の高い男に向かって、恩着せがましい態度で言った。


「俺たち『匪徒ひと喰らいの牙』は、正真正銘のA2ランクだ。 そこらへんに居る自称Aランクとはわけが違う。 その差はマーテル、あんたが思っているよりも遙かに大きい」


 身長が190cm以上はありそうな、サイマンと呼ばれた薄青髪の男が、マーテルの不遜な態度を歯牙にもかけず、平然と答える。

 それは使われる者の態度では無かった。


 サイマンと言う男、年の頃はまだ20代前半くらいだろうか、A2ランクまで登り詰めた割には若い。

 フード付きで裾が床に着く程に長い、黒革のマントを羽織っている。

 身に付けている防具も、艶のある黒革を基調に、金色や群青色の縁取りを施した物で、お決まりのように上部がねじ曲がった、長いロッドを手にしていた。


「自称Aランクと言えば、イカヅチよ、あのサイラスとか言うランク詐称の男はどうした? 小便でも漏らして命乞いをしていたか?」


 そう言って仲間に問いかけたのは、マーテルから見てサイマンの左側にいる、暗緑色で長髪の男である。

 小柄で細身、そして装備は軽装で、全身が艶消しの黒だ。


 防具は必要最小限に動きを妨げないものを選んだという簡素な物で、これもまた艶消しの黒を基調とした、薄く軽量な物で統一されていた。

 この男の武器は左右の腰に差した一対の小剣、双剣使いと見える。


「カグラよ…… 俺は身の程をわきまえない後輩に、やさしく注意をしてやっただけだぞ。 人聞きの悪い事を言うな! まあCランク程度の生身であれば、充分に身の危険は感じたと思うがな」


 イカヅチと呼ばれた男は、カグラと言う名の男とはサイマンを隔てて反対側、マーテルから見て右側に立っていた。

 彼は唇の端に見える嗤いを隠さず、左の口角を僅かにつり上げた。


 イカヅチの装備はカグラと呼ばれた男の正反対で、全身装甲鎧(フルプレート)を身に着けている。

 左手には天地が70cm程の盾を装着し、背中には幅広の片手剣を背負っていた。


 『匪徒ひと喰らいの牙』とは、イカヅチが前衛、カグラが遊撃、リーダーと思われるサイマンが遠距離攻撃という役割なのだろう。


 ちなみに『匪徒』とは、集団で略奪や暴行などをする盗賊や強盗団などを指している言葉であるが、この世界では魔獣や亜人、そして人間に危害を加える魔族の類いなどをも含む言葉として使われている。


 漢字が古代文字として常用されていない世界で、彼らがその意味を知っているのかは判らないが、人々を守る正義の力という意味と受け取る事もできるかもしれない。


「そんな事よりマーテル、あの男を一人で行かせたが、裏切って自分だけ助かろうとする恐れは無いのか?」


 サイマンが、真面目な顔で問いかけるが、マーテルは有り得ないという顔で、軽く頭を左右に振りながら答える。


「あれは親の借金のかたに売られた子でな、あいつの才能に目を付けて俺が小さい頃から厳しく育て上げた、今じゃあ腹心の部下なんだ。 自分を捨てた親を酷く恨んじゃあいるが、俺を裏切るような事をする奴じゃあない」


 そう言ってサイマンの言葉を否定してみせるマーテル。

 腹心の部下として、ライアンには相当の信頼を寄せているようだ。


「ほお、他人など誰一人として信用していないと思っていたが、それは意外だったな」


 サイマンが信じられないとばかりに小さく声を漏らし、カグラとイカヅチが顔を見合わせている。

 マーテルという薄情で強欲な金貸しの男に、そういう人間味がいくらかでも残っているという事が、余程意外だったのだろう。


「俺のやろうとする事や考えている事をすべて先回りして、段取りよく手を回してくれる部下ってのは、俺が若い頃なら逆に危なくて始末すべき存在だ。 だがな、小さい頃からあれこれ教えて育て上げて、厳しくしてもオヤジと呼ばれて慕われりゃあ、俺だって悪い気はしねぇし、信用だってするものさ」


 マーテルは、何かのスイッチが突然入ったのかと思う程、急に思い入れたっぷりに話し始める。

 それは、一人の強欲で残虐な裏世界を牛耳る男ではなく、一人の父親の顔だった。


「野心に溢れ、力が有り余っている若い時には鬱陶しいとしか思えない事が、歳を取ってくるとな、案外とホロリと来るもんだ。 あんたたちにも、いずれ判る時がくるさ」


 仏のような柔和な顔でそこまで語ると、ようやくマーテルは元の悪い顔に戻る。

 彼が、チラチラと地下室の出入り口を見ているのが判った。


 おそらく、ライアンが戻って来ない事に、痺れを切らし始めているのだろう。

 長らく組織のボスをやっていて、自分の思い通りにならない事に対して耐性が無いのは、ある意味で当然な事なのかも知れない。


「ライアンの奴、遅いな…… 外の様子を見るだけなら、こんなに時間が掛かるわけがないぞ」


 マーテルは、外の状況がまったく判らない地下室でライアンの帰りを待つことに、少しずつ苛つき始めていた。

 ゆらゆらと小刻みに貧乏揺すりを自分がしている事にも、おそらく気が付いて居ないだろう。


 状況の変化をじっくりと待つよりも、相手より先に攻めて準備の出来ていないうちに叩き潰す事が、マーテルの生き残る為の法則でもあったのだ。


「ライアンに、何かあったのかもしれないな、どう思う?」


 外の見えない地下室での待機は、そんな彼を苛つかせるのに充分だった。

 そして、いつまでも戻って来ないライアンに何かがあった可能性も、マーテルの不安を増大させる要因になっていた。


「俺たちが居るんだから、こんな地下でちまちまと待つ必要は最初っから無かったと思うぜ、マーテルさん」


「例え不味い状況だったとしても、強行突破するなら早いほうが良い」

「まったくだ、相手の段取りが済むのを待つのは馬鹿のやることだからな」


「俺が様子を見てこようか」

 カグラが、そう切り出した。


「いや、ここは全員で行動しよう! 地下で入り口を封鎖されたら、俺たちでも打てる手は限られるからな」


「まずカグラが先行で出ろ、そして合図を寄越せ。 次にイカヅチで俺、そして最後に安全を確保してからマーテルだ。 いいな!」


「おう」

「任せろ」


 イカヅチとカグラが応え、それにマーテルが一言言い放つ。


「頼むぞ、サイマンにカグラにイカヅチ、払った金の分は働いてもらうからな」


「ふっ、金だけなら冒険者をやってる方が稼げるんだ。 マーテルよ、勘違いをするな」

 マーテルの言いぐさを聞いて、サイマンが馬鹿にしたように言い返した。


「そうそう、俺たちは楽をして金を稼いで、好きなだけ女を抱きたいってだけなんだからな」


「ああ、だから楽しませて貰った分は、働かせて貰うさ。 そこいらの兵士あたりが相手なら、少なくとも負ける要素は無いからな」

 カグツチとサイマンが、いかにも自信あり気にマーテルに言った。


 カグラが無言で一歩、ドアの方へと足を踏み出した。

「じゃあ、俺が合図をするまで待ってろ!」


 彼は両腰の小剣を逆手に持って抜くと、一旦左手に二本をまとめて握り、右手で地下室の扉を開けて出て行った。


 後に残るのは、サイマンとイカヅチ、そしてマーテルである。

 イカヅチは盾を左手に構え、右手で背中の剣を抜く。

 そして、しっかりと握り直した。


 サイマンは軽く曲げた右掌を口元に当てて、小声で詠唱を始めている。

 徐々に、周囲の空間魔素密度が低下してゆく。


 マーテルは横目でルーベルを見ながら、サイマンへと向き直り、ゴクリと音を立てて唾を飲み込んだ。


 エステルはまだ気絶をしたままで、冷たい床にぐったりと横たわったまま動きが無い。

 意識のあるルーベルは、自分から彼らの興味が逸れてホッとしつつも、油断無く彼らの動きを追っていた。


 その近くには、真っ黒に焼け焦げたアグラの死体が1つ転がっていて、まだ焦げ臭い煙が燻っている。

 それを見ていたマーテルの目が、酷薄そうに一瞬細くなった。


「小娘たちを、このままにしておくのは不味いな」


 ぽつりと、マーテルが呟く。

 それに呼応してイカヅチが振り向き、マーテルの顔を見てから、無言でエステルとルーベルに視線を移す。


 サイマンは詠唱への集中を邪魔される事を嫌って、視線を動かす事は無い。

 しかし、確実にその耳にはマーテルの声が届いているらしく、言いたいことは判っているとばかりに、小さく頷いた。


「連れて行くか? それとも身元がバレないようにミンチにするか?」


「…… いや、二人も居たら足手まといだ」


 イカヅチの問いに、マーテルがしばらく逡巡してから答える。

 そして、二人に問うように言った。


「万一の事を考えれば、俺の仕業と判る証拠になるものは跡形無く消したい。 何か方法は無いのか?」


 例え身元が判らないように二人をミンチ状にしたとしても、そこに何かがあった事は隠しきれない。

 マーテルは、それを言っているのだ。


「俺たちは強大な敵を倒す事に特化した存在だ。 死体を跡形無く消す事を目的としたような意味の無い技は、敢えて習得する必要も無いし、そもそもそんなものは存在しないはずだ」


「ならば娘達は口封じに殺しておいて、死んだアグラを犯人に仕立て上げるしかないか…… 」


 マーテルは、独り言のように呟く。

 それを聞いてサイマンとイカヅチが無言で頷き、マーテルも二人から視線を離さずに、ゆっくりと小さく頷いた。


 既に詠唱を終えているサイマンが、イカヅチへと目で合図をする。

 それを受けて、イカヅチはルーベルとエステルの方へと向き直った。


「じゃあ、さっさと後始末をしちまうか」


 イカヅチが剣を構えると、元に戻っていた周囲の空間魔素密度が、再び徐々に低下してゆく。

 やがてバチバチと、剣に小さな放電の光が網の目のように走りだした。


 その時、再びドン!という激しい振動が地下に伝わってくる。

 その振動は、少し前に聞いた轟音を伴うもの程は激しく無かったが、地下室の天井からパラパラと破片が落ちる程度には近くて大きな衝撃だった。


「サイマン! イカヅチ! すぐ来てくれ! こいつは化け物だ!!」


 地下室に大きな振動が伝わってからすぐに、上の階からカグラの救援要請が聞こえた。


 動揺するサイマンとイカヅチ、そしてマーテルの三人。

 一瞬顔を見合わせただけで、サイマンとイカヅチは地下室の扉を開け放って階上へと、人間離れした初速と加速で駆け出した。


 その場に取り残されたのは、拉致された二人を除けばマーテル一人だけであった。

 一瞬の出来事で、自分がどう動いて良いのか判断がついていかなかったようだ。


 もちろん、常人であるマーテルが人の枠を超えた存在である元A2ランクのサイマンとイカヅチに着いて行ける訳も無いのだが…… 


 おろおろと、ルーベルたちと階上を交互に見やるマーテル。

 階上で何が起きているのかは判らないが、A2ランクのカグラが一人で倒せない相手が居る事は、間違いが無かった。


 上に着いていっても戦闘に巻き込まれる危険はあるが、A2ランクが3人居れば負けることは無いだろう。


 ここに1人で残っていれば、上の戦いには巻き込まれる事は無い。

 しかし、A2ランクの3人が戦いの中で場所を移動してしまえば、別の敵が地下室へと入ってくるかもしれないのだ。


 もしも、警護兵であり市中見回り組でもあるルシアの手の者に見つかれば、この状況を言い逃れる事は出来ない。


 ルーベルたちを自分の手で始末してから階上へと向かうべきなのか、それとも今すぐ一人だけの不安な状況から逃れるために、急いで階上へと向かうべきなのか、それを逡巡していた。


「クソっ!」

 マーテルは後者を選んだ。


 ギリギリの状況で、強者である元A2ランク冒険者の側を離れるべきでは無いと判断したのだった。


「ままま、待ってくれ! 俺を置いて行くなぁ!」


 慌てて転びそうになりながらも、両手をついて四つ足の獣のように階段を上って行くマーテル。

 彼には、もはや組織のボスとして傲然としていた時の面影は、どこにも無かった。




 幾嶋が、前方に見つけたドアへと歩き出した処へと、時間は少しだけ巻き戻る。


 ドアに近付いていた幾嶋の足が、あと3mという辺りでピタリと止まった。

 ドアの裏側にある通路から、人の体温ほどの反応体が1つだけドアへと近付いているのを識別したのだ。


 幾嶋が背中の大剣を抜いて、静かに待つ。

 やがて、ドアノブがカチャリと音を立てて動いた。


 僅かに開かれたドアの隙間から、若草色の頭が少しだけ見える。

 その髪形と僅かに見える横顔の雰囲気から、それが男であると判断した。


 その男は、僅かに開けたドアから垣間見える、破壊された館の天井と壁を見て、ハッと息を呑んだ。

 其処にあったはずの豪奢な壁や調度品は既に無く、破壊され解放された空間から、隣の建物とその敷地が見えている。


 幾嶋の存在はドアの死角になっていて、まだ気付いていない。


 更に良く見ようと男はドアを開き、上半身が見える程に顔をドアから突き出した。


「ひっ!」


 その男、ライアンが見た物は、自分に突きつけられた大剣の切っ先が放つ、白銀色の輝きだった。


 その場に腰を抜かして、へたりこむライアン。

 幾嶋の大剣が、それを追って下へと向けられる。


「地下への入り口は、どっちだ?」


 はやる気持ちを抑えながら、幾嶋が問う。

 開け放たれたドアの向こう側には、廊下が左右に延びていた。


 右なのか、それとも左なのか、無駄なギャンブルをしている暇は無い。

 もっとも、ここで尋問に時間を掛け過ぎてしまえば、それも結果としては同じ事になってしまう。


 エステルが生きている事は、ブレスレットから送られてくるバイタル信号で判っている。

 しかし、男の断末魔の悲鳴が聞こえてから、エステルが眠ってでもいるかのように一定の反応しか帰ってこない事が、逆に幾嶋の不安を煽る。


「良いことを教えてやろう、俺はいま気が立っている。 そしてお前の事を俺は、知り合いを掠った奴らの汚い仲間だと思っている。 意味は判るな」


「わ、判っている。 だから落ち着いてくれ」


 コクコクと小刻みに頷き、幾嶋を落ち着かせようとするライアン。

 こちらも、幾嶋の余裕の無さが伝わってくるだけに、必死だ。


 エステルの居る位置は判るが、そこへの入り口をサーチするのは少し手間が掛かる。

 建物全体を透過してサーチするのには、一旦建物から少し離れる必要があるのだ。


 幾嶋は大剣を床に置き、ライアンの左右の掌を握って問いかけた。

「右か左かだけを言え! 地下に至るのはどちらだ?」


「ひ、左だ、左! 右は別棟へ行く通路に繋がっている。 それから、地下にはA2ランクの元冒険者が3人居るから1人で行くのは止めておけ。 ボスもそこに居る。 これだけ滅茶苦茶に屋敷を壊したんだ、大勢仲間が居るんだろ?」


 ライアンは素直に、幾嶋が聞いていない事まで答えた。

 両手から伝わる心拍数や発汗状況などを勘案しても、嘘はついていないと判断ができる。


 罠という事も充分に考えられるが、そんな物はドラゴンスレイヤーである幾嶋には、通用などしない。

 A2ランクがどの程度なのかすらも、関係が無かった。


 エステルのブレスレットからは、更に物騒な話が聞こえてくるだけに、もはや一刻の猶予もならない状況と判断した。


「邪魔だ、どけ!」


 ライアンの襟首を右手で掴むと、後ろへと放り投げる。

 軽々と投げ飛ばされたライアンは、廊下をゴロゴロと派手に転がって気絶したように見えた。


 ピクリとも動かない処を見ると、あるいは首の骨でも折れたのかもしれないが、幾嶋としては一切気にはならない。


 しょせんは、エステルとルーベルを掠った奴らである。

 どのような死に方をしようと、それは自業自得なのだ。


 大剣を手に取り、急ぎ足で廊下へと足を踏み出す。

 目の前にある廊下を左へと曲がると、10m程先が突き当たりになっていた。


 突き当たりの左に、ドアが見える。

 恐らく、あれが地下へと続く通路なのだろう。


 そのドアは、僅かに開いていた。

 先ほどの若草色の髪をした男が、そこを開けて出てきたのだろうと判断して、無造作に近付く。


 一刻も早くと焦る気持ちで、幾嶋はドア周辺にサーチをかけるのを忘れていた。

 ドアがバン!と突然開いて一陣の黒い風が幾嶋に迫る。


 それは人間の反射神経を遙かに超えた速度で、瞬時に幾嶋の足下へと到達していた。

 刹那に突き出される2本の小剣が、幾嶋の装甲の合わせ目を狙って胸の下から、スッと心臓を目がけて差し込まれようとしていた。


 それは人間の枠を超えた者だけが為せる、刹那の早業である。

 しかし、幾嶋もまた人の枠を遙かに超えた存在として改造をされた生体サイボーグ戦士、ドラゴンスレイヤーであった。


 冷静にその攻撃の軌跡を追っていた幾嶋は、僅かに上体を後ろに逸らして双剣の切っ先を避ける。

 足下の黒い影の目が、あたかも信じられない物でも見てしまったかのように、驚愕に見開かれていた。


 ボコッ!と言う鈍い激突音と共に、上体を僅かに後ろに反らして双剣を躱した幾嶋の放つ、左の膝蹴りをまともに胸の防具へと喰らった黒い影が、廊下の突き当たりまで一直線に吹っ飛とんだ。


 それと同時に激しい激突の衝撃が、既に半壊してる館を再び大きく揺らす。


「ゲホッ、ガハッ…… 」


 激突した衝撃で肺の空気をすべて吐き出してしまい、苦しそうに咳をする黒い影。

 それは地下室を出て1階の様子を探りに来たカグラであった。


 A2ランクまで駆け上がり、人の枠を超えて強化されたカグラの肉体と反射神経が無ければ、既に即死していても不思議では無い程の激しい衝撃だったのだ。

 カグラが激突した壁は、彼自身の肉体によって破壊され大きく窪んでいた。


 カグラの持つ武技の1つであり得意技は、自身を風属性の突風に乗せて瞬時に敵の喉元へと迫る、瞬殺の暗殺剣である。


 当然ながら2本の剣には、強烈な神経毒が念入りに塗ってある。

 だから僅かでも傷を与えてしまえば、カグラの勝ちは動かないはずであった。


 人の枠を、とうに超えている筈のカグラの攻撃である。

 それをかわせる者など、この世界にはいくらも居ないはずだった。


 ましてや今の攻撃は、2本の剣の切っ先を鎧の隙間に差し込む寸前まで行っていた。

 そこまで行けば、例えSランクの冒険者とて避けきれるものではない。


 それが皮一枚の差で避けられただけではなく、上体を反らす動きに連動して、同時に手痛い反撃までも喰らってしまったのだ。


 反射的に後ろに跳んでいなければ、恐らくその場で肋骨をへし折られ陥没した胸骨に心臓までも潰されいただろう。

 それは強化されたカグラの肉体であっても、間違い無く即死していた程の容赦無い攻撃だった。


 自分を守ってくれた胸当てに手を当ててみれば、それは大きく歪んで割れていた。

 それを確認して、あらためて背筋を悪寒が走る。


 冒険者ギルド特製の胸当ては、軽くて硬く、そして魔法さえも通しにくいと言われているアイテムだ。

 それはAランクの冒険者でも最上位のA1ランク以上にしか手に入れる事ができない、特別製のカスタム防具でもある。


 その硬さは竜の鱗にも匹敵すると言われている、冒険者垂涎の超高価なレア・アイテムでもあった。

 そして本来ではA2ランクのカグラたちには、まだ手に入れる事の出来ない筈の防具でもある。


 それを何故手に入れることが出来たのかと言えば、死んだA1ランク冒険者から剥ぎ取ったのだ。

 そうでなければ到底手に入れることなど出来ない頑丈な代物が、あっさりと壊された。


 カグラは、その意味する事に恐怖したのだった。


「こいつは、ヤバイ相手だ…… 」


 1人では勝てないと判断するのも、カグラは早かった。

 例え自分1人だけでは勝てない相手であっても、仲間が居れば勝てる。


 今までも、そうして生き残って来たのだ。


 どんなに相手が化け物じみた強さであっても、2対1なら状況は逆転出来る。

 それが3対1ともなれば、話は大きく違うはずなのだ。


「サイマン! イカヅチ! すぐ来てくれ! こいつは化け物だ!!」


 カグラは、階下に向かって大声で叫んだ。


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