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異世界の機神 【寝過ごしたら、そこは異世界 】  作者: 藤谷和美
第三章:初級冒険者 イクシマ
31/42

訓練教官のホムラ:1

「みんな子供の頃に、こんな神話の一節を聞いた事があるだろう?」


 そんな前置きを言うと、ウルドは目を瞑り神話の一節を語り始めた。




 遙かなる昔、いにしえの神々による争いあり


 あまねく全ての生き物の上に火の雨と氷の槍が降り注ぎ、大いなるわざわいにより大地は割れ、山は海となり海は山となり、星は位置を変え空は裂けた。


 幾多の生き物が滅び、神々もまた激しい争いの末に滅びたと言う……。


 世界が滅びてより幾千年...


 すべての文明は失われたかに見えたが、僅かに生き延びた人類の末裔は再び地に根を張り都市を造り再びその数を増やしていった




 そこまで語るとウルドは皺だらけの目を開き、幾嶋を始めとして周囲で聞き耳を立てている冒険者たちを余裕たっぷりに見回す。

 そして、全員が黙ってウルドの次の言葉を期待しているであろう事を確認すると、再び語り始めた。



「昔、今より遙かに昔、世界には溢れるほどの人が居て、大いに繁栄していたと言われておる」


「この世界は今よりもっと広く、数多くの人と魔族と竜族が仲良く暮らしていたそうだ」


「だがな、突如始まった神々の争いによって、地上に溢れていた多くの命が死に絶え、世界は大きく姿を変えてしまったのだと、古くから言い伝えられている」


「僅かに生き延びた人々は、肩を寄せ合い必死に生きようとしていたが、変わり果てた世界は余りに厳しい試練を人々に与え、生きる事すら容易に許さなかったそうだ」


「せっかく生き延びたと言うのに、人の数はその後も減る一方だったと言われている」


「地上には魔獣や亜人が我が物顔で棲み着き、僅かに残った遺跡に隠れ住んでいた人々も、もはや生き延びる事を諦めようとしておったそうだ」


「その時、天空が突如眩く光り輝き、厚く垂れ込めた雲の合間を貫いて、地上に6本の強い光の柱が射し込んだと言われておる」


「その時初めて、天より遣わされた6柱の神が地上に降りられたのだよ」


「今でも、各国それぞれに崇めている神は違えども、すべてはこの6柱の神よりはじまっておるのだ」


「神は世界の各地に隠れ住んでいた人々に、奢らず質素に生きよと仰られて、小さいが人の住める平らかな土地を6ヶ所だけ与えてくだされた」


「それが、大陸の北西にかつてあった太祖六国の始まりとなったのは、みなも昔話で聞いて知っているな?」


 その言葉に、幾嶋を除く全員が黙って頷いた。

 この世界では、常識的な話らしい。


「冒険者ギルドの前身は、そんな時代に出来たそうだ」


「安住の土地と言っても、多くの人を養うには何も無い時代だ」


「神が天に還った後に、恐ろしい魔獣や亜人から集落を守り、道無き道を切り開き、集落を襲う魔獣や亜人を必死で狩り、新しく人が住める土地を求めて危険な森へと分け入って行った、命知らずの強者が各地に現れる事になる」


「そんな勇敢なる者を、力無き人々は『冒険者』と呼んで尊敬していたのだよ」


「混沌の時代、各地にそれぞれ存在していた、『冒険者』と人々から呼ばれていた者達が、神の導きにより自らを律するルールを定め、国の境界をも超えて人々を守ろうと造り上げた集まりが、冒険者ギルドの元となっているのだ」


「その設立には、民を守る余力の無い各地の長も、太祖六国の設立をそれぞれ後押ししていた6柱の神々も、大きく力を貸し与えてくれたそうだ」


「今でも各国の王家には代々『冒険者ギルドには手を出すな』との申し送りがあり、神殿もそれを認めておる」


「冒険者ギルドは国の枠を超えた、一つの非営利組織として成立しているのだよ」


「だからこそ冒険者ギルドは、国と国が多数に分かれた現在でも、国からの統制を受けず、国と国の境界を越えて、独立した組織として今の今まで続いておるという訳だ」


「いまでこそ、採集と狩猟と傭兵、そして雑務に役割が細分化されているが、元々の出発点は人々の安全を守り、そして生活を支えるために自らが率先して危険に飛び込んで行く、冒険者という名にふさわしい強者の集まりだったということだ」


「故に、冒険者ギルドという名前は我らの誇りであり、仕事の内容は変われども、決して外すことの出来ない名誉ある名称なのだよ」


「納得してくれたかな? イクシマ」


 ウルドは好々爺然とした人の良さそうな笑顔を幾嶋に向けると、そう言って声を立てて笑った。

 周囲で聞き耳を立てていた冒険者たちも、自分たちが所属しているギルドの成り立ちを初めて聞いたのか、しきりに感心して頷いている。


 それはともすれば、乱暴な厄介者と思われがちな冒険者という言葉に、自信と誇りをもたせてくれる話だった。


「ありがとうございます。 なるほど、勉強になりました」

 そう言って、幾嶋は頭を下げる。


 昔話とは言えども、世界の成り立ちに関する話は、幾嶋の失われた記憶に大いなる刺激を与えた事は、間違いが無かった。

 竜族という言葉を聞いた時には、心が何故か波立ってしまったが、何かを思い出せそうで思い出せない。


「どうだね、冒険者ギルドは人々の平和と繁栄を守る為に、常に力のある者を欲しているのだ。  ジーナが君を誘った意味は、言い方の問題は有るが、そういう事だと理解してくれないかな?」


 ウルドの人の善さそうな笑顔に、幾嶋の心も緩む。


 人々の平和と繁栄を守る。

 その言葉は、家族を竜族に殺された事への復讐だけでは無く、同じように人々を守るという意思を持って軍人となった幾嶋の心に、どこか通じるものがあった。


「判りました、自分のような者で良ければお世話になります。 ただし、行動の自由を制限されるようで無ければ、と言う条件は付けさせてもらいますよ」


「判って貰えて嬉しいよ、イクシマ。 ジーナ、ギルド加入に関する契約の説明をしてあげなさい」


「お前には後で、『北風と太陽』という昔話を聞かせてやらねばならぬな」

 ウルドは、ジーナに小声でそう耳打ちすると、現れた時と同じドアの奥へと戻っていった。

 当然、この内緒話も幾嶋の耳には筒抜けである。


(しまった! 人の善いじいさまじゃなくて、古タヌキだったか?)


 そうは思っても幾嶋が、ウルドの老練な話術に気持ち良く釣られてしまったと思っているのも、あながち間違いでは無い。


 彼にとって、冒険者になるという事へのハードルは、既に大幅に下がっていた。

 ウルドの人柄の善さそうな素振りに、つい引っかかってしまった事も、笑って済ませられる程度の事である。


 後に残されたのは、いまさら幾嶋にどういう態度を取ったら良いのか決めかねているジーナと、周囲にいた冒険者たちである。


「おい、あいつウルドから直々に誘われるなんて、そんなに凄いのか?」

「新顔かな? 見た事のない顔だぞ」


 周囲に居た冒険者たちから、そんな声が漏れ聞こえてくる。


「お前ら、甘いな。 誘う事と、そいつが生き残ってランクアップして行くかは、まったく別の話だろ」

「まったくだ。 ああやって誰彼無くギルドに誘うのはウルドの悪い癖だし、誘った後に面倒を見てやった事も、たぶん無いぞ」


「そういう人なのか?」

「そういう人なんだよ」


「駄目な奴は、実力も弁えずに分不相応なクエストを受けて、途中で死ぬからな」

「結局、冒険者稼業ってのは自分次第なのさ」

「確かに…… 」


(なるほど、ウルドは誰にでも声を掛けるのか…… )


 そんな噂話を耳にして、幾嶋の中に最後まで残っていた僅かな警戒心が消えた。


「イクシマ、こっちに来なさい。 契約の説明をするわ」

 ジーナは、結局同じキャラで行くことに決めたらしく、強気に幾嶋を呼びつけた。


「どうせ読めないんだから、ここにサインをしなさい。 説明は後でするわ」

 ジーナが差し出した書面の最上部には、労働派遣業務委託契約書と漢字で書いてあった。


 第一条と書かれた部分を見て、幾嶋はジーナの顔を見た。

 冒険者ギルド(以下甲とする)は、_____(以下乙とする)との間に以下の……


 この世界で古代文字と称されている漢字が多用され、判りにくく回りくどい表現が使われているそれは、幾嶋も数えるほどしか目にした経験が無い、紛れも無く契約書と呼ばれる物だった。


 ジーナの前で、幾嶋が驚いた表情を見せた事が嬉しかったのか、彼女は誤解をしている事に気付かぬまま、見下したような笑顔を見せた。


「意味は後でひとつずつ説明してあげるから、とりあえずサインなさい」

 上から目線なのは変わらないが、言葉もいつの間にか柔らかくなっている。


「いや、普通は内容の説明を聞いてから、納得したらサインをする物じゃないんですか?」


 そう言ってから、幾嶋は契約書をめくり内容の確認を行った。

 その様子を見て、ジーナが慌てたように声を掛けてきた。


「ちょっと、あなたまさか、これが読める訳じゃないわよね?」

 その、あまりに真剣な表情と眼差しに、幾嶋は正直に肯定してしまう事に危惧を抱く。


「いや、なんか見た事が無いもので、珍しくて」

 そう言って、誤魔化す。


 どうやら、今まで知り得たことから考えると、古代文字と呼ばれる漢字や英文を知っているという事は、この世界では有り得ない事らしいので、無用な詮索を受けないようにと判断したのだった。


 ざっと幾嶋が流し読みをした限りでは、契約の解除は1ヶ月前に申し出れば可能なようだし、冒険者の義務として気になるのはギルドからの指定クエストは断ることが出来ないという項目くらいなものだった。


 サージェたちが言っていた生存報告義務と言う項目もあったし、一定期間内のクエスト受諾義務という事も書いてあった。


「そう、じゃあ先に説明をしてあげるわ」


 ジーナの説明を聞きながら、契約書に記載された内容と違いが無いかをさり気なく、珍しい物を見るように契約書を開いて確認する。


 特に問題は無いようなので、第一条に敢えてカタカナで名前を書いてから、最終ページの署名欄にもカタカナでサインをする。

 これは、ニーリーの家でもラミレスの家でも、名前だけが平仮名では無くカタカナ表記だった事を思い出しての事だ。


 サインが終わると、ジーナは隣の受付嬢に耳打ちをした。

「ホムラを呼んで来てちょうだい」


 それを聞いた受付嬢はカウンターを離れると、カウンターを出てクエストの依頼書が張られている掲示板の横を通り、突き当たりのドアを開けて中へ入っていった。


「じゃあ、初心者担当の教官が来る前に、あなたの潜在魔力度を計測するから、ここに右手を、こっちに左手を乗せてちょうだい」


 そう言ってジーナが、重そうにカウンターの上に取り出してきたのは、直径が25cm程もある、大きな水晶球のような物だった。

 その球は水晶のように透明では無く、乳白色をしている。


「これであなたに魔力があるかどうか、判定出来るわよ」


 ジーナは慎重に乳白色の球を回して、設置位置の微調整をしていた。

 それを見る限りでは、幾嶋側とジーナ側にどちらを向けるのかと言う決まりがあるようだ。


「魔法使いは数ある冒険者の中でも希少な存在なの、魔力があっても発現していない人を見つけるのが、この球なのよ。 そして魔法が使えなくても魔力があれば、訓練次第では武具スキルを身に付ける事も可能なの」


 ジーナの説明を聞く限りでは、魔力と呼ばれる物があっても魔法が使えるわけでは無いらしい。


 武具スキルと言うのは、説明を聞く限りでは武器や防具を媒体として魔力を高い攻撃力に変換したり、通常では有り得ないような防御力を示したりする技術の事らしかった。


「魔法使いは、存在自体が希少なんですね」


 幾嶋は、ジョリーの赤い髪の毛を思い出しながら、そう言った。

 という事は、サージェのパーティは中々に希少な戦力を確保しているという事らしい。


「そうね、魔法使いと名乗れる程度に攻撃魔法が使えるのなら、上のレベルのチームから引く手数多(あまた)ね。  でも、それ以上に希少なのが、治癒魔法を使える魔法使いなのよ」


「治癒魔法は、神官じゃなくても使えるんですか?」

 幾嶋は、エステルの足を完璧に治してくれたと言う、ゴリラ顔と自称していた男の話を思い出していた。


「魔力が有る人が居たとして、その人がどんな魔法と相性が良いのかは私も詳しくは知らないけど、治癒魔法が使える人は数が少ないの。 そうして、そんな人達は多くが危険な冒険者よりも、身分が高く人々から尊敬もされる神官を志すわ」


 なるほど、と幾嶋は思った。


 自律的に心を落ち着かせて魔素生成器官の出力を最低レベルまで落とした上で、幾嶋はカウンターの上に置かれた測定器らしきプレートに、両手を乗せる。


 冒険者ギルド設立当初と違い、ある程度社会の仕組みが出来上がって暮らして行けるようになると、冒険者が人々の暮らしや安全を守るという意義も薄れているのだろう。

 ウルドの話とジーナの話を組み合わせれば、そういう事になるのも判らない訳では無い。


 冒険者になるよりも安全で、しかも安定していて、その上で尊敬されるような職業に就ける特技を持っているのなら、あえて冒険者になる必要も無いと言う事なのだろう。


「それでも、敢えて冒険者になろうなんて変人も居ない訳じゃ無いわ。 収入だけで言えば、高レベルの冒険者は神官なんて目じゃない程稼ぐのよ。 でもね…… 」


「でも?」

 ジーナに、誘い受けのような引っかかる言い方をされて、思わず幾嶋が問い返す。


「魔法使いは、高レベルになっても肉体強度が上がりにくいから、余程安定したパーティに入らない限り、戦闘での死亡率が低くないのよ」


 そう言って、ジーナはフッと突き放したような微笑みを浮かべた。


「肉体強度って体力とか筋力の事なら、鍛え方次第じゃないんですか?」


 体質的に筋肉が付きにくい人だって居ない訳では無いけれど、筋力や体力はトレーニング次第のはずだと幾嶋は思う。


「そこから先は、俺が説明しよう」


 良く通る低い声が聞こえた方向に顔を向けると、サイラスを少し細身にしたような筋肉の塊が立っていた。


 もう朝夕は肌寒い季節だと言うのに、上半身はタンクトップのように肩が丸出しになっている皮の防具1つで、下は急所をカバーする革製の防具と膝下丈までのハーフパンツを身に付けている。


 短髪で四角い顔をした、そんな暑苦しい筋肉馬鹿が、爽やかな笑顔で立っていた。


 スッと右手を差し出して、その筋肉馬鹿の大男は言った。


「訓練教官のホムラだ! 冒険者ギルドへようこそ」


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