ギルマスのウルド
「俺たちが、そこのラミレスの護衛を引き受けることにした」
その一言で、彼らが知るはずの無いラミレスの家に居た理由が判った。
重い前振りの割には拍子抜けする内容だったが、確かに良い話には違い無い。
これで幾嶋が、このまま何日もラミレスの警護をする可能性は消えるし、エステルを連れて行くかどうかは判らないが、この街を出て行くことも可能になるのだ。
「あたしたちも暇でね」
ジョリーがそう付け加えた。
「働かないってのも暇なもんだな」
これはディール、それにサージェが頷く。
「俺は、働きたいけどな」
腹を壊して寝ていたゴンゾだけは、オーガを倒した遠征には参加していないのだから、そう言うのも無理はないだろう。
「ギルドとの契約の一つに、一定期間内に最低1回はクエストを受ける事って条項があるのさ。 だからお金に余裕があってもサージェみたいに、毎日酒飲んで遊んでばかりは居られないんだよ」
ジョリーがそう言ってサージェを見て笑う。
サージェは苦笑いをしていた。
「それで、長期間他のクエストを受けなくて済みそうで楽そうなクエストを選んだって訳だ」
「なるほど、そうでしたか」
サージェの説明を聞いて、幾嶋は納得した。
依頼をする期間は、当然犯人が捕まって危険が無くなるまでとなるだろうし、毎日が危険の連続と言う事も無いだろう。
彼らの実力の問題も、ギルドがBランクと決定した案件を受けられるのなら問題も無さそうだと、幾嶋は考えた。
「イクシマの知り合いのようだったしな」
サージェが、そう言って良い方の話を締めた。
「それで、悪い方の話というのは?」
幾嶋がそう訪ねると、とたんに四人が顔を見合わせて黙りこむ。
誰がその話の口火を切るのか、お互いに嫌な役を押しつけようと、それぞれが視線で目配せをしているようだった。
仕方ないと諦めたようで、フー…… とサージェが深く鼻から息を吐きながら口を開いた。
「イクシマ、お前に冒険者ギルドから呼び出しが掛かっている」
サージェは、そこまで言い切って安堵したのか、何かが吹っ切れたのか判らないが、口が先程よりも軽くなったように話し出した。
「昨夜、この三人と相談してな、お前と一緒に居たラミレスのクエストを受ける事になったんだ。 俺たちにもメリットがあることはさっき話した通りだ」
「それで、今朝一番でクエストの受任にギルドへ行ったら、あのジーナにとっ捕まって、俺の知り合いみたいだからイクシマを連れてこいって言われたんだ」
「言われたってよりも、ありゃ命令だな」
「ちげぇねぇ」
「受付嬢に、そんな権限があるんですか?」
ただの受付嬢にしては、態度が大きいとは思っていたが、どうなのだろう?
「ああ見えるがな、あいつはこの町の冒険者ギルドのナンバー2だ」
「え?えぇっ! あんなに若いのに?」
「ありゃあ、森のエルフだからな。 ああ見えても俺たちよりは年上だぜきっと」
(きっと?)
実際の処サージェたちも、ジーナの実体を知っている訳では無いようだ。
「本当は、いくつなんですか?」
確認のために、敢えてそう聞いてみる。
「そんなこと、怖くて聞けるかよ」
「俺はあいつに逆らって、酷いクエストを合法的に押しつけられた奴を知ってるぜ」
「同じ女としても、あれは受け付けられないね」
「まあ、美人だけどな」
「ちげぇねぇ」
「それで、僕が呼ばれる理由は何か言ってましたか?」
「お前は、何か覚えが無いのか?」
「まあ、有ると言えば有りますが…… 」
「なんだ、あるのかよ!」
幾嶋が思わず口ごもると、サージェは戯けたように体ガクッと動かして、間髪入れずに突っ込んだ。
幾嶋は昨日のモール退治の事を思い出していた。
しかし、あれは手柄をそっくり渡すことで解決したはずである。
アスラとサイラスが裏切った事も考えられるが、そうなれば彼らもサイラスの不正がバレて良い事は無いだろう。
何処からか、自分が魔総研の遺跡から出て来たという素性がバレたのかとも思ったが、冒険者ギルドとの関連性が思いつかない。
「とりあえず行ってみますよ。 ラミレスをお願いします」
幾嶋は、サージェたちにラミレスの警護役を引き渡すと、その足で冒険者ギルドへと向かうことにした。
「何度も命を救っていただいて、感謝しています。 お礼は後ほどお届けします」
そう言ってお礼の言葉を述べるラミレスの好意をやんわりと断って、幾嶋は単独で冒険者ギルドへと歩き出した。
しばらく前日の記憶を頼りに歩いて、ようやく冒険者ギルドの前に幾嶋はやってきた。
冒険者ギルドが併設されている酒場の入り口を、平然と力むこと無く幾嶋は通り抜ける。
室内に入ると顔を左に向けて、冒険者ギルドの受付カウンターが有る方をゆっくりと見た。
昼にはまだ早いこの時間、ギルドのクエスト依頼書が張り出されている一角には、冒険者なのだろうか様々な武装をした人間が集まって、張り出された依頼書を前に何やら話していた。
その奥にある幾つかのテーブルでは、雑談やら深刻そうな話をしている人達の姿が見受けられる。
「あーら、遅かったわね。 逃げちゃったかと思ったけど、あなた逃げなくて正解よ」
目ざとく幾嶋を見つけたジーナが、カウンターの後ろで腰に両手を当てて、皮肉たっぷりの冷たい声で幾嶋へと声を掛けてきた。
「伝言は聞きました。 いったい、どういう用件なんですか?」
その鋭い視線を意にも介さず、ツカツカとギルドエリアに置かれたカウンターに近づいて行く幾嶋。
前置き無しで単刀直入に訪ねると、幾嶋がビビっていない事に戸惑ったのか、ジーナは意外そうな顔を隠せなかった。
「自分のやった事の意味が判らない馬鹿なのか、肝が据わっているのか、あなたがどちらなのか判らないけど、話が早い方がこっちも手間が省けるわ」
ジーナは一気にそこまで言った後で、一呼吸の溜めを作ってから幾嶋を見る。
「あなた、冒険者ギルドに入りなさい!」
幾嶋のことを責めるでも無く、咎めるでも無く、ジーナはそう言うと、返事を待つように黙ったきり、後は何も言わない。
「えっ?」
てっきり、昨日の調子で罵倒されるのかと思って居た幾嶋は、逆に戸惑ってしまった。
「アスラとサイラスから事情は聞いたわ」
ジーナは、馬鹿にしたように、そう言い放つ」
「…… 」
そんな筈は無い、という言葉を飲み込んだ幾嶋を、ジーナが見下すような目で見る。
「モールをせいぜい2~3頭だけクエストの成果として出したんなら、あの二人にしては頑張ったわねって言えるんだけど、自分たちが無傷で、しかも討伐成果が120頭ってのは流石にやり過ぎよ」
(なるほど…… )
そう、幾嶋は思った。
要するに彼らの実力では、とうてい不可能な数の成果をギルドに持ち帰って、逆に疑われてしまったのだろう。
この世界の常識を知らない幾嶋には、彼らの属するというランクと実力で本来討伐可能な範囲というものが、まったく判らなかったのだ。
アスラに要求されるまま、全ての成果を譲ってしまった事が逆効果だったという事だったらしい。
彼らなら、その上に自慢話の一つも言ったかもしれないと、そうも思えた。
「しかも、黒焦げのクレイワームの頭を3つも持って来て、自分たちでやったですって? レベルの低い奴って本当に馬鹿よね。 魔法ひとつも使えない肉体労働者の癖に」
そう言い放つジーナの顔も、呆れ顔だ。
「まあ、自分たちの実力を正しく認識できていないから、戦い方次第では勝てる筈の相手にも勝てずに、失敗ばかりしてる奴らよ。 万年CランクにはCランクなりの理由があるって事よね」
ジーナは、そこまで一気に言うと溜飲が下がったのか、一息吐いて幾嶋に向き直る。
「そういう訳で矛盾を突いたら、最初は白ばっくれてたけど、最後には正直にゲロしたわよ。 みんな、あなたがやったんですってね、イクシマ」
ずい!と身を乗り出すと、切れ長の大きな瞳で、幾嶋の目から視線を外さないジーナ。
そこまでバレているのなら下手に隠す必要も無かったかと、そう判断をして、最初に飲み込んだ疑問を口にする幾嶋だった。
「それが、どうしてギルドに加入しろって事になるんですか? 本来はギルドが見せしめのために処罰するって聞いてますよ」
「あら、何処でそんなデマを吹き込まれたのか知らないけど、ギルドに加入していない一般人にギルドが手を出せる訳ないじゃないの。 うちは穏便にお願いするだけよ、『邪魔しないでね』って、それだけ」
そんな意味深な言い方をして、ジーナは幾嶋をからかうようにウィンクを1つしてきた。
「でも、そういう人たちって、お金の為に実力に見合わない敵を狩ろうとする事が多いから、狩りに出て帰ってこない事が多いって聞くわね。 何故なのかは知らないけれど…… 」
ジーナの余裕たっぷりな態度と他人を見下した言い方に、幾嶋も流石に少し腹が立って、押さえつけた不機嫌さが胸の底へと澱のように溜まって行くのを感じていた。
「で?」
やや突き放すように、幾嶋が白けたように目を細めて短く問い直す。
彼が聞きたかった事が、そういう嫌みな自慢話では無い事は、普通の人間なら判るはずなのだ。
ラミレスを助けたあの日、『竜殺し』という言葉を聞いた時のように、周囲を怯えさせるほどの膨大な殺意のオーラをまき散らした訳では無い。
普段が大人しく礼儀正しいだけに、僅かに漏れ出てくる幾嶋のプレッシャーを浴びて、ジーナも戸惑いを隠せないと言う表情を僅かに見せた。
「そ、そうね、質問に答えていなかったわね」
勝ち気なはずのジーナが、慌てて言い繕う。
態度の変わった幾嶋に対して、無意識に一歩引いてしまった自分に気付いたのか、顔を僅かに赤らめる。
勿論、それは恋愛という甘い意味ではなく、無意識にでも相手に対して引いてしまった、自分自身への怒りという意味である。
どんなに高ランクで大男の冒険者に対してでも、一切高慢な態度を変えたことの無い彼女にとって、無意識とは言え、それは大いにプライドを打ち砕く出来事なのだろう。
「当冒険者ギルドとしても、Aランク以上に登り詰めそうな才能有る冒険者は何人でも欲しい訳よ。 だから、問題には目を瞑るから黙ってギルドに加入なさい。 あなたにとっても、悪い話じゃないわよ」
先ほどの醜態を取り消そうとするかのように、命令口調で幾嶋に向かって言い放つジーナだが、額に一筋の汗が見えた。
大声を上げたり、或いはカウンターを激しく叩いたりと言った示威行為であれば、ジーナとしても対処は慣れたものなのだが、幾嶋のように冷静に底知れぬプレッシャーを掛けてくる相手には、不慣れだった。
この男には強大なギルドの威光も、威嚇を兼ねたハッタリも聞かないのだと、自分の中の何処かでは判っていても、立場上それを表に出す訳にはいかないのだ。
「そもそも、冒険者ギルドって何なんですか? 何で冒険者なんですか?」
幾嶋は根本的な事をジーナに訊ねた。
幾嶋の知る限り、冒険者ギルドが請け負っている内容は、狩猟であったり採集であったり、傭兵であったりする筈なのだ。
そうであれば、ハンターギルドであっても良いし、コレクターギルドだったりソルジャーギルドでも良いはずなのだ。
あるいは、幾嶋が子供の頃に読んだファンタジーのように、遺跡の探検をするのであれば、どちらもアドベンチャーで表現できるが、冒険家というよりも探検家という言葉の方が相応しいだろう。
様々な業態を総合して取り扱う職業紹介所の方が、ギルドの内容を的確に表現するのには相応しそうなのに、入り口に掲げてある英文字の『アドベンチャーズギルド』なる、古代文字のプレートが、あまりに実体とは似つかわしくないと思っていたのだ。
そもそも、何故『冒険者』を名乗るのか、それを幾嶋は聞いていた。
「えっ?」
恐らくジーナも、そんな質問をされた事が無いのだろう。
小さい頃から慣れ親しんできた名称という物には、疑問など抱かないものである。
冒険者ギルドだから、冒険者ギルドである。
この世界の人間は、それに疑問を抱くことも無いし、それで充分なのだ。
これは、この世界の人間では無い(言わば異世界人の)幾嶋だから出た疑問なのかもしれなかった。
「えっ、そ、それは…… 」
ベテランであるが故に、ジーナは素人の素朴な質問に答えられない状況に焦っていた。
ギルマスを抜かせば誰よりもベテランであり、どんな冒険者相手でも強気で居られる理由は、己のギルドに対する豊富な知識と経験、そして誰にも言い負かされる事のない、頭の回転の良さを誇っていたからなのだ。
強気だった顔に困惑の表情が生まれ、助けを求めるように辺りを見回した。
もちろん回りの誰も、それに応えられる者は居ない。
「わし教えてやろう!」
カウンターの奥からドアを開けて出てきたのは、白髪の老人だった。
床に引きずるようなガウンを着て、古い自然木で作ったような、身長ほどもあるロッドを右手に持っている姿は、さながら魔法使いのようだ。
「マスター!」
「おい、ギルマスだ」
カウンターの内側にいたジーナとは別の女性が、突然奥から出てきた魔法使いの正体を明らかにしてくれた。
周囲で、ジーナと幾嶋の遣り取りに聞き耳を立てていた冒険者たちも、驚きの声を上げる。
「ウルド! ギルドマスターがわざわざ出てくる程の案件では…… 」
ジーナが慌てて振り向くと、ウルドという老人を押しとどめようとするが、その老人はそれを意に介さずに歩いて来る。
「急に強い魔素の気配を感じてな、様子を見に来たのだよ」
ジーナもそう言われて、力尽くで押しとどめる程の意思は無いようだ。
「ちと、神話をも含めた昔話が入るが勘弁してくれるか。 冒険者ギルドの由来は、話せば長いんじゃ」
ウルドは幾嶋を空いているテーブルの1つに誘った。
そして、幾嶋の訊ねた冒険者ギルドという名前の由来を、子供達に童話を話して聞かせるように、ゆっくりと話し始めた。
それは、この世界の有り様を知りたいと思っていた幾嶋にとっても、願っても無い話である。
 




