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異世界の機神 【寝過ごしたら、そこは異世界 】  作者: 藤谷和美
第三章:初級冒険者 イクシマ
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農夫のミルコ

 ラミレスに問いかけられて、カンナは首を振った。


「ラミレス()()()に頼まれていた物のうち、実入りの良い種から育った苗だけを、こっちの畑に先月植え替えたの。 それで、晩ご飯の支度をしようと先に帰ろうとしたら、途中でいきなりクレイワームが…… 」


「そうだったのか、しばらく来ていなかったから知らなかったよ」

 そこまで言ったところで、ラミレスとカンナがハッ!と何かに気付いたように顔を見合わせる。


「ミルコとハルカが心配だから、行ってみよう!」


 そう言ってすぐにラミレスが走り出し、カンナがその後を追って駆け出した。

 ミルコと言うのは、ラミレスが南門を出てすぐに、とある家の前で呼んだ名前だ。

 そこから考えると、ハルカという人物とミルコは一緒に居るのだろう。


 この世界での、男女の名前の区分というものがまだ判らないが、おそらくハルカというのが名前の語感から考えて女性なのだろう。

 カンナという女性の年齢と、ラミレスの乳母の娘だという事実から、幾嶋はその二人がカンナの両親ではないかと考えた。


 確かに本来棲息する場所とは環境が違うとは言え、クレイワームがあの3匹だけとは限らないと考えるのが自然だろう。

 そうなれば、ラミレスとカンナが必死に走るのも当然だ。


 幾嶋も二人を追って駆け出すが、すぐに追い付いてしまう。

 ラミレスもカンナも必死に走っているのだが、如何せん人間が二本の足で走る速度には、与えられた肉体的性能の限度というものがあるのだ。


 しばらくすると二人の走るペースが目に見えて落ちた。

 先ほどまで二人とも別の理由で必死に走っていたのだから、気持ちがどうであれ体力的には既に限界なのだろう。


 どうせ魔法と思われるのならば二人を抱えて飛行しようか、そう幾嶋が考えた時に、ラミレスとカンナが同時に声を上げた。


「ミルコ! ハルカ!」

「お父さん、お母さん!」


 先ほどカンナが襲われていた場所から程近い場所で、こちらに向かって走ってくる男女二人の農夫を、幾嶋も確認した。

 男の方が手に大きな鎌を持ち、女性の方は鍬を持っている。


 年齢は見かけだけでは判らないが、40代くらいだろうか。


 二人を見ると、カンナの青い髪の毛は父親譲りだと言うことが判る。

 彼女の大きな瞳と長い睫毛は、母親の特徴を継いでいるのだろう。


 女性の方は日除けの代わりだろうか、薄水色の野良着に白いフードを被っている。

 男性の方は質素なグレーの上着に、白い洗いざらしの手ぬぐいを、ぐるりと首に巻いて顎の下辺りで軽く結んでいた。


「カンナ!無事だったか」

「ラミレス、あなたが助けてくれたの?」


 ミルコとハルカと思われる二人は、幾嶋たちを見て立ち止まり、安堵の声を漏らした。

 女性の方は気が抜けたのか、鍬を持ったままヘナヘナとその場に膝を突いて、ハルカを見て涙を流している。


「イクシマが魔法で助けてくれたんです」

 すかさずラミレスが、助けたのは自分では無いと答えた。


 魔法で…… と言う表現に引っかかるものはあるが、魔法だと思ってもらった方が何かと良さそうなので、幾嶋は黙って頷く。


 どうしてクレイワームがこんな場所に、という先ほどと同じ会話になってしまったが、それに答えられる者は居るはずが無い。

 二人とも悲鳴を聞いて、逃げるカンナと追う3匹のクレイワームを見つけ、取るものも取りあえず追いかけて来と言う事だった。


 ちなみにクレイワームに対して、冒険者でもない普通の人間が一人や二人だけでは、勝てる保障がまず無いそうだ。

 二人は、ほぼ諦め掛けていた娘の命が無事であった事を確認して、急に力が抜けてしまったらしい。


 ひとしきりお礼を言われた後で自己紹介を済ませ、幾嶋を含む5人はミルコの案内で彼らの畑へと向かった。

 幾嶋の予想通り、男性がミルコで女性はハルカという名前である。


 案内された場所には、地面から50cm~60cm程の高さで綺麗に植えられた緑色の作物と思われる物が見えた。


 もとより農業に縁の無い生活をしてきた幾嶋であるから、畑に植えてある状態を見て、その作物が何であるのかは判らない。

 しかし、その特徴的な実の形状を見た覚えはあった。


 それは彼が長い眠りにつく前の、まだ世界の壊滅が確定的になっていない第三次竜魔大戦初期の、断片的な記憶である。

 幾嶋は、訓練生時代に訓練教官の家でそれを見た。


 両親と家族を亡くした幾嶋に、家庭の味を食べさせてやろうと言う、当時の上官の計らいで、彼の家に招かれたのだ。

 いくつかの料理と一緒にテーブルに並んでいたそれは、上官の飲むビールのつまみだったと記憶している。


「フラボン豆は、ご存じですか?」

 ラミレスが、記憶を呼び覚まそうとして一心に植えられた植物を見つめていた、幾嶋に問いかける。


「フラボン豆? エダマメでは無くて、フラボン豆って言うんですか、これ?」


 そこに植えられていた物は、幾嶋がかつて見た事のある、枝付きのまま緑色のさやを沢山実らせている植物だった。

 葉も豆のさやも、幾嶋の記憶にある物のような綺麗な緑色ではなく、少し暗い緑色だったが、塩を入れたお湯で湯がけば綺麗な緑色になる事を、家庭料理に縁の薄かった幾嶋は知らない。


「ラミレスに言われて、去年実入りの良い物と実の大きい物だけを掛け合わせて出来た種を、今年は他のフラボン豆と重ならないように少し遅めに植えてみたんですよ」


 幾嶋は知らないが、フラボン豆というものが枝豆と同じ系統であるならば、春先から初夏に種蒔きをして、未成熟な緑色の豆を収穫する時期は夏場から秋口になる。

 本来は、もう枝豆では無く大豆の収穫が近い時期なのだが、種類や品種が幾嶋の知っている物とは違うのかもしれない。


「ラミレスの考えた通り、殆どの株で実入りの良い大きな豆が出来てるよ」

 そう言って、ミルコがフラボン豆のさやを一つ折り取って中を見せてくれた。


「おお、まずは成功ですね」

 ラミレスが、さやの中にぎっしりと詰まっている、緑色で艶やかに光る大きめの豆を見て、感慨深げに呟いた。

 表情に出さないように抑制しているのだろうが、いかにも嬉しさを隠せないという様子だった。


「これを見せるために、僕をここに?」


 自分などを連れて来ても、農業の知識など無くて役には立たないと思いながら、幾嶋はそうラミレスに訊ねてみた。

 せいぜいアドバイスできるとすれば、中学校の時に習ったメンデルの法則ぐらいなものだが、例外についての説明を出来るほどの知識は無い。


 それを聞いて、ラミレスは首を振って幾嶋の問いかけを否定する。


「ミルコ、害獣駆除のクエストを見て応募してきた冒険者は、いましたか?」

「いや、駄目だな。 わしら農民が出し合える報酬は高い物じゃないから、誰も寄りつかないよ」


 ミルコの話を聞く限りでは、報酬金額に対して依頼内容の難易度が高いという事なのだろう。

 言い換えれば、難易度や危険度に見合わない金額の報酬だという事になる。


「いったい何を駆除するクエストなんですか?」


 自分が何を期待されているのか、幾嶋も薄々とは気が付いていた。

 出来れば冒険者ギルドには、必要以上に関わりたくないのだが、話の流れ上、そう聞かざるを得ない雰囲気だ。


 あのジーナの警告を思い出せば、幾嶋がそう思うのも無理は無い。

『絶対にギルドの領分を侵さない事は守ってね』

 そういった時のジーナの目は、笑っていなかった。


 あれだけサージェがジーナに威嚇されていたと言うのに、申請書を書いていたラミレスは、冒険者ギルドを出る前にジーナに言われた事の意味を把握して居ないのか、あるいは軽く考えているのだろうと思われる。


 幾嶋としても、意味も無く何処かの組織に属することは、自分の行動の自由を組織に制限されることになるのではないかと、それを警戒している。

 まだ何も、この世界について判っていないというのに、不必要な枷に縛られて身動きが出来なくなる事は避けたいのだ。


「どうやら、この辺りにモールが棲み着いたようで、夜になると土を掘り返して作物の根を食い荒らしてしまうんですよ」


「モールというのは、どんな生き物なんですか?」


「昼間は土の中で寝ていて、夜になると動き出す黒い獣です。 鋭い爪と牙を持っていて、夜に動き回る動物を狩っているんですよ」

「詳しくは知りませんが、亜種で土属性魔法を使うと言うアスラモーラも同じ習性を持っているので、クエストに応募が無いのは、それを警戒しているのかもしれません」


「冒険者ギルドの、討伐対象とか言う物では無いのですか?」


 討伐対象であれば、個別のクエストでなくとも、見つけ次第倒して討伐部位を冒険者ギルドに持って行けばお金になるはずだと思い、幾嶋が訊ねた。

 倒す者が居ないという事は、討伐対象になっていないのかと考えたのだ。


 当然、ギルドの討伐対象でなければ、個別に依頼されたクエストの応募者も無い事だし、幾嶋が退治をしても縄張りを荒らす事にはならないだろう。

 幾嶋は冒険者ギルドで出会ったジーナの警告を思い出していたが、それを気にしている割に、この問題を少しだけ安易に考えていたと言える。


「対象にはなっているのですが、昼間は土の中に居て討伐が難しい上に、身体部位に価値が無くて、たいして高くも無い報奨金以外の余録が一切無いんですよ」


 その説明を聞いて、幾嶋はサージェたちとの出会いを思い出す。

 それは彼らと出かけた狩りで、思わぬ大金になったオーガの頑丈な皮膚や角の事である。


 ボランティアでは無いので当然なのだろうが、案外と冒険者というのもビジネスライクなんだなと、そんな感想を幾嶋は抱いた。

 そして、なんとなくこの後の展開が読めたような気がしたので、自分からは敢えて言い出さずに黙る。


「イクシマ、あなたの魔法でモールを退治できないものでしょうか?」

 予想通りに、ラミレスが退治を頼んできた。

 南門の外へと幾嶋を同行させたのは、これが本来の狙いだったのだろう。


 どう答えたものかと、少しばかり逡巡する幾嶋。

 ラミレスに幾嶋を騙してやろうとか言う、悪意が無い事は判っている。


 あくまで、困っている知人を助けたい一心なのだろうと言う事も、良く判る。

 恐らく暴漢を難なく退けた幾嶋の強さを見て、彼ならばモールを退治出来るのでは無いかと考えたとしても、それは無理も無い。


 しかも先ほどはラミレスの目の前で、彼がだと思い込んでいる攻撃手段を使い、クレイワームとか言う害虫を瞬時に倒したのも間近で見ているのだ。

 期待しないほうが無理と言うものだろう。


 気が付けば周囲で作業をしていた農夫たちが、カンナの悲鳴を聞きつけて集まって来ていた。


「どうした、何があった? 悲鳴が聞こえたから様子を見に来たんだが」

「この人は、クエストを引き受けに来てくれた冒険者さんか?」

「ありがたい、誰も来てくれねぇから困ってたんだ」

「そんでも、たった一人でモールを倒せるのか?」

「ありゃあ、案外と凶暴だでな」


「あそこに、転がってるクレイワームの死骸は、あんたがやったのか?」

「クレイワームが、なんだってこんなところに?」

「まあだ体が赤くなってねーから、生まれてから間もないんじゃろが、森の近く以外ではまず見ねぇ害虫が、なんでまたこんな場所に?」


「モールの被害がここ数日少しばかり減った気がしてたが、そうすると、あれはクレイワームに食べられておったのか?」

「いやいや、うちの畑は夕べも掘り返されて滅茶苦茶だぞ」

「うちも、作物が半分は倒されておる」


「で、その剣士さんは何者なんだ?」

「もしかして、モール退治に来てくれた冒険者さんか?」

「ばか、そりゃあ俺がさっき言った」

「だけど、たった一人でモールを倒せるのか?」

「それも、俺がさっき…… 」


「で、その人は何者なんだ?」


 口々に勝手な話を始められて、その全部を聞き取る事は不可能に近い。

 収拾がつかない状況に、頭を抱えたくなった幾嶋だが、その喧噪をミルコが一言で静めた。


「この人は、モール退治のためにラミレスが連れて来た冒険者さんだ。 そうだよな?」

 その言葉で、喧噪は一斉に収まる。

 それと同時に、幾嶋は心の中で頭を抱えていた。


「判りました! 僕は冒険者じゃないんですが、なんとかしてみます」


 半ば心理的に外堀を埋められた幾嶋には、そう答えるしか道は無かった。

 これ以上面倒な事になる前に、出来る事をやってみようと思ったのだ。


 幾嶋が、冒険者ギルドと面倒な事になりたく無いと考えているのは、嘘偽りの無い事実である。

 しかし、クエストの受諾者も居ないような仕事であれば、見つからなければ何とかなるだろうと、彼もラミレス同様に甘く考えていたのは否めない。


 関係者以外の者が、これ以上増えるまえに片付けようと、幾嶋は地面に右手を着けて、掌に土属性の魔素を集中させた。

 傍目からは、幾嶋が何をやっているのかは判らないだろう。


「この人は、何やってんだ?」

「こう、剣でバッサリとやるんじゃないのかい?」

「モールは土の中だから、探ってるんじゃないのか?」

「掌を土に当ててか?」

「馬鹿言うな、土の声を聞くってか?」


 周囲に集まった人々の顔に、嘲りの笑いが浮かんだ時、ズシン!と腹に響く振動が響き渡る。


「おおぉぉ…… 」

 何が起きたのか判らない農夫たちは、一斉に辺りを見回した。


「判りました…… 一匹ずつ潰して行きます」

 幾嶋は、ゆっくりと立ち上がると背中の大剣を抜いた。


 彼が何をしたのかと言えば、掌から土属性の小さな振動波を発生させて、それが地面を伝わって帰ってくる波形を解析する事で、地面の中に潜んでいる何かの正確な位置を把握していたのだった。


「イクシマは、剣士のように見えて凄い魔法も使うんですよ」

 ラミレスが自慢げにそう語るが、幾嶋は心の中で頭を抱えるしか無かった。

 この仕事を、あまり大袈裟な事にしたくは無いのだ。


(とにかく邪魔者が入る前に、さっさと片付けよう)

 そう考えて、大剣を雷属性へとスイッチさせた。


 たちまち、太く長い刀身にパチパチと無数のスパーク光が走る。

 その剣先を下に向け、地面に深く突き刺した。


 雷属性の魔素が、充分地下深くに浸透するのを待って一気に刀身から放電を行う。


 ズン!と地面が小さく揺れた。

 超高圧だが極低電流の電気ショックが、地中に潜むモールたちを直撃して、感電の衝撃で目覚めさせることに成功したようだ。


 次々と周囲の地面が盛り上がり、あちらこちらで体長1mほどの黒いモールが顔を出して来る。

 それを見つける度に瞬足で駆け寄り、大剣の一撃で叩き潰す幾嶋の姿は、さながらリアルモグラ叩きのようだった。


「他に、モールの被害がある場所はありますか?」

 そう問いかける幾嶋に、もはや嘲りの笑いを浮かべる者は誰も居なかった。


「なんとまあ、一瞬で消えて別の場所に姿を表すなんて、本当に凄い魔法が使えるんだな」

「いやいや、その前にモールを呼び出したのも、魔法だろう?」

「魔法ってのは、すげぇもんだな」


「凄い人を連れて来てくれたな、ラミレス」

 ミルコが、そう言ってラミレスを褒める。


「いや、まさかこれ程とは…… 」

 ラミレスは照れながらも、幾嶋の行動に目を見張っていた。


 誰にでも、得意不得意というものが有るから、幾嶋が何処までやってくれるのかは未知数だとは思っていた。

 しかし、何処に潜んでいるのかも判らないモールに対して、これほどの数を一気に片付けてくれるとは、思っても居なかったのだ。


 地中に放電して、モールを飛び出させて叩くことの繰り返しで、すでに15分は経過していた。

 辺り一面には、数え切れない程のモールの死骸が散乱している。


 ラミレスとしては、せいぜい2匹でも3匹でも退治してくれれば助かると思って、期待半分で幾嶋を連れて来ただけなのだが、成果は期待以上だった。


「それにしても、こんなにモールが棲息していたとは…… 」


 ラミレスが嘆息しかけた時に、大きな怒鳴り声が辺りに響き渡った。


「どういう事だ! モール退治を引き受けたのは俺たちだぞ。 勝手に冒険者ギルドの領分を荒らすのは誰なんだ!」


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