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異世界の機神 【寝過ごしたら、そこは異世界 】  作者: 藤谷和美
第三章:初級冒険者 イクシマ
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幼馴染みのカンナ

「それじゃあ俺は、宿へ戻って一眠りする事にするよ」


 冒険者ギルドのジーナには、まともに相手にされなかったばかりか自らのランクをも馬鹿にされ、サージェはすっかり酔いが醒めてしまったようだ。

 幾嶋とラミレスに冒険者ギルドのランクについて簡単に説明をした後、彼は大きく手を上げて雑踏の中へと消えていった。



「仕事を受けてくれる人が、居ると良いですね」


 こればかりは、どうなるものなのか幾嶋にも皆目見当が付かなかったが、とりあえずそう言っておくしか無い。

 難易度と報酬を秤に掛けて、メリットがあると判断されれば良いが、そうで無かった場合は、条件変更をして再募集という事になるのだろう。


「Bランクの人が対象のクエストらしいですけど、冒険者の中でBランクってどれくらい居るんでしょうね」

 そんな疑問が、幾嶋の口から飛び出した。


 上級を選ばれし優秀な者、初級を誰でも通るべき最初の通過点と考えれば、中級という言葉の響きからも一番層が厚いと考えて良いのだろうと幾嶋は思う。


 中級と一口に言っても、上級のAランクと同じくレベルが5つに細分化されているのだと、サージェが帰り際に言っていた。

 それが中級のBランクである。

 いったい、この街だけでどれくらいの該当者が居るのか判らないが、一番のボリュームゾーンであろう事は予想できる。


 ラミレスも幾嶋も冒険者の事について何も知らないだけに、引き受け手が居るかどうか、それは答えの出ない問い掛けでもあった。


「イクシマ、これから南門の外に出たいんですが、良いですか?」

 ラミレスの家に向かってしばらく歩いていると、唐突に幾嶋の方を向いてそんな事を言い出した。


「南門の外は大きな街道が無いと聞きましたが、何かあるんですか?」

 まさか彼が狩りに行くとも考え難いし、ラミレスが何をしたいのかを幾嶋は聞いてみる事にしたが、帰ってきた答えは幾嶋の問いかけを単純に肯定するだけのものだった。


「南門から西側には川もあって森からも離れているので、南側には広い農地が広がっているんですよ。 そして、そのずっと先は深い崖になっていて行き止まりなので、太い街道も無いんです」


 ラミレスは、その南側にある農地へ行きたいと言っていた。

 町歩きをするような格好のラミレスが、いったい農地にどんな用事があるのだろう?


 そんな疑問を持った幾嶋は、彼に尋ねてみた。

 護衛を頼まれた以上は、人目に付きにくい場所は避けた方が良いだろうという判断も無い訳ではない。


「農地へ行って農夫でも無いラミレスが、いったい何をするんですか?」


「ちょっとね、知り合いに試して貰っている物がどうなっているのか見に行く約束をしているんですが、このところ色々あって後回しになっていたんですよ」


 詳しい用件は聞き出せなかったが、とりあえず警護をする立場としては対象となる人物を放置して置くわけにもいかないので、了承して幾嶋もラミレスの後をついて行く事になった。


 南門を出て周囲を見渡すと、幾何学的に区分けされ整地をされた耕作地が、視界の端から端まで広がっている。

 畑には、背の低い野菜だろうと思われる、何種類かの作物が植えられているのが見えた。


「この街が多くの人を養えて賑やかなのは、この農地に支えられているのです」

 ラミレスはそう言って幾嶋を、城壁の外周に程近い場所へと連れて行く。


 そこは石造りの壁に木製の屋根で形成された家が集まって、集落を形成している小さな村だった。

 そんな民家のひとつへと、幾嶋を案内するラミレス。


「ミルコ居るかい? ラミレスだ」

 しかし、家の外からの呼び掛けに、中からの返事は無かった。


「この時間は畑に居るのでしょう、一応念のために呼んでみただけなんです」

 そう言うと、ラミレスは畑と畑の仕切り部分に当たる、細い農道を歩き出した。

 ところどころの畑では、農作業をしている人たちの姿も見えた。


 エステルの住んでいた小さな村と比べれば、街にも近く土地も豊かそうに見えて、その環境の違いには驚くばかりだ。


「ん?!」


 その時、幾嶋の動体センサーに微かな反応があった。

 場所は、先ほど出て来た南門のあたりだ。

 人が多ければ気付かなかったかも知れないが、生憎と南門の周辺に人影は少なかった。


 センサーに感知した反応を更に分析しようとした時、幾嶋の聴覚に小さく甲高い音が聞こえてきた。


(これは、女性の悲鳴? しかも少し遠い!)


 すかさず悲鳴と判断するが、音の減衰具合を考慮すれば、それなりに現在位置からは距離がありそうだ。


 前を歩いているラミレスは、その音に気付いていないまま、歩いてる。

 音の発生源は、幾嶋たちの進行方向の左側だった。


 悲鳴が聞こえた幾嶋の左側へと顔を向ければ、遙か遠方に小さく動くものが確認出来る。


 視界を対象物に合わせて細部を拡大すると、一人の農夫らしき格好をした女性が、人の胴体よりも太い3mほどもありそうな巨大な芋虫に追われていた。

 白く大きな芋虫の数は三匹、徐々に逃げている女性との距離が詰まっているのが、遠目にも判る。


(どうする? 距離約250m、飛行すれば一瞬でたどり着けるが、それではラミレスを一人置いて行く事になる)


 幾嶋は迷った。


 見つけてしまった以上は助けないと言う選択肢は無い。

 しかし、警護対象であるラミレスがその隙に襲撃されてしまう事になれば、幾嶋が彼のガードを引き受けた意味も無くなってしまう。


 農夫らしき女性を助けることは、幾嶋にとって容易い。

 しかし、誰かに命を狙われているラミレスを、この人目の少ない場所に一人で置いて行く事もできないのだ。


 しかもタイミング良く、つい先ほどの事であるが、南門から出て来たおよそ二つと思われる動体反応が、ゆっくりと幾嶋たちの方へと向かっている事も気になる。


 ラミレスを一緒に連れて飛行するには、生身の彼のために、加速と減速をマイルドにしなければならない。

 それは目的地へ到着するのために、時間が少し余分に掛かる事を意味している。

 投げナイフは、これだけ対象物と離れていると精度に心配があって使いにくい。


 あの屋根の上に居た謎の襲撃者も、幾嶋は胴体を狙ったのだ。

 しかし、約200m先の標的には肩にヒットし、近くの魔法使いは狙いからわずかに逸れて脇腹を抉ってしまった。


 距離がせいぜい10mや20m程度であれば、誤差は1mmにも満たない程度だろうが、その僅かな誤差は距離に比例して大きくなってしまう。

 魔法スキルを使った必中攻撃が出来ない無い幾嶋にとって、投げナイフはあくまで中近距離用の攻撃手段なのだ。


 幾嶋が躊躇している僅かな間に、逃げる女性と追う巨大芋虫との距離は1m程に縮まっていた。

 もう、一刻の猶予もできないと判断した幾嶋は、自身の左手を上げて、先頭にいる芋虫に向けて、左の肩越しに左腕を真っ直ぐに伸ばして構える。


 幾嶋の体内にある魔素転換炉が、同じく魔素生成炉が生み出した魔素に、攻撃手段としての属性を付与し始めた。

 胎内で生成した雷属性の魔素が、真っ直ぐに伸ばした左の掌に集中してゆく。

 すぐさま、それはピンポン球程の大きさとなり、その球の内部で螺旋の渦を巻き始めた。


 後ろから幾嶋が着いてこない事に気付いたラミレスが振り向き、幾嶋の腕が示す方向を反射的に見る。

 それが何であるのかラミレスが認識するのと、彼の耳へと腹に響く重い音が届くのは、ほぼ同時だった。


 ドン!と腹に響くような小さいが重い音と共に、昼間でも青白く輝く光球が一直線に光の帯を引いて、目標とした先頭の芋虫へと向かって伸びて行く。

 間髪入れずに続けて2発、合計3発の光球が、幾嶋の左手から放たれた。


 瞬く間に標的へと到達した光球は、女性農夫を追っていた先頭の巨大芋虫の直撃を受けた部分を瞬時に蒸散させ、大きな穴を穿つ。

 その周囲の組織は、光球の放った高熱の残滓で水分が爆発的に気化して弾け飛び、僅かに残った体組織を黒い放電が網の目のように包み込んで焼き尽くした。


 光球が放つ高熱は幾嶋の読み通りに、巨大な芋虫の体組織に遮られて女性には届かない。

 その為に、太い胴体の中程を狙ったのだ。


 続く2発が、同様に残りの2匹を黒い残骸に変える。

 幾嶋が左掌から光球を発射してから僅か1秒にも満たない間に、女性の脅威は跡形も無く消え去っていた。


「幾嶋さん、あなたいったい…… 」


 ラミレスはそんな幾嶋を目撃して、人ならぬ物を見てしまったかのような、畏怖を隠せない顔をして言葉を飲み込んだ。


 あなたはいったい何者なのか?

 おそらくラミレスは、そう言いたかったのだろう。


 幾嶋の脳裏に、エステルを抱いてこの町へ向かって飛行していた時の記憶が甦る。

『村の人達がとっても驚いていたように普通は有り得ない事なの、だからきっと見つかると信じられないくらいの大騒ぎになると思うの、だから…… 』


 自分の力は、なるべくなら隠しておいた方が良い事は理解出来るが、この状況で他の選択肢があったのかと言われても、一番早い遠距離攻撃手段がこれだったのだ。

 幾嶋はそう思う事で、これから起きる騒動を甘んじて受け入れようと覚悟した。


 背中の盾をブーメランのように飛ばしても、バックパックから超小型ミサイルを放っても、今使った魔素凝縮砲の目標到達速度と精度には敵わないのだ。

 腰のハンドガンだって、ホルスターに手を伸ばしてカバーを開けてから、銃を抜いて目標に向けて構えるまでの時間が惜しかった。


 どうせバレるのであれば、より早く確実に倒せる方法を選んだという事に、後悔は無い。

 何者なのかというラミレスの問いに対するその答えを、一番知りたいと願っているのは、この場に居る幾嶋自身なのだ。


 しかし、そんな込み入った事情を知らないラミレスが、そう口に出してしまうのは、避けようのない事なのであるが……


「なんて凄い魔法なんだ! わたしは初めて見ました。 しかも一撃で白大芋虫クレイワームを倒すだなんて…… 」

 幾嶋の予想に反して、ラミレスから投げかけられたのは賞賛の声だった。


「えっ?! 魔法って、あぁ…… まあ、そんなものと思っていただければ良いかと」

 戸惑いながらも、ラミレスの勘違いに安堵する幾嶋であった。


 おそらく、ここからでは点のように小さくしか見えないはずの遠方で、いったい何が起きたのか、それを正確に認識できたのかは怪しいと思われる。

 長時間PCのモニターを凝視するような環境が存在しない世界で、幾嶋と同年代だと思われるラミレスは、それなりに視力が良いのだろう。


 運の良いことに、ラミレスは幾嶋の放った雷属性の魔素凝縮砲(ブラックライトニング)を魔法だと思い込んでいた。

 それに乗らない理由は無い。


 とはいえ、幾嶋に実装された当時最新鋭だった最先端の魔導兵器を、この世界の人が魔法だと思って疑わないのも無理は無い。

 それは文明レベルの高くない、この世界の人々の常識の範囲を明らかに超えているのだ。


 人が理解できる範疇を超えた科学とは、見た目も、その効果すらも、彼らの信じる魔法と何ら変わりが無いと言えよう。


「とりあえず、このまま放置って訳にも行きませんから、あそこへ行ってみましょう」


 幾嶋の提案で、二人は細い農道を突っ切って、腰を抜かしたまま立てないで居る農夫の女性の元へと急いだ。

 そうは言っても、必然的に遅いラミレスのペースに合わせる事になるから、幾嶋のペースで走るわけにはいかない。


 二人が現場に到着したときには、腰を抜かしていた女性も一時の混乱から立ち直っていて、既に立ち上がって腰に着いた土を払い落としていた。

 その女性が、駆けて来るラミレスの顔を見て驚いた顔を見せる。

 同時に、ラミレスも女性の顔を見て驚いていた。


「ラミレス! まさか今のは、あなたが助けてくれたの?」

「……!! 」


 息も絶え絶えのラミレスは、口を開いて何かを言おうとしているが、言葉が出てこない。

 荒い呼吸音と声帯が空気で擦れるゼエゼエと言う掠れた音がするだけだ。


「無事で…… 良かった…… 」

 それだけを、ようやく肺の奥から絞り出す。


「どうして?(あなたが、ここに…… )」

「どうして…… (君が… ここに?)」


 互いに向けて掛ける言葉が、意図せずに偶然重なり合った。

 二人は同じように、お互いに掛ける言葉を最後まで口にせず、飲み込んでしまう。


「もしかして、お二人は知り合いなんですか?」

 二人の微妙な様子を察して、幾嶋が女性を確認する。


 よく見れば、その女性はまだ幾嶋から見ても歳若い娘に見えた。

 質素な野良着に誤魔化されて気付かなかったが、年齢で言えば、まだ18~19にしか見えない。


 後ろで束ねられた薄い青色の髪の毛に似合う、大きな青紫の瞳と長い睫が印象的だ。

 一言で言って、美しくスタイルの良い女性だった。


「えぇ、その…… カンナは幼馴染みというか、兄妹のように育ったというか、妹のような者と言うか、僕の乳母をしてくれた女性の娘なんです」


 妹という言葉に、右の眉毛をピクリと僅かに動かしたカンナという女性がラミレスを横目に見ながら口を開く。


「妹のような者のカンナと言います。 この人がクレイアームを倒せるとも思えませんし、きっとあなたが助けてくれたんですよね?」


 どこかラミレスに対して棘のあるような言い回しではあるが、幾嶋に頭を下げてお礼の言葉を述べるカンナという女性。

 彼の言葉の何かが気に障ったようだった。


 自分の事にはすこぶる鈍感な癖に、他人の事になると幾分それがマシになる幾嶋である。

 ラミレスの言葉の何がカンナの気に障ったのか、二人の態度のぎこちなさを見て、ようやくそれに気付いて二人を交互に見た。


 まだ息が整わないラミレスが、カンナに向かって苦しそうに問いかけた。

「それにしても…… こんな…人里に近い場所で…… クレイワームが出るなんて…… 」


 普段から走り慣れている訳では無いラミレスは、まだ荒い呼吸から回復しておらず、見るからに苦しそうだ。


(これは…… 彼女の皮肉は、彼には通じてないみたいだな)

 幾嶋は、カンナの言葉にまったく動じていないラミレスを見てそう思った。


「こいつは、いったい何なんですか?」


 幾嶋が、既に黒焦げになっているクレイワームの死骸を指差す。

 自分の放った皮肉がまったく通じていない事で、更に態度が硬化しそうなカンナを見て、幾嶋が話題を変えようと試みた。


 ラミレスが白芋虫クレイワームと呼んでいた、今は真っ黒な残骸しか残っていないそれは、焼け残った頭部に凶悪な4対の、ノコギリのような形状をした大きなギザギザの歯が見える。

 こんな物に襲われたら、柔な人間の肉など瞬く間にミンチにされてしまうだろう。


「これはクレイワームと言って、エンジェルモスと言う森に棲む大きな毒蛾の幼虫なんです。 普通はもっと森との境界辺りで小獣を餌にしている物だと聞いていますが、どうしてこんな処に3匹も居たのか…… 」


「エンジェルモスは、森のような樹木が密集している場所にしか卵を産み付けないので、こんな平地に居るわけが無いんですよ」

 カンナの話の後に言葉を継いだラミレスも、不思議そうに首を捻っている。


 どうやらエンジェルモスとか言う毒蛾(名前から姿を想像出来ないが、間違い無く大きいのだろう)は、こんな密集した立木の無い畑に卵を産む習性が無いという事らしい。

 しかも、小獣を餌にしているという事だが、こんなに開墾された広い畑が多くある土地に、奴らが満足するほど多数の小獣が生息しているのかも怪しいのだ。


「ラミレスは、カンナさんを私に紹介するためにここへ? そしてカンナさんは、どうしてこんな場所に一人で?」


 二人にそう訊ねながらも、幾嶋は自分が連れてこられたのは紹介などという、どうにも苦手で面倒臭い話では無いとは思っていた。

 ラミレスが向かっていた方向は、カンナが襲われていた場所とは違っていたし、近付くまで襲われていたのがカンナだとラミレスは気付いていなかったはずだ。


 カンナの家が農業をやっているとするなら、彼女が畑に居る事は何も不思議なことでは無い。

 襲われた場所が自分の家で管理している畑であれば、そこに居ることは何も不思議では無いからだ。


 では、何故ラミレスがカンナの居る場所とは違う方角へと歩いていたのだろう。

 違う場所にもカンナの家の畑があって、そちらへ向かっていたというのであれば不思議は無いが、その理由はラミレスの言葉を待つしか無いのだ。


「カンナ、君のお父さんたちは、いつもの畑かな?」

 ようやく呼吸の整ったラミレスが、カンナに向かって問いかけた。


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