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異世界の機神 【寝過ごしたら、そこは異世界 】  作者: 藤谷和美
第三章:初級冒険者 イクシマ
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冒険者ギルドのジーナ

 サージェの案内があったお陰で、ラミレスと幾嶋は冒険者ギルドが見える場所まで、迷わずに行き着くことが出来た。


 冒険者ギルドのある位置は、昨日ラミレスと行ったカズーイの武器屋がある通りの奥だった。


 東門からは、中央十字路を西に向かって噴水を通り過ぎてから、3本通りを奥に入った場所になる。

 西門からの方が近く、東門からは歩いて15分程度と言ったところだろう。


 周囲には、宿屋らしき建物や飲食店と思われる看板が見受けられるから、この辺りが街の繁華街になるのかもしれない。


 冒険者ギルドは、建物の大きさが一般の商店よりも大きいというだけで、巨大な屋敷という訳では無かった。

 太い木製の柱と梁で建物の枠を造り、壁は石を積み上げて作られている。


 幾嶋の記憶では、箱形のユニットを組み合わせて作るプレハブ住宅のような外観で、屋根は傾斜しておらずフラットな3階建ての屋上という造りになっていた。

 一階は飲食店らしい店の外観だったので、仮に前を通り過ぎる事があっても、ここが冒険者ギルドだとは思わないだろう。


「ほれ、ここが冒険者ギルドだ。 1階は食事も摂れる酒場になってるから、知らない奴は見過ごすかもしれねーな」

 サージェの言う通り飲食店の入り口には、左右一体ずつ配置された白い竜が『白竜亭はくりゅうてい』と書かれた店のロゴを両側から支えているデザインの、木製の大きな看板が設置されていた。


「看板にルビがふってあるんですね」

 ルビが振ってある看板という物を初めて見た幾嶋が、深く考えずにそう言うと、サージェが首を傾げて問い返してきた。


「るびがふって? 何のことだ、そりゃあ」

 ラミレスを見ると、彼も首を傾げて幾嶋を見ている。


(るびがふ、じゃなくてルビが振ってある、なんだけどな)

 幾嶋は心の中で酔っ払いのサージェに対して、そっと呟く。

 それと同時に、自分の失敗にも気付いていた。


 ついつい言葉が自然に通じる上に、街で見かける文字までもが幾嶋の知っているのと同じ物が使われているから、同じ常識の上に立っていると思い込んでいたのだ。

 しかし、それは幾嶋の勝手な思い込みでしか無いのだと、いま気付いたのだ。


 この世界には、この世界の常識とかルールがあるのだから、それは変に突っ込まずに受け入れようと幾嶋は思った。


「いや、すみません。 難しい漢字という訳でもないのに、ふりがなを振るんだなと思っただけですよ」


「ふりがなだぁー? そいつは、るびがふってのとどう違うんだ? かんじって何だぁ?」

 酔っているせいなのか、サージェは幾嶋の言っている言葉を、まったく理解できていなかった。


「イクシマの国とは、看板の書き方がたぶん違うって事なんじゃないですか?」

 怪訝な顔をしているサージェに、ラミレスが解説をしてくれた。

 あくまで、彼が考える解説でしかないのだが、幾嶋はそれ以上突っ込まれずに済んで、ホッとしていた。

 旅人だと名乗っておいて、良かったと幾嶋は思った。


「それで、冒険者ギルドの入り口はどこなんですか?」

「そうですね、ここは酒場のようですし、別に入り口があるんですか?」

 幾嶋の問いかけに、ラミレスが同じ内容の質問を被せてきた。


「ここだよ、ここを見ろよ! って言っても俺にも読めないけどな。 これは冒険者ギルドって意味らしいぜ」

 サージェが指差す場所、白竜亭の大きな看板の下には小さな金属のプレートが、壁に填め込まれていた。


 『Adventures Guild』と、そこには金属のプレートに浮き彫りで書かれている。

 幾嶋もラミレスも派手な酒場の看板に気を取られて、その小さなプレートには気付かなかったようだ。


「これは私にも読めませんが、古代文字のようですね」

 ラミレスも、読めないのが当たり前のようにプレートを見て呟く。


(え?! だって、漢字の看板を普通に使ってるくせに、なんで英字が古代文字なんだ?)

 思わず口から出そうになった突っ込みを飲み込んで、幾嶋は何事も無かったかのようにふるまう事にした。


「もしかして二人とも、あの看板の文字も読めないんですか?」

 ルビに対する疑問を払拭するために、幾嶋はそう訊ねてみた。


「あ?、馬鹿にするなよイクシマ。 はくりゅうていだろ? それくらい俺だって読めるさ」

 サージェは、自信ありげに胸を張っているが、どうも質問の意図を勘違いしているようだった。


「もしかして、イクシマは下に大きく描かれている、複雑な3つの古代文字の事を言っているのですか?」

 対するラミレスは、幾嶋の質問の意図を理解したようだが、帰ってきた答えは古代文字という謎の言葉だった。


「あれも、古代文字なんですか?」

 英文字だけでは無く、普通に街中で看板に使われている漢字までが古代文字だという回答に、理解が出来ず問い直してしまう。


「イクシマ! まさかお前、あれが読めるってんじゃ無いだろうな?」

 サージェが、何か悪い物を見たかのように、目を剥き出して幾嶋を見つめていた。

 頼むから読めるなんて言ってくれるな、その目はそう語っているように幾嶋には思えた。


「あの種の古代文字は、王都に居る宮廷専属の学者でも読める者が居ないと聞きますよ」

「ああ、ただ昔から使われている歴史のある紋章だから、代々引き継いで使ってるってだけだぜ」


 二人が話す古代という言葉から、衛星から得られるとんでもないカレンダーの数値が頭に蘇る。


「高位の神官の中には古代文字を研究している学者もいて、相応のお金を払えば古代文字を書いてくれるとは聞いていますが、国中探しても読み書きが出来る者なんか居ませんよ」


「そうそう、古代文字を研究すると呪われるとか不幸になるって噂もあるからな。 神に仕える神官でもなけりゃあ、怖くて研究なんてできないだろ」


 二人の話す内容を聞いて、この文字について話すことはおろか、研究する事すらタブーに近いのだと幾嶋は悟った。

 すべて読み書きが出来ると言ってしまえば、どんな騒ぎになるのか想像もつかないが、良い事では無さそうだとは想像が出来た。


「いや僕の国では、一般的に使われていたものですから…… 」

 つい、言い訳のように呟いてしまうが、しっかり二人の耳には入っていたようだ。


「駄目ですよ、古代文字が読めるなんて口にしたら、悪魔に呪われちゃいますよ」

 ラミレスは急に小声になって、幾嶋にそれ以上は口にするなと言わんばかりに、自分の唇に人差し指を当てて辺りを見回していた。

 サージェも、真剣な顔になって頷いている。


「まあ、いまの話は聞かなかった事にしてやるからよ、さっさと用事を済ませちまえよ」

「そうですね、幾嶋とこんな話をするために冒険者ギルドまで来た訳じゃないですものね」



 せっかくやってきた冒険者ギルドの入り口の前で、無駄話で時間を潰してしまった三人は、ようやく当初の目的を思い出して白竜亭【冒険者ギルド】の広い入り口から中に入った。


 白竜亭の室内は、入って中央部から右側に30坪程度の広い飲食店舗があり、大小様々な木製のテーブルと椅子が置いてあった。

 調理場と思われる場所は、右奥にあるようだ。


 入って中央から左側寄りには8坪ほどの空間があり、奥に大きなカウンターがあって係員らしき3名の女性が見えた。

 カウンターから奥側は、食堂とは壁で仕切られていているが、カウンターの前側は食堂側から素通しだった。


 サージェは、当たり前ではあるが慣れた態度でカウンターへと向かって行く。

 幾嶋とラミレスも、それに遅れまいと後を追った。


「いよぉジーナ! 相変わらず綺麗だな。 今日は客を連れて来たぜ」

 サージェがカウンターの左端にいる女性の処へ直行して、馴れ馴れしく話しかける。


 長い立派なカウンターには、他にも2名の女性が受け付けをしているが、ジーナと呼ばれた女性だけが銀縁で細身の眼鏡を掛けていた。

 どうやら、サージェの興味はジーナという女性にあるようだった。


「誰かと思えば万年B-1ランクのサージェじゃないの! あんたまた仕事もしないで昼間っから酔っ払ってるわね」


 冷たくそう言い放つ女性の特徴のある耳を見て、幾嶋は思った。

(もしかして、エルフ?)


 そのジーナという女性は比較的長身であり、細身で色白なだけではなく、特徴的な長い耳と緑色の長い髪の毛をもっていた。


 髪の毛は、首の後ろ辺りで一本にまとめ上げられていて、長めのポニーテールと言った髪型だった。

 それだけに、特徴的な耳元がよく見える。


「ちゃんと週1回の生存報告と月1回以上のクエストは、ギルドのノルマ通り果たしているだろ」

 サージェはジーナというエルフ女性の指摘を、面倒くさそうに言い返していた。


「それで、今日はお客さんを連れて来たって言ったわね。 あなたたちが、サージェの言うお客さんなのかしら?」


 ジーナは、なおも何かを言いかけるサージェを無視して、カウンターの奥から幾嶋とラミレスの方を向いた。

 キツそうな、切れ長で大きなグリーンの瞳が、ぼんやりとジーナの顔を観察していた幾嶋の視線と僅かに絡み合う。


「あ、あの…… 身辺警護の依頼をしたいんですが、受けて貰えるでしょうか?」

 ラミレスがオドオドした様子で、ジーナに依頼の内容を話し始めた。

 その様子を見る限り、ジーナというエルフ女性の冷たい話し方に、すっかりビビっているようだ。


「依頼は非合法な内容で無い限り何でも受け付けるわよ、ただしそれを引き受ける冒険者が居るかどうかは金額と難易度次第だけどね」


 ジーナは、冷たくラミレスに言い放った。

 言っている内容は事前にルシアから聞いていた通りなので、特に驚くような要素は無いが、ラミレスはすっかり気圧されているように見える。


 ジーナはカウンターの下から、一枚の用紙を取り出すとラミレスの方を向けて差し出した。

「これに、必要事項を書いてちょうだい。 身辺警護ならどういう状況なのかも、できるだけ詳しく書いてね。 それでクエストの要求ランクを決めるから」


 ラミレスがそれを書いている間はやることが無いのか、やたらと話しかけようとしているサージェを無視したジーナの視線が、ネチっこく幾嶋に絡みついてくる。


「あなたは剣士みたいだけど、見た事が無い顔ね。 余所から移動してきたなら、到着してから三日以内にギルドに申し出ないと駄目な事は当然知っているわよね?」


 ジーナがやたらと幾嶋を気にしていたのは、彼が拠点登録を済ませていない流れ者の冒険者だと、そう判断していたからのようだ。

 もっとも、大剣と盾を背負い全身を鎧で固めているとなれば、例えジーナでなくとも幾嶋を冒険者だと判断してしまうのは仕方ない事だろう。


「あ、いや僕は冒険者じゃないんです」

 慌てて否定する幾嶋を見て、ジーナの目が更に冷たくなった。


「そんな格好をしていて冒険者じゃないとしたら、冒険者志望で家出してきたお金持ちの道楽息子とかかしら? それとも戦場を脱走して失業中の傭兵さん?」

 ジーナの容赦無い言葉の暴力に面食らう幾嶋を尻目に、ラミレスは何も聞こえない振りをして用紙の記載事項を必死で埋めていた。


 この場合、下手に関わり合いにならないほうが無難なのだ。

 下手に口を出すと、矛先が横から口を出した相手に向いてしまうと言うことは、良く有る事なのだ。


「おいおい、イクシマはつえーんだぜ、そんなヘタレじゃねーって」

 サージェが横から幾嶋の弁護を買って出てくれたが、やぶ蛇だった。


「C-3からB-1に上がって、3年も足踏みしているあなたより強い冒険者なんて沢山いるんだから、別に珍しい事じゃないでしょ」

 ジーナの口撃対象が、見事に幾嶋からサージェにスイッチしたのだ。


「なっ! お前、可愛い顔してるくせに本当に口が悪いな」

 ジーナの口撃を受けたサージェが、苦い物を食べたような顔になって、反射的に少し体を後ろに引いた。


「だいたい、あなたが率いているB級下位のパーティが、オーガなんて化け物を退治できた事が不思議なのよ。 いったい、どんな手段を使ったって…… まさか冒険者でもないあなたが、サージェたちのオーガ退治に一枚噛んでるの?」

 ジーナの視線が、サージェから幾嶋に移った。


「バカ言うなよ、あれは俺たちだけでやったんだって。 荷物運びで雇うならいざしらず、クエストにギルド未登録者を噛ませるようなルール違反をやるもんかよ」


 逆ギレしたように、サージェが大きな声でジーナの考えを否定する。

 どうやらサージェの態度から考えると、冒険者でもない幾嶋が討伐に加わったのは、ギルドのルール違反らしかった。


 自分たちの権益を守るために活動をしているとルシアが言っていただけあって、部外者がギルドの受けたクエストとやらに関与するのは、どうやら良くない事らしいのは幾嶋も雰囲気で理解ができた。


「緊急時であれば、その辺りはとやかく言わないけれど、その慌て方はなんか裏がありそうね」

 銀縁の眼鏡を透かして、緑色の瞳がサージェを射すくめるように見つめる。


「あれは、俺が必死でオーガを食い止めている間に、ジョリーが得意の火魔法で奴の目を焼いて、ディールが矢でだなあ…… 」


 必死で言い訳をしているサージェの目が、挙動不審にあちこちへと視線が動いている。

 額からは、冷や汗も流れていそうな焦りぶりだ。


 幾嶋としても、余計な事を言って火に油を注ぐような事を避ける為には、ただ見ている事しかできない。


「討伐報告書にはそう書いてあるけど、そもそもあんたの安物の剣でオーガの皮膚を切れるのかって話よ」

「そりゃあ…… 」


「書き終わりました! これで良いですか?」

 少し大きめの声を張り上げて、ラミレスが申込書をジーナに向けて突き出した。


 まるでスイッチが切り替わったかのように、事務的な表情になったジーナが無言で書類を確認している間、ラミレスだけではなく幾嶋も気が気では無かった。

 サージェに至っては、すっかり酔いが醒めたかのように、呆けた顔をしてジーナを見ていた。


(この女性ひとを相手にするくらいなら、ドラゴンを相手にしている方が気は楽だな)

 幾嶋は心の中で、そう呟く。


 嗜虐性向的サディストな女性なんだろうなと、幾嶋が心の中で判断したジーナが、ラミレスの申込書を見て判断したクエストレベルはB3±2だった。


 ギルドのランクはSを頂点としてABCの4段階あって、Bは下から二番目の中級に当たるらしい。

 そのBランクも5段階にレベルが別れているらしく、難易度はB3ランクを中心にして、上がB5、下がB1となっている。


 つまり、このクエストを受けられるランクは、B3から上下2ランクの幅に限定されるという事らしい。


 その説明を聞いて、幾嶋は公共事業の入札ランクのようだなと思った。

 入札に参加出来る業者ごとにランクを決め、発注する予定の仕事ごとに受けられる業者のランクを制限しているのと同じだ。


 おそらく、その理由というのも、上位者が下位者の仕事を根こそぎ奪っていかないようにという受注制限のような物なのだろう。


 そうとは言っても受ける者が居なかった場合は、最終的に受注できる対象レベルの幅を広げたり金額を上げたりして、クエストが受注されないまま放置されないようにはするらしかった。


 ジーナが本気でサージェを追求していた訳では無い証拠に、彼女は先ほどまでの強気な不正追求をケロリと忘れたかのように、申請書に必要事項を記入している。


 必要な前金をラミレスが払うと、受け付けられたクエストの用紙が壁に張り出された。

 あとは、これを受けてくれる冒険者が現れてくれる事を祈るのみだ。


 用件が済んでギルドを後にしようとした処へ、ジーナから幾嶋へと声が掛けられた。

「あなた、ここへ来たのは冒険者登録をする為じゃないの? うちは傭兵の斡旋もやってるわよ。 ここ最近は戦争も無いから、士官先の紹介はできないと思うけどね」


「ありがとうございます、 もう少し考えてからにさせて下さい」

 そう言って、幾嶋はジーナを刺激しないように、そっと頭を下げた。


「そう…… 無理にとは言わないけど、これだけは覚えておいてね。 生きるためには何か仕事をしなけりゃならないけど、絶対にギルドの領分を侵さない事は守ってね。 ギルドは登録者の生活を守るためなら、国家だって相手にする組織なんだから、味方にした方が得よ」


「俺も、イクシマは冒険者登録しておいた方が良いと思うぜ」

 すっかり酔いが醒めてしまったサージェが、白けた表情でそう言った。


「その時は、お世話になります」

 そう言って、冒険者ギルドを三人は後にした。


「ふーん、本当にオーガを倒せる程の剣士だとすればだけど、そんな剣士が冒険者登録をしていないで無職だなんて、実に怪しい話よね」


 受付カウンターの隅で、ジーナが無意識なのか唇の端を噛んだまま、そう呟いた。


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