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異世界の機神 【寝過ごしたら、そこは異世界 】  作者: 藤谷和美
第三章:初級冒険者 イクシマ
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通りすがりのサージェ

 幾嶋の認識している国家の姿と、ルシアの話してくれる冒険者ギルドと呼ばれる、多国籍企業のような国際的職業斡旋組織ぼうけんしゃぎるどの姿は、幾嶋の知っている世界とは大きく異なっていた。


 この世界は、幾嶋の持っている、かつての世界の常識とは異なっている。

 それを再認識させられるだけの、そんな噛み合わないルシアとのやりとりだった。


「それでは、あなたの部下を誰か冒険者に仕立てて登録させてみれば良いじゃないですか?」

 いわゆる、ドラマなどで良くある潜入捜査というやつを、幾嶋は頭にイメージして言ってみた。


「いえ、そんな事をしても、間違い無く狩りの途中に事故死するのが落ちですよ。 大事な部下にそんな事をさせられません」

 ルシアは断定的に、そう言い切る。


「と言うことは、過去に潜り込ませた事がありそうですね」

 ルシアのアッサリとした返事から、幾嶋はそう思って口に出した。


「ははは、まあ危ない話は、その辺にしておきましょう。 あなたと話していると、不思議と余計なお喋りをしてしまいそうです」

 ルシアは苦笑しながら、幾嶋との話を打ち切った。


 幾嶋の常識としては当たり前の話なのだが、ルシアにとってみれば捜査手法として自分が考えているポイントを幾嶋が突いてくるので、やり難いのだろう。


 そうは言っても、軍隊出身の幾嶋が畑違いの捜査手法に詳しい訳では無い。

 ごく普通にドラマや小説のたぐいで得た考えを、ただ何の気無しに述べているだけでしか無いのだ。


 しかし、そういう事件物というジャンルの物語そのものが存在していないようなレベルの世界では、幾嶋の考え方はルシアの捜査官としての勘所を偶然にも突いていたようだった。


「それにしても、何故ラミレスが狙われる必要があるのか、そこが一番の問題です」

 あれこれ話をした割に、結局のところ、話はそこに戻ってしまった。

 しかし、これが事件のきもである事に間違いは無いのである。


「はあ、まったく皆目見当がつきません」

 ラミレスは、同じ答えを繰り返すだけだった。

 本当に心当たりは無いようだ。


「先ほど言っていた跡取り問題というのは、この世界では良くある話なんですか?」

 幾嶋が、うっかりと『この世界』という客観的表現を使って、ルシアにこの世界の常識としての見解を訊ねてみた。


「この世界という意味が良く判りませんが…… フラジール家のように大きな家柄ともなれば、血縁のあるお兄さん方にその気が無くとも、周辺に利害関係者が多数存在しますから、血縁者は少ないに超したことは無いでしょうね」


 ルシアは、『この世界』という幾嶋の表現に多少引っかかりながらも、それ以上拘ることも無く、自分の見解を話してくれた。


「なんにしてもラミレスは、一人暮らしを避けた方が良いと思いますよ。 イクシマも旅をしているという話だから、ずっと一緒に居て貰うという訳にも行かないでしょう」


 ルシアは、そう言って、話を締める。

 犯人がわからない以上、また今後も狙われると考えた方が良いのは、幾嶋にも判る。


「まあ、とりあえず成り行きで泊まってしまいましたから、一度エステルの処へ戻りますが、その後の事も考えた方が良さそうですね」


 きっと連絡無しで家に戻らなかったから、早い内に事情を説明しておかないとエステルがまた余計な心配をしてしまう事は、間違いが無いだろう。

 そう考えれば、早いところニーリーの家に一度戻った方が良いと、幾嶋は考えた。


「はあ…… イクシマが警護を引き受けてくれれば安心なんですが、無理ですよね」

「そうですねぇ…… しばらくしたら、この街は出ようと思っていますから、ずっと身辺警護をするというのは、正直言えば難しいですね」


 幾嶋としても、世界の事を何もしらないうちから1カ所に定住する気は無い。

 この街を近いうちに離れると言うことは、当初から想定していた事だった。

 エステルの問題を除けば、ではあるが……


 ラミレスを見ると、幾嶋に身辺警護をやって欲しそうだった。

 襲撃犯の7名を瞬時に撃退した昨夜の活躍を見れば、誰でもそう思うのは間違いの無い事実だろう。

 幾嶋に警護をして欲しいと思うラミレスが、自分勝手という事では無いのだ。


 しかし、それを幾嶋が受けてしまえば、恐らく際限なく身辺警護をする事になるかもしれないのだ。

 幾嶋としても、簡単に返事をするわけには行かない。


 誰なのかすら判らない犯人が捕まるまで、ラミレスの警護を続けるというのは不可能に近いのだが、それはラミレスも判っているのだろう。

 強くそれを求めてくる事は無かった。


「冒険者ギルド辺りで、身辺警護のクエストを出してみるのも、一つの手だと思いますよ」

 ルシアがそんな二人の様子を見て、助け船になる提案を出してくれた。


「そうですね、兄からの仕送りは過分にもらっていますから、多少の余裕はあります」

 ラミレスが、その手があったかというような顔で、ルシアを見た。


 幾嶋の知っているRPGゲームをベースにした冒険者ギルドというのは、魔獣の狩りで生計を立てているというイメージが強かったので、ボディーガードのクエストと聞いた幾嶋は不思議そうな顔になった。


「冒険者ギルドって、そんな事も引き受けるんですか?」

 思わずそんな質問が、幾嶋の口から出てしまう。


「いえいえ、あくまで職業斡旋の一環ですから、非合法活動で無ければ依頼を何でも受け付けてくれますよ。 実際に、そのクエストを引き受ける冒険者がいるかどうかは、クエストの難易度と料金設定次第でしょうけどね」


「なるほど、金額と難易度次第という事ですか」


 たしかに、冒険者ギルドを『何でも屋』と考えれば、仕事として成り立つのなら、受け手がいても不思議では無いのだ。

 そう言われれば、幾嶋としても納得せざるを得ない。


「そうです、お金に困っていない冒険者なら、暇つぶしに受けてくれるかもしれませんよ。 魔物相手に戦うよりは楽かどうかは、判りませんけどね」


 ルシアの言う、楽かどうか…… という言葉は、恐らくあの弓と魔法の攻撃のことを言っているのだろうと幾嶋は思った。


 あの攻撃を放った奴らは撃退したが、それで終わると考えるのは、流石に調子が良すぎるだろう。

 あの素人同然の7名が相手ならば、話は別になるが……


「うーん、どこまで出せるか相場が判りませんけど、真面目に考えてみますよ、ありがとうございます」

 ラミレスがルシアにお礼を言ってから、幾嶋のほうを向いた。


「それで申し訳無いのですが、イクシマは身辺警護の相手が見つかるまで、あと数日付き合っていただけないでしょうか?」

 ラミレスが、恐る恐るという顔つきで幾嶋に訊ねる。


「そうですね、これも何かの縁でしょうから、考えさせて下さい。 しかし、エステルが心配していると思うので、一旦ニーリーの家に帰らせて下さい」


 幾嶋としても警護を引き受けてくれる人間が見つかる前に、ラミレスを放って自分一人で帰るような薄情な真似は、話の成り行き上でも出来なかった。。

 こう言われてしまえば、受けるしか無いのだ。


 しかし、エステルと数日とは言えども離れてしまうのは、昨日見た彼女の様子を思えば難しい選択だった。

 かと言って狙われているかもしれないラミレスの家に、小さなエステルを連れて行く訳にも行かないのだ。


「とりあえずニーリーに、もう少しエステルを預かって貰うようにお願いしてみます」

 幾嶋としては勝手すぎると思ったが、そうする他に選択肢は無さそうに思える。

 それを聞いて、ラミレスも思い出したように手を打って、幾嶋に言った。


「ああ、私もニーリーさんには泊めていただいたお礼を言わねばなりませんでした。 うっかりしておりました」


「それでは、ついでに冒険者ギルドに寄って、身辺警護のクエストを発注してきてはどうですか?」

 そんな会話の流れに、ルシアが冷静なアドバイスをしてくれた。


「そうですね、そうする事にします」

 ラミレスは即答した。


 それを聞いて、幾嶋も少し安心する。

 ラミレスが依頼を出してさえくれれば、身辺警護を受けてくれる人だっているだろうと楽観的に考えたのだ。


「こちらも、何か進展があれば連絡します。 あの辺りの巡回も可能な範囲で増やしておきましょう」

 ルシアが立ち上がって、そう言った。

 これでお開きにしましょうという、そんな事を意味している動作だった。


「助かります」

 ルシアの意図を察したラミレスは、そういって部屋を出た。

 幾嶋は、ルシアと何事か短く話した後に、ラミレスを追って部屋を出る。


 警護詰め所を後にした二人は、ニーリーの居る中央十字路へと向かった。



「いよぉ、イクシマじゃねーか!」

 突然、十字路へと向かう大通りで後ろから声を掛けられた。


 聞き覚えのある声に、幾嶋は振り返る。

 そこに立っていたのは、見覚えのある顔をした薄い赤毛の剣士だった。


 食べかけの串焼き肉を右手に持って、左手には飲みかけの酒が入っていると思われるカップがあった。

 顔も、どことなく赤味を帯びているような気がする。


 彼は、幾嶋が城内に入れず困っていた時に声を掛けてくれた、冒険者のサージェだった。

 他の二人も一緒に居るのかと見回してみたが、その姿は見えなかった。


「他の二人は一緒じゃないんですか?」

「当分は、あくせく稼ぐ必要も無いからな、暇に飽かしてぶらぶらしてるのさ」


 幾嶋の問いに対するサージェの答えは、あの時酒場で言っていた通りだった。

 当分働かなくても良い程の収入を得たのだ、無理して危険な仕事をする必要など無いと考えても不思議では無い。


「三人には感謝しているます。 他のお二人にもよろしくお伝え下さい」

「ああ、幾嶋は何処へ行くんだ? 暇なら一緒に一杯やらねーか?」


 お礼を言う幾嶋に、サージェは酒を誘ってきた。

 どうやら、一緒に居るラミレスが幾嶋の連れだと言う事に気付いていないようだ。


「いえ、この人が冒険者ギルドへクエストの依頼に行くので、一緒について行く処ですよ」

 そう言われて初めて、サージェはラミレスの顔をまじまじと見る。


 そうやら酔っ払ったサージェは、クエストの依頼という言葉が耳に入っていないようだった。

 しかし、幾嶋が冒険者ギルドへ行くという、その言葉だけに鋭く反応した。


「おっ、いよいよイクシマも冒険者の仲間入りか? 暇だから俺も付いていってやるよ」

 どうやら、サージェは余程暇を持て余しているらしい。


「心細かったので、助かります。 ラミレスも構いませんよね?」

「わたしも初めて冒険者ギルドへ行くので、知っている方がいると心強いです」


「よし、それじゃ話は決まりだ!」


 幾嶋としても、冒険者ギルドがどこにあるのかすら知らないので、案内人が出来るのは大歓迎だ。

 ラミレスも同様だったようで、話はすんなりとまとまった。


「あ、その前にちょっとばかり、中央十字路まで付き合って下さい」


 さっさと冒険者ギルドの方へと、近道らしき細い道を歩き出すサージェを幾嶋が引き止める。

 先に、ニーリーの露店へ寄っていかなければならないのだ。



 昨日も一昨日も店を開いていた場所と同じ、中央十字路から噴水寄りになる道路の角に、ニーリーの露店はあった。

 ラミレスと幾嶋が近付いて行くと、ニーリーを手伝っていたエステルが、真っ先に反応したのが判る。


「ジョー!」


 幾嶋の姿を認めたエステルが、普通の人が遠目からでも判るほどの笑顔になって、ニーリーの露店から飛び出して駆け寄って来た。

 当然ながら幾嶋には、その笑顔を明確に遠方から認識できていた。


「ごめんごめん、夕べは連絡ができなくて悪かったね」

 幾嶋は、小柄なエステルに合わせて腰を落として彼女を迎えた。


「ジョーがわたしの事を置いて、一人で何処かへ行っちゃったかと思っちゃった」


 幾嶋の顔を見つけたときには笑顔一色だったエステルの顔が、眩しい物を見るような細い目になって。少し引きつったような笑顔で幾嶋を見ている。

 泣きそうになるのを堪えて笑顔を作っているのか、それが泣き笑いのような複雑な笑顔に、幾嶋は見えてしまった。


 そんなエステルを見てしまうと、また今夜もラミレスの家に泊まるとは簡単に言い出せない雰囲気を感じてしまう。


「僕がイクシマに無理を言って泊まって貰ったんだよ。 ごめんねエステルちゃん」

 ラミレスも、腰を落としてエステルの目線で彼女に謝罪の言葉を述べる。


 サージェは、足が悪かったはずのエステルが元気に走ってくるのを見て、何が何だか判らないという顔をしていた。


「あんたたち! 図体の大きな男が三人もそんな処に立ち止まって居ると、通行の邪魔だよ。 ついでにあたしの商売にも邪魔だよ」

 早いところ退いておくれと、ニーリーが露店の横から顔を出して、大きな声でイクシマたちに告げていた。


「夕べはエステルちゃんが、ご飯を食べなくて大変だったんだからね! ちゃんと戻らないなら戻らないって言ってくれないと困るよ」


「すみません、急な事で連絡も出来ず…… 」

 ニーリーは怒っているというよりは、呆れているという方が正しそうな雰囲気だった。

 幾嶋としても、何も反論はできない。

 携帯電話一つで、いつでも連絡が取れる世界では無いのだ。



「そうかい、そんな物騒な事があったのかい…… 」

「そいつは、賊も襲った相手が悪かったな」

 事情説明をするラミレスの話を聞いて、ニーリーとサージェが、それぞれにそれぞれの感想を呟いた。


「わたしとしても狙われる見当が付かなくて、それで今日も無理を言ってイクシマに付いてもらっているのですよ」

「すみません、そういう事になってしまいました」


 昨夜の騒ぎの事を聞いて言葉を無くしているニーリーに、ラミレスがさり気なく事情説明の形でイクシマが今夜も帰れない事を告げた。

 それを聞いて、ニーリーは何事か考えているようだった。


「あんた、その人を守るのも大事だろうけど、変な恨みを買って、ルーベルやエステルちゃんが逆恨みされるような事は、よしておくれよ!」


 ニーリーの言い分を聞いて、ラミレスがハッとしたように幾嶋の顔を見た。

 恐らく、そんな事までは想定していなかったのだろう。

 サージェも、当然だな、という顔をして幾嶋を見ている。


 相手がラミレスへの嫌がらせを主目的にしているのであれば、それもあるだろう。

 しかし、確実にラミレスの命を狙っていたと考えられる賊の行動と、用意周到に賊の口封じ役を別に手配していた事を考え合わせると、手間を掛けてニーリーたちを先に襲うメリットは1つしか考えられない。


 もしそれがあるとすれば、幾嶋をラミレスの元から引き離すために陽動作戦としてニーリーの家族を襲うという事くらいだろう。

 そう幾嶋は考えていた。


 もっとも、だからといってニーリーたちが危険では無いという事は無い。

 それは、幾嶋もルシアも想定をしていた。


「今夜から警護隊のルシアが、特別にニーリーの家の周りをきっちりと守ってくれるそうです」

「えっ、いつそんな事を?」


 幾嶋は、短期間だけでもとルシアにニーリー家の警護を頼んだのだった。

 しかし、一緒にいたはずのラミレスは、その事を何故か知らない様子である。


 公的には、そんな事は出来ないというルシアの返事だったが、事件関係者への張り込み調査という名目であれば隊を動かす事は可能だとルシアは付け加えた。

 そして、幾嶋に軽い合図をして見せた場面を幾嶋は思いだしていた。


 彼はその時に、こう言っていたのだ。

「ただ、ニーリーという露店商の亭主の死因には、いま追っている人身売買組織の非合法活動との関連性が浮かんできたんです。 そんな訳で怪しい人物が家族に接触して来ないかどうかを、今日から2~3日だけでも張り込む必要はありそうですよ」


 別れ際にそう言って、お茶目な顔で幾嶋にウィンクして見せた、あのルシアという男。

 なかなか役人らしくなくて面白いと、幾嶋はそう思った。


「じゃあ、犯人が警戒して近付かないように、派手にお願いしますね」

 そう言って、幾嶋はルシアの部屋を出てきたのだった。



 あれは、最長3日間は警護を付けるから、その間にラミレスのボディガードを見つけろという事なのだろう。

 前任者の評判は悪かったようだが、彼に変わった事で、きっとこの街の治安も良くなるだろう。


「なんだか、悪いことをしたみたいで落ち着かないよ」

 そうは言っているが、警護隊に守られると明言されたことで、ニーリーも多少は不安が治まったようだった。


「じゃあ、また明日顔を見せるから、ちゃんとご飯は食べないと駄目だよ」

 エステルの頭に手を当てて優しくそう言うと、エステルは幾嶋のその手に右手を軽く添えて幾嶋の顔を見上げた。


「絶対に帰ってきてね、待ってるから」


「うん、絶対にね」

 エステルにそう言い返して、中央十字路を離れて歩き出す幾嶋とラミレス、そして酔っ払いのサージェ。


 三人の次の目的地は、冒険者ギルドである。


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