フラジール家のゴメス
「馬鹿な! あ奴らが失敗するなど、ましてや手傷を負うなどと…… あり得ん!」
「離れた位置から必中の攻撃を放てるのが、奴らの強み。 仮に反撃を受けたとしても、奴らの実力ならば避けられない訳が無い!」
「避けられなかったから、二人ともに大怪我を負ったのだ。 それは紛れも無い事実! 俺が反撃をせずに救助を優先したのは、放置すれば死ぬ程の怪我だと判断したからこそ」
「むうう、わしも行っておれば…… 」
「流石のお主でも、あの怪我は簡単に治せるものでは無い。 直ぐさま神殿に運び込んで事なきを得たが、一歩間違えば我らは3人パーティになっておったはずだ」
「それで、いつ戻れるのだ?」
「損傷した部分の回復に、まだ1ヶ月以上は掛かるであろうというのが、上層部から下された沙汰だ」
「それにしても、いったいどうやって? 喰らったのは魔法では無く、ただの投げナイフによる攻撃だと言うではないか」
「奴らが見切れぬ速度で放たれたアレが、ただの投げナイフなものか! 人の技ではあり得ぬよ」
「あれは、生やさしい怪我では無かった。 まるで竜の顎門で喰い千切られたかのような、酷い怪我であったぞ」
「もしかすると、その相手…… 人ではないのかもしれぬな」
「今回の件、高位の魔族が裏で糸を引いておるのか、あるいはダークエルフが我々を誘き寄せるためも、偽の情報を流して罠を張っていたか…… 」
「ダークエルフは居るだけで目立つ。 この街の冒険者ギルドに立ち寄ったという情報も無いそうだ」
「ならば、魔族か。 奴らは人に化ける事が出来るだけに、尻尾を掴むのに難儀しそうだな」
「このまま引いてしまえば、我らの沽券にも関わる! 次は、わしが出るぞ」
「まあ、待て! ひとまずルール通りギルドに顔を出しておくが先であろう」
「うむ…… 」
「面倒だが、それも我らの務めよ」
突然の血生臭いトラブルに巻き込まれた幾嶋は、エステルに連絡する事も出来ず、そのまま一晩ラミレスの家で警護を兼ねて泊まる事になった。
そして、翌朝を待ってラミレスと一緒に警護詰め所へと出かけたのだった。
ラミレスの家で待ち伏せしていた男達は、全員が死亡していて損傷も酷く、黒幕を聞き出すどころの騒ぎでは無かった。
「全員が、何者かに口封じをされたと考えるべきでしょうね」
それが、ルシアの見解だった。
「口封じをする必要があると言う事は、ただの仕返しではないですよね?」
幾嶋がルシアの言葉に問い返す。
「その通りです。 殺し方に躊躇がありませんから、黒幕に繋がる証拠は決して残さないという用意周到さがうかがえます。 そいう相手は、相当に厄介ですよ」
ルシアは、眉を顰めながら幾嶋にそう言った。
ラミレスは、何故自分の身にそんな事が起きるのか意味不明だとばかりに、若干引き気味で二人の話を聞いている。
「しかし、それが何故ラミレスさんなのかが謎ですね」
「そうです、それが判れば黒幕に繋がる尻尾を掴めるかもしれません」
何故ラミレスが狙われるのか、それがこの事件の謎だった。
ただの仕返しならば、あれだけの人数で待ち伏せをして命を狙う必要は無いはずだ。
それに、そもそも最初に街中で背中をいきなり切りつけられた意味も判っていないのだった。
「ラミレスさん、あなたはフラジール家の三男という事ですが、どうしてこの街に?」
ルシアが何か書類のような物を見ながら、テーブル越しにラミレスに質問をしてきた。
簡素な警備詰め所の一室で、大きな木製のテーブルを挟んで窓側にルシアが座り、その後ろに部下が一名立っている。
窓とは反対のドア側に幾嶋とラミレスが座っていて、入り口となるドアの前にルシアの部下が一人待機していた。
「はい、ご存じの通りフラジール家は代々王都で手広く商売をやっておりまして、現在は長男のゴメスが引退した父の後を継いでおります」
ラミレスがゆっくりとした話し方で、自分の家のことを話し始めた。
「ほう…… 」
初めて聞いたと言う顔で、幾嶋がラミレスを見る。
「王都では私もゴメスさんに会ったことがあります。 あの方は、あなたの兄に当たる方でしたね」
「はい、ゴメスが長兄で、私とのゴメスの間にもう一人兄がおります」
ルシアの問いかけに、ラミレスが素直に答える。
何かを隠しているような素振りは見えない。
「こちらの調査では、もう一人のお兄さんは隣国に養子に出ていて、あなたは乳母の実家があるこの街に、子供の頃から住んでいるようですね」
更にルシアが細かい家族関係について確認を入れた。
この街のすべての人について、細かい身辺調査がされている訳では無いだろうが、それなりに重要人物の関係者については、警護隊としても調べ上げているようだった。
「私と次兄は、長兄の予備部品だったんですよ」
ラミレスは寂しそうに、そう言って笑った。
「確かに、幼いうちの死亡率は高いですからね。 子供を多く作っておいて、無事に育った後は財産争いを避けるために下の子を養子に出すというのは、金持ちの家では良く聞く話です」
ルシアも、なにやら感慨深げに呟いた。
貧乏人には縁の無い話ではあるが、かつての日本でも、幼児が無事に誕生日を迎えることができた事を祝う七五三というイベントが永く続いて来たのだ。
子供がある程度の年齢になるまでは、いつ死んでも不思議では無い文明レベルの世界というのは、そういうものなのだろう。
「失礼ですが、あなたを狙ったのが長兄の手の者という可能性は?」
「まさかゴメス兄が! そんなはずは…… 」
ルシアに問いかけられ、その可能性を否定しきれずにラミレスが言葉に詰まった。
「フラジール家の人間関係を知らないので、あくまで可能性の話なのですが、お兄さんと最後に会われたのは?」
「兄を疑っているのですか?」
あくまで可能性の問題だと良いながらも、ルシアの目は真剣だった。
それに対して、ラミレスは兄を疑うことに抵抗があるのか、普段の大人しい顔つきに動揺が見られる。
「いや、ルシアさんは、あくまで可能性の問題だと言っているのです。 立場上全ての可能性を疑ってみるのは当然でしょう」
幾嶋が、ルシアの真意を捉えて弁護した。
幾嶋とて、もしもルシアと同じ立場であれば、同じ質問をせざるを得ないのだ。
それはルシアの職務上、当然想定して潰しておかなければならない、犯罪捜査上の疑問点なのだ。
案外と話は単純なのかも知れないと、幾嶋は思う。
長兄のゴメスとラミレスの関係が仮に良好であったとしても、長兄を取り巻く関係者にとって見れば、ラミレスという養子にも出ていない親族の存在は邪魔なのかもしれないのだ。
その可能性は高いかも知れないなと思って、幾嶋はふと昨夜の弓手と魔法使いの存在を思い出した。
ただの物理攻撃とは思えない程の爆発に似た矢の破壊力と、幾嶋の手をすり抜けようと軌道を変えた、矢の動き。
ドラゴンスレイヤーの力を持つ幾嶋だからこそ、その矢を捉えることも出来たが、おそらく常人の範疇を超えた速度と威力を持っていたと考えて間違いは無いだろう。
魔法については幾嶋も専門知識に乏しいのだが、そうそう誰でもが使えるものなのだろうか?
そう思った時に、赤い髪色をした魔法使いジョリーの顔を思い出した。
この街に着いたは良いがお金が無くて、城門から中に入れずに困っていた時に助け船を出してくれた三人組の一人が、魔法使いのジョリーだった。
「弓と魔法の件ですが、そっちから足取りを追えませんかね?」
投げたナイフには、確実に相手の体の一部を破壊しているはずである。
しかも、高い屋根から落下もしているのだ。
無事でいる訳がないのだ。
エステルを処置してくれた神官の治癒魔法の能力やラミレスの治療の限界などを考えれば、まだ元気に動ける程の回復をしているとは思えなかった。
幾嶋の視覚センサーは、弓手の左肩と魔法使いの脇腹が、投げナイフを喰らって吹っ飛んだのを確認している。
「イクシマの言うとおりならば、酷い怪我をしていると思われますね。 先ほど現場を確認に行った部下からの報告では、犯人のものと思われる血痕と周囲に飛び散った肉片も見つかっているそうです」
ルシアは南門に近い現場から、いち早く届いた速報の報告書を捲りながら、そう答えた。
やはり、犯人は大怪我をしていると見て間違いは無さそうだ。
「大きな犯罪組織の者であれば、身内に治癒魔法を使える者がいるかもしれませんが、その場合は地下に潜られますか?」
犯罪組織の実情について何らかの情報をもっているのかと、幾嶋はルシアに対して暗に訊ねた。
ルシアが家を訪ねてきたときに、人身売買組織の事を話していたのを思い出したのだ。
それに対してルシアの返事は無い。
本当に情報を持っていないのか、部外者の幾嶋には話せないのかの判断はつかないが、恐らく後者なのだろう。
「神殿は?」
「早々に遣いをやりましたが、特に運び込まれてはいないという返事だったようです」
一般的に治癒魔法と言えば、幾嶋は神殿くらいしか思いつかない。
しかし、ルシアは既に調べをしていたようだった。
その手回しの良さには敬服するが、神殿から帰ってきた答えが本当なのかどうかは、ルシア自身も頭から信じては居なかった。
無いと答えられれば、神殿は冒険者ギルドと違った意味で国家に治外法権を認められた巨大な組織であるだけに、それ以上の追求は難しい。
犯罪捜査という意味では、この世界は色々と制約が多過ぎるようなのだ。
「さすがに手回しが良いですね」
「いえいえ、捜査は初動が肝心ですから、一晩経っていますし遅いくらいですよ」
幾嶋がルシアを褒めると、謙遜抜きでそう答えてきた。
たしかに一晩経っていれば、犯人側としても色々な手が打てるだろう。
そうは言っても、電話一本で警察を呼べる訳では無いから、報告が朝になること自体は、ルシアからも咎められる事は無い。
「部下からの報告を見ると、倒れて居た賊は7名とか…… しかも、それと別に矢と魔法の攻撃を撃退されているとは、イクシマは常人と思えぬ強さですね」
ルシアが机の上に置いたのは、幾嶋が証拠として提供した2本の矢だった。
幾嶋の握力で真っ直ぐだったはずの矢は、大きくねじ曲がってはいるが、金属製のそれは非常に精巧に作られているのが判る。
その矢一本取ってみても、この世界の技術のアンバランスさを如実に示しているようだった。
もっとも、それが判るのは、幾嶋がこの世界の住人では無いからに他ならない。
すぐれた製造技術というものを知らない世界の住人には、これを作るための技術的な難易度というものは想像すら出来ないのだ。
「いえ、たまたま運が良かっただけですよ。 これ、触っても構いませんか?」
幾嶋がルシアに提供した物ではあるが、すでに操作の証拠品として手を離れているだけに、一応確認をしてみる。
「どうぞ、この辺りの武器屋では目に出来ない代物のようですよ」
「これに爆発するような仕掛けがあるとは、思えませんねぇ」
矢を色々な方向から眺めて幾嶋が呟く。
しかし、確かに矢が小爆発を起こしたのを、間違い無く幾嶋は目撃していた。
「こちらの調べでも、特に仕掛けは無いそうです。 しかも、どちらもピッタリと同じ重さだそうですよ」
幾嶋が慎重に矢を手にしていると、ルシアが少し可笑しそうに言う。
「それだけの物を作れる鍛冶屋は多く無さそうな言い方ですね」
「ええ、それだけの加工精度の矢を作れるとなれば、王都にでも行かないと無理でしょう」
「もしや、魔法で作ったとか?」
魔法という事に知識の無い幾嶋にとって、魔法とは物理を超えて何でも出来るという意味でしかない。
「どうやって作るのかは、皆目見当がつきませんが、魔法なら案外と簡単に出来るのかもしれませんね」
この世界の住人であるはずのルシアの答えも、魔法に関しては幾嶋と同程度のようで、そんな答えが返ってきた。
幾嶋が目にしただけでも、火晶石や魔法照明など、理解の範疇を超えているテクノロジーが存在している世界である。
魔法で出来ない事は無いのかもしれないと、そう思うしか無い。
「なるほど…… 」
「常識外れの矢と魔法となれば、見回り組として一応冒険者ギルドにも問い合わせは入れておきますが、どこまで協力してくれるかは疑問ですね」
魔法と言えば冒険者ギルドという考えは幾嶋も理解ができる。
もっとも、それは子供の頃にやったRPGゲームの影響ではあるのだが……
「と言うのは?」
幾嶋がルシアに、言葉の真意を訊ねる。
冒険者ギルドの協力を期待出来ないというのは、どういう事なのだろう?
「ギルド構成員の情報に関しては、非常に秘密主義でしてね、治外法権でもあって我々も強くは出られないのが実情です」
冒険者ギルドに対するルシアの答えは、いたってシンプルだった。
期待はしてくれるな! という事である。
「国の要請でも、ですか」
幾嶋の持っている国のイメージは、もっと強権を持っていてしかるべき存在なのだ。
当然のように、そういう言い方になってしまう。
「国と言っても、ここは一地方領ですから、掛けられる圧力にも限りが有るという事です。 噂では人間離れした超人的な力を持つ高ランクの冒険者が居るという話もありますから、国防の面からも構成員の情報は出来るだけ知っておきたいのですけどね」
そう言って、ルシアは自嘲気味に説明をしてくれた。




