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異世界の機神 【寝過ごしたら、そこは異世界 】  作者: 藤谷和美
第三章:初級冒険者 イクシマ
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武器屋のカズーイ

 ルシアと幾嶋による冒険者ギルドの話になって、しばらく放置されていたラミレスへの質問が再開された。


「では、まったく身に覚えが無いという事ですね」

「はい、元々人付き合いが上手ではありませんから、深い付き合いも限られていますし、恨みを買うような態度も取った覚えはありません」


 どうやら、ラミレスは今回の襲撃事件について、身に覚えが無いようだった。

 そうは言っても、本人に自覚が無くても恨みを買う事が無い訳では無い。


「何か思い出したことがあれば、何時でも言いに来て下さい」

 そう言って、ルシアと二人の部下は去って行った。



「意識を失っていたとは言え、こうして命を助けて頂いて治療まで受けさせて頂いたとは、本当に感謝致します」


 ラミレスという男は、そう言って幾嶋とルーベル、そしてエステルに深々と頭を下げた。

 幾嶋にとって、その日本的で当たり前の仕草には疑問の余地も無い。

 男の深い感謝の意が伝わって来た。


「治療費と宿泊費をお支払いしたいのですが、逃げる途中で財布を落としてしまったようでして、必ずお返ししますので、家に一旦戻らせて頂こうかと思います」


 そう言って、玄関へと向かおうとする男の足下がふらついた。

 慌てて、それを幾嶋が支える。


「一人ではまだ体力も戻りきっていないでしょうし、僕が送って行きましょう」

 幾嶋の提案に、ラミレスはお礼を言って同意した。

「こちらこそ、襲われた理由も判りませんし、そうして頂けると助かります」


「わたしも一緒に行く!」

 エステルが、そう言って幾嶋に走り寄り、彼の右腕を小さな手で掴んだ。


「心配しなくても、ちゃんと戻って来るよ」

 そう言って幾嶋はエステルに向き直り、左手で頭を撫でる。


「ほんとうに?」

 不安そうなエステルに、幾嶋は何かを思いついたかのように、自分の手首に嵌められた薄い金属製の腕輪を外してエステルに渡した。


「これは何?」

 そう訊ねるエステルに、幾嶋はダークグレーの腕輪を装着してやり、優しく言う。


「これは僕の大事な物だから、僕が帰るまでエステルに預けておくね。 だから、安心して待っていて大丈夫だよ」

 そう言われて、エステルは自分の細い左の手首にピッタリと装着された金属製の薄い腕輪に疑問も抱かず、それを右手で包むように触れていた。




 幾嶋が装備を取りに2階へ戻り、ルーベルとエステルを置いてリーニーの家を出て、そのしばらく後、彼はラミレスと一緒に商店が建ち並ぶ通りを歩いていた。


 ラミレスが、どうしても寄りたい店があると言って寄り道をする事になったのだ。

 その店の看板には剣と盾のマークがあり、崩れた文字で『武具 カズーイ』と書かれていた。


 木製の厚い両開きのドアを開けて店の中に入ると、様々な武器や防具を売っていた。

「ほう…… 」


 思わず幾嶋の口から声が出る程に、様々な形や大きさをした剣や、槍や斧などの武器を始めとして、投げナイフや短剣類、盾や胸当てなどの防具類などが、決して狭い訳ではない室内が狭く感じる程たくさん並んでいる。


「オヤジさんは居るかい?」


 若い店員に、ラミレスが尋ねる。

 意外なことに、武器とは縁の無さそうなラミレスは顔馴染みのようで、店員は笑顔で店の奥に誰かを呼びに行った。


 幾嶋は、物珍しそうに店内の武器を眺めている。

 中でも、トランプのスペードに似た形をした投げナイフが気になるようで、腰に取り付ける6本セットのホルスターを何度も、自分の腰に巻き付ける仕草をしていた。


「おうラミレス! 遅せぇーじゃねぇか。 昨日来るかと思ってたんだぜ」

 そのダミ声に振り向いてみると、小柄で体格の良い髭面の中年オヤジが店の奥から出てきたところだった。


「昨日はこちらに寄る途中で暴漢に襲われて、あちらにいるイクシマに助けて貰ったんですよ」

「そいつぁ物騒な話だ、しかし怪我は無いみたいだな」

 店主と思われる小柄な男が、ラミレスの体を見回して言った。


「いえ、背中をバッサリと切られて意識を失っている私を、そこに居るイクシマが神殿に連れて行って、治癒魔法を受けさせてくれたそうです」

 カズーイの言葉を受けて、ラミレスが恥ずかしそうに頭を掻きながら事情を話している。


「そうかい、そいつは大変だったな。 あんたイクシマって言うのかい、たいそうな剣を持ってるじゃねーか、ちょいと見せてくれねーか」

 どう見ても、ドワーフ族のような外見をしているカズーイという店主が、幾嶋の大剣に目を付けて、大きな声で呼び掛けた。


「構いませんよ、どうぞ」

 そう言って、幾嶋は背中の大剣を取り外すと柄を逆手に持ち直してカズーイに渡した。


「おう、こりゃあ、なんて重さだい! こんな物を平気で振り回せるなんて、あんた相当高レベルの冒険者なんだろうな」

「え、ええ、まあ…… 」


 ルシアの話を聞いた後では、流石に自分が冒険者では無いとは言ない。

 カズーイの問いに、つい言葉を濁してしまう幾嶋だった。


「こいつは見たことの無い素材で出来てるな。 しかもこいつは魔石だ! それだけじゃねぇ、この中に何か仕掛けが入っているだろ」

 カズーイは、幾嶋の大剣を指の第二関節でコンコンと叩きながら、その僅かな反響音の違いに耳を澄ませて、そう言った。


 ナノレベルどころではなく、分子レベルで再構成が可能な幾嶋の大剣は切れ味が落ちる事は無い。


 超高速で振動し移動する刃先ブレードの構成要素も、人の目でそれを見極める事は不可能なサイズである。

 しかも、剣に纏わせる事の出来る属性もコントロールが可能なのだ。


 この店の店主だと言うカズーイという男は、正確にそれが何であるかは判らないまでも、幾嶋の大剣がただの剣では無い事を見抜いていた。


「オヤジさん、趣味に走るのは後にして例の物を見せて下さいよ」

 話が脱線しているのに気付いたラミレスが、軌道修正を図ってカズーイに声を掛け直した。


「おう!、すまねーな。 ちょいと待ってな」

 カズーイは名残惜しそうに幾嶋に大剣を返すと、再び店の奥にある工房の中へと入っていった。


 再び店の奥から現れたカズーイが持って来たのは、大きな鉄の塊のような物だった。

「ほれ、こいつだ。 ちゃんとラミレスの考えた通りに動くぜ」


 小さな樽を二つ並べたような形をした鉄の塊は、それぞれの樽に鉄のベルトで作られたたががきっちりと填め込んであり、厳重に固定してあった。


 片側にある樽の下に、カズーイはニーリーの家で幾嶋が見た事のある火晶石を置いた。

 火晶石を置いた場所には、見覚えのある魔法陣が描かれた皿が置いてあった。


 カズーイがレバーを操作すると、火晶石を乗せた皿がレバーの操作に連動して上下する。


 火晶石が赤々と輝く中、待つこと数分。

 樽の接合部分から湯気が、少し漏れ始める。

 そしてゆっくりと、樽の上に乗せてあった重りらしき鉄の塊が上がって行った。


 樽の高さの半分ほどの位置に重りが持ち上がったかと思った次の瞬間、樽を持ち上げていた筒の根元から勢いよく蒸気が噴き出して、重りは再び下に降りた。

 そして、再び重りが持ち上がる……


蒸気機関スチームエンジンの模型ですか? まだ相当エネルギーロスがあるみたいですけど」


 幾嶋が当たり前のように言うのが気に入らなかったのか、カズーイが怒ったように言った。


「お前さんは、この凄さが判らないのか? 火晶石を利用しただけで、魔法を使えない俺たちが、この重い物を動かしているんだぜ」


「そうです、これが実用化できれば魔法を使えない一般の人が、重いものを持ち上げたり、運んだりする事が出来るかも知れないんですよ」


 ラミレスも、自分の発明を馬鹿にされたと思ったのか、真剣な顔で幾嶋に説明をし始めた。

 ラミレスとカズーイの言う通り、魔法があって文明度の低いこの世界では、魔法を使えない人はニーリーたちのように、不便な生活を強いられているのだろう。


 幾嶋にとっては、効率の悪そうな蒸気機関の模型に見えても、彼らに取っては画期的な発明なのかもしれないのだ。

 とりあえず、彼らは蒸気の力を上下運動に変換することには成功していると言って良いのだろう。


 漏れて吹き出す蒸気が激しくなって来たのを見て、カズーイがレバーを少し下げた。

 火晶石の位置が樽の底から離れて、蒸気の勢いも少し下がる


「クランクがあれば回転運動に変換も出来そうですし、確かにこの世界から見れば画期的ですね」


 幾嶋は、そう言うしか無かった。

 彼に取ってみれば原始的な仕掛けでしか無いが、この世界の文明度から見れば画期的な発明と言っても良いのだろう。


「クランクだぁ? なんだそりゃあ」

「回転運動って、そんな方法があるんですか?」


 幾嶋は余計な事を呟いたばかりに、二人にクランクとフライホイールの説明をする羽目になった。

 二人が喜んだのは言うまでも無い。


 店からラミレスと帰る際に、カズーイは幾嶋が気になっていた投げナイフを持っていけと、ベルトごと押しつけてきた程の喜びようだった。


「じゃあ、次に来るときは車輪を回せるようにしておくからよ」

 カズーイは元気そうに、そう言って二人を見送ってくれた。


「蒸気の力を侮ると爆発して酷い目に会いますから、余分な蒸気の逃がし方を先に考えて下さいね」


 そう言って、幾嶋はラミレスと一緒にカズーイの店を後にした。

 おそらく車輪を回す程の力を得るには、ギアを使った変速機も必要になるのでは無いかと幾嶋は思う。


「どうしてイクシマは、あんな事を知っているのですか?」

 ラミレスが尊敬の眼差しで訊ねてきた。


「いや僕は技術畑じゃないから、あれ以上のアドバイスは出来ないですよ」

 そんな眼差しで幾嶋を見るラミレスの目に耐えきれず、幾嶋は目を逸らす。


 知識として知ってはいるが、作れと言われても細かい事を知っている訳では無いから、結局は何も知らないのと大差は無いのだ。


 そう言う意味で言えば、何も無いところから考えついたラミレスとカズーイの発明は、これからのこの世界の産業を大きく変えて行く可能性のある物だった。

 実用化への道はまだまだ遠いけれど、普通の人が使う事の出来る動力への道筋が見えた事に間違いは無かった。



 カズーイの店で寄り道をしていた為に、街の南端にあるラミレスの家に着く頃には、辺りは暗くなりかけていた。

 ラミレスの家は、南門に程近い場所にあった。


 ラミレスが言うには、街の南側には畑が広がっていて、大きな街道が無い為に普段の人通りは少ないらしい。

 門と門を結ぶ大通りに良く見られる、魔法を使った照明も、この辺りにはあまり見られない。


 そんな寂れた街の一角に、ラミレスの住んでいる小さな屋敷があった。

 敷地面積はニーリーの屋敷と同じくらいだが、建物はその半分程の大きさだった。


 門を開けて敷地内に入ろうとしたところで、幾嶋がそのまま入って行こうとするラミレスを制止した。

 赤外線をも感知できる幾嶋の視界に、彼らを待ち受けているのであろう7名程の人影が捕らえられたのだった。


 家の中にも待ち伏せしている者が居ないか確認するが、壁越しに探知した限りでは、人の隠れている事を示す反応は無かった。


「どうしました?」

 幾嶋のただならぬ様子に、ラミレスが戸惑ったように問いかけて来る。

 待ち伏せをしている者達は、門から入ってこない幾嶋達に焦れたのか、ジリジリと門の方に移動してきていた。


 相手に見つからぬように、彼らは上手く移動しているつもりなのだろうが、幾嶋の目には丸見えである。

 幾嶋は左手でラミレスを制止しつつ、腰に装着してある刃渡り40cm程の軍用ナイフを右手で抜いた。


 軍用ナイフと言っても、ドラゴンスレイヤー仕様のナイフであるから、只のナイフである訳が無い。

 背にした大剣と同じく、超高速振動と超高速回転をする微細な刃を分子レベルで内蔵した、属性効果をも持たせられるナイフなのである。


 それは高性能な魔素転換炉を持つ幾嶋が使うことで、超硬質を誇る竜族の鱗さえも、バターのように断ち切る能力を持っているのだ。


「おらあぁぁ!」

 沈黙に耐えきれなくなったのか、間近まで迫っていた一人が剣を振りかぶって襲ってきた。

 それを切っ掛けにして次々と隠れていた男たちが立ち上がり、攻撃を仕掛けてくる。


 一人目が持つ剣の根元をナイフで楽々と断ち落とし、後ろに回って後頭部を左手の掌で軽く叩き、脳震盪を起こさせて倒した。


 左から来る男の剣も根元から断ち落として、顎に右から掌底を当てて昏倒させる。

 右の男はナイフの柄を胃に突き立てて吹っ飛ばす。

 時間にして4秒後、7名の男達は全て気を失って地に伏していた。


「ラミレス、早く家に入って!。 僕はこいつらから黒幕を聞き出します」

 半径50m以内に敵の存在が無い事を確認して、幾嶋はラミレスに声を掛けた。

 その声を合図に、ラミレスが隠れていた門柱の陰からダッシュして走ってくる。


 そこへ高速で接近してくる何かを感知して、幾嶋の体が一瞬ブレたように震えて、その場から掻き消すように見えなくなった。


 次の瞬間、幾嶋は必死で走っているラミレスの横に立っていた。

その左手には、一本の金属製の矢が握られている。


「そのまま止まらず走って!」

 一瞬、何が起きたのかと立ち竦むラミレスに、幾嶋が声を掛ける。

 頷いて走り出すラミレスと、再び姿が消える幾嶋。

 再び現れた幾嶋の左手には、二本目の矢が握られていた。


 幾嶋がラミレスの方を見ると、ドアを開けて家の中に転がり込む処だった。


 再び矢の接近を感知するが、それは幾嶋を狙った物でも、ラミレスを狙った物でも無かった。

 その矢は、倒れた男の一人に突き刺さり、頭を吹き飛ばした。


 更に次の矢が接近していた。


 幾嶋の体がブレて矢が狙っている男の隣に現れるが、矢を弾こうとしたナイフは空振りをしてしまった。

 矢が直前で軌道を変えたのだ。


 幾嶋の手の横を擦り抜けた矢が、戻した幾嶋の手に触れて地面に突き刺さって弾けた。

 地面には、矢が爆発したような大きな穴が空いている。


 すでに、1発目で弓手の方向は判明していた。

 2発目で、飛んで来た角度も距離も判っている。


 4発目が放たれるタイミングと同時に、幾嶋が腰の投げナイフを抜いて放った。

 ドン!という衝撃波と共に音速を超えたナイフは4発目の矢を弾き飛ばして、200m程離れた屋根の上に居た人物の肩を直撃して破壊した。


 ボン!と言うような、空気の弾ける音と共に、倒れて居た男の一人が突然発火して大きな炎を上げた。

 これは魔法だと判断した幾嶋は、対竜族用に装備された魔素探知モードで周囲を索敵する。


 魔法を使う相手が居る場合、その相手の魔素密度に比べて周囲の魔素密度は希薄になる傾向がある。

 魔素探知モードは、その魔素の濃度差を感知して視覚化するのだ。


 左に50m程離れた家の屋根の上に魔素密度の変化を感知して、腰の投げナイフを抜きざまに投げた。

 再びナイフが音速を超える衝撃波と共に、倒れて居た男達が次々と火魔法で燃え上がって行く。


 幾嶋の聴覚に、何者かが屋根を転げ落ちて行く物音が聞こえた。

 燃やされず、矢にも狙われずに生き残っている筈の男に駆け寄るが、その男は幾嶋の掌底で首の骨が折れて絶命していた。


 屋根から落ちた何者かを捕らえに行くことも考えたが、ラミレスを一人残すことになると考えて取り止める。

 この状況では、次の待ち伏せが無いとも限らないのだ。


 幾嶋は、ラミレスが飛び込んだ家の中に入り、彼の無事を確認する。

 ラミレスは、居間のテーブルの下で膝を抱えていた。


 幾嶋はそれを確認して一安心すると、周囲の様子を全感知モードでの索敵にして、他に襲撃者が隠れていないか調べ始めた。


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