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異世界の機神 【寝過ごしたら、そこは異世界 】  作者: 藤谷和美
第三章:初級冒険者 イクシマ
22/42

見回り組のルシア

 ラミレスと言う男をニーリーの家に運び込んだ日の晩、待っていた警護隊からの訪問は無かった。


「面倒な厄介ごとに巻き込まれるのは御免だから、その人が目が覚めるまでは仕方ないけど、気が付いたら家に送り返しておくれよ」


 そう言って、ニーリーはいつものように朝早くから仕事に出て行った。

 ルーベルは、自室で縫製の仕事に取りかかっている。

 昨日のドタバタ騒ぎで、少しだけ進めておくべき予定から遅れてしまったようだった。


 幾嶋は、台所にある水瓶に井戸から水を運んで満たし、エステルと家の掃除をしていた。

 やはり、何度やっても掃除というのはコツが判らないようで、考えなくてもスムーズに体が動くエステルに比べると、どことなく彼の動作はぎこちない。


「もう、ジョーが居ると邪魔だからお休みしてて!」

 ついには、エステルからも邪魔者呼ばわりをされてしまう。


 少年時代に両親を竜魔戦争で亡くし、青年時代を志願して入隊した軍隊で過ごした幾嶋だが、身の回りの片付けが得意とは言えない。

 幼いエステルに邪魔扱いをされ、居心地の悪い思いをしている幾嶋だが、彼に勝る自分の得意分野を自覚したエステルは、どこか上機嫌だった。


 所在なげに、居間の大きなテーブルを前にして椅子に腰掛けていると、幾嶋の動体センサーが、ゆっくりと接近してくる何かに反応した。

 恐らくは誰かが、家の門から広くない庭を通って玄関に向かってきているような反応だ。


 気になるのは、それが一人の反応では無い事だった。

 密集していて正確な人数までは判らないが、一人だけにしては反応が大き過ぎる。


 幾嶋は、自室に置いた剣とバックパックの事をチラリと考えたが、それを取りに戻る時間は無さそうだ。


 コンコンと、ドアノッカーが扉を叩く堅い音が、幾嶋の座っていたリビングルームに響く。

 一瞬上の階を見上げて、ルーベルを呼ぼうかと思った幾嶋だったが、思い直して、来客が待っているドアへ向かう為に、その腰を上げた。


 自分が関わり合ったトラブルのせいで、ルーベルの仕事が遅れている事を気にしたのだった。

 それに、万一の事があった場合を考えても、女性のルーベルより自分が出た方が良いだろうとの判断だ。


「こちらはニーリーさんの住居でよろしいか?」

 ドアの外からは、思っていたよりも若い声が聞こえた。


「はい、どちら様でしょうか?」

 幾嶋は返事をして、ドアを少し開けて外の様子を伺う


 そこには、革鎧と金属製の防具で要所をカバーした、軽装備の兵士らしい男達が3名程立っていた。

 特に中央に立っている人物は、後ろに控えている二人に比べて装備も上等なものだと判る。


 それぞれが、腰にショートソードを吊していて、左手には小型の丸盾バックラーを持っていた。


「あなたが、神殿からの報告にあったイクシマでよろしいか?」


 中央に居る若い男が、ジッと幾嶋の目を見てそう言った。

 幾嶋の予想通り、この男達は恐らくルーベルの言っていた、この街の警護兵なのだろう。


「はい、私が神官の方に連絡をお願いしました」

 幾嶋が、その問いに素直に答える。


「私は警護隊の副隊長と、市中見回り組の隊長を兼任しておりますルシアと言います。 この二人は部下のマルタとイサギです。 あなたは見たところ剣士のような出で立ちですが、冒険者の方ですか?」


 ルシアと言う男は、幾嶋の返事に黙って頷いて返すと、礼儀正しい自己紹介に続けて、幾嶋の素性を探るような質問をして来た。


「私は、訳あってニーリーさんに厄介になっている旅の者ですが、昨日市中で偶然暴漢騒ぎに出くわしまして…… 」

 幾嶋の話を黙って聞いたいたルシアという男は、いくつか質問をしてきたが、話の内容に納得をしてくれたようだった。


 ルシアという市中見回り兵の隊長は、ルーベルが言っていたような荒々しく乱暴な様子が見られない。

 その事に、幾嶋は疑念を持った。


 実は、ドアを開けたときからトラブルに備えて多少身構えていたのだ。

 それが、あまりに想定していた高圧的な人物では無く、幾嶋としても何やら肩すかしを喰らったような気持ちになっていた。


 ルシアと言う男は、手にした報告書のような物に、なにやらペンで記入をしている。

 幾嶋にしてみれば見知った光景であり、それを疑問にも思わず眺めていた。


 しかしその事実は、文明レベルの低いこの世界にはそぐわない、製紙された薄い紙とペンが存在していると言う事を示していた。


 しかも、ルシアの使っているペンは、見ている限りではインクを着けなくとも文字が書けるようだった。

 魔法が存在するというこの世界に取ってみれば不思議なことなど何も無い、ただの魔法で作られた紙に似た物と魔導具のペンなのかもしれないのではあるが……


「それで、ラミレスという男から直接話を聞く事は出来ますか?」

 ルシアと言う男が幾嶋ではなく、その後方やや上に顔を向けて声を掛けた。



 警護兵の2名はルシアと共に居間に招き入れられていて、ルシア自身はテーブルを挟んだ状態で、幾嶋を前にして椅子座っている。

 ルシアの視線の先には、吹き抜けになっている2階の廊下から居間を見下ろしている、ルーベルとエステルの姿があった。


「てっきり、あのゴーズィが聞き取りに来るかと思っていて、出てくるのが遅れて…… って、あのすみません」

 そこまで言って、ルーベルが「しまった!」と言うような顔をして、ルシアに謝り始めた。


()()、ゴーズィは首都防衛隊に配置換えになって、来週には街を出る事になっています。 そして、私が()()、ゴーズィの後任で赴任して来たルシアです」


 そう言って、ルシアと言う男はニコリと笑って見せた。

 ルシアの後ろに控えている二人はマルタとシオンと名乗り、首都から彼が連れて来た腹心の部下だという事だった


 あのゴーズィも、このゴーズィも、幾嶋には何の事なのか意味が判らないでいたが、二人の言い方を聞く限りでは、あの、と間を置いた発音で呼ばれる程度には、そのゴーズィと言う奴が嫌われ者であった事は間違い無いようだ。


「それで、あなたがニーリーの娘さんで良いのかな? もう一人の子はどういう関係?」

 ルシアが柔らかい口調ながらも、しっかりと身元確認なのだろう要点を問いただしてきた。


「ニーリーの娘のルーベルです」

「エステルです」

 階段を降りてきた二人が、自分たちの名をルシアに告げた。


 ルシアは、名前を資料で確認すると何かを書き足した。

「それで、もう一度同じ事を聞くけれど、ラミレスと話は出来ないのかな?」


「さっきも様子を見てきたけど、まだ目が覚めていないようです」

 エステルが、ルシアの質問に答えて言った。

 ルーベルも、エステルの返事に頷いていた。


「そうですか、ではラミレスを助けたのはイクシマで間違いありませんね?」

「はい、暴漢に追われていたらしく、突然路地から飛び出してきたのを助けた形になりますね」


 ルシアは、その暴漢の事を詳しく質問してきた。

 同じ意味の事を何度も質問を変えて聞いてきたが、ウソを吐いているわけでは無いので、幾嶋の話に矛盾は生じない。


 その後、質問の矛先はルーベルとエステルに向けられたが、それも幾嶋の証言を裏付ける物だったので、ルシアはようやく納得したようだった。


「申し訳ありません、この街に来てから引き継ぎで色々と話を聞いているのですが、どうやら違法な人身売買を生業としている犯罪組織が、この街には蔓延はびこっているようですね。 それで過去のトラブルを含めて色々と洗い出しているのですよ」

 ルシアは、そう言って幾嶋たちに頭を下げてみせた。


「組織のトップ自らが、腹心の部下だけを連れて直接調査に訪れたと言う事は、組織内に内通者が居るという事でしょうか?」

 幾嶋は、ルシアが名乗ったときから疑問に思っていた事をぶつけてみた。


 ルシアは、それを聞いて表情を変えることも無く、ニコリと良い笑顔で笑っただけだったが、後ろの二人は僅かに反応した。

 幾嶋の質問に対する答えが無いことが、幾嶋の考えが間違っていない事を示している証拠なのだろう。

 そして、後ろの二人の反応は、それを肯定するものと考えて良いだろう。


 幾嶋もそれ以上の質問は止めて、ルシアの顔を見る。


 同じような官僚組織に居た者としても、身内の恥や捜査中の内容を外部に漏らすことができないのは、当然だろうと理解できる。

 それは自分の過去を明確に思い出して導き出した結論では無いが、無意識にそう理解していた。


「それでは、もう一度出直してきた方が良さそうですね」

 そう言って、席を立とうとしたルシアを幾嶋が止めた。


「どうやら、その必要は無いようですよ」

「どういう事ですか?」

 幾嶋の言葉に、疑問を呈するルシア。

 後ろの二人も、幾嶋の言葉の意味が掴めずに顔を見合わせている。


 やがて、ルシアが幾嶋の言った言葉の意味を理解したのか、再び席に着き、顔を2階の廊下に向けた。

 そこへ、2階隅の部屋のドアが開けられる僅かな音がした。


「すみません、ここは…… 私はどうして此処に居るのでしょう?」

 ドアから顔を出したのは、ラミレスという名で神官に呼ばれていた男だった。




「鍛冶屋のカズーイの処へ行く途中で、いきなり後ろから…… 」

 ラミレスという若い男は、事件に遭った経緯をルシアと幾嶋に向けて、とつとつと話し始めた。


「襲った男達に見覚えは?」

 ルシアが訊ねるが、ラミレスはまったく覚えが無いようだった。


「そう言えば、竜殺しのサイラスと名乗ってる奴が居ましたね」

「竜殺し、ですか?」

 ルシアは幾嶋の発言を聞いて、それは有り得ないというような顔で幾嶋を見た。


「その人、ジョーに一発で倒されてたよね」

 エステルがルーベルに向かって同意を求める。


「とても、Aランク上位の冒険者には見えなかったわね」

 ルーベルも、エステルに同意した。


「まあ、冒険者崩れが犯罪組織の用心棒をやるってのは、無い話しじゃ無いですけど、流石にAランク上位とか竜殺しは盛り過ぎですね」


「そういう物なんですか?」

 冒険者というもの自体が判らない幾嶋は、そう訊ねる。


「この街の人間でも無い、そういう格好をしたあなたが冒険者では無いという事が、そもそも不思議ですよ」

「あ、いや冒険者ギルドには入ろうと思ってはいるのですが、中々切っ掛けが掴めなくて…… 」

 ルシアの目に猜疑心を見てとった幾嶋は、慌てて通用しないような言い訳をした。


「我々側から見れば、冒険者ギルドというのは治安維持対策でもあるのですよ。 重大な犯罪を犯して逃亡しても、ギルド内で始末を着けてもくれますしね」

「治安維持対策って、国家が冒険者ギルドを運営とか補助しているんですか?」


 冒険者ギルドというものを、良く知らない幾嶋が訊ねる。

 それに答えて、ルシアが不思議そうな顔をして話してくれた。


「冒険者ギルドというのは、国家に縛られない大陸横断的な組織です。 もちろん国家からの補助はありますが、それは紐付きの補助ではありません。 主に害獣の駆除費用に充てられると聞いています」


「大陸横断的な組織って…… (そんな高度な組織運営が、この文明レベルの世界で成り立つものなのだろうか?) 」


 幾嶋は、喋りかけた言葉を途中で飲み込んだ。

 そして、それに答えてルシアが言う


「失礼ですが、生きるためには食べ物も住むところも、着る物も必要です。 仕事も無い上に身分保障も無いような者は、間違い無く生きるために犯罪に走るでしょう。 しかし、冒険者となる事で身分を得られて生活の糧も得られるのです」


 つまり、為政者側から見て、冒険者ギルドに登録をしている冒険者というのは、身元の知れない浮浪者と違って、収入の当てがある一定の身分保障をされた存在だと見なされると言う事だった。


 冒険者としてお金を稼ぐ当てがあるという事は、日々の食事や宿泊、そして武装などの売買で街にお金を落とすという事でもある。


 成功報酬として害獣退治の補助金を出すという事は、そのために常設の軍備を整え多くの兵を雇うるよりも安上がりなのだろう。

 それは言い方を変えれば、一定のコストが掛かる正社員を増やすのでは無く、コストの安い非正規雇用の派遣社員やアルバイトで賄うという事に近いのかもしれない。


 そうしてみれば冒険者ギルドというものは、出来高払いの給与形態で登録者を抱えている派遣会社と言える側面を持つのだろう。


「だからイクシマ、あなたが冒険者では無いという事は、とても不自然なのですよ。 逃亡奴隷であるとか、冒険者ギルドを追われた犯罪者であるとか、そういう嫌疑を掛けられかねません」

「そうは見えませんけどね」と、ルシアは最後に付け加えたが、幾嶋を見る目から疑いの色が消えた訳では無い。


「しかし、冒険者ギルドに登録しなくとも、魔獣を倒してお金を稼ぐ方法はあるのでは無いですか?」

 そう言って、幾嶋はエステルの居た村で貰った身分証を出して見せた。


「ほう…… 」

 ルシアは、幾嶋の出して見せた身分証の木札をひっくり返してみていたが、一応納得したようだった。


「あの村の出身にしては…… いや、止めておきましょう。 表向き禁止はされていませんが、冒険者ギルドの領分をギルド員以外が侵すのはお薦めできませんね」

 ルシアが意味深な顔で幾嶋に、モグリの討伐は止めろと言う。


「どういう事ですか?」

 訊ねる幾嶋に向かって、ルシアは事も無げに言う。


「ギルドというのは、元々自分たちの権益を守るための組織です。 だから、モグリの冒険者が魔獣討伐中に不慮の事故に遭っても、魔獣に返り討ちにされたのだろうと片付けられるのが落ちだという事ですよ」


「それは犯罪行為では無いのですか?」

 そう問いかける幾嶋だったが、ルシアの答えは、それをはぐらかすものだった。


「うーん、国家に対する反逆行為や治安を脅かす行為でない限り、冒険者には業務中の事故やトラブルが付きものですから、基本的に国家は事故原因を追求しません。 言い方を変えれば、一人の冒険者の身の安全よりも冒険者ギルドとの関係の方が重要だという事でもありますね」


 ルシアが、そう言い切った処で、横からラミレスが割り込んだ。

「あの、私の話はもう良いのでしょうか?」


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