第三次竜魔大戦
ビリビリと遙か遠方まで響き渡る程に空気を振るわせて、夜の闇に浮かび上がった黒竜が、耳を劈ようなその凄まじい咆吼を放つ。
その黒竜の遙か下方に地上があった。
黒竜は他の赤や黄色、そして青や緑などの竜族よりも、一際巨大な体躯をしている。
闇を劈いて目映い光の束が、遙か眼下の地上より黒竜に向かって迸った。
薄っすらと闇夜に燐光を放って聳え立つ、巨大な黒竜の姿。
そこへ向けて一斉に放たれた荷電粒子砲の収束ビーム光が、強烈な光の矢となって集中した。
その荷電粒子のビームは、超高速で竜族の強固な鱗を突き破り内部構造を破壊し、そして焼き尽くすに足りる出力を持っているはずだった。
しかし、あまりに巨大な竜族の体躯と、その驚異的な身体再生能力の前には、強力な荷電粒子砲と言えども思ったほどの効果は得られない……
闇を劈く強烈な光の束が収束して消え去り、強烈な光量に慣れた目は、しばし闇に包まれる。
しかし周囲の暗さに対応する兵士達の暗視機能は、瞬時に闇夜との明暗差に順応して、攻撃目標の確認が行われた。
残念ながら、彼ら人類側に立つ兵士たちが期待した黒竜の亡骸は、其処には無かった。
彼らの目の前に見えているのは、幾分傷つきながらも未だ健在である黒竜の巨大な姿と、目の前の矮小な兵士達を嘲笑うかのように光る、黒竜の眼球が放つ紅い光だけであった。
「駄目だ! 軍艦レベルの荷電粒子ビームすら効いてないぞ!」
「なんだってこんな奴らを造っちまったんだ、いかれてるぜ科学者連中と政治家どもは!」
自らの無力さを呪い、目の前で然程のダメージも受けていないかのように見える黒竜。
それを生体兵器として造り出した愚かな科学者連中と、それを支持した愚鈍な政治家どもに悪態を吐くのは、最前線でその身を死線に晒されている生身の兵士達であった。
確かにこの場で、強大な敵となった黒竜を始めとする竜族を直接相手にするのは、研究室に籠もっている科学者連中では無く生身の自分たちなのだから、そんな恨み言の一つも言いたくなるのだろう。
「この黒いのが、この辺りのボスらしいな。流石にでかい…」
「あと3分だけ持たせろ!機甲化部隊が来るまで此処を守り抜け!」
指揮官の悲鳴にも似た指令が部隊に響き渡る。
「撃て撃て撃て!、効いていない筈が無いぞ、再生が追いつかないくらい撃ちまくれ!」
「しかし、既に魔道転換炉がオーバーヒート気味であります!」
「構わん、どうせ武器を温存したところで此処を突破されれば全滅だ、撃ちまくれ」
真っ暗な地上で、あちこちから荷電粒子ビームの光軸が闇夜を貫くように目の前の黒竜に向かって突き刺さる…かに見えた。
そのビーム光は、黒竜の直前で上下左右へとねじ曲げられて周囲に散開してゆく。
闇夜を透かして見れば、黒竜と比べれば小型に見える黄土色の雷竜が、身を挺して立ち塞がるようにして、黒竜の前に立っていた。
あたかも先頭で露払いでもするかのように、黄色と緑で縁取られた大きな翼を広げて、バチバチと周囲の空間に放電をしているのが確認出来る。
周囲に拡散する放電の影響を受けて、急に辺りに集結していた無人兵器の動きが乱れてゆく。
「ちっ、これだから人間共の無人兵器なんてインチキな代物は肝心な時に当てにならねーんだ」
頭に角のような物を生やした兵士の一人が、牙を剥き出して吐き捨てるように言う。
「モニターの前で雑談しながら、命がけの戦争が出来るものか!」
統制が乱れて攻撃が止んだ処へ、黒竜の後方から赤い火炎竜が飛来したのが見えた。
赤竜は上空から巨大な火炎の槍を放ち、一台ずつ無人兵器を瓦礫に変えて行く。
そんな絶望的な状況の中、甲高い音と共に空中にいる赤竜に無数のミサイルが、炎の噴流を曳いて次々とその巨体に突き刺さって行った。
連続して一塊にも聞こえる激しい爆発音と閃光に、辺りは一瞬真昼のような光に包まれる。
辛うじてまだ制空権を手放していない人類側の、最新鋭戦闘機による一撃離脱のミサイル攻撃であった。
たじろぐ赤竜、ミサイルの直撃を受けた一匹が上空でバランスを崩したように見える。
それに続いて、結晶構造を持たない特殊なアモルファスタングステンの矢が、赤竜の高硬度な特性を持つ強固な鱗を紙のように突き破り、次々と刺さってゆく。
激しい痛みに、濁った声で堪らず絶叫する上空の赤竜。
矢が刺さったままでは、再生能力も充分に働かないようだ。
反重力を産み出す自慢の翼も、矢によって穴が開きボロボロの穴だらけになっている。
そこへ、大型剣を持った人型の巨大兵器が高速で飛来して斬りかかった。
その大型剣の刃身は、チェーンソーのように無数の刃が高速回転をしている。
人形の巨大兵器は、ハリネズミの様相を呈している赤竜の、その左の翼をすれ違いざまに切り捨てた。
たちまち浮力を失い、地上へと落下して地面へ激突する赤竜。
その全身は、アモルファスタングステンの矢が無数に突き刺さり、まるで針山のようになっている。
しかし、まだ生きて動けるのか、必死で立ち上がろうとしていた。
「おぉ、やったぞ!人間共も、まともに戦えるじゃねーか」
地上から見守る敷かなかった魔族の兵士から、歓声が上がる。
「結局最後は物理攻撃と白兵戦になるのかよ!」
「よく見ろ、あの武器は氷属性のフィールドで覆われているぞ」
そう言われた兵士が巨大人型兵器の武器を見れば、氷属性特有の白い冷気を纏っているのが見えた。
「俺たちも行くぞ!竜族のクソ野郎に何度も偉そうにされて堪るか!」
地上のあちこちで、各自が自分なりに魔力を集中させるための自己暗示の手続きを始る。
たちまち周囲から様々な声が、低く呪文のように響き渡り始めるのだった。
その時、眼前に赤竜の墜落を目の当たりにした黒竜が、突如大きく吼えた。
雷竜が雷撃を大型の人型兵器に直撃させたが、その雷撃は人型兵器が発動させた盾の力場によって拡散してゆく。
それを見て、黒竜が大きな口をぱっくりと開けたのが見えた。
「周囲の魔素密度が急速に下がって行きます!」
「ブレスが来るぞ、一旦下がれ!物陰に隠れるんだ」
『ブレスが来る!このままじゃ耐えきれん、目標は黒竜だ頼む』
指揮官らしき魔族の男が通信兵から通信機を奪い、マイクに向かって叫んでいた。
黒竜の口が大きく開ききって、奥に仄明るい光が見えたかと思った瞬間、周囲は光の奔流に包まれてゆく。
その大きな口から吐き出された高熱の奔流は急速に広がり、周囲の全てを巻き込んで、燃え滓すら残させずに焼き尽くして行く。
合計12機の人型兵器も、そのブレスの奔流に巻き込まれていた。
しかし、左手に装着している盾から展開している魔力相殺フィールドによって、辛うじて機体の損傷を避けている。
どの機体も同様の状況であり、少しの余裕も無く機体内部の大型魔素転換炉をフル稼働させてブレスの猛威に耐えていた。
ふいに数体の黒い人型装甲兵器が、故障でもしたのか魔力相殺フィールドを途切れさせ、まともに黒竜のブレスを浴びる。
たちまち四肢を損傷して、為す術も無く落ちて行くのが見えた。
一体何が起きたと言うのだろう?
機体の故障が、このタイミングで発生したとしか考えられない。
機体をブレスで損傷しつつも、何故か反重力場発生装置は生残っているようだ。
損傷した機体は墜落せずに、ゆっくりと地面へと降下して行った。
人類側の兵士達が全滅を覚悟した時、真っ暗な夜空の一点が、突如眩く光った。
闇夜の空が一点キラリと明るく光り、それから間髪入れずに黒竜の居た場所に激しい爆発音と巨大な土煙が上がる。
それは、近くに居た兵士達や無人兵器も、その衝撃波で霧散して消える程の凄まじい衝撃であった。
離れた場所に居て奇跡的に生き残っていた兵士が、周囲の様子を伺うように回りを見回していた。
黒竜の居た辺りを見れば、あの強靱な巨体の大きな頭が跡形も無く消えている。
黒竜の頭だった物は、上空からの直撃を受けて跡形も無く飛び散っていたのだ。
そこには、巨大なアモルファスタングステンの太く長い槍が、周囲に大きなクレーターを作り、地面に深々と突き刺さっていた。
それは衛星高度から発射された、超高硬度の大きな槍が命中した事を示していた。
その武器の名はキリスト教圏で開発された物らしく、ロンギヌスの槍と呼ばれる最先端の『運動エネルギー弾』である。
「父さん、大阪が落ちたらしいわ!」
流れるような艶やかな光沢を持ち、絹糸のように細く見事なプラチナブロンドのストレートヘアを持つ、高校生くらいの美しい少女が、やや慌てながら研究室の扉を開けて入ってきた。
少し離れた場所に居た、彼女の父親らしきアッシュブロンドの男性に声を掛ける。
しかし、その中年の男性は計器に向かって集中しているようで、それに気が付かないようだ。
「バレリーちゃん、今日も可愛いね。」
「ハミルトンさん、バレリーちゃんが来てますよ」
「おい、アイザック!聞こえてるか~」
研究室の所員から声を掛けられても、集中しているらしいアイザック博士はそれに気付かない。
近くの同僚から肩を軽く叩かれて、ようやくバレリーの方を向くアッシュブロンドで碧眼の中年男。
「おぉ、バルか…」
ようやくバレリーを見つけて、研究対象の検査から現実へと引き戻されたアイザック・ハミルトン博士。
彼は、欧州連合より日本の独立行政法人魔導総合研究所(その略称は魔総研)に派遣されてきた、魔素生成器官の研究で世界的な権威でもある科学者であった。
「先月は東北北陸エリアが陥落して、西は福岡がこの間落ちたかと思ったら、今日は大阪とは…… 」
「もう人類も、終わりが近いんですかねぇ……」
「自分たちが造り出した生き物に滅ぼされるなんて、我々はそんな罪深い事をしたんですかねぇ…」
そんな周囲の科学者達の言葉を聞いて、美しいバレリーの顔が曇ったように見えた。
バレリー・ハミルトン
17歳166cm53kg
腰まで伸ばした絹糸のような繊細なストレートのプラチナブロンドで、右目の光彩が水色、俗に言う銀目で、左目の光彩は金色のオッドアイである。
そのバレリーの表情の変化を見逃さずに父親であるアイザックが声を掛ける。
「バル、気にするな。お前は誰が何と言おうとも私の娘だ」
「そうそう、ここじゃ誰もバレリーちゃんの事を悪く言う奴なんて居やしないよ」
「みんなのアイドルだもんな」
「そうだよ、今度お父さんが居ないときに一緒にご飯でも……」
スパーン!と頭を叩かれて突っ込みを入れられる若い研究員。
思わず微笑みを漏らすバレリー。
お約束のような、予定調和の一時であった。
「バル、勉強が終わったなら早速手伝ってくれるか?」
そんな光景を見ながら、微笑んでバレリーに声を掛けるアイザック。
「うん、そのつもりで来たから大丈夫だよ」
若い研究員の差し出す白衣を受け取って羽織りながら応えるバレリー。
そんな激動の時代の中にあっても、これがいつも光景であった。