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イチゴイチエ

 教えられた場所にあったそれは、見上げるように巨大な白亜の神殿だった。

 急患だからと、無理を言って奥に通して貰うとエステルの足を診てくれた神官の一人が静かに首を振った。


「どういう事ですか? この子の足は元通りにならないんでしょうか?」

 残念そうに頷く神官

 

「ここは病院じゃないんですか? 医者の居る診察室へ連れて行って下さい」


 治療をする処だから、病院だと勝手に勘違いしていたのは幾嶋であった。

 貧しい病人は全てここで治癒魔法ヒールを掛けてもらい、担当する神官の魔力技量によって直るか直らないかが左右される世界だった。


 金持ちだって別室で診て貰うだけで、本質は大きく変わらない。

 必要とあれば、併設している薬治院で投薬をされる程度の違いでしかない。


「ここで一番高位の神官殿は、かれこれ二週間程留守にしていておりましてな、隣の国へ行っておるのですよ」


 幾嶋の必死の願いとお布施(治療費)を多く払うからと言う言葉に、数名の神官が出てきて痛みと腫れだけでも取りましょうという事になった。


「恐らく、これ程粉々になった損傷は国中探しても治せる治療術士はおりますまい、残念ですがそれが事実です」


 あまりの現実の残酷さに肩を落とす幾嶋だったが、それでも直せる者は居ないのかと更に聞いてみた。

 高速飛翔能力を有する幾嶋の力をもってすれば、別にこの国に拘る必要も無いのだから。


「大陸の西にある国に、もう遙かに昔のことですがレイナ姫という治療術に長けた年若い元気な姫様がおりましてな、その方ならばもしやと思いまするが、長い間ずっと行方知れずだとか…… 」


 その話を引き継いで、別の神官が思いつく先を話してくれた。

「この国の東にある国にメル様という、これも治療術に長けた可愛いお姫様がおったそうですが、他国の謀略で国を奪われて亡くなったとも聞いておりますれば、後は…… 」


「私は南にあるダイクーアとか言う国に優れた治療術を行う神官がおるとも聞きましたな…… もっとも他宗の者は診ないという事ですから役には立ちませんがな」

「あそこは良い噂を聞きませぬ故、近付かぬが肝要かと… 」


 そんな話を聞いているうちにエステルの足の腫れだけは治まり、痛みも意識しなければ感じない程度には軽くなったようだった。

 それでも残念な事に、エステルの足の骨は元に戻らず立つことは出来ないままだった。


 幾嶋は、ひとまずお礼を言い神殿を出ることにした。

 既に一つ目の鐘は鳴り終わり、約束の時間が近づいていたのだ。


 エステルの足がどうにかなれば、何とでもなると思っていたが大きな計算違いだった。

 依頼にはエステルは連れて行けない、どうするべきかと悩んで神官に一晩だけ預かって貰えないかと切り出してみた。


「それは出来かねます、一人を預かれば二人三人と預かって欲しい人が出てきます」

「そんな方々がもし引き取りに来なかったらどうなるでしょうか」

「そうなれば、困った方々の治療すら出来なくなるでしょう」


 神官達は口々にそう言って幾嶋の願いを聞き入れてはくれなかった。


 見知らぬ世界で途方に暮れた幾嶋は、一人の女性に頼んでみることにした。

 今日助けた露天商の女性である。


「そういう訳で、なんとか一晩だけお願い出来ないでしょうか?」

「あんたには、助けて貰った借りがあるからねぇ…… 」


 幾嶋の懇願に対してその女性は何か渋っていたが、やがて意を決したように幾嶋に問いかけてきた。


「あんた、まさかとは思うけど、その子を足手まといにして捨てて逃げようなんて思ってないだろうね」


 女性の心配は、もっともだった。

 恐らく神殿でも、それを一番心配していたのかもしれないと幾嶋は思い至った。


 二人の会話を聞いていたエステルが、心配そうに幾嶋の左腕を掴んで放さない。


 偶々(たまたま)自分を助けてくれただけの人と、何処までも一緒に居られると思っていた訳では無いが、それでも本当だとすればあまりに早い……


 そんな不安そうなエステルの顔に気付いた幾嶋は、ニコリと笑ってエステルの頭に手を乗せて撫でてやる。

「大丈夫だよ、明日必ず戻ってくるから安心して待ってて良いよ」


 こくりと頷くエステルだが、幾嶋の左腕をまだギュッと掴んだままである。


「大丈夫だよ、そこまでこの兄さんが言うんなら信じてやろうじゃないか、ねえエステルちゃん」

 露天商の女性は、そう言うと幾嶋の腕に抱えられているエステルを引き受けて露店の屋台に座らせた。


「明日もここで店を開いているから必ず戻ってくるんだよ! もしあんたが来なかったら、この子はうちで引き取っちまうからね」

 女性は幾嶋からお礼を受け取ると、元気そうに屋台を引いて去って行った。、


「もし明日来れなくても、ずっと待ってるから…… 」

 エステルはそう言って、見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。


 特に、何を揃えれば良いのかも判らず、一泊分の食事だけを購入して門へと急ぐ。

 門を出る処で二つ目の鐘が鳴った。


 門の前では3人が幾嶋を待っていた。

 弓手のディールだけが、嫌そうな顔をするが他の二人は嬉しそうに見えた。


「遅くなってすみません、約束通り…… あの、どうしたんですか?」

 門番に少しのお礼を渡して大剣を受け取ると3人の処へ行き、少し遅れたことを謝ろうと3人の方を見れば、ジョリーとサージェの二人がディールからお金を取り立てている処だった。


「ほれみろ、俺たちの勝ちだな」

「ありがたく頂くよ、ディール」


 どうやら幾嶋が来るか来ないかで賭をしていたようである。

 見る限り賭けに負けたのは、薄い緑髪をしたディールのようだった。


 3人から聞いた幾嶋の仕事は、全員分の荷物持ちと戦闘時の前衛役だった。

 一匹のはぐれオークを討伐する依頼を受けているらしく、3人では戦力的に不安があったらしかった。


 これから出発して一泊し、朝から討伐を開始して夕方までに戻ってくる予定になっている。

 凡その出没場所は今日の偵察で目処を付けているらしい。


 三人分の荷物を軽々と背負う幾嶋に感心したような声を漏らしたサージェだが、彼の真の狙いは幾嶋をダメージ避けの囮に使うつもりだったのだ。


 幾嶋がダメージを受け止めている間に3人で一斉攻撃を仕掛けて倒す、それだけの単純な作戦だったが、幾嶋が死ねば報酬を払わなくても良い程度には3人共に悪意があった。


 彼らは幾嶋を騎士志願で田舎から出てきて金を使い果たした、金持ちのどら息子くらいにしか思っていなかったのだが、それは無理もないだろう。


 まさか竜殺しの実力を持つ男が、入場税も払えなくて困っているとは思うはずもないのだから。



 夜営も無事に明けて、森の中に入り彼らが目星を付けていた場所に移動すると、辺りに多くのモンスターの死骸が転がっていた。


「みんな、警戒を怠るなよ、なんだかヤバイ予感がするぜ」

「ジョリー、直ぐ撃てるように詠唱を今のうちに終えておけよ、こりゃあただ事じゃあねぇ」

 サージェが全員に指示を出して、剣を抜き辺りの様子を慎重に伺う。


「おい、こいつはオークの足じゃねぇのか?」

 ディールが見つけたそれは、バラバラになって食いちぎられたようなオークの足であった。足の千切れた死体もあった。

 思わずディールは弓に矢をつがえて何時でも引けるように構えた。

 

「オークがズタズタじゃねえか、おいオークより強い魔物がこの辺りに居るなんて聞いてないぞ」


 サージェが更に警戒を強めたその時、

 ガサガサと大きな木々を揺らして5mちかい巨体のモンスターが幾嶋の背後から現れた。


「おおぉ、オーガじゃねぇかー!、聞いてねぇぞぉこんなの!」

 ディールが叫び後ずさりする。


「撤退だ! 撤退だ、みんな逃げろ!」

 サージェがすぐに判断を下して、撤退の指示を出す。

 オーガが相手では、このパーティメンバーだけで勝てるはずが無いのだから、幾嶋の力を知らない彼としては賢明な判断と言えるだろう。


「イクシマ! あんたも早く逃げな!」

 ジョリーが詠唱を中断して叫ぶ。

「馬鹿野郎、ジョリーせっかくの詠唱を無駄にしやがって時間が稼げねぇじゃねぇか!」

 慌てて、それを叱責するサージェ。


 ジョリーの火魔法で顔面に目つぶしを喰らわせて逃げようという考えが頓挫してしまったのだから、その慌てぶりも当然だと言えよう。

そう、幾嶋の力を知らないのだから…


「じゃあ、約束通り前衛として初撃は僕が受け持ちますね」

 そう言ってオーガに向かって振り向いた時には、オーガの大きな拳が幾嶋に向かって振り下ろされた処だった。


 次の瞬間、オーガの振り下ろす拳を軽々と左手だけで受け止めた幾嶋を見て、幾嶋を除く全員の目が点になった。


 次に幾嶋がオーガのボディへと放った右フックで、太い木々をなぎ倒して吹っ飛ぶオーガを見て、幾嶋を除く全員の口が大きく開いたままとなった。


 口から大量の血を吐いてピクリとも動かないオーガ、既に幾嶋のパンチ一発で絶命している事は一目瞭然であった。

 強靱な生命力を持つ竜族に比べれば、オーガ如きはハエを相手にするようなものである。


「あの、頑丈で凶暴なオーガを一発だとぉぉぉぉぉ!」


 サージェが叫ぶが、3人とも目の前で見たものが信じられずに腰を抜かして座り込んでいた。


「イクシマ、あ、あんた一体… 」


 ジョリーが、気を取り直してやっとの事で口を開いた。

 あんたは何者なんだと言いたい事は、幾嶋を除く全員の偽らざる総意でもあった。


「終わったらサクっと帰りましょうよ、エステルも待たせている事だし」

 幾嶋が、そう言って振り返る。


「ちょっ、駄目! ダメダメダメ、討伐証明部位を持って帰らないと報酬は貰えないんだ、ちょっと待て! 待て、落ち着けみんな!」

 仕事も終わったし帰ろうと言う幾嶋の提案に、全否定で答えるサージェであった。


「サージェ、あんたが一番落ち着きなさいよ!」

「そうだぞ、オーガの皮膚を切り裂ける得物なんて持ってきてないぞ」

 ジョリーが冷静に突っ込み、ディールが現実的な問題点を指摘する。


 化け物じみた(化け物ですが)体力と硬度の高い厚い皮膚の皮を持つオーガは、死んでいたとしても普通の得物では首を落とすことさえ容易ではない。


 オーガの皮は頑丈な鎧の材料になるため非常に高価で取引されるのだが、それを切り裂くには専用の高価な刃物が不可欠なのだった。

 普通の鉄製の刃物では、刃こぼれを起こしてすぐ切れなくなるのだ。

 

「討伐部位は何処なんですか?」

「そ、そりゃあ角と牙とだな、髪の毛も頑丈だから高く売れるし、全身の皮なんて持ち帰れれば4人で当分遊んで暮らせるだけの金になるはずだ」


 幾嶋の問いかけにようやく我に返って答えるサージェだが、それをどうやって持ち帰るのかが一番の問題なのだ。


「おまけに、腹ん中にある大きな魔石でも手に入れば一年は遊んで暮らせるぜ」

 ディールが忘れちゃいけないとばかりに、そう付け加えた。


「じゃあ討伐部位に関しては、頭をそのまま持ち帰れば問題ないですね」

 そう言うが早いか、幾嶋の大剣はオーガの太い首をスッパリと切り落としていた。


 あまりの切れ味に3人が呆然として見ている間に、腰の大型スーパーソニックナイフを取りだし綺麗に皮を剥いで行く幾嶋の手際は鮮やかだった。

 

 超音波振動しているナイフの刃は、まるで豆腐に包丁を入れているかのようにオーガの硬い皮を楽々と切り裂いて行く。


「あんなにアッサリと切られちまうと、オーガの皮の値打ちも眉唾に思えてくるな…… 」

「ああ、まったくだ、ありゃあ反則だな。 喧嘩を売らなくて真底良かったと思ってるよ」


「イクシマは、いったい何者なの?」


 三者三様の反応であった……

 

「魔石ってのは、腹のどの辺りにあるんですか?」

 解体が終わった幾嶋がサージェに尋ねる。


「あ、ああ、その人間で言えば腹の中央部分って言うか心臓の下辺りって言うか…… 」

 結局サージェも他の二人も、オーガ討伐なんて縁が無いからなのか魔石の位置は知らなかった。


 オーガの体をスキャンしていた幾嶋は、無造作にオーガの腹に抜き手を差し込んで引き抜いた。

 その手には人間の頭程の大きい魔石が握られている。


 それを見ていた3人の反応は、言うまでも無い……



 幾嶋を含めた4名は全ての仕事を終えて、町の食堂兼酒場でテーブルを囲んでいた。


「それじゃ、僕はここで」

 幾嶋が席を立って、三人に頭を下げてお礼を言った。


「悪かったな、荷物持ちなんかさせちまってよ」

「俺も、気分悪い態度を取って済まなかった。 あんたの事を見かけ倒しの足手まといだとばかり思っていたよ」


「足手まといは、あたしたちの方だったね」

「違いねぇ!」


 ジョリーの突っ込みに大笑いする、ディールとサージェの二人も真底楽しそうだった。

 それは当然である。

 何しろ予定外のオーガを倒して、当分遊んで暮らせるだけの大金を手に入れたのだから。


「いえ、あそこで皆さんに声を掛けてもらえなかったら今頃どうしていたかと考えると、本当にお礼の言葉もありませんよ」


 幾嶋は尚も頭を下げる。

 本当に途方に暮れていたあの時、もう少し声を掛けられるのが遅かったら… きっと力ずくで突破して大騒ぎになっていたかもしれないのだからと、幾嶋は本気で感謝していた。


「1年近くは遊んで暮らせるんだから、無理すんじゃねーぞ」

「イクシマ本当に4等分で良いのかよ、俺たちは腰を抜かしていただけで何にもしてないんだぜ」


「馬鹿だねぇディールは、こういう時は「ありがとう」って言って笑ってれば良いんだよ」


「本当に気にしないで下さい、みなさんが声を掛けてくれたからこその成果ですから」

 そう言って幾嶋は店を出ると、エステルの待っている中央通りの噴水前にある交差点へと急ぐのだった。


「イクシマは俺たちのチームに入ってくれねぇかなあ、ジョリーよ」

「そりゃ無理だぜサージェよ、強さの格が桁違い過ぎるって」

「そうだよ、ディ-ルの言う通りさ、あたしら一生イクシマのお荷物になっちまうよ」


「まあ、俺たちにもプライドってものがあるからな…… 」

 そう言って、サージェは幾嶋が去って行った酒場兼食堂のドアを眺めていた。


「うちの死んだ爺さまが言ってたけど、こういうの昔の言葉でイチゴイチエって言うらしいよ」

 ジョリーはそう言うと手を挙げて、店の主人に追加のオーダーを入れた。


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