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ルール

 大きな森の上空を突っ切って高速で飛行していると、すぐに目的の街と思われる城壁で囲まれた都市が幾嶋の目で視認出来た。


「もうすぐだよ」

 そう言って、ゆっくりと減速を始める幾嶋にエステルが遠慮がちに言った。


「機神様、あの… 」

「いや、機神様は無いから、僕のことは幾嶋で良いよ。 言いにくかったらそうだなジョーって呼んでくれても良いよ」


 エステルの簡素な白い衣装を見て、ふとその呼び名を思い出した幾嶋だが、その理由迄は思い出せなかった。

「なんだろう、すごく大事なことを忘れている気がするけど…… 」


 コールドスリープ装置の設計想定以上の長い眠りの中で、幾嶋の脳は僅かに損傷を受けていた。


 順次ナノマシン群によって損傷箇所の修復は行われたのだが、一旦失われた記憶のシナプス構造までは完全に元通りとはいかなかった。

 例えて言うなれば脳内データベースの検索インデックスが外れてしまっていたのだった。


 白いワンピースを着た少女の姿が朧気に頭を掠めるが、それ以上の事は思い出せない。

 そんな幾嶋の思考を現実に引き戻したのはエステルの呼びかけだった。


「ねえジョー、誰かに見つかる前に地上へ降りた方が良いと思うの… 」

「どういう事?」


 足が痛み始めたエステルに一刻も早く治療を受けさせたいと焦る幾嶋にとって、彼女の提案の意味は解らなかった。

 その問いかけに、エステルは答える。


「ジョーは当たり前のように空を飛んでるけど、村の人達がとっても驚いていたように普通は有り得ない事なの、だからきっと見つかると信じられないくらいの大騒ぎになると思うの、だから…… 」


「なるほど、だから誰かに見つかる前に降りた方が良いって事なんだね、了解ですエステル隊長」


 幾嶋は森を掠める程の低空飛行に切り替えて街に近付くと、森の中へと降下して木々の間を低速とは言っても走るよりも速い速度で飛行しながら街を目指した。


 森の中から城門へと向かう荒れた路面の街道に合流して、ようやく城門へと辿り着いたが、そこで門番に止められてしまった。


 村長がくれた身分証明書はあるのだが、肝心の入場税が払えなかったのだ。

 村長も幾嶋も、お金という物が必要である事を失念していた。


 村長にしてみれば神様である幾嶋がお金に苦労するとは思ってもいないし、幾嶋にしてみても街の出入りにお金が必要であるとは思っても居なかったのだ。


 加えて言えば、エステルの治療にも神官へ渡すお金(お布施)が必要なのだが、それすらも幾嶋は気付いていない。


 本当に困っていれば、あるいは真剣にお願いすれば行政が何とかしてくれた世界に生きてきた幾嶋にとって、異世界の暮らしは初日から厳しい現実を突きつけてきた。


「お願いします、この子を治療してやりたいのです、なんとか中へ通して下さい、お願いします」

 何度も頭を下げて門番に通してくれるようお願いをする幾嶋だが、門番の態度は厳しかった。


「駄目だ駄目だ、何度言ったら判るんだ、金も持っていないお前が中にはいって何をするつもりなんだ、せいぜいが喰うに困って盗人のまねごとをするのが関の山だろう、帰れ帰れ!」


 確かに門番の言う通りで、中に入ってもこの世界のルールを知らない幾嶋にお金を得る方法は未だ思い浮かばない。

 厳しい門番の拒絶に、このまま飛行してでも押し入ってやろうかと幾嶋が思い巡らしていた時、横から声が掛けられた。


「よぉ剣士さん、金に困っているなら俺たちの仕事を手伝わないか、それなりのお礼はするぜ」


 幾嶋が声のする方へと振り向いてみれば、赤い髪の長い杖を持った女性と弓を持った緑色の髪の男性、そして声を掛けてきた薄い赤色の髪の毛をした男性剣士が幾嶋と門番の方を向いて立っていた。


 彼らが街道からやってきて門に入ろうとした処で立ち止まり、自分と門番との遣り取りを見物していたのも知ってはいたが、まさか彼らが助け船を出してくれるとは思っていなかったのだ。


「本当ですか? 是非ともお願いします」

 彼らの元に駆け寄って、エステルを腕に抱えたまま頭を下げる幾嶋。


「丁度、仲間が一人腹を壊して寝込んでいるもんでな、今日は偵察に行ってきたんだが戦力になりそうな前衛が一人欲しかった処なんだ」


「ごっつい大剣を背中に下げているけどよぉ、そんなもん本当に振り回せるのかよぉ」

 薄い赤毛の男は幾嶋に声を掛けた理由を話すが、薄い緑色の髪の毛をした男は幾嶋が使えるかどうか、半信半疑のようだった。


「いいじゃないか、もし役に立たなかったら支払いは半額って事で良いよね」

 濃いめの赤毛の女性が、現実的な話をしてきた。


 絵に描いた魔法使いのような格好をした20代後半と覚しき黒服の女性は、しっかりとリアリストのようだ。

 元より、お金を稼ぐ当てが無い幾嶋にとっては断る理由も無い。


「ああ、成功報酬が前提だからな、仕事が失敗したら手間賃くらいしか払わねぇぜ」


 幾嶋に声を掛けてきた剣士の男がそう補足してくるが、基本給の保証されたサラリーマンの仕事では無いのだから、これも当然なのだろう。


 幾嶋は即座に同意した。

 一刻も早くエステルに治療をしてやりたかったのだ。

 

「仕事が成功しても、役に立たなかったら半額だよ、良いね」


 幾嶋の弱みを見て更に厳しい条件を突きつけてくる赤毛の魔法使い、ドライな意見であるが、これもまた当然であろう。

 幾嶋が役に立たなければ、それだけ彼らの負担が増えるのだから……


 全ての条件に同意した幾嶋は、リーダーらしいと判断した声を掛けてきた男に前金で幾らかでも欲しいとお願いしてみた。


 すべての仕事が終わってからでは、薬の効果が切れかけているエステルの苦痛は相当なものになると思われたからである。


「お願いします、この子の治療が済めばすぐに戻ってきますから入場税だけでも前金で下さい、お願いします」


 深々と頭を下げる幾嶋に、どうしようかと仲間に顔を巡らすリーダー格の男だったが、緑髪の弓手の男は即座にそれを否定した。


「前金を渡して、お前がここに戻ってくる保証が何処にあるんだ? そのまんま逃げられたら俺たちが大損じゃねぇかよ、金は口から生まれてくるんじゃねぇんだ、この手で稼ぐもんなんだぞ、調子の良い事を言ってるんじゃねぇよ!」


 弓手の男は、最初から幾嶋の事を胡散臭く思っていたようで、仲間に引き入れることすら乗り気では無いようだ。


 それを取りなしてくれたのは、意外にもリアリストでドライな女だと幾嶋が思っていた、赤毛の魔法使いだった。


「いいじゃないか、あんたその立派な大剣を置いて行きなよ、そうすれば逃げられないだろ」

 その提案に、幾嶋は乗った。

「判った、それで良ければ置いて行こう」


 そう言って、背中から大剣を抜いて渡そうとする幾嶋を、エステルが止めた。

「まって、それじゃオジちゃんたちが居なくなったらジョーの剣が戻って来なくなっちゃうよ」


「なんだと、小娘が俺たちを泥棒扱いするってのか!」

 激高する弓手の男だったが、他の二人は反応が違っていた。


「まあ普通はそうだな、どうするジョリー?」

「そうだね、担保無しで金を貸す馬鹿もいないからねぇ… 」

考え込む赤毛の魔法使い


「考えることは無ぇだろうが、他の奴を探せば良いだけじゃねぇか、さっさと断っちまえよ」

 あくまで幾嶋と行動することを否定する弓手の男だった。


 しばらく考えていた赤毛のジョリーと言う魔法使いの女が、何かを思いついたように門番に向かって言った。


「ねぇ門番さん、後でお礼はするからさ、この大剣を暫く預かってくれないかねぇ」

 ずっと無表情で聞き耳を立てていた門番の男だったが、お礼と聞いて表情が変わった。


「じゃあ、交渉成立だよ」

 門番の男の右腕に自分の腕を絡めて、その耳元で何事か囁いていたジョリーという赤毛の魔法使いの女は、幾嶋たちの方を振り向いてそう言った。


「門番へのお礼は報酬から差し引くからね」

 ジョリーはそう言って仲間の元に戻った。


 背中の大剣を門番に預けた幾嶋に、入場税分の僅かな前金を渡そうとしたリーダー格の男に向かってジョリーが声を掛ける。


「サージェ、あんた治療費のお布施代と食事代くらいは渡してやんなよ、今夜は野宿で一泊するんだから、その分の支度代もね」


「あ、ありがとう… 」


 意外なフォローに戸惑いながらもジョリーにお礼を言う幾嶋だが、そのジョリーの返事は素っ気ないものだった。


「空きっ腹で役に立たなかったら、こっちが大損だからね! 払った分はしっかりと働いてもらうよ」


「おねえちゃん、ありがとう」


 エステルもジョリーの隠れた好意に気が付いたのか、門の中へ入ってゆく時に、幾嶋の腕の中から嬉しそうにお礼を言った。



「なんだよ、ジョリー。 好みのタイプだったか?」

 サージェがニヤニヤしながら、ジョリーに問いかける。

 弓手の男は、ムスッとした顔で気に入らなそうに腕を組んでいる。


「あたしにもね、あのくらいの妹が居たのさ。 病気であっさりと死んじまったけどね」


「すまん、悪いことを聞いちまったな。 ほれデュール、膨れっ面してないで俺たちも中に入って今夜の支度を調えようぜ」


 サージェと呼ばれるリーダー格の男は、デュールと呼ばれる緑髪の弓手の背中に手を回し、魔法使いのジョリーを促して門を潜った。



 前金としてそれなりの金額を受け取り、二回目の鐘が鳴る迄と待ち合わせ時間を大まかに決めて門の中に入ると、門番から聞いていた神殿へと、石畳の通りを小走りに走って急ぐ。


 神殿へと続く中央の大通りを行くと周囲には露店が立ち並んでいるのが見えた。

 思いの外、多くの人で賑わっている様子から、この街の繁栄ぶりが判る気がする。


 しばらく中央の通りを進むと大きな噴水のある円形の池があり、そこを中心にして道が十字に交差していた。


 何やら、噴水脇の一角に大勢の人が集まっているのが見えるが、トラブルに巻き込まれて時間をロスしたくない幾嶋が、そのまま見ない振りをして通り過ぎようとしたのは無理もないだろう。


「ジョー、女の人が人相の悪い男の人に因縁を付けられているみたいだよ、助けなくて良いの、すごく困ってるみたいだよ」


「でも足の治療が遅れちゃうよ、だいぶ薬が切れてきて痛いんじゃないの?」

「うん、まだ大丈夫だから助けてあげて、ジョーなら出来るでしょ」


 そう心配そうにエステルに尋ねる幾嶋だったが、「助けてあげて欲しい」と言われては無視するわけにもいかず、幾嶋はエステルを抱えたまま人だかりを掻き分けて中へと入っていった。

 

(暴力沙汰以外のトラブルは、俺って案外無力だと思うんだけどねぇ…… )


 口喧嘩だったら100%負ける自信がある!

 そんな幾嶋の心のぼやきを、エステルは知らない。


 あくまで、彼女にとって幾嶋は勇者様なのだから……



 人垣の中央部へと近付いて行くと、言い争う声が聞こえてきた。


「いつもいつも下手に出ていれば調子に乗りやがって、屋台ごとひっくり返して二度と商売が出来なくしてやるぞ」


「冗談じゃ無いよ! 今度うちの娘に手を出してごらん、ただじゃおかないからね!」

「うるせーババア! ただじゃおかないのは、こっちの方だ!」


「何言ってんだい、うちの亭主を良いように騙して借金背負わせやがって、人殺しだよお前らは!」

「黙れクソババア、てめえもぶっ殺すぞ」


 幾嶋にとって幸運なことに、騒動の中心は暴力沙汰だった。

 ただ、借金問題となると無職で収入も蓄えも無い幾嶋には手に負えない。


 今にも露店商の女性を殴ろうとしている大柄な男の右手を、幾嶋は後ろから掴んで止めた。

 男は顔を真っ赤にして幾嶋の手を振り解こうとするが、ピクリとも動かす事が出来ないでいる。


「てめぇ、何もんだ 騎士だか剣士だか知らねぇけどなあ、この町で… あ痛ててててて」


 男の仲間なのか配下なのかは判らないが、4名の粗暴そうな男達が右腕の関節をガッチリと極めている幾嶋を取り囲むようにして威嚇してくる。


 男達が腰から刃物を取り出すと、人垣の輪がそれを避けるようにさっと広がった。


「怪我をしているので、少しだけこの子を預かって貰えますか?」

 幾嶋は、先程まで言い争っていた露天商の女性にそう声を掛けた。


「なんだいなんだい、足が酷いことになってるじゃないか、大丈夫かい?」

 露天商の女性は、幾嶋に駆け寄るとエステルを幾嶋の左手から受け取って輪の中へと戻っていった。


「さて、ひとつ整理してみましょう」

 一気に乱闘騒ぎになるかと思いきや、幾嶋は唐突にそう切り出した。


「ふざけるな、兄貴をさっさと離せ!」

 そうだそうだと、口々に同意する4人の男達はこれで手下だということが幾嶋にも判った。

 

「露天商だと思われる威勢の良い女性が、あなたたちに因縁を付けられていた。 僕の状況判断は間違ってないですよね?」


 幾嶋はそういって辺りを見回すが、彼が何を考えてそんな事を言い出したのかが解らず、周囲の男たちから返答は無い。


「そこの女性の亭主はこの男達に騙されて借金を背負い、殺されたか自殺をしているらしい。 つまり、あなた方は娘を売らなければ殺すと女性を脅している、そういう事で良いですか?」


 飄々として、そう問いかける幾嶋。

 竜殺しの力を持つ幾嶋にしてみればピンチでも何でも無い状況ではあるが、彼は何を考えているのだろうか?


「ば、馬鹿野郎、それだけ切り取ったら俺たちが極悪人みたいじゃねえかよ!」


「違うんですか?」

 腕を極められている男が否定して叫ぶが、幾嶋はまだ手を離さない。


「正直、この世界のルールが判らないから、借金問題に関してはどちらの味方をして良いのか判らないんですよ」

「それだったら、横から手を出すんじゃね… あ痛たたたたたた」


「ただね、無下に暴力を振るわれている人を助けるだけなら、何の問題も無いですよね」


 そう言って幾嶋が男を放り出すと、周囲を取り囲んでいた手下達が一斉に刃物を突き出して飛びかかってきた。



「あんた、信じられないくらいに強いねぇ」

 幾嶋が男達を駆逐すると、露天商の女性がエステルを幾嶋に返しながら言った。


「根本的には、何の解決にもなっていないと思いますよ」


 そう答える幾嶋、このままでは同じ事が繰り返されるだけだし、何時でも幾嶋が駆けつけられる訳でも無い。

 問題を先送りにしたに過ぎないことは、幾嶋も判っていた。


 無謀にも幾嶋に飛びかかっていった連中は当分足腰が立たないくらいのダメージを負っているから、しばらくは何事も起きないだろうというだけである。


 露天商の女性にお礼を言って、彼女が売っている肉饅頭を二つ買って神殿へと急ぐ。

 見た目でも、エステルの足は赤黒く腫れていて痛みも強くなっているように見えた。


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