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エステル

 深く木々が生い茂り、日が差し込む事も少ない森の一角に、其処だけ木々が生えておらず上から日差しが差し込む明るく広い空間があった。


 その場所だけ木々が生えていないのには理由があった。


 そこには剥き出しの土ではなく、ひび割れた大きな石が敷き詰められたように置かれている地面と、よく見れば恐らくかつては壁であったり扉であったのであろう建造物の残骸が蔓草に覆われて残っていたのだ。


 その石造りにも見えるひび割れた分厚いコンクリートの床に、白い衣装を纏った一人の年若い少女が所在なげに座っていた。


 髪の色は薄く赤みがかったブラウン。

 腰程まである長いそれは首の後ろで纏められ、細く粗い紐で括られていた。


 その髪の毛を見れば艶も無く、普段あまり手入れをされていない事が判る。

 恐らく生活もあまり豊かでは無いのだろう、その少女の体は大きく優しそうな緑色の瞳だけが異様に目立つ程に痩せていた。


 唯一、その白くゆったりとした裏打ちのされていない単衣ひとえの衣装だけは、不自然に真新しく見える。


 そして、その少女の脇には山のように肉や農作物と覚しきものが積み上げられていた。


 座ったまま動かない少女の足は不自然な角度に見える。

 それはすねの部分が潰されて曲がっており、痩せて小さな体には見合わない程に其処だけが腫れているようだった。

 

 ガサガサと大きな音を立て、慌ててその場所から逃げるように去って行く10名ほどの後ろ姿が、太い幹の間に生えている、低い木々の細長い葉の隙間から垣間見えた。

 

 ここは地元の村人にとっては神殿であり、少女は供物として彼らが恐れる神に捧げられたにえだったのだ。

 

 逃げないように足を潰され、年に一度だけ収穫の終わった秋の終わりになると作物と共に捧げられるにえの少女は、痛みを感じないように薬を飲まされていた。


 それは優しさからではなく、痛みで暴れたり泣き叫んで神の不興をかう事を恐れるが故の行為であり、その強烈な鎮痛効果の副作用として感情の起伏が穏やかになると言う(村人にとっての)メリットも有っての投薬でしか無かった。


 いつから始まったのかも定かでは無いにえの習慣は、裏街道沿いの谷間たにあいにある僅かな平地に開拓村が出来た百数十年程前から行われている風習で、いまやその理由を知るものは居ない。


 贄の提供をめた年もあるが、多くの村人が畑や森で命を失い畑は荒らされて税も払えず、その年は多くの餓死者を出したと言い伝えられている。


 少女の名はエステル。

 優しかった両親は畑仕事の帰りに大蜘蛛に襲われて、既に墓の中で眠っている。


 まだ当時10歳だった少女は頼る縁者もなく、誰が言うともなく自然とにえの候補として村で最低限の食事と体の小さな子供にはキツい仕事を与えられ、贄となる資格を得る12歳の秋まで生かされてきたのだった。


 昨晩は久しぶりにお腹一杯の食事を得る事ができ、今朝は早くから風呂に入れられて身を清められ、真新しい白い衣装を身に着けさせられた。


 既に自分がにえとなる事は以前から言い聞かされてきたし、小さな村が世界の全てである少女にとって逃げるという選択肢は、初めから無かった。

 なにより、それが嫌だという感覚すら無かったのだ。


 両親を失ってからの長く辛い日々を考えると、これで全てが終わるという安堵感の方が強かったかもしれない。

 どうせにえになる子だからと親身になって良くしてくれる大人も居ないし、そんな大人たちの態度を見ていれば子供達も当然のように仲間として見てはくれない。


 エステルは、両親を亡くすまでは友達だったはずの子供達からも虐められ蔑まれ、それでも生きてきた。

 いや「生かされてきた」と言うべきなのだろう。


 全ては、この日の為に……


 エステルはにえとなる自分を他人事のように差別し虐めてきた子供達の事を、実に醒めた目で見ていた。

 自分の次は、あなたの番かもしれないのに…

 

 エステルにとって、死とは現世で受けている苦痛からの解放でしか無かった。


 エステルは薬の副作用の効果だけではなく、本心から心静かにその時を待っていた。

 優しかった両親の元へと、やっと行けるのだと……

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