人造美少女
この作品は、拙作「世界が俺を拒絶するなら:現世編」からのスピンアウト作です。
その為、下敷きになっている世界観が共通です。
二人は同じ時代に同じ大陸で活動し、時に擦れ違います。
そして異なる立場から、同じ世界の謎へと近付いて行く物語になります。
「ねぇジョー、明日もお話しようね」
プラチナブロンドの、細い絹糸のような髪の毛を風になびかせながら、無邪気に笑いかける妖精のように美しい少女。
男が目にした資料によれば、バレリー・ハミルトンと言う17歳の女性である。
父親として登録されている男の名前はアイザック・ハミルトン、欧州連合より日本に派遣されている高名な科学者だ。
男が前任者より引き継いだ報告書に寄れば、彼女は驚くことに人間では無い。
彼女と知り合ってから毎日、彼女は男の顔を見かけると近寄ってきては話しかけてくる。
もしかすると自分に気があるのではと、男もそう思わなくも無いのだが、どうしても『まさか自分なんて…… 』と言う気持ちの方が強かった。
本来ならば相手が人ではないと知っているだけに、彼女の存在を本能的に拒否するのが当然なのだろうけれど、何故かそれを出来ずにいた。
むしろ彼女の美しい容姿だけではなく、毎日接していると判るその性格や考え方、そして周囲に対する優しさなどを知るにつけ、逆に惹かれている事に戸惑っているのだった。
今では、その声を聞くのが待ち遠しいとまで思っている事は、所属する部隊の誰にも言える話では無い。
彼は、彼女を含む魔総研の全員を守る為に此処に派遣されているのだから、暢気な恋愛話に現を抜かしている暇は、本来あるはずが無いのだ。
彼女の少しだけ幼く感じる話し方とは裏腹に、彼女の知能は相当に高い。
父親と称するアイザック博士と共に来日してから僅か三年程で、難しい漢字の読み書きを含む日本語を完璧に操るまでになっていた。
明日も…… そう彼女は言うが、それは叶わないだろう。
本日司令部より届いた指令書により、男は明日の朝早くから司令部に出頭する事になっているのだ。
この後、警護も別の部隊へと引き継ぐことになっているから、恐らく男が此処へ戻る事は無いのだろう。
男の名は、幾嶋 譲。
譲という文字をジョウとも読むのだと教えたら、その日からバレリーが彼を呼ぶ名前は『ユズル』では無く、何故か『ジョー』になった。
みんなが譲と呼んでいる男性を自分だけが『ジョー』と呼ぶことが、バレリーと言う可憐な美少女にとって、少しばかり誇らしい背伸びだという事を、愚直に生きてきた幾嶋は気付いていない。
彼の視線は、研究所へと戻って行く彼女の後ろ姿を無意識に追っていた。
美しい彼女の肢体を包み込んだ白いワンピースの後ろ姿を見ていると、何処か癒やされたような思いがする。
幾嶋は無意識に微笑むと、彼女に向かって小さく手を振り、それから慌てて手を迷彩服のポケットに突っ込んで誤魔化した。