幸せ
私の家は父子家族でした。
母は私を産んだ後すぐに死んだと聞いています。
私が中学にあがる頃に彼女はやってきました。
どこかのお金持ちの令嬢らしく、私が欲しいとのことでした。
父は最初は専ら反抗していましたが、仕事での様々な悪事を並べられ、顔を真っ青にしながら了承しておりました。
今思えば、その悪事も私を育てるためにしていたのではないかなと思っています。
自惚れではありませんが、それだけ大事に育てられた自信があります。
その日に私は御嬢様の御屋敷に住まわせていただくことになりました。
そしてすぐさま私は純潔を散らすことになりました。
その時の私の年齢を考えていただければ、そんな汚らわしい行為など知りもしませんでしたし、何があったのか余り憶えておりません。
否、憶えたくなかったのかもしれません。
その次の日から、私は御嬢様――といっても私より一回りは上の方ですが――の身の回りの世話をすることになりました。
当時の私からすれば、かなり体力を使う仕事ばかりでした。
仕事が終わって、自室のベッドにすぐに倒れ込むました。
ですが、私に休みはなく、いつも気絶するように眠らされたことを憶えています。
そんなことが数ヶ月も続けば限界が来るのは当然のことです。
例に洩れず、私はひどい熱を出してしまいました。
三日三晩寝込んで、本当に死んでしまうかと思いました。
お手伝いさんの献身的――というか必死――な看病がなければ本当に死んでいたかもしれません。
御嬢様が毎日私のところに来て舌打ちしていたのを憶えています。
熱が治ってからの日々は今までと変わりませんでした。
御嬢様の舌打ちが増えたことぐらいでした。
それから数週間経った頃でした。
身体が億劫になり、御嬢様の身の回りの世話をするのも辛くなってきました。
少し楽をしようと手抜きの作業をしたこともあります。
それでも、叱られない程度にはしました。
完全に限界が来たのは丁度一年が経った頃でした。
自分としてはよくもった方だなと思います。
いつものように御嬢様の身の回りの世話をしようと階段を降りようとした時でした。
私は誤って足を滑らせてしまったのです。
今更ながら考えると足を滑らせたのは故意だったのではないかなと思っています。
こうすれば楽になると悪魔が囁いたのかもしれません。
そんなことは今となっては関係なく、私は下の階に落ちてしまいました。
受け身も取れませんでしたし、落ちている途中であぁ、これは死んだなと考えていました。
意識が沈んでいく中で父と母と一緒に笑っている私を夢想してしまいました。
次に私が目を醒ましたのは真っ白な部屋でした。
とはいっても病院の一室のことです。
私は失敗したなと思ったのと同時に自分の虫けら並みの生命力に驚きました。
さて、とりあえず起きるかと思っても起き上がることはできませんでした。
何故かいた父が私が起きたのに驚き、医者を呼びに慌てふためいていたことを憶えています。
医者から告げられたことは首から下が動かなくなったということでした。
特に驚きはありませんでした。
むしろ喜びでいっぱいでした。
これで私は御嬢様の世話をしないでよくなったのです。
本来なら不幸なことなのですが、私の心は歓喜で一杯でした。
その後、私は父と一緒に生活するようになりました。
何があったのかは知りませんが、父と一緒なので幸せです。
御嬢様は時々来ますが、いつも泣きながら帰っていきます。
父は時々、こんなことになるのならあんなことはしなかったと嘆いています。
そんなこと知りません。
私としてはどうでもいいことです。
あなたにとって幸せとはなんですか?
なんてテキトーに考えてみてください。
それはある意味で真理なんだろうと思います。