後の祭り ~幼馴染に僕の事はお見通し~
大学で書いた作品になります。
連載作品である「名も無き英雄の冒険譚」も気が向いたらぜひ読んでみてください。
長い夢を見ていた。
深い深い海の中に沈んでいくような長い夢。
何も見えない、感じない筈なのに、何故か胸に針が突き刺さるような痛みが体に駆け巡る。
声も出せず、誰も助けてくれない中、もがき苦しんでいると、体が優しく温かい何かに包まれる。
姿形は分からないが、その何かは陽の光をいっぱいに浴びた布団の様に、痛む心まで優しく包んでくれた。
痛みが治まり安心した途端、意識が海面へと引っ張られるような感覚と共に、現実へと意識を引き上げられる。
温かい何かから離れたくないと言わんばかりに手を伸ばすが、手の平には当然何も残らない。
(また会えるだろうか……。)
どことない寂しさからそんな漠然とした考えが浮かぶが、その考えは泡沫の様に消え、意識が少しずつ覚醒していく。
瞼の上から光を感じて少しずつ目を開く。
「あれ、何か夢を見てた気がする……。」
目を覚ました少年、白井一輝は見慣れた天井を眺めながら、先ほど見ていた夢を思い出そうとする。
しかし、夢とは不思議なもので一輝が思い出そうとするほど記憶の隅から薄れてしまう。
一輝が未だ意識がぼんやりとしていると、部屋の扉が強く開かれバンッと大きな音が響き渡り、彼の母である和美が鬼の形相で怒鳴って来る。
「一輝!さっさと起きないと小学校に遅刻するよ!!」
「やっべ~急がなきゃ!!」
一輝は学校の存在を思い出し、急いで着替えをしてリビングへ向かい、急いで朝食のパンを口の中へ押し込む。
その光景を和美はため息をつき、呆れながら笑っていた。
そんな事にも気づかず一輝はニュースを眺めながら急いでパンを喉に流し込んでいた。
父の良樹は仕事の都合で単身赴任しており家を出ていて、家には一輝と和美の二人だけだった。
小学六年生にもなって寝坊しそうになる一輝を見て和美はまだまだ手のかかる子どもだと内心ため息をついていた。
(そういえばもうそろそろ夏休みだな。)
七月の後半に差し掛かり、全国の小学校がそろそろ夏休みが始まる。
一輝からすれば学校に行かなくていいのは、他の小学生よりも喜ばしい事だった。
朝の支度を終えてランドセルを背負い、カチャカチャと金具が当たる音を響かせながら玄関へと急いで向かう。
「行ってきま~す!!」
小学生らしい溌剌とした声で母に向かって出かける挨拶をする。
「いってらっしゃい!」
一輝に呼応するように和美も元気な挨拶を返して、一輝は玄関を飛び出して学校に向かった。
小学校に向かう途中、一輝は近所の公園を通り過ぎようとしていた。
その時一輝は視界の片隅で、見覚えのある少女が公園の向こう側からこちらへ走っているのを見つけた。
その少女は一輝にとって特別な人物であり、学校が一緒ではないものの、ずっと親しくしている数少ない人物だった。
「おはよう!!一輝!!」
ニコッとひまわりが咲いたような笑顔を向けて挨拶をしてくる彼女こそ、一輝の幼馴染の柊詩織だった。
どこか焦っている様な、急いでいる様な彼女の姿に少しだけ違和感を覚えたが、一輝は遅刻しないように急いでいただけだろうと考えた。
「おはよう詩織!!」
朝から詩織に会えて嬉しいのか、一輝は満面の笑みだった。
彼女から途中まで一緒に登校しようという提案をされ、一輝は即決して二人横並びで歩いていた。
たまに一緒に登校することがあるが、今日はいつもより一層嬉しそうにしている詩織を見て、一輝も嬉しくなった。
「なんかいつもより嬉しそうだね。」
一輝は浮かんだ疑問を詩織に尋ねてみる。
すると詩織は少し考え込んだ後、ニパッと笑い純粋な笑みを浮かべて答えた。
「私にも分かんないや!なんだかとっても嬉しいの!!」
理由は教えてくれなかったが、詩織が楽しそうならそれでいいやと特に気にせず、二人の学校の分かれ道まで手をつないで歩いて行く。
すると、詩織が一輝の前へ一歩出て、あざと可愛い上目遣いであるお願いをしてきた。
「ねぇ一輝!!夏休み入ってすぐにある夏祭り、一緒に参加しようよ!!」
丁度朝のニュースでも夏休みの特集でお祭りの話をしており、一輝も詩織を誘おうかと迷っていた。
自分から誘うことが出来なかったことが少し残念に感じていた一輝だが、詩織と一緒に祭りに行けるとなればそんな気持ちは些細なものだと感じていた。
「もちろん!!一緒に行こう!!」
本格的な夏を迎え、肌をヒリつかせる日差しが二人を照らすが、その光は二人を応援しているかの様な暑さだった。
そして、二人は夏祭りに行く約束をし、それぞれの学校に向かった。
詩織と別れた後、一輝は小学校の校門をくぐり、玄関へと到着した。
外履きを脱ぎ、自身の下駄箱に入れようと戸を開けると、下駄箱と上履きの中に、ゴミと画鋲が入っていた。
少し胸が痛むが、気にする素振りは見せず、小学生とは思えないほど落ち着き払っていた。
一輝はいつもの光景に慣れた手つきで紙屑をゴミ箱へ、画鋲を回収して持参した小さな袋に入れて、何事も無かったように上履きを履き、教室のある三階へと階段を一段一段登っていった。
教室に入ると、一輝の机は水浸しで、その光景を目にした一輝を見物にしているかの様に、周りのクラスメイトがクスクスと嘲笑っていた。
そんなクラスメイトを意に介さず、廊下に吊るされている雑巾を持ってきて机を綺麗に拭いて行く。
直接的な被害を被ったことはないものの、ここ半年間ずっとこの調子で一輝はクラスメイトから陰湿な嫌がらせを受けていた。
一輝自身、何故自分がいじめの標的になっているのか正確には分からなかったが、恐らくクラスのリーダー格であろう生徒の悪ふざけをいつも咎めていたからだろう。
小学生とは純粋な生き物であり、裏を返せば純粋な悪意を振りまく存在でもある。
そして、子どもの悪知恵と言うのは恐ろしいもので、教師に見つからないようにクラスメイトを陥れることが容易に出来てしまうのだ。
例に漏れず一輝もその悪意に晒され、家族や担任にも相談できておらず、毎日少しずつ神経がすり減っているのを感じていた。
授業中に消しカスを投げられたり、教科書を別の場所へ隠されたり、給食を他のクラスメイトよりも少なく配膳されたりと、客観的に見れば多少の意地悪に見えるかもしれないが、一輝本人からしてみればそれは立派ないじめであった。
(早く夏休みにならないかな~。)
クラスメイトから離れることが出来る夏休みという期間を、一輝は心待ちにしながら、今日の学校を何とか耐え抜いていた。
学校が終わり、学校から解放された一輝は放課後になっていつも通り家に帰ろうとしたところ、例の公園の入り口で詩織が立っているのに気付いた。
誰かを待っているのだろうかと少し考えた一輝は、それが自分であったら嬉しいなと思って彼女に話しかけに行く。
「詩織~!!こんな所で何してるんだ~?」
詩織の元へ小走りで向かい、ランドセルに付けている鈴の音が辺りに響き渡る。
鈴の音で一輝の接近に気づいた詩織は、彼に向かって手をふった。
一輝は重いランドセルを背負った状態で走った影響か、少し息を切らしながら話しかけた。
「誰か待ってたのか?一人でいると危ないよ。」
頬を掻きながら心配する一輝の姿を見て、詩織はフフッと手を口の前へあてて可愛らしい笑い声をあげる。
質問の答えになっていないと言わんばかりに首をかしげる一輝に、詩織は照れる素振りも見せずにいた。
「一輝を待ってたんだよ!一緒に帰ろう!」
詩織の一言で一輝のささくれ立った心はあっという間に穏やかになっていた。
クラスメイトの様に悪意をぶつけてくる人間がいる一方で、彼女の様に好意的な感情を向けてくれる人もいる。
学校でいじめが発生してから一輝がめげずに登校することが出来るのは、詩織の影響が大きかった。
「じゃあ家まで送っていくよ。」
一輝は手の平を半ズボンでゴシゴシと拭いた後、少し照れ臭そうに右手を差し出す。
気恥ずかしさから赤く染まった頬を夏の太陽が覆い隠してくれる。
その光景をみて詩織が口角を挙げて小さく笑っていたが、一輝に気づく余裕はなかった。
詩織を家まで送り、自身の帰路に立った一輝は、学校での出来事について、そこまで気落ちしていなかった。
家に帰り、いつも通りに晩御飯を食べていると、母である和美が何かあったのかと聞いてきた。
「普段は学校から帰ってきてもつまんなそうな顔してるのに今日は嬉しそうじゃない。」
学校で起こっているいじめについては和美に話さない一輝だが、今日の放課後に起こった出来事は嬉々として話した。
「実は今日、学校帰りで詩織に会ったんだ!!」
一輝が嬉しそうに話す姿をみて、和美は心の中で安堵の息をついた。
一輝は小学生にしては聞き分けが良い方だったこともあり、いじめについて和美に話すことで心配をかけたくなかった為ずっと黙っていた。
もちろん和美も何かあったことには気づいており、学校への連絡を経ていじめられているのではないかと予想していた。
しかし、本人の意向に沿わず介入することは良くないとも和美は考えており、一輝が限界を迎える前に話してくれるように努めていた。
一輝が話す詩織について和美もよく知っており、彼女が側にいるのであれば問題ないと感じていた。
程なくして夏休みが始まった。
全国の小学生が喜びに満ちている中、母親は毎日昼食を作らなければならない負担に晒されて、寧ろ来てしまったと考えていることだろう。
和美も例に漏れず、毎日昼まで寝ている一輝を起こし、昼食を作るのは、大きな負担となっていた。
「ほらシャキッとして!さっさと食べちゃいなさい。」
「は~い……。」
気の抜けた返事をする一輝に、和美はやれやれとため息をついた。
用意された冷やし中華をゆっくりチュルチュルと啜って食べる。
冷やし中華特有の酸味とキュウリの食感や卵焼きの甘さが絶妙に合わさり、一輝の口の中に広がる。
一輝が無心で麺を啜っていると、インターホンが鳴り、白井家に来訪者が来たことを知らせる。
音に反応した和美が玄関へ向かい扉を開けると、そこには詩織が白いワンピースを纏い立っていた。
「こんにちは!一輝君いますか?」
「あらあら詩織ちゃんじゃない!あの子は今お昼食べてるんだけど……上がって待ってる?」
「良いんですか?じゃあお邪魔します!」
和美と詩織のやり取りを終え、二人でリビングへ移動すると、一輝は家に上がってきた詩織の存在に気づく。
「えっ…詩織!」
詩織が来たことに焦り、一輝は掃除機を思わせる速度で麺を吸い込み、ものの数秒で冷やし中華を平らげてしまった。
「あんた詩織ちゃんを待たせるんじゃないよ。」
和美にコツンと頭を叩かれ、一輝は膨れっ面をする。
その光景を見た詩織は思わずフフッと笑みをこぼした。
「仲が良いんだね。」
詩織に親子の中が良いと言われ、一輝はすこし小っ恥ずかしくなった。
「こんな昼間にどうしたの?」
話題を逸らすために詩織に要件を聞く。
すると詩織は手に持っている手提げを見せて答えた。
「一緒に夏休みの宿題をやろうと思って。あとこれ持ってきたの。」
詩織は手提げと共に持ってきていたビニール袋を一輝の前で広げる。
そこには夏にピッタリなアイスが入っており、中を見た一輝は目がキラキラと輝く。
「うわ~!ゴツンとミカンあるじゃん!!」
ゴツンとミカンは一輝が一番好きなアイスで、物心ついたときから夏になるとよく食べていた。
サッパリとしたアイスの中にミカンが入っており、ザクザクとした食感と程よい甘さがお気に入りだった。
しかし、一輝は詩織の前でゴツンとミカンを食べた記憶はなかったはずだが、たまたま買ったアイスが一輝の好物だったのだろう。
夏の定番なので無難に選ぶことは何ら不思議ではない。
袋に入っているアイスを見て喜ぶ一輝を、詩織は嬉しそうに見ている。
アイスが入った袋を和美に渡し冷蔵庫に入れてもらった後、二人はリビングの机で夏休みのテキストを広げて勉強をすることにした。
一輝は反対側に座って宿題をこなす詩織を意識しながら、自身の算数のワークを進めていく。
算数に苦手意識を持っている一輝は、進み具合が芳しくなく、一問一問解くのに数分かかっていた。
その姿を見かねてか、詩織が一輝に声をかける。
「そこはこうやって解くとやりやすいよ。」
鉛筆を一輝のワークに伸ばし、書き込みながらアドバイスをする。
彼女の説明は学校の先生と比べても分かりやすく、一輝の疑問点はすぐに解消された。
「凄いな詩織、そんなに勉強得意だったのか……。」
よく見ると彼女の算数のテキストはもう折り返しに差し掛かっており一輝とは比較にならないスピードで問題を解いている。
どの問題も逡巡する暇も無く鉛筆を走らせており、サラサラと紙に鉛筆が擦れる音がかなりの時間リビングで鳴っていた。
彼女の習い事について知っているわけではないが、塾にでも言っているのだろうと一輝は考えた。
数時間たち、休憩することにした二人は、冷蔵庫からアイスを取り出して、庭が見える窓を開けて風鈴の音を感じながら袋から取り頬張る。
口の中にヒンヤリとした冷たさが広がり、夏の暑さが吹き飛ばされていく。
一輝は勿ゴツンとミカンを、詩織はハイパーカップをそれぞれ頬張り、勉強での疲れが癒されていく。
「僕ゴツンとミカンが大好物なんだ~。買ってきてくれてありがとう。
「一輝君が好きかな~って思って買ったんだよ。」
詩織の何気ない一言にドキッとする。
どうして彼女は僕の事をここまで気にしてくれるんだろうかと一輝は思う。
二人の出会いは低学年の頃に、公園で出会ったことがきっかけで、それから二人は時々公園で遊んだり、一輝の家で遊んだりしていた。
しかし、小学校は学区の関係で別々な為、詩織には学校の友達がいるはずで、こんなに可愛くて気が利く様な子が学校で一人なんて考えられない。
一輝はどうして自分なんかに、ここまで気をかけてくれるのかと聞こうと思ったが、何故か口から言葉を出すことが出来なかった。
その後勉強を終え、丁度良い時間になったところで、詩織が帰宅することになった。
和美が晩御飯を食べていかないかと誘ったが、詩織は母が家で用意しているから大丈夫と断った。
一輝は夕日が沈む空と共に、詩織を家まで送ることにした。
二人の間に会話はないが、不思議と気まずさは感じていなかった。
十分ほど歩いたところで、詩織が口を開く。
「ここまでで大丈夫!今日はありがとう!」
「今度は来週にある夏祭りに行こうぜ!」
一輝のセリフに詩織は頷く。
二人は別れ際に祭りの約束をしてそれぞれの帰路に立った。
一人で家に帰る一輝は、自分から改めて祭りに誘うことが出来、自身の成長を感じてガッツポーズをした。
家に帰ると和美になんでニヤニヤしているのかといじられ、一輝は恥ずかしさを隠すために大きな声を出した。
「別に何でもねぇよ!!」
和美がはいはいと笑いながら流したことに腹が立ったが、フンッと不貞腐れてテーブルへ座る。
食卓に並べられたカレーを頬張り、すぐに機嫌がよくなる一輝を見て、和美は単純なヤツと心の中で苦笑した。
次の週になり、遂に約束の祭りの日がやって来た。
休みの日は昼過ぎまで涎を垂らして熟睡する一輝だが、今日ばかりは特別だからか和美に起こされる前から自分で起きていた。
近所の神社で行われる祭りは規模が大きく、普段は人通りが少ない住宅街や神社の通りが、沢山の人でごった返す。
一輝の住む地域ではちょっとした行事となっていて、小学生たちは皆毎年この日を楽しみにしており、それは一輝も例外ではない。
祭りの開始時間は昼下がりからで、まだかなり時間があるのに、一輝はソワソワしていた。
普段服に無頓着な一輝だが、今日だけは年甲斐もなくタンスから服を取り出して何を器用かと悩んでいた。
結局は自分で服装を決められず、和美に祭りの雰囲気に会った服を選んでもらった。
小学生らしい黒の短パンに、淡い水色の半袖を体に通し、お気に入りの帽子をかぶり、身支度を終える。
お昼を食べて、少し早いが一輝は待ち合わせ場所の公園へと向かう。
外では祭囃子が聞こえており、一輝のはやる心に合わせて大太鼓の空気を揺らす音や締め太鼓の引き締まった響き、横笛の流麗な音色、チャンチキの軽快なリズムが辺りを賑わす。
少しずつ日が傾きはじめ、本格的な祭りの雰囲気に一輝は浮足立ってはいられなかった。
公園へと到着すると、まだ詩織は来ておらず、一人ベンチに座る。
楽しみな気持ちと緊張が相まって、彼の心のキャンパスはバケツに入った絵具をぶちまけたような様々な感情が入り乱れていた。
そしてついに後ろから聞きなれた声が聞こえて振り返るとそこには浴衣を着こなした詩織がモジモジしながら立っていた。
水色を基調とした浴衣に、彼女の明るい雰囲気に合っている向日葵の柄は、彼女の魅力を底上げしていた。
「ど……どうかな?」
浴衣が似合っているかという不安から、詩織は一輝に感想を求めた。
しかし、一輝は女子のじょの字も知らないような少年故、気の利いたお洒落な返答はできなかった。
「まぁ……いいんじゃね。」
そっぽを向きながらぶっきらぼうに答えた一輝に、普通の女子であれば文句の一つも言いそうだが、詩織はその返答に満足している様だった。
「それより祭り始まってるぜ、色々周りたい屋台沢山あるんだ!」
恥ずかしさから話題を逸らした一輝は、詩織の手を引き、屋台のある場所へと引っ張っていく。
最初に立ち寄ったのは、祭りの定番であるりんご飴があるお店だった。
和美から潤沢な資金を得ていた一輝は、男気を見せるためか詩織の分まで店主に頼む。
「坊主、可愛い嬢ちゃん連れてるじゃねぇか、コイツはおまけだ!」
そう言って、店主のおじさんは一つ分の値段で一輝にりんご飴を二つ渡す。
そしてりんご飴を詩織に渡して二人でかぶりつく。
「んん~!」
りんご飴のコーティングされた甘い部分とリンゴの程よい酸味が、詩織の舌をうならせる。
その後も凄い勢いでパクパクと食べる詩織を見て、一輝は知らない一面を見た気がした。
りんご飴を食べ終わった後も二人は射的や輪投げ、金魚すくい等を楽しみ、焼きそばを食べながら、花火が良く見える神社の外れへと向かっていた。
「お母さんから聞いたんだけど、ここは人も少なくて穴場なんだって。」
そう言って向かった先は人が殆どおらず、林の向こうから太鼓や笛の音が聞こえ、二人の周囲には虫のさざめきが鳴り響く。
生まれた時から住んでいる一輝ですら知らない穴場があったことに内心驚いていた。
二人は見通しの良い場所を見つけて腰を掛け、花火が始まるまでの静寂に包まれる。
「なぁ詩織、なんでこんなに俺と仲良くしてくれるんだ?詩織なら学校に友達が沢山いるだろう?」
前回聞いた時ははぐらかされてしまったが、今回はしっかりと理由を教えてもらおうと一輝は詩織の瞳を見つめる。
「一輝君は忘れちゃったかもしれないけど、私がこの町に来て一人だった時、公園で遊んでくれたんだよ。」
そう言われて、一輝は数年前の日を思い出す。
当時小学四年生になったばかりの頃、詩織は他県から引っ越してきており、転校先の小学校にもなじめておらず、公園で一人ブランコに乗っていた。
彼女が寂しそうにブランコを漕いでいるの見た一輝は自然と体が動き、一緒に遊ばないか誘ったのだ。
「なぁ、一緒に砂場で遊ぼうよ。」
まだ学校で孤立する前の一輝は、誰とでも仲良く出来る明るい性格だったこともあり、一人でいる詩織を放っておくことが出来なかった。
一輝にとっては好奇心もあった為誘ったのだが、結果的に当時の詩織を救ったのに間違いなかった。
「あの時、私凄く救われたんだよ?一輝君を真似したら友達も増えたんだから。」
自分の何気ない行動が、彼女を救っていたなんて夢にも思っていなかった一輝は、詩織の言葉に驚いた。
自分にとっては高根の花で遠い存在だと感じていたが故に、彼女の言葉を聞いて、とても距離が近く感じた。
「それとね……―――――。」
詩織が何かを言おうとした時と同時に、空に向かって花火が打ちあがる。
ドンッドンッと空で火薬が爆発した音が空気を伝わり周囲を揺らす。
言葉を言い終えた詩織は口角を上げて笑いかけ、それ以降何かをいう事はなかった。
気になった一輝だが、詩織にもう一度聞く気にもなれず、二人は肩を並べながら、空に煌めく刹那の花を眺めていた。
花火が終わり、祭りの屋台が撤収し始めたころ、二人は帰路に立っていた。
日も沈んで辺りが暗くなり始めていたので、一輝は詩織を家まで送ることにした。
ふと詩織の方を見ると、右足を庇っている様な歩き方をしていることに気づく。
どうやら浴衣に合わせて履いてきた下駄に不慣れだったために足を痛めてしまったようだ。
一輝は詩織の前に出て腰を下ろす。
突然の出来事に困惑している詩織だったが、一輝はボソッと小声で声をかけた。
「足痛いんだろ、乗れよ。」
最初は躊躇していた詩織だが、家まで歩き続けるのは厳しいと感じて、一輝の背中に乗った。
詩織の体重が一輝の背中に伝わり、グッと足に力を入れる。
「重くないかな?」
女子らしい恥じらいを見せ小声で訊く詩織に、一輝は笑いかける。
「全然軽いぜ、あんなに食ってるのになんでこんな軽いんだよ。」
そんな軽口を叩く一輝だが、内心はギリギリだった。
一輝は小学生の中でもそれなりに体格が良い方だが、所詮は小学生、女子一人背負って歩くことも一苦労だった。
詩織は一輝が無理して歩いているのを見て、自分の為に体を張ってくれていると理解した。
その光景に頬を赤らめて、一輝の背中に顔を埋めるが、一輝が詩織の表情を見ることは叶わなかった。
詩織の家に着き、彼女を下ろすと、一輝は別れの挨拶をした。
「じゃあまたな!」
「うん!!」
少し名残惜しそうな表情をしながらも、詩織は玄関の扉を開けて、自宅へ戻ろうとした時、一輝は思わず引き留めた。
「詩織!」
急に背中から大きな声をかけられて、詩織は思わず肩がビクッとする。
「どうしたの?」
一輝は徐にポケットに手を入れて、あるモノを取り出した。
それは詩織が席を外している間に射的で獲得したウサギのストラップだった。
「何か思い出になるものがあった方が良いだろ?」
そう言って詩織の手にストラップを置く。
詩織はじーっとストラップを眺めた後、一輝に感謝の意を伝える。
「ありがとう!一生大事にするね!!」
そう言って今度こそ詩織は家へと戻っていった。
一人残された一輝は、暗い夜道を月に照らされて一人歩いていた。
蒸し暑い真夏の夜にも関わらず、どこか肌寒いような、そんな風が一輝を撫でながら吹きぬいた気がした。
夏祭りから数年後、二人は高校生となっていた。
中学校までは別々の二人だったが、一輝が進学した先に詩織がいたのだ。
「詩織もここに進学してたのか!」
「もしかして一輝君!?すごい偶然だね!
」
一輝は入学して間もなく再会した詩織に驚きを隠せなかった。
どうして詩織を見つけることが出来たのかと言うと、彼女が一輝から貰ったウサギのストラップをバックに付けていたからだった。
最初にそのストラップを見て彼女の存在に気づいた時は、まだ大切にしてくれているという嬉しさが一輝の胸を温かくした。
中学校に入ってからは、詩織に会う機会が殆ど無かった為、一輝からしてみれば小学校ぶりの再会だった。
一輝は小学校から引き続き進学した生徒からいじめが続いており、勉強の忙しさも相まって詩織に会いに行く余裕が無かった。
さらに思春期も相まって自分から会いに行くことが気恥ずかしかったのも疎遠となってしまった一つの要因だろう。
彼がめげずに登校することが出来たのは、詩織との思いでが、彼の支えになっていたからに他ならない。
また、一輝はいつか詩織と一緒に小学校の頃の様に過ごしたいというささやかな望みを胸に、今日まで懸命に生活していたのだ。
再会した二人は更に偶然が重なり同じクラスに配属されていた。
入学してしばらくは、中学校でどのように過ごしていたのか、そしてどうしてこの学校を選んだのか等、他愛もない会話に花を咲かせていた。
一輝は詩織が小学校の頃と何も変わっていないことを実感し、なんだか懐かしい気分になった。
小学校や中学校では違う学校だった為、二人で過ごす機会は限られていたが、高校生になってからは、意図せず殆どの時間を一緒に過ごしていた。
ある日の昼休みに一輝のクラスメイトで友達の板倉孝介が隣の席に座りこみ、話しかけてきた。
孝介は高校に入ってから一輝が最初に仲良くなった友達で、サブカルチャーチックな趣味が同じで友達になった。
弁当を食べながら孝介の話を聞くと、どうやら詩織との関係について話していた。
高校生になって更に美人になった詩織とどうしてそこまで仲が良いのかと胸倉をつかみ一輝を揺さぶりながら血涙を流して訴えていた。
「お前なんで詩織さんとそんなに仲が良いんだよ~!付き合ってんのか!?」
一輝は苦笑いしながら、特別な関係ではなくただの幼馴染だと説明したが、孝介は納得しなかった。
「そんなわけないだろ!!このクソリア充が、〇ね!!」
生まれてこの方モテたことがないという孝介は、詩織と仲の良い一輝に嫉妬していた。
そんな孝介にいい出会いはあると励ます一輝だったが、どうやら逆効果だったようで、孝介は怒りを通り越して無表情になった。
「そうかそうか、つまり君はそういう奴なんだな。」
どこか聞き覚えのあるセリフを吐く孝介に、なにかやらかしてしまったと感じた一輝は、なんとか機嫌を直してもらおうと試行錯誤する。
「帰りに好きなジュース奢ってやるから機嫌治してくれよ。」
二人のやり取りを、友達と談笑しながら横目で見ていた詩織は、一輝に心を許せる友達が出来たことに安心していた。
一輝は上手く隠せていると思っていたようだが、詩織は彼が学校で上手くいっていないことを見抜いていた。
高校では自分が一緒に居ないといけないと詩織は考えていたが、二人が仲良く談笑しているのを見て、どうやらその必要はなさそうだと思った。
放課後、一輝は孝介の機嫌を直すため、学校の自販機に寄っていた。
孝介はわざと一番高いオレンジブルを買い、一輝はやれやれと苦笑した。
そのまま校門へと向かい、帰ろうとした時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「一輝、一緒に帰ろ!」
詩織からの魅力的な提案にすぐ同意しようとした時、一輝の横からとてつもない負のオーラが伝わってきた。
オーラの発生源の方を見ると、孝介がこの世の物とは形容しがたい般若の顔をしながらこちらを見つめていた。
『勿論断るよな!!』
孝介は何も言っていない筈なのに、何故かそんな幻聴が鮮明に聞こえてくる。
この誘いを受けたら孝介からの非難が避けられず、断れば詩織に対して罪悪感が生まれるという究極の板挟み状態に陥っていた。
「悪い孝介!友情よりも大切なものがあるんだ~!」
そう言って両手を合わせて謝意を伝えた後、一輝は詩織と一緒に玄関口を後にした。
「やっぱお前だけは許さねぇぞ一輝~~~!!!」
孝介の悲痛な叫びは、正面玄関に響き渡り、周りにいた生徒は憐れむような目線を向けていた。
孝介を裏切り詩織と下校することになった一輝は、少し気恥ずかしい空気にドギマギしていた。
「孝介君、凄く怒ってなかった?私悪いことしちゃったかな……。」
最初に切り出してきたのは詩織だ。
「そんなことないさ、アイツとのやり取りは冗談みたいなもんだから。」
「ホントに?孝介君結構しっかり傷ついてそうだったけど……。」
今の一輝にとって、孝介は正直傷ついていようが大した問題ではなかった。
孝介は良いヤツだから明日謝れば問題ないだろと一輝は軽く考えた。
詩織と久しぶりに一緒に帰ると、学校で話している時とは違い、謎の緊張感がある。
それは、下校というシチュエーションだからなのか、詩織と二人きりで帰っているからなのか一輝には分からない。
「そういえばそのストラップ、まだ持ってたんだな。」
一輝が詩織のバックに付けているウサギのストラップを指さす。
それは小学校の頃に一輝が詩織にあげたデフォルメされた可愛いウサギのストラップだ。
「家で保管しても良かったんだけど……せっかくなら付けたいでしょ?私の宝物だもん。」
一歩前へ出て一輝に上目遣いをしながら返答する。
狙ってやっているとしたらアカデミー賞もビックリな名演技だが、詩織の性格を考えると恐らく素でやっているのだろう。
一輝はこの幼馴染が野に放たれたら何人の男性が犠牲になるのだろうかと、存在しない架空の男性諸君に心の中で合唱した。
「そういえば今年もやるらしいね、夏祭り。」
急に話題を切り出してくるので、一輝は一瞬息が詰まった。
「そうだな、母ちゃんが言ってたよ。日にちもあの時と変わらないってさ。」
件の夏祭りは一大イベントであるため、二人が入学して間もない五月ごろから日程が決まり、入念に準備していくのだと和美が言っていたのを一輝は思い出す。
「それじゃあ予約しちゃおっかな~。」
「予約?なんの?」
要領を得ない彼女の言葉に、一輝はオウム返しする。
詩織は小悪魔のような笑みを浮かべて答える。
「一輝君とお祭りを回る予約!先着一名様限定だから急がないとね!」
そう言って冗談交じりに笑う詩織を見て、一輝はようやく揶揄われたことに気づいた。
いつも詩織のペースでいいようにされている一輝は、仕返ししてやろうと詩織に言い返す。
「それじゃあ予約特典は俺と手つなぎデートか?」
半ば笑いながら冗談を言って詩織の方を見ると、顔が真夏に完熟したトマトの様に紅くなっていた。
仕返しが成功して喜ばしいはずなのに、一輝自身もキザな事を言ってしまったと我に返り、気まずい空気が二人を包んでいた。
「ごほんっ……それじゃあ祭りの件は夏休み入ったらまた決めようぜ。」
どうにか切り出し、二人はあの日と同じく夏祭りの約束をして、互いの自宅へと歩んでいった。
時は一学期最終盤、あと数日で夏休みが始まるといった時期になり、夏服に着替えた生徒たちが暑さにうなされながら、休みが始まった際の予定について盛り上がっていた。
一輝も例外ではなく、汗で皮膚にべっとりと付いたワイシャツをバタつかせながら孝介と雑談する。
「一輝は夏休み何か予定あるのか?暇だったらコ〇ケ行こうぜ。」
サブカル好き、言ってしまえばオタクな孝介は、夏休みでも平常運転だった。
コ〇ケとは、所謂同人誌即売会の中で国内最大規模のイベントだ。
その参加者は数万人と言われ、全国から様々な人が訪れる夏の一大イベントだ。
なんの予定も無ければ孝介の誘いに乗っていた一輝だが、生憎とその日は祭りの日と被っていた。
「すまんな孝介、先約があるからその日は無理だ。」
フッと勝ち誇ったような笑みを浮かべて断る一輝に、孝介は嫌な予感がしていた。
「ま、まさかお前……。」
粗方想像がついてしまった孝介が一輝に尋ねると、彼にとって最も聞きたくない返事が返ってきた。
「その通り、俺は詩織と夏祭りに参加するのだ。お前は一人寂しくコ〇ケに行ってろ!」
※コ〇ケを貶す意図は一切ございません。
「テ、テメェ……ついに一線超えたな!」
孝介は血涙を流しながら一輝の襟元を掴み、体を前後に揺さぶる。
揺さぶられている一輝はハハハハと有頂天な笑い声をあげて、ワザと孝介を煽る真似をしていた。
気づけば夏休みに入り、祭りの日が近づいていた。
一輝はこの日の為に、先月は沢山バイトに入り、高校生にしてはかなりの額を稼いでいた。
男女平等が叫ばれる時代、今となっては男が奢るのは当たり前という考えは時代にそぐわないかもしれないが、やはり男であれば女性に対して見栄を張りたくなってしまう生き物なのだろう。
財布に入っている金額を確認して、軍資金が十分であることに一先ず安堵する。
その様子を見ていた和美は、息子の恋愛に興味か尽きず、おせっかいをかけたくなってしまう。
一輝は父である樹に似てかなりの奥手なので、自分が背中を押してあげなければいけないと母心で思っていた。
「詩織ちゃんと祭りに行くんでしょ?」
唐突に母から核心を突いた質問をされて、一輝はビクッと体が硬直する。
ニヤニヤと見てくる和美にムカつく一輝だが、何故知っているのか疑問に思った。
「なんで母さんが知ってるんだよ!?」
一輝は詩織と孝介以外に言った覚えはなかった上、孝介は和美と接点はないはずだ。
唯一の情報経路は詩織の家だが……正直一輝は詩織の両親がどのような人物かそこまで知っているわけではなかったので、候補から除外した。
「これよこれ。」
そう言って和美はスマホを取り出すと、トークアプリを開いて一輝に見せつけてきた。
スマホに登録されていた連絡先には、詩織の名前が載っていたのだ。
「いつの間に連絡先なんて交換したんだよ!!」
「この前スーパーで買い物してたら偶然会っちゃって、ついでに連絡先交換したのよ!」
器用にインターネットを使いこなす母の姿に、一輝は絶句した。
もし余計な事を詩織に伝えていたらと思うと、気が気でなかった。
「詩織ちゃん楽しみにしてるって言ってたわよ。」
和美は少し心配そうに話す。
母親からしてみてば息子を心配に思うのは当然の事であり、それが恋愛であれば尚更だ。
和美のやり方は大分反感を買いそうだが、彼女の心配を汲み取れないほど一輝は馬鹿ではない。
「それじゃあ目一杯楽しませないとな!」
一輝はそう言って笑いを零す。
和美はそんな息子の姿をみて、どうにか上手くいってくれと神に祈るしかなかった。
祭囃子が町に鳴り響き、周囲の賑わいが最高潮に達したのを合図に、ついに二人の夏祭り当日となった。
神社へと続く道には、子連れの家族やカップル、そして昔の二人の様に小学生の姿も沢山見受けられる。
昔は自分たちもあれくらい小さかったんだろうかと独り言ち、スマホをいじる。
スマホにはメモ帳アプリが開かれており、今日のプランや会話デッキ等が山ほど書き込まれていた。
そして、あの頃と変わらず、公園の入り口に立ち詩織を待っていると、遠くから聞き覚えのある球を転がすような声が鼓膜を揺らす。
「お待たせ~。待った?」
「俺も今来たとこだよ。」
定番のやり取りをして現れた詩織は、艶やかな浴衣に身を包み、控えめながら彼女を引き立てる簪がより一層彼女の魅力を全面に押し出す見事な衣装を身に纏っていた。
鮮やかな桃色の浴衣は、小学生の頃に来ていた明るく元気なイメージとは異なり、柔らかく大人な雰囲気醸し出しており、あまりの変化に一瞬戸惑ってしまった。
そして、一番目を引いたのは巾着袋に付けていたウサギのストラップだった。
学校でも欠かさずにつけているストラップをこんな年に一度きりに夏祭りに付け替えてくるとは予想もしていなかった。
「どう、似合ってる?」
「ファッションのことはよく分からないけど、その浴衣は詩織に凄くあっていると思うよ。」
気の利いたことを言うのが苦手な一輝なりに精一杯の言葉を出す。
一輝がファッションベタだと知っているからか、詩織はそんな曖昧な言葉でも、内心とても嬉しがっていた。
人混みを通りながら、神社へと向かう。
もう少しで着くとなった時、人の波が押し寄せて来て、詩織が転んでしまいそうになる。
不慣れな下駄を履いて移動していることもあり、人に軽く押されてしまっただけで、バランスを崩してしまったようだ。
「キャッ!!」
詩織の小さな悲鳴が聞こえた一輝は考えるよりも先に体が動いた。
詩織が伸ばしていた詩織の手を取り、自分の体の方へと引き上げる。
何とか怪我をせずに済んだと安心したが、詩織が自分の胸の中にいる現状のおかげで我に返る。
「悪い詩織!!いま離れるからよ。」
そう言って距離を取ろうとする一輝の袖をギュッと握り、詩織は顔を背ける。
「また同じことが起こったら怖いからこのままがいい。」
そう言って詩織は袖を持って離れない。
恥ずかしくて今すぐにでも離れたい気持ちで一杯だが、確かにこの人混みだとまたいつ転んでしまいそうになるか分からないし、離れ離れになる可能性を極力減らせるというメリットが明確に有ったため、断ることはできなかった。
その後人混みが落ち着き、二人は屋台を回る。
射的は小学生の頃よりも身長が大きく伸びていたこともあり、以前とは比べ物にならないくらい遠くに銃身を伸ばし、沢山の景品を獲得した。
屋台の店主は倒れるはずがないと言いたげな納得いっていないような表情を浮かべていたが、ルールの範囲内で遊んだ以上、ケチをつけるいわれはなかった。
「それじゃあこれ貰ってくね~。」
そう言って人の顔ほどの大きさのぬいぐるみを袋に入れてもらう。
その光景を見ていた周りのお客さんたちに拍手されて、悪い気はしないと感じていた。
「周りの人に拍手されちゃってたね。」
詩織がつい先ほどの光景について話す。
「まぁ射的の景品って殆ど倒れないように配置されてるからね。もしかしたら珍しかったのかもしれない。」
二人で談笑しながら祭りの雰囲気を満喫する。
そして、次に向かったのはりんご飴屋さんだった。
今こそ男気を見せる時だと一輝は財布を取り出し、店主にりんご飴二つと注文する。
「おっちゃん、りんご飴二つ。」
そう言って北里柴三郎を一枚取り出し、屋台に刺さっている大き目のりんご飴を頼む。
すると、店主は注文が入っているのにも関わらず、二人をじっと見つめて、何かを思い出したかのように大声をだした。
「思い出した!あんちゃん昔の祭りで買いに来てくれた子だろ。懐かしいなぁ、数年たっただけでこんなにデカくなってよぉ。」
そう、りんご飴の店主は小学生の頃に買いに来た二人を覚えていたのだ。
「二人とも印象に残ってるからなぁ、覚えてるよ。これも何かの記念だ、二つとも俺の奢りだよ。」
タダでりんご飴が二つ手に入った一輝は、嬉しいはずなのに、前回よりもカッコがつかない状況に少し気まずさを感じた。
しかし、そんな一輝の小さなプライドを余所に、詩織はりんご飴を美味しそうにいほおばっていた。
「んん~~!やっぱ美味しいね!」
詩織の嬉しそうな顔を見て、一輝は自分がこんなに小さな問題で落ち込んでいたのか馬鹿らしくなってきた。
一輝は高校男子らしく豪快にかぶり付くと、りんごのシャキっとした食感にパリパリの飴が合わさり、昔懐かしの味が口いっぱいに広がる。
一輝の食べっぷりに詩織は笑い、二人で懐かしのりんご飴を仲良く平らげた。
次に二人が向かったのは、祭りの定番である金魚すくいだった。
「どっちが多く掬えるか勝負しようよ。」
自信があるからなのかニヤリと笑い、詩織が勝負を仕掛けてくる。
「じゃあ買った方がジュース奢りな!」
詩織は袖をまくり、かなり本気で勝ちに行っているように見えた。
一輝は内心では程よく負けてやろうと考えていて、詩織が数匹取れたら自分のポイをわざと破けるようにと思っていた。
しかし、その考えは浅はかであったことを思い知らされる。
次の瞬間、詩織がよしっと気合を入れた途端、まるで千手観音のような手さばきで、金魚をどんどんと器の中に入れていくのだ。
そのとんでもない光景を目の当たりにして一輝は手を抜いている場合ではないと気づく。
真剣勝負で負けるわけにはいかないと一輝も鬼気迫る勢いで金魚を掬っていく。
結果は詩織の圧勝で、店の店主もここまで上手い人は見たことないと脱帽しているようだった。
「まさかここまで金魚掬いが得意だったとは……。」
本気でやった結果惨敗を喫した一輝は、苦笑いをしながら、氷水で冷やされた冷たいソーダ瓶を二つ買う。
ビー玉をポンッと中に入れる音だけでもどこか涼しい様な気持ちになる。
二人でゴクッゴクッと喉に流し込み、真夏の暑さと人混みの疲れを吹き飛ばす。
次はどの屋台を回ろうかと話し合いをしていた時、会場全体にアナウンスが響き渡る。
『まもなく、打ち上げ花火を開始いたします。』
もうこんな時間かと、一輝はスマホを開き時間を確認すると、すでに開始五分前となっていた。
時間があっという間に過ぎ去るほど、二人は祭りに夢中になっていた。
二人は花火が見えるように、前回も訪れた境内の外れに向かう。
やはりと言うべきか、そこには二人以外の気配はなく、虫の鳴き声が多重奏を奏でている。
二人は腰を掛けてあと数分で始まる打ち上げ花火を見るべく、光輝く星たちが煌めく空を眺めている。
「また(・・)君と来れてよかった。」
静寂を突き破り発した言葉は、以外にもシンプルなものだった。
「そうだな、俺も詩織とまた来れてよかったよ。」
一輝も詩織の発言に同意して、感謝の意を伝える。
そして間もなく花火が打ちあがる。
ドンッドンッと鈍く響く音が伝わると同時に、赤、青、黄色、沢山の鮮やかな色が夜空のキャンバスに刹那の絵画を残し、人々の記憶に鮮烈に刻み込まれる。
ふと詩織の横顔を覗くと、どこか遠くを見つめ、やっと追い求めていたものが見つかったかのような、哀愁すら漂う顔をしていた。
その表情の真意を測ることはできないが、一輝は詩織を元気付けたいと思い、ある約束をする。
「来年も再来年もその先も、二人でこの景色を見に行こう。」
一輝のセリフに詩織はフッと優しい笑顔を見せる。
「そうだね、今度は(・)ず~っと一緒だよ!!」
そう言った詩織の笑顔は夜空に輝くキャンバスよりも何十倍も綺麗で、一輝の鼓動はまるで花火の様に激しく鳴り響いていた。




