7 弱いものに優しい?
「わ、わたしはそんなこと!酷いわ。そうやって、わたしがやってもいないことを言うなんて」
リリーは一気に泣き喚きながら、わたしが突き飛ばされるのは自分のせいではないと言い始めた。
クルトに対して梯子を外してきたわよ。
さて、クルトはどうするのかしら?
愛する可愛い女性を守るナイトを続けるかしら?
私は、そうなのね、と頷きながらクルトを見つめる。
「あら?クルト様!どちらですの?リリー様はわたしはそんなこと望んでないと言っておられるけど?」
小首を傾げ、指を顎に添える小悪魔ポーズもつけてみる。
キャサリンは可愛い顔立ちなのだ。
その顔で、勝ち気にせず可愛く演じたらそれだけで周囲も落ちるわ。
事実、みんなの嫌悪の目がクルトに注がれている。
「リリーがそんなこと...思うわけがない」
「では、あなたの独断と偏見で、あなたが一人わたしを突き飛ばしたくてやった。それでよろしくて?」
クルトはぐっと言葉に詰まる。
「どちらですの?わたしはあなたに突き飛ばされて怪我をした。多くの証言者はおられる。それはリリーさんがそうしたら喜んでくれると思ったからなの?それとも女性を嗜虐的に痛めつける思考の持ち主でいらっしゃるの?」
「う...ただ、リリーが受けた痛みを...同じように味あわせたくて」
「そうしたら、リリー様が喜んでくれると?」
「勘違いだったようだ。すまない。」
クルトは悔しそうに唇を噛み締める。
「もう一つ訂正ですわ。アーサー様、リリー様が受けた痛みはわたしが関与したものでしたっけ?」
「いや、実は今日ずっとリリーの動きを見ていた。みんなの元に走っては、なぜか必ず男性の前で転ぶ姿をだ。全部で本日8回。わざとではないかと疑ってしまい、思わず身を引いてしまった。」
8回!!
周囲も、それは絶対疑うまでもなくわざとだろうという空気が流れる。
「ひ、ひどい!わたしはただのドジっ子なのに」
肩を震わせてリリーが叫ぶ。
「そうですわね。アーサー様、まるでリリー様がわざと転んでいるような言い方をしたら誤解を招きます。ここで伝えるのは、廊下は走るところではないことと、転ばないように前を見て歩くことの説明でしてよ。」
わたしは再びクルトを見る。
「で?リリー様が廊下を走りすぎてドジっ子で受けた痛みをなぜ、わたしは受けたのでしょうか?」
◇
「キャサリン、君は...その容赦というものがないのか?」
アーサーから抱き抱えられ、苦々しい顔で保健室のベッドの上。
あら?これもお約束...でしたわよね。
「あら?弱いものには優しい宰相の息子...でしたわよね?」
「あいつどうしてしまったんだろう?あんなやつじゃなかったのに」
「さあねぇ?今に始まった事なのか?前からそうなのか?あなたのそのセリフはクルト様の彼女が一番思っていらっしゃるかもしれませんけどね」
髪は引っ張られて、何本か抜け落ちたし、吹っ飛ばされた時に完全に足首は腫れた。
リリーの会話には、クルトの彼女のことが出てきたから、かつては優しかったのだとしたら相当ショックだろう。
「予想はしていたのですけど、なかなか防御出来ないものですわ。予想すらしてなければ、いつもキャサリン様は怖かったでしょうね」
腫れた脚は変な方向に捻ったようだ。
「こういうのを一発で治す方法はないかしらね?」
「冷やして、しばらくは固定だな」
アーサーは、わたしが怪我したことで慌てて他の教員を呼びに行った保健室の先生の代わりに、氷嚢を持ってきた。
「あら?意外と堅実な治療法ですわね。ふふっ。まさか、あなたが私を保健室に連れていって治療してくださるとは思いませんでした。」
「君は、俺を何だと思っている?」
わたしはうーんと考えてみる。
「性格は短絡的ですけど、修正もあっさり効く王子?で、浮気グセを持った関わりたくもない男性?でしょうか。ですが、先ほどの貴方が言われた婚約破棄のことをわたしも少し考えましてよ」
「先ほどのこと?」
「キャサリンの記憶がないことですわ。彼女が目覚めた時に、婚約破棄しておいてくれればよかったのにと言われそうですし、私も早く婚約破棄したいのですけどね。わたしとあなたの会話の記憶が何も残らず、キャサリンが戻ってきたら気の毒です。ちゃんと、お別れは、キャサリンと貴方の口からした方がいいと思います」
「じゃ、じゃあ、婚約解消は!」
「ああ、そこは決定!絶対、浮気する男は次もやると、彼女宛のメモに残していますから、安心してください。もちろん、リリー様と真実の愛を深めていただいてもかまいません。散々真実の愛に巻き込まれたキャサリンは、どちらにしても納得して別れると思いますわ。浮気の邪魔はしませんと王子の背中に張り紙を貼っておきましょうか?」
「自分の背中じゃないのか!」
「何で私が、そんな恥ずかしいことを?あなたの邪魔をするものはいませんわと書いてあげるのはあなたのためなのですから、背中に貼られるのは、あなたに決まってます」
わたしは、アーサーから預かった氷嚢を少し離して、腫れた部分を触ってみる。
「困ったわ。どうせなら、手を当てただけで傷が治る!みたいなのがあればいいのに」
「ははっ!そんなの聖女だけだ。しかも、100年に一度しか誕生しないと言われている。この世には神殿に高齢の聖女がいるが、本当に力があるのかどうか?長く表に顔は出さない。本当にいるのかすら怪しいと言う話だ」
聖女......あら?
「そのパターンだったら、リリー様が聖女のパターンじゃないかしら?」
「何?」
アーサーの行動が止まる。
頭の中で、そんな話がたくさん出てくる気がする。
あっ、でも、心優しきヒロインが聖女ってパターンも。
そう思えば、悪役令嬢が聖女になることはないわね。
「あら?そんなに聖女が現れるのは大変なことなの?」
「当たり前だ。伝説レベルの話だからな。」
「なるほどね。こうやって傷に手を当てたら...聖女なら治すんでしょうね」
わたしは腫れた脚に手を当てて、
「えいっ!治れ!」
そして笑う予定だった。
だが───
その瞬間、激しい光線と、強く引き込まれる引力。
「何!!!うわっ!」
「キャサリン!!」
その激しい光と手から放たれる力強い風圧。
その下にあったわたしの腫れた脚は、何事もなかったかのように元通りになったのだった。




