31 召喚のタイミング
クルデラとの第一戦が終わり──
目は覆われているし、喉は痛いし、女性の世話係を作れと言う要望も通らないし......
いや、一応、要望は叶えようとしているみたいだけど、思った以上に、私もクルデラも痛手を負っていて、周りにそれを知られたくない感じだわ。
うーん、身体中ベタベタして気持ち悪いし、喉乾いた、お腹すいた......そのなのに、今のクルデラが信用できるか判断できない。
「頼むから、食べて飲んで寝てくれ。治るものも治らない。俺は自分の中の初代聖女を抑え込むのが今は精一杯なんだ。頼む」
そうクルデラから懇願されるけど......
こんな状況に追い込んだのはクルデラだからね。
ただ、口調も前とは違うし......
信じるべきか、それとも私が弱ったところでズドンと狙われるのか?
マグナカルタ家に帰ろうか?
いや、この喉の痛みを考えると、首には絞められた跡が残っているのだろうし、目も塞がれてて、視力がどうなっているのかわからない今、迂闊にあの二人を刺激したくはない。
「私....目...みえない...の?」
「正直わからない。激しい光を放っていたから、しばらくは刺激を与えたくない。君は聖女だから、まだ完全ではないとはいえ治すことはできると思う。ただ、魔力が暴発した後だ。普通は、しばらく魔力に触れたり使ったりしない方がいい。」
頷いた。
ここまでは、今までのクルデラとは違う気がする。
血の通っているような、あの初代聖女に陶酔していた時とは違う気がした。
「あんたの...被害...みせて」
クルデラの顔や髪をペタペタ触ると、手で誘導され、片方の目に眼帯をしてあることを確認する。
「これを外すと初代聖女の考えに支配されるから、外せない」
そう語るクルデラの声に、まだこの目の下に私をこんな目にあわせた初代聖女の思考が残っている。
そう怒りが沸々と湧き、私は決断した。
「食べる。残りの初代、ぶっ潰すから」
そうクルデラに伝える。
そこからは早い。
「食い過ぎじゃないか?腹痛くなるぞ?」
そうクルデラが声をかけるほど、一心不乱にごくごく飲み、パンをつかみ食べ始める。
喉の痛みは多少あったが、むしろ食べて飲み込む方が、楽になるような、砂漠に水が溢れるような回復を感じていく。
「あら.....美味しいわ」
声の掠れは、毒を警戒して水を飲まなかったことも理由みたいだ。
「あとサラダとか、肉とか、魚、スープ...果物も準備したが?」
今までのクルデラの声なのに、なんていうか?感情がある。
動揺、困惑...そんな感情だ。
「あなた、マメ男ね。だから、初代聖女にいいように扱われるのよ。とりあえず全部食べるわ。まずは肉ね。切ってフォークに刺してちょうだい」
クルデラは、何も言い返さない。
一口大に肉を切る音がする。
肉はとろけるような食感で、肉汁溢れ、バランスよくサシが入った肉だ。牛肉に似ている。
「何の肉?」
「魔物肉だ。誰かさんが魔力をぶっ放してくれたおかげで、周辺に魔物が増えてる。ただでさえ最近瘴気が増えてきていたのに、魔法でやっつけた後は更に瘴気も出るし、君は広範囲の浄化がまだできない。本当に頭が痛い」
あまりな食いっぷりに怒りが湧いてきたのだろうか?
君だって、俺をいいように使っているだろう?
無言だったのに、段々クルデラもブツブツ言いかえしはじめる。
私のはあんたの浄化に一役買ったあとの必要な権利だ。
なんか言ってる。無視無視!
そんなことより、よく聞く食材が出てきたわよ。
へえ、これが魔物肉。
「魔毒は?小説とかだと毒を抜かないと食べられないって聞くけど?」
「よくご存知で.....毒のある部位を食べなければいい。これは、内臓に毒を含むから、内臓は食べてはダメだ」
「ふーん、フグみたいなものかしら?私の世界にも、そんな魚がいたのよ」
ものの30分で食べ終わる。
その後はうとうと......
だめだわ。食って寝たら、魔物牛?になる。
「キャサリン...君の本当の名前はなんて言う?」
うつらうつらしている横で、私の口の周りを布らしきもので拭い、布団をかけるクルデラの声がする。
「何でそんなことを聞くの?」
名前か......もう私の名前が呼ばれなくなって久しい。
かつて、結婚しようと思った男に名前を呼ばれた記憶が蘇る。
「初代聖女と同じ名前は避けたいからだ。少しでも、頭や体に呼び起こすものを作らないようにしたい。とりあえず目を塞いで、彼女の思考を止めたが刺激は与えたくない」
「あらあら、長く愛していた女なのに見切りをつけるのは早くないかしら?」
「長く愛していると思っていた女の間違いだ。おそらく、魅了されただけじゃなくて、体に彼女の一部を入れて、力も引き継いだせいで思考も支配されていた」
「それはお気の毒様。でも、悪いけど、私の前の名前は、前の世界に捨てたの。
その名前を呼ぶ声に嫌な記憶しかないのよ。
私はキャサリンよ。この世界で生きていくと決めた名前だわ。それでも困るなら、あなたが自由に呼びたいように呼んで」
あの男は今頃どうしているのかしら。
私を歩道橋から突き落としたあと、何事もなかった顔であの女と笑っているのかもしれない。
……まあ、キャサリンがやっつけてるはずだから、どうでもいいんだけど。
「そうか......まあ、俺も今でも初代聖女に名前を呼ばれて嬉しかった記憶や声が頭に残っている。多分、この感情は支配されたものじゃなくて、本当の記憶だ。
自分の名前を呼んでもらうときにあの喜びを上回る声があるのかは...わからない。」
どう言おうか迷ったようにクルデラは、ぽつりと話した。
どうやら、私が過去の名前の記憶を私が恥じていると思ったらしい。
でも、その話を聞くと初代聖女はクルデラの初恋だったのだ。すべてが憎しみで彩られた私とは違う。
「いいのよ。あのね、支配されたとばっちりを周囲に撒き散らさないなら大切な思い出なんでしょ。それは大事にしたらいいの。誰に迷惑をかけるわけじゃないんだから。」
「そ...うか。その君も...」
クルデラなりに必死に私を理解しようとしているらしい。
「この世界で、キャサリンは婚約者だったアーサーから真実の愛のせいで婚約破棄を言い渡されて、その取り巻きから学園の階段から落とされた。あれは事故だったけどね。あっちの私も一緒。」
「そう......なのか。召喚されたわけだから、同時刻に同じような状況に陥ったものが、召喚されやすいとは思うが」
「結婚しようと思った男と同じところで仕事をして、男の手柄になるように必死で働いていたの。でも、その手柄をあげて、結婚できると思ったら彼にはすでに別の女がいた。
振られた挙句、私は怒って彼とけんかになり揉み合った。そこは歩道橋っていうんだけど、揉み合った結果、私は突き落とされた。」
「突き落とされた......」
クルデラが言葉をなくしている。
「そうなの。キャサリンが受けた状況とほぼ一緒。でも、キャサリンのように事故じゃない。私はその男が私の体を押した瞬間を、その押された感覚を、私の名前を呼んだ声を覚えているわ。
もう夢は見ないし、一人で生きていく。ハーレムも、恋人も不要よ」
クルデラがどんな表情をしているかわからないけど、ここまで言えば、こんなハーレムは意味がないし、学園の男たちを支配したのも、身を守るためだとわかってくれるだろう。
私は、そのまま、眠りにつく。
「なるほどな......やっと、君の行動がわかった気がするよ」
そう呟くクルデラの声が遠くで聞こえていた。




