30 【サイド】クルデラ③
「お風呂と身の回りはリリー様に頼んでみようと思っているのですが、周囲の男性が抵抗してまして......鎖を発動させれば連れて来れますがどうしましょうか?」
丁寧に、キャサリンを立ててみる。
だが──
「当然.....ね...学園.....来れない...ほど...痛手...おわした場所..
」
息絶え絶えで話をするのを要約すると
「明らかにあんたに怪我させられて、介護が必要って何があったと不安なのに、更に、この私が弱っているような場所にリリーを連れていくなんて危険すぎるとみんな思うに決まってるでしょ!」
だな。はい。ごもっとも....
「でも、首絞めたのはたしかに操られた俺だが、今の俺も、初代聖女を自分がどれだけコントロールできるかわからない。外部で魔力がある人間を入れたくないんだよな」
そういうと、キャサリンはびくっと体を震わせる。
「あ...んた...目...覚めた?」
「半分ね.....だから、ご飯とお水は飲んでほしいんだけど」
毒を盛られても浄化できない今、ハンガーストライキをされて24時間が経つ。
トイレは、場所まで促して、ドアを閉めているが...
せめて浄化魔法が使えたら、トイレも風呂も不要だが、今これだけ魔力暴走したあとに、魔力を流すのは避けたい。
「毒いれたら......呪い殺す」
「だから、リリー様を連れてきて毒味と世話係にしたかったのに」
「殺され...たい...の?」
「このまま何も口に入れないなら、こっちも口移しにしてでも入れるよ?力勝負で勝てるわけないだろ?頼むから、飲み物だけでも飲んでくれ」
「そのとき..は...おまえの...舌を...」
「噛み切るんだな、言わなくていい」
キャサリンから魔力を出してるわけでもないのに、怒りを放出されてたじろぐ。
男たちを支配下において、他の聖女みたいにハーレムを作るのかと思ったら、自由にさせているし、かつての敵と支配下の男との間を取り持ったり......
なんのために男たちを支配下に置いたんだ?
わけがわからない。
◆◆◆
「聖女様......あの....ラファエル様から聞いたのですが...」
俺は聖女様の髪をとかしながら、思い切って声をかけた。
自分から聖女様に声をかけるなんて絶対してはいけないことだ。
だが、本当に聖女様は俺が魔術師団長まで上り詰めて、聖女様と一緒に賢者の石の製法を守ることを望んでいるのだろうか?
俺は、他の神官や魔術師と違い、聖女様を慰める男たちのポジションにいたことすらない。
「なんで、自分が選ばれたか?不思議かしら」
鈴の音が頭の中に響く。
「はい」
「それは、あなたが、今まで私になびかなかったせいよ」
鏡越しに妖艶な唇の端が上がるのをみてドキッとする。
「そんな!私は貴方様に拾われ、貴方様のために生きたいと、この命も捧げております。聖女様は私の全てです。貴方が望むことは全て叶えて差し上げたい。私が魔術師になることを望まれるのであればなりますし、トップまで駆け上がれと言われるなら駆け上がります」
そう一気に言うと、ハッとして真っ赤になる。
聖女様から聞かれてもないことを一方的に......
「あなたが私を誰よりも大切に私を愛してくれていることは知っているわ。だって、あなたと私は体の関係もない。私の世話をしても、私の全てを知っていても、男たちと争うこともなくただ、私を慕い、私のために生きている」
「それは、私の身分であれば当然のことです」
「違うわ。身分のせいじゃなくてよ。かつて、私も一人の男のために、貴方のように生きた」
聖女様は、俺の頬をすーっと撫でた。
瞬間、体の力が抜けそうになる。
聖女様は、俺をみてうっとりと微笑んだ。
「何も見返りを求めない愛、そんな愛を私に注いでくれたのは貴方だけ。かつて、私があの人に注いだ愛と一緒ね。」
「み、見返りだなんて...みんなそんな大それたものは求めておりません」
「ふふっ、求めているのよ。みんな私からの寵愛が欲しい、体が欲しいってね。貴方は違うの。そんなものはなくていいのよ。ただ、わたしのために、わたしが快適に過ごせるように、私の希望が叶うように......それが私が貴方をそばに置いている理由よ」
そう言って聖女様は目を伏せた。
「ねえ、クルデラ、あなたは賢者の石のことを聞いたのよね。」
「はい」
そう返事をすると満足げに聖女様は頷いた。
「ずっと一人は疲れてしまったの。私と共に、賢者の石を守り、私と共に生きてくれないかしら?」
そう言ってじっと、鏡越しではなく俺を見つめた。
今まで長い間聖女様と過ごしてきて、俺を真正面からみてくださったことはない。
俺が見つめるだけだ。
この視線から、俺は逃げられない。
逃げる?どうして逃げる必要がある。
初めて自分が必要とされた。
誰にも必要とされたこともないのに、親でさえいらないと言った俺を拾い、育て、力をつけさせてくださった。
初めて自分を望んでくださったのが聖女様なら、俺は聖女様に囚われたい。
「御意。全ては聖女様の御心のままに」
「嬉しいわ。ね、これは約束よ。その代わり、他の人が羨む全てをお前に与えるわ」
俺は、その後の記憶がぼんやりしている。
気がついた時には、聖女様に抱き寄せられ体を重ねていた。
逃げようとは思わなかった。
逃げる理由もなかった。
ただ、求められるがままに......
恥ずかしいことだが、一般的に言う関係を持つ行為とは異なり、一方的に俺の意思とは無関係に進んでいた。
それでも、幸せだった。
そしてその証に俺の胸には聖女様の力の一部が移動される。
「私のアザは聖女の力の一部なの。これをお前に授けるわね。残りは、お前が賢者の石の全てを知る時に与えるわ」
「ありがとう......ございます。」
俺は、今まで手に入らなかった夢を手に入れたことに、ぼんやりとした幸福感を感じていた。
そのあざが、初代聖女が俺を支配するための誓約なのだと気づくのは、キャサリンから激しい解呪を喰らう何百年か先──
いや、誓約だけではない。
おそらく体を許した時、俺は初めて他のものが得られない聖女様からの特別を得たと優越感と幸福感を感じた。
その時、魅了されてしまったのだ。
ラファエル魔術師団長は、強い魔力を持つからそれを跳ね除けながら初代聖女に抗えそうな魔術師を探していたのだろう。
だが、俺は飲み込まれてしまった。
いや、最初から跳ね除けなければならない理由がなかった。
初代聖女から生きる苦しみから解放して欲しいと......
お前は私を心から愛しているのよね。
それなら、私の心臓を材料にした賢者の石を作り、私をあなたの中に私を取り込んでちょうだい。
共にいられるわよ。
そんな突拍子もない命令された時ですら、もう、抵抗はなく受け入れられていた。
あの時にはすでに囚われていたのだろう。
俺と共に生きたいというのは、まさに言葉の通り、俺の体の中で、俺を支配して生きたいということだった。
俺の中の初代聖女が求めるように、代わりの聖女を召喚し続けた。
神殿でハーレムをつくるしか喜びがない聖女を眺め、俺の中にある初代聖女が満足しているのを感じて納得していた。
俺の左胸に残る矢のあざが、彼女から俺にしか与えられねいない初代聖女の残滓であることが喜びだった。
だが──
破られた。
賢者の石はおそらく壊れて、俺の心臓が動き始めている。
なんで?
なんで解けた?
おそらくだが.....
「愛する人の心臓」
俺は愛だと思っていたが、愛ではなかったのだと、キャサリンの行動を見て気づき始めた。
愛ではなく、歪みであり、依存──
俺と初代聖女は同一ではない。
共になど生きてない。
そのはずだ。
俺は初代聖女の思念に操られていただけだ。
「生きるって言うのはこういうことよ」
苦しくて息を吸いたくて、それでも目的のために諦めないキャサリンの目が頭をよぎる。
こんなに長く生きて、そこにある生きる苦しみも、記憶すら皆無。
感情はあるようでない。
凪のような気持ちのなかで、ただ初代聖女様の喜びのために動く器と化していた自分は、生きていなかったことに気づいたのだった。




