25 テンプレの裏事情
数日後──
「あれ?キャサリン?なんか目がすわってない?」
トーマスといちゃいちゃ仲良く話をしているリリーの前で、わたしは──
ドカン!!
目の前の机がみるみる間に白く霜がつき、凍ったと思った瞬間砕かれる。
マイナス200度の世界だ。
「キャ...キャサリン??怖すぎなんだけど?私なんかした?それともトーマス??好きなキャラといちゃいちゃして良いって言ってたじゃん。それとも、もしかしてキャサリンもツンデレで、トーマス推し?」
「んなわけないでしょ。目の前でみるだけでも相変わらず張り倒したくなるわよ」
わたしはトーマスを睨みつけると、びくっとして姿勢を正す。
「リリー、あんたこの世界、18禁だってこと言わずに騙してたわね!何よ、魔力が昂ったら、ヤルのが定石って?」
それを聞いて、トーマスは顔を真っ赤にして、目を見開いている。
リリーは、えーっ?と困ったように首を傾げて、ニンマリ笑った。
「やだ!キャサリン、そのぐらいでR18になるわけないじゃん。だって、いやんな所は、良い感じに隠したり、匂わせて、ゲームしながら想像するのがいいんじゃないの。
でも、絶対やってるってのはわかるわけよ。その段階は、R15だよ。棺にR18ゲームを一緒にいれてもらうわけにはいかないしね」
リリーはそういいながら、トーマスの胸板に指でいじいじドリルする。
「例えば、きっと立派な胸板なんだろうなって想像するだけだよ。うまくいけばスチルで見ることもあるかな。でも、こうやって触れることができるのはご褒美かなって」
そうリリーはトーマスを見つめる。
トーマスも、真っ赤になりながら見つめ直す。
なんだ?
いつのまにかえらい雰囲気が違うじゃないの?
「リリー!あんたアーサー狙いだったんでしょ?トーマス?お前はアーサーとリリーの仲を私が邪魔するのが、許せなかったんでしょ。自分が成り変わるのはいいわけ?」
わたしは、見えない鎖を引っ張り上げてやろうかという気になるが、リリーが闘病で恋愛すらできなくて、ゲームで疑似恋愛を楽しんでいたと知っている手前、じとっと睨みつけるだけで終わる。
「それはね、違うんだよ」
リリーは言いにくそうにした。
「私は、ここが自分に与えられたご褒美で、キャサリンとか、他の人のことは考えなくても都合よく自分の希望する男性と恋愛ができる夢なんだと思っていたんだよね。でも、この世界のここはリアルで、私たちは召喚させられて、更に転生させられてるわけよ」
何となく言いたいことはわかる。
ゲームの世界でストーリーのある世界だったけど、それはこっちの都合だ。
リアルに生きている人たちがいて、ゲームには現れなかった人たちもたくさんここで生きている。
「ええ、確かにね」
クルデラとの会話にもそういった話をした記憶もあり、わたしは納得して頷いた。
「でもさ、アーサーには本当はキャサリンさんがいて、クルトにはアンジェリカさんがいたでしょう。キャサリンは好きに盛ったらいいとかいうけど、ここの人間関係も考えず、みんなに悪いことしちゃったと思ってるんだ。」
リリー、マジであんたいい子だわ。
わたしは、こうも人は変わるものなのか?
いや、夢の世界なんだという思い込みって恐ろしいと実感する。
そういう点では、クルデラの狂信的な感じも、思い込みに近いものを感じてしまう。
「あのね、気を遣ってもらってるけど、アーサーと私は婚約破棄が保留なだけよ、見てもわかる通り、全くかけらにもお互いそんな感情はないわ」
私はアーサーに関心がないし、アーサーが私に持つのは罪悪感からだ。
だが、リリーは首を横に振った。
「アーサーはだめだよ。完全にキャサリンのものになることを望んでいるもの。それが好きって感情かどうかはわからないけど、キャサリンのために動きたいという気持ちはつたわってくるよ。クルトも実はアンジェリカさんのことを、まだ密かに思ってるんだよね」
リリーは、過去の行動を含めて、肩を落として明らかに落ち込んでいる。
かつての、勘違いヒロインの姿はそこにはない。
「で...残ったトーマス?あっ、トーマスの友人も最近新たな犬として加入したわよ。」
キャサリンが害したトーマスの友人たちを、私が聖女の力とマグナカルタ家の金の力で元に戻した後の話だが......
実は、すっかり私にべったりになってしまった。
私が転生聖女だって話は、クルデラの差し金で国王がすでに国内に発表している。
「未来の希望もなく、朽ち果てるしかなかった俺たちを救ってくれたのはあなたです」
「お役に立ちたいです」
助けたキャサリンの元被害者が、わらわらと取り巻きとして増えている。
「トーマスを余りものみたいに言わないでよ。トーマスは、お父さんの影響で、ずっと武道一筋で婚約者や恋人はいないから、略奪じゃないんだよね。それに、私をずっと支えてくれていたしね」
頬を赤らめるリリーを見て、トーマスも嬉しそうな顔をしている。
「はぁ、くそトーマスの悲しみに暮れる顔がみたいんですけど......」
わたしは、冷たい目をトーマスに向ける。
「その...今更だけど、本当に...」
そう言いかけるトーマスに
「許さないわ。ずっと許さないから、リリーが私の邪魔をしないように、ずっといちゃこらしてたらいいわ。謝るのも許さないわよ。」
間違えても、お前は祝福しない。
そう念押しする。
ただ、10代のリリーが闘病の末にやっと掴んだ幸せを邪魔するほど、悪女じゃないわよ。
ふんっと首を二人から背けつつ、少しだけ視線の端に、幸せそうにしているトーマスとリリーをみた。
リリーだけでも幸せになったなら良かったわね。
私は、極悪令嬢に召喚されて、極悪っぽくなりきろうとしたけど、根の性格は変えられない。
リリーも悲惨かもしれないけど、私の前の人生なんて、三十手前で婚約者に裏切られて、仕事も取られて、挙げ句歩道橋から突き落とされた。
まるでどっかでみたような安っぽいテンプレみたいな人生よ。でも、もし、あっちの世界にキャサリンがいるなら、きっと派手に復讐してくれるでしょうね。
その代わりこっちの世界で起きることは責任持ってやり切るわよ。
そう思って、あっ!と思い出す。
「そうそう!リリーの恋愛話なんてどうでも良いんだった。その魔力が昂ったらやらなきゃならないのかって話と、これのことをどのくらい知ってるか聞きたかったんだけど」
わたしはおもむろにブラウスのボタンを開けて、リリーとトーマスの目の前に、胸の上にある聖印をガバッと見せる。
「だ、だめだよ!それは刺激強すぎ!」
鼻血をぶーっと吹き出すトーマスと焦ったリリーの前に見せた私の左の胸元には、綺麗なハートマークのアザが浮き上がっていた。




