23 クルデラの狂信
「帰りましてよ」
「キャサリン聖女様、おかえりなさいませ」
神官が、ずらっと一列に並ぶ。
戻る家はマグナカルタ公爵家ではなく神殿だ。
「ああ、胸がチリチリ痛い。絶対聖女イベントが私の身に降りかかっている気がする。」
わたしは顔を顰めた。
しばらく、知らないふりをしておきたい。
騙せるとは思わないけど.....
クルデラの全てを見透かしているような微笑みを思い出し、ぶるっと震えて、ゾッとする。
聖女として召喚されたことをみんなに知られた日──
「キャサリン様、別にマグナカルタ公爵家に戻られてもいいんですよ。あなたの一挙一動をわたしは全て把握しています。」
うっとりするように、クルデラからそう言われたわたしは、その一挙一動と言う言葉に反応していた。
言葉だけではない。
まるで全てを透視しているかのように、魔力探知とか、私が知らない何らかの方法で、あなたの動きもあなたの考えも全て把握していると言わんばかりだった。
(どんな、魔物や竜や魔王と対峙するより、クルデラが一番危険な気がするわ)
みんなに見えない首輪と鎖をつけたように、私はすでにこの男に鎖を巻きつけられているのかもしれない。
これ以上、私の大切なお父様やお母様に迷惑をかけるわけにはいきませんわ。
大きく息を吸い決断する。
「お父様、お母様。キャサリンだと偽り、今までお二人を騙していて申し訳ありません。私は、クルデラ宮廷魔術師団長と共に、神殿に行きますわ。
彼に、盗み見されているのではと思いながらお風呂に入るのは趣味ではありませんの」
そう伝えると、二人は苦しそうに俯いた。
だって、この二人は、キャサリンを愛しているんだもの。
「面会だけは...させてちょうだい。私はあなたを娘だと思っているわ。騙してしまった...なんて思わなくていいの。」
わたしは頷いてお母様に抱きしめられた。
必要時に面会する以外は、自ら望んでクルデラの元にいる。
自ら望んでだ。
これは、自分の意思で動くのと、クルデラの命令で動くのはだいぶ違う。
マグナカルタ家で、覗かれているかも、何かをかぎつけられているかもなんて思うぐらいなら、いっそクルデラの目の前ですっぽんぽんにでも何にでもなってやるわよ。
そこは、割り切ってわたしの体じゃないから、好きなだけ見ろだわ。
そう思って神殿に来て一年──
今のところ、このお出迎えぐらいで、大きな関わりはない。
わたしは神殿の中にある自分の部屋に向かっていた。
私が神殿を歩くと、みんなが頭を90度に下げていく。
「おかえりなさい。学園はどうですか?」
「いつもと変わらなくてよ。毎日、わたしを出迎える必要性はないわ」
神官の列が終わる頃、いつも、最後にそう声をかけるために、目の前で待っているのはクルデラだ。
そして、神殿は、聖女のために建てられた建物らしく、そこで勤めるものはすべてわたしの世話のためにいる神官たちだった。
でも、みんな男なんですけど?
見目麗しい男性が、まるでホストの来店挨拶のようにいるんだけど、年頃の女の子の世話をさせるなら女性じゃないのかしらね?
「あなたを出迎え、ここで困ることがないように手配させていただくのが私たちの仕事です。今までも、前の聖女様であるダリア様の話し相手になり、この世界の人たちが、魔物や瘴気に怯えることなく幸せに生活を送るために日々話し合っておりました」
「召喚した聖女はいい研究材料ですものね。どんな思考や行動を起こすのか興味があるってところかしら?そんな研究材料で、ダリア聖女は、ここでの生活を満足していたのかしらね」
冷たい視線をおくりながら、誰がその言葉通りに捉えるものですかと嫌味たっぷりに聞いてみる。
「少なくとも...そうね、私はここでの生活はカケラにも満足はしていないわ。だって、あなたがいるんですから。」
クルデラは、そんな私の嫌味すら鳥の囀りのように、うっとりした顔で、少し首を傾けて、考えるようなそぶりをする。
「そうですねぇ。ダリア聖女が来たばかりの頃ですか。懐かしいなあ」
遠い思い出を懐かしむように目を細めて、愛おしそうな声で笑いながらクルデラはわたしをみる。
「たしか、来た最初はやはり泣き叫んでおられましたね。当然のことです。知らない世界にやってきて、知らない人たちに囲まれるのですから......」
「あなたサイコパスね。それを笑って話せるところが極めてるわ」
やっぱり、人としての感情が欠如しまくっている。
泣き叫んでおられましたね?じゃないわよ。
あれ?でも、来たばかりの頃って、ダリア聖女...天寿を全うしたんじゃなかった?
「ダリア聖女が最初に来た時って、あなた何歳なのよ?前回の召喚はあなたではないのよね?」
以前聞いた時に、記録を読みながら久しぶりの召喚をして、一回目に間違えてリリーを召喚したのではなかったのか?
この言い方だと、まるでダリアも自分が召喚したみたいな言い方だ。、
「ああ、ダリアの召喚も私ですよ。なぜ召喚失敗したか疑問ですか?
記録には残しても、毎回聖女が出る条件は同じではないのですよ。
リリー様も言っておられましたが、現在は、こちらの世界がゲイムという話で語り継がれているとか...あちらの世界の考えや習慣の変化は、召喚条件の変化にもつながります」
「何百年ってどうやって?体は?細胞は?シワもないわね?あなたお爺さんじゃなくて?」
私は頭から足までジロジロ見つめる。
色がないと言う感覚はあったけどお爺さんとは思わなかった。
だが、ぷっとクルデラは笑い始める。
「いろんな聖女様に同じようなことを聞かれましたけど、細胞とシワを心配されたのは初めてのことです。
これは、神殿法で私にだけ認められている禁術のおかげなのですよ」
「禁術......そういえば魅了の時にも言ってたわね」
「ええ、やってはいけない術になります。私はここでずっと聖女様を絶やさないように、そして、できる限り聖女様に快適に過ごしていただけるように、自分自身の時は止まったままお守りしています。それこそ、初代聖女様がおられた時から...」
さらっと言っているけど......
「え─── 今、あなたなんて言ったの?」
こっちの時も止まったかのような驚愕の告白を、隠す様子もなく淡々と述べる姿に、一瞬思考が白く塗りつぶされたような、全身の感覚が別にあるような気持ちになる。
それと共に、その代々の聖女の一人が自分である事実に、恐怖しかない。
「時って止められるの?嘘よね?だって、どんな金持ちも身分が高い人も、時間だけは平等って言葉もあるくらいなのに......」
そんな術があるなら、世の中の皇帝たちはみんなこぞって永遠の命や若さを求めるんじゃないかしらね。
そう思うけど、クルデラは初めて苦々しげな顔をした。
「皆さん、時を止める行動がまるで良いことのように興味を持たれますけどね。この行為は、わたしの望んだものではありますが、だからといって幸せなわけではないのですよ。」
「望んだのに...幸せじゃない?ならやめたらいいのに。宮廷魔術師は沢山いるのでしょう?後進に譲らないと、ずっと居座っていたら老害って言われちゃうわよ」
わたしのその言葉に目をぱちくりさせたあと、クルデラは初めて声を出して笑い始めた。
「ははっ!老害ですか。なかなか斬新な言葉ですね。でも、そうはいかないんです。だって、初代聖女様の永遠の命と役割を、私が代わりに引き受けたのですからね」
その言葉に、わたしは自分の体から流れる嫌な汗の存在を感じていた。




