22 聖女の覚醒
「どうするのよ?これから」
生徒会室で、向こうの世界を知るリリーとわたしは頭を抱えていた。
リリーは、わたしの支配下にに置かれることを散々嫌がったが、見えない鎖をぐいぐい締め上げてやってからは、大人しくなった。
「命が惜しければ私の駒になるのね。聖女じゃない異世界人のあんたなんて、クルデラの前では異世界の研究材料でしかなくてよ。研究という拷問の後は、解体よ。」
私は最大限のドスをきかせて、リリーの首に回っている見えない鎖を締め上げると、流石にリリーも苦しさと混乱のあまりガクガク震える。
「何......それ!やっとこの....ごほっ......世界にヒロインとして生まれ変われたのに...どうしてそんな目に遭うのよ?」
涙を目に浮かべながら、首に回る鎖をなんとか振り解こうとするが、クルデラの作った鎖が外れることはない。
「この世界がただ、男とイチャコラするヒロインを求めてないからに決まってるじゃありませんの。
でも、わたしの支配下にいるなら、欲しい犬と盛ってればいいですわ。わたしには、彼らは駒でしかないもの」
リリーの記憶は、何もこの世界のことがわからない私に取って、唯一の参考書だ。
私とリリーのそんな言い争いから、もう一年が経とうとしていた。
「分かったことは、ここにいる犬たちは、貴方の普段読んでいる乙女ゲームの攻略ヒーローってことなのね」
あちらの世界で、私はその手のゲームをしたことはない。
でも、それを基本に書かれた本や漫画はよく読んでいたのでパターンは知っていたわけね。
「そうだよ。私、病室で体調がいい時は、いつも彼らに励まされてたんだ。目が覚めた時は、死んだんだなと悲しかったけど、同時に苦しさからも解放されて、天国には自分に与えられたご褒美があるんだと思ってた」
なるほどね。普通なら召喚されて、大暴れしそうなもんだけど、闘病の末に自分がこんな世界でこんな人生送りたかったなと思う主人公に抜擢されたわけか。
「前世頑張ったことへの神様からのご褒美だと思ってゲームの世界を堪能していたなら、疑問も持たずこの世界に適応するのは納得でしてよ。」
私みたいに目覚めたらキャサリンでしたというのとは、違うわけね。
むしろ──
「なのに!なのに、ゲームに存在しないあんたが現れるんだもの」
リリーは泣きながらも悔しげに私を睨みつける。
それは申し訳ないですわ。
私も少し罪悪感がある。
リリーは、闘病のご褒美に天国で夢を叶えていたと思っただけだなんて思いもしない。
「あんたなんて、アーサーの婚約者のくせに、ゲームの中では姿すら出たことないのに。ううっ....婚約者がいるんだって拒むアーサーを......自分のものにする過程が...たのしくてたまらなかったのに...」
「ええっ!私姿すら出てないの」
そっちの方が驚く。
なかなかの美少女なのに、キャサリンはゲームで姿も出されてないとは。
悪いが、リリーは平凡な女の子というビジュアル設定なんでしょうけど、キャサリンは美少女、金、魔力全て揃って、難があったのは性格だけだ。
勿体無い。
「シルエットだけだよ。アーサーや仲間たちに残虐なことを繰り返し心を痛めた男たちを私が癒しながら攻略するんじゃない。
バッドエンドですら、あなたの犬になるというエンドじゃないわよ!」
「いいじゃありませんの。犬にはするけど、恋人にするわけじゃありませんのよ。何度も言うように、好きなだけ、好きな男たちと盛ってくれていいわ。
私はとりあえず、突破口をみつけるために、今までこの世界に登場した奴をキャサリンの身近にいたやつを支配下に置いたに過ぎませんわ」
私がみんなを支配下に置いているように見えて、私たちはみんなクルデラの支配下にいる状況なのだ。
私の突破口という言葉にリリーは片眉を下げた。
「でも......これに関してはクルデラの言う通りだと思う。多分、元の世界に戻る方法はないわ。少なくとも、私は天寿を全うしたと思う。」
リリーは私に心配そうに告げる。
根は悪い子ではなかったんでしょうね。
ふん、病気で頑張った子を追い詰めるほど極悪じゃなくてよ。
「今は、従順にクルデラの訓練を受けていますわ。魔力が暴走したら、自分も他人も死んでもおかしくないわけだから。でも、帰れなかったとしてもアイツの言いなりの人生を送って、私が死んだらまた誰かが召喚される。そんなのはまっぴらゴメンですの」
わたしは、悔しさが溢れて思わず唇を噛む。
「すまない。クルデラが聖女に対して強い執着を見せていたのは知っていたんだ。」
アーサーやクルトは、学園にいる間、学園内での私の記憶が曖昧な部分の勉強のフォローをしてくれていた。
だが、チート属性というのか?
ご都合主義?というのか──
キャサリンが今までに使った魔法や学んだこと、所作、記憶はきちんと思い出され、私の頭の中に、キャサリンが過去やってきたことも、年月が経つほど、明確に蓄積されていく。
一方で、キャサリンの思考を支配するのは完全に私になりつつあった。
わたしは元いた世界のことをはっきりと思い出している。
よって、卒業を間近に控える今、わたしの成績は学年トップだ。
あっちでは、バリキャリだった女ですもの。
こんな子供のお勉強なんて当然、さらさら出来て当たり前でしてよ。
ただ──予定外だったこともある。
どうやら、キャサリンの極悪さは、まるでホラー映画を見るかのような猟奇的な極悪さだったようなのだ。
わたしは、キャサリンを可哀想だと思い、親子の情に弱い女の子だと思っていたが、それは私のあっちの世界での記憶だった。
キャサリンは、むしろ人が窮地に陥った時にそれを楽しむ癖がある。
私は、眉を顰める。
「トーマスの仲間を再起不能にした?」
「そう、キャサリンに刃向かった者の腕を凍らせて、剣を握れない状態を長く放置させた。それを解除した時には、もう、神経をやられてて剣は握れなかった。」
「ええっ!私、クルトの急所を凍らさなかったかしら?アレはキャサリンの残虐性の残滓?」
「あれを割ってたら、前のキャサリンと一緒になってたよ」
アーサーは、ため息をつく。
「そのほかにも、冤罪で学園や貴族社会から追放したりキャサリンはやりたい放題だった。
もちろん、だからと言ってキャサリンや君に危害を与えたことは許されないことだと今はみんな、理解している」
「あら、理解されなくて結構。お子様の真実の愛なんて、所詮はおままごとでしてよ。リリーにも伝えてるけど、恋愛を楽しみたいなら今更だけど、どうぞどうぞ。」
「巻き込まれた君を放置して、それはどうもありがとうって言うと思うか?」
アーサーは、じと目でわたしを睨む。
王子は、不器用気質ね。
もっと青春楽しんだらいいのに...今しか楽しめないことがたくさん世の中にはあるのにね。
私が好きにハーレムしろって言ってるんだから楽しめばいいのに...
わたしは呆れて、ため息をつく。
「とりあえず、自分の体がやったことだと思うと後味が悪いですわ。被害にあった人たちの名誉の回復は頼むことにする。その剣が握れないって人も聖女の力で治しますわよ。
でも、どんなにキャサリンが残虐だったとしても、私はキャサリンだから彼女の味方をする。でも、彼女が間違えたことを正せる力があるんだから、そこだけは正すわ」
その後、私はクルデラに依頼して、その学生たちと面談をして、わたしは謝罪後、聖女の力で体を回復させる。
それから、お父様やお母様にも説明して、マグナカルタ公爵家の力で、名誉回復や損害賠償にも応じてもらった。
一方で、トーマスは、それを知り態度を軟化させたようだが、正直、私は、私に被害を与えたトーマスを許していない。
私が、徹底無視していて、首には見えない鎖があるので、トーマスも距離を詰めてこられない。
それでいい。
「それに、正直、クルデラ対策で目一杯だわ」
まさに、クルデラは恍惚として主人を見る犬のように手取り足取り。
まるで、神に触れるかのごとく、恭しく触れる。
だが、いつでもその主人を食い殺せるし、従順なフリをしたヤンデレ系ヒーロー。
もし、私がゲームのヒロインなら、こいつと闇落ちか?
18禁ゲームじゃなくて良かったけど......
「ねえ、わたしふと思ったんだけどね...」
リリーが声をかけてくる。
「ヒロインの私は、本当ならそろそろ卒業が近づいて、誰かに一人絞り込むんだよね。」
リリーはモジモジと嬉しそうに私を見る。
「絞り込もうと、ハーレムだろうと、盛ろうと好きにしたらいいって言ってるじゃないの。だから、私はクルデラに一矢報いて...」
「だから...だよ。これから、街に魔物が現れる。それを本当はヒロインと狙いの男性で、倒していくの。これから何かイベントが起こるんじゃないかな?」
リリーは楽しそうに言うが──その攻略対象の男の一部が目の前にいるんだけど?
みんな、リリーの絞りこみ、もしくは何らかのイベントに巻き込まれるのではないかと震えている。
「あんたたち、真実の愛を今発揮しないでいつ発揮するのよ?牙が抜けたリリーなんて可愛いもんじゃないの?」
へたれな男たちですこと。
魔物...かあ
「そう言えば、神官たちが魔物が増え始めたと言ってたわね。でも、私ができるのは、怪我や病気を触れて治すところまでで、みんなが思うような浄化には、目覚めてないのよね」
「魔物を倒せば倒すほど、瘴気はたまるからな。キャサリンがわざと目覚めてないフリをしてるんじゃないかと国王たちは疑っているようだ。キャサリン、気をつけて」
そうアーサーから言われて、わたしは嫌な予感でざわめいていた。
「ねえ...リリー....聞いてもいいかしら?聖女が目覚めるテンプレってどんなのよ?」
「ええーっ?どんなのかなあ?ああ、よく聖女の聖印が胸元に...とかあったような。あれってなんでかならず胸なのかなあ。あははっ!」
その言葉に、わたしは思わず顔を歪める。
間違いなく、わたしの胸にはチリチリと先ほどから何か異変を感じていた。




