21 魅了じゃない
「怒りは受け止めますよ。あなたには何の瑕疵もない。ですから、最大限、聖女として最高の環境と、願いは叶えさせていただきます。そうですねぇ...」
クルデラは、淡々と会話を続けていき、さらに爆弾発言を続けた。
「そこのトーマスという男が許せないのであれば、目の前で首を刎ねることも可能ですよ」
「はっ?」
「え?だって、先ほど魔力が溢れて、私が腕輪を嵌めなかったらそこの男は死んでましたよ。それがあなたの求めていることですよね」
トーマスの表情が、ギョッとした表情に変わる。
私が殺気を持ってトーマスに向かうのと、宮廷魔術師長のクルデラに首を刎ねましょうかと言われるのは全く恐怖感が違うらしい。
「その召喚された可能性が高いリリーという女性の魅了ですが、似ていることは認めます。しかし、我が国の禁呪が発動された形跡はありません。そして、学園を見回りましたが、王子たちを操れるほどの魔力の発見もありませんでした。ですから、魅了なのかは疑わしいんですよ」
へっ?魅了...じゃない?...
じゃあ、あれは?
「そう、ただの洗脳です。このトーマスという男は...いやそれ以外にここにいる全てのご子息は、魅了ではなく、ただ、彼女から洗脳されて動いたに過ぎない。
もちろん、年齢的にやっていいか悪いかの物事の善悪はついてますよ。」
わたしは背筋が凍るようなゾッとした感覚を覚えていた。
「魔法」じゃない。
それなのに人を従えることなんて...
ただの...洗脳?
「ね、首を刎ねたいなら、ここにいる子息の首をみんな刎ねましょう。王子もその下がいますからね。王子と聖女、どちらが大切かなんていうまでもない。」
「い、いや......まて、待ってくれ」
国王は慌てるが、クルデラの視線は冷たい
「おやぁ?マグナカルタ公爵の娘だって国のために犠牲になったのです。国王の息子が犠牲にならない理由はない。聖女には気持ちよく力を発揮していただきたいですからね」
だとしたら──
リリーはアーサーたちの心を知識で操り、洗脳してまで、自分にとって都合のいいパターンを作ろうとしていたということ?
そして、キャサリンにも問題はあったとはいえ、ちゃんと善悪の判断ができた状態で、キャサリンもわたしも酷い目にあったということよね。
ここにいる連中もリリーも最悪ですわ。
私は唇を噛み締めた
だが、アーサーは冷静にクルデラに聞いた。
「命が惜しくていうわけではないが、魅了ではないと言われることには納得がいかない。少なくとも、俺は、キャサリンに触れてもらうと、体がふっと軽くなるような、頭がスッキリした感じになって、今まで俺はどうしたんだと冷静になれた」
「俺もだよ。なんであんなに興奮していたんだろうって、冷静になれた」
クルトは、洗脳ということに納得いかないと叫ぶ。
たしかにそうね。
恨みつらみは残っているのかもしれない。
でも確かに、アーサー、クルト、トーマス、アンジェリカはみんなわたしが触れると意識がクリアになった感覚を持っていたわ。
「だって、聖女ですから」
クルデラは、当然のことのように言った。
「魅了だろうと、洗脳だろうと。本来あるべき姿に戻すだけですよ。聖女の力は、瘴気を消すほど強い力ですからね」
私は眉をひそめる。
「集団の洗脳など、難しいものではありません」
クルデラは淡々と続けた。
「舞台は学園。閉鎖的な環境です。しかも相手は、いつも顔を合わせる同じ貴族たち。そこへ、リリーという存在が現れた」
わたしは息を呑んだ。
よく、閉鎖的な空間で、催眠商法は行われる。
催眠...商法?
こんな時まで、断片的な単語が踊る。
でも、閉鎖的な狭いコミュニティの集団に、リリーが洗脳するように働きかける姿は想像できた。
「彼女は“快楽”を与えた。理解者であるという安心感をね。自分を常に絶妙なタイミングで肯定してくれる存在がいる。それは人間にとって強い万能感になります」
そして、とクルデラは指を立てる。
「一方で、キャサリン嬢は、彼らにとってストレスだ。権力を持ち、彼らより力もある。反論もできない。その状況が、短期間で何度も繰り返される。するとどうなると思いますか?」
クルデラは、わずかに笑った。
「彼らの中でリリーが正しく、キャサリンは悪い。先ほどアーサー王子が話した通りですよ。
そして最後には──キャサリンには、何をしても許される」
静かな声で結論を出す。
「ね?洗脳でしょう?」
その内容よりも、楽しげに語るクルデラの方が私にとってはよっぽどの脅威だ。
わたしは、この立場での負けを悟った。
わたしには、味方がいるわ。
同じ状況に置かれた「転生者」がね。
「彼らを全員、わたしの支配下に。そして...そうね。リリーが転生者なら、わたしには今までのわたしを理解してくれる人が必要よ。リリーも、わたしの支配下に。それがわたしの望むことだわ」
わたしは、クルデラに淡々と望むものを告げる。
私の支配下に置くと言われた男達は、お互い顔を見合わせ、どうなるのかわからない不安に震えていた。
それもそのはず──
今までの、犬にするわという軽い言葉とは違う。
宮廷魔術師団長による、絶対的な魔法誓約だ。
今までのように、キャサリンを裏切ることも逃げることもできない。
生涯、自分とキャサリンにつく首輪と鎖だ。
それは、呪縛と同じ──死の方がましと思うかもしれない。
今は言いなりになってあげましてよ。
でも、絶対思い通りの便利な聖女という道具になんてなるものですか。みてなさいよ。
「キャサリン聖女、あなたのお望みのままに」
クルデラは恭しく私に一礼をして微笑んだのだった。




