20 暴れ回る魔力
「半年前に、クルデラが召喚した人物に心当たりがあります。それが今回、俺たちが問題を起こすきっかけになったリリーという女性です」
アーサーは確信したように頷いていた。
「彼女と出会ったのは……約半年前です。今思えば、あまりにもおかしかった。俺たちが何に悩み、何を言われたいのか……すべてわかっているようだった」
私は扇子を口元に当て、小さくため息をついた。
「当然でしょうね」
わたしは、自分が断片的にパターンを思い出して、それをぶち壊すべく動いたことを思い出す。
「もし彼女がわたしと同じように異世界から来ていて、この世界の“出来事”を、わたしみたいな断片ではなく知っていたとしたら。あなた達の行動も心情もすべてお見通しですもの」
解答集を持って試験を受けているようなものだ。
欲しい言葉を、欲しい瞬間に与える。
それは小さな出来事だ。
でも、それが何度も積み重なったら?
人の心など簡単に動くわ。
アーサーも、その時のことを思い出したのだろう。
片眉を下げ、わたしに対して申し訳なさそうな顔で頷いた。
「ああ、気がつけば、俺たちはみんな、弱いリリーを守らなきゃいけないと思って集まっていた。彼女の言うことは全て、自然と心に溶けた。彼女が訴えることは、全て真実となった。
キャサリンとは、色々あった俺たちにとって……あまりにも居心地がよかったんだ」
どうやら、元のキャサリンとアーサーはかなり険悪だったらしい。お父様もお母様も否定しない。
国王は、眉間に皺を寄せているわ。
政治的な婚約で、全くお互いに想いはなかったいうことなんでしょうね。
……まあ、私には関係ないことですけれど。
私の冷めた視線に気付いたのか、アーサーも、困ったように眉を下げた。
「リリーと過ごす時間が増えるほど、当然、婚約者のキャサリンとは言い争いが増えた。キャサリンとリリーの衝突も増え始め、キャサリンと俺たちの溝も更に深く対立していった。
そして俺たちは……思ったんだ。キャサリンはやっぱり俺たちを理解してくれないって」
「……ええと、それは理解できるわけないわよね?」
魅了されたらそんなこともわからなくなるの?
婚約者がいて、のけものにして別の女性にべたべたしたら普通怒るでしょうに......
恐らく、クルトの婚約者のアンジェリカも同じような状況だったんじゃないかしら?
「リリーは、キャサリンに酷いことをされたと言っていた。実際に、言い争いもあったから、俺たちはそれも疑わなかった。気付けば、俺の本当の愛情は、俺を理解してくれるリリーにあるんだと思っていた」
「それが、真実の愛ってわけね」
わたしからしたら、自分の行動や感情が全て把握されている方が恐ろしいわよ。
それを愛情と捉えてしまうなんて、アホすぎるわ。
私は呆れたように全員を見回しため息をついた。
「彼女が転生者だとしても、魅了されたにしても、随分と都合のいいお話ですこと。それで婚約者を侮辱し、男性陣みんなで攻撃し、階段から突き落としたり暴行する理由にならなくてよ」
リリーは、パターン、もしくはこうなるとわかって先回りしていた。
でも、リリーの望みを叶えたいと思った気持ち、それは彼らの願望だ。
「全部、人のせいじゃありませんの?不仲だったせい、理解してくれなかったキャサリンのせい……本当に、情けない殿方たちですわね」
クルトもトーマスも、肩を落としたまま黙り込む。
その様子を見て、クルデラが静かに口を開いた。
「魅了とは、人の精神の弱い部分を突く術ですからね。劣等感、嫉妬、不安、愛情。人それぞれの“闇”が深いほど、影響は大きくなります。
話だけ聞くと、リリーは私の求めた聖女ではなかったが、異世界からの召喚された人物は存在して学園のコミュニティに影響を与えた可能性は高いね」
クルデラは、少し興味深そうな顔をする。
私は首を傾げた。
「へえ?」
わざとらしくトーマスを見る。
「では、私に一番被害を与えたいうことは、トーマス様は、私に対して一番強い“闇”をお持ちだったということかしら?」
その瞬間、トーマスが真っ赤に怒りを憎悪を隠そうともしない顔を上げ、睨みつける。
ああ、なるほどね。
わたしはため息をついた。
「全く反省していませんのね。もういいですわ」
扇子を閉じる。
「神門に下る前に──私が叩き潰して差し上げます。アーサー、あなたはキャサリンを更に傷つけてまで友人を守ろうとしたみたいですけど、この方にそれは伝わってなさそうでしてよ」
トーマスが一歩踏み出し、今にも掴みかかりそうな顔をしているが、それはこっちの怒りも一緒だ。
「記憶喪失も、噴水に突き落とされたことも、被害者は、すべて“私”です。あなたがリリーから魅了されたのは、あなたの責任で、キャサリンのせいでもわたしのせいでもないの。それがわからないのね」
私は、視線をアーサーに向ける。
「この意味、あなたなら理解できますわよね?」
「トーマス、やめろ。話せばわかる!この人はキャサリンじゃない!外見は同じでも中身は別人なんだ!」
だが、もう遅い。
アーサーは、わたしに社会的瑕疵をつけてまでこの男を守ろうとした。
わたしもキャサリンも、自分のこととは無関係に、トーマスに傷つけられたのだ。
体の奥でわたしの怒りに合わせ、魔力が沸騰し、腕をつたっていくのがわかる。
「なるほど」
クルデラが静かに呟いた。
袖の中から、小さな腕輪を取り出す。
「すごい魔力だ。危険なので、こちらの腕輪で吸収します」
がつっと私は圧倒的な、見えない力に引き寄せられる。
「なっ……!離して!」
クルデラが触れるのを振りほどこうとする。
だが、びくともしない。
「制御できなければ、あなたも周囲も怪我をします」
腕輪がはまる──次の瞬間。
眩い光が爆発し、広間全体が白く染まる。
「な、なんですの……?」
先ほどまでの腕をつたい暴れていた魔力が、嘘のように静まる。お母様が駆け寄り、私の肩を抱いた。
「大丈夫よ。キャサリンの体が受け止められないほどの魔力をあなたが持っているだけ」
私は光る腕輪を見つめ、それは段々落ち着いていく。
誰もが言葉を失っていた。
「リリーという女性は、魔力はやや高い学園に元々いた人物と中身だけ置き換わった可能性が高いですね。平民で学園に通うとなると、その入った体はそれなりに突出したものは持っていたのでしょう。ですが、その方はキャサリン様とは違う部分があります」
クルデラはその光る腕輪の光量を見て、クルデラは悩ましそうに、だがまさしく求めていたのはあなただという顔をした。
「この魔力量の違いです。わたしは一度目に召喚に失敗しました。それは、聖女を受け止めるための魔力が依代に足りなさすぎることです。」
えっ?
わたしは耳を疑う。
だが、このクルデラは感情が欠如している、もしくはそんなものは些細なものだという感覚が強いようだ。
「よ...依代って...キャサリンの親の前でよくも、そんなことが言えるわね。」
二人は怒りと悲しみで、震えている。
だって、一方的な召喚で、娘は私の、聖女の依代にされたのだ。
「世界を助けるために仕方がない犠牲です。
あなたは、二度目の聖女召喚をした時に現れた本当の聖女だと思います。
キャサリン様は召喚を受ける器として、その条件に選ばれた。この国で一番魔力が強く、召喚の儀を行った時に、ちょうど、意識を失ったことも抵抗なく入れ替わった理由でしょうね」
「入れ替わった...ってことは、また元に戻れるということ?」
「いいえ、そのリリーという女性もあなたも召喚条件で偶然選ばれたに過ぎない。ピンポイントで誰かと誰かを戻すなんてことはできません」
クルデラはそんなこと言わなくてもわかるでしょう?とキャサリンの両親を見た。
二人は、怒りを通り過ぎ、涙をこぼしていた。
「は?あなた、人の人生や人の思いをなんだと思っているの?突然自分の知らない世界に、知らない人間になって放り込まれる身になってみなさいよ!」
わたしは怒りでいっぱいになり、クルデラを怒鳴りつけた。




