18 シナリオ補正にやられてる
「そのプロポーズ、お断りしますわ。」
わたしは一息ついて、床に膝をつくアーサーを冷たい目で見下ろした。
「お母様、わたしの将来を案じてくださるのはわかります。でも、わたしはお父様とお母様の娘でしてよ。良縁?私と結婚できる方が良縁を掴むのであって、私が良縁を掴むのではなくてよ」
わたしはキャサリンでいる限り、中身がわたしであってもキャサリンであることを忘れるな。
戻ってこれないかもしれない。
もう死んでいるのかもしれない。
でも、私がキャサリンである以上、結婚、良縁?
そんなものを私の幸せにしてたまるもんですか。
──それに、このパターンも少しだけ覚えがあるわ。
テンプレの強制力「シナリオ補正」
テンプレを壊そうとすると、世界はなんとか元の話の筋に戻そうとする。
美しい聖女が、王子と結婚してめでたしめでたし?
まっぴらごめんだわ。
そんなテンプレぶち壊してやる!
私はアーサーの制服のネクタイをクイッと引き上げた。
「やってくれるじゃない?駄犬のくせに。
だけど、お前は二度キャサリンを傷つけた。一つ目は、永遠の愛という名で心を──そして、二度目は今日。社会的に瑕疵がある女というレッテルを貼ろうとしたのよ。」
アーサーも、私から視線を逸らさない。
どんなに、ネクタイを持つ力に手を入れても、少し苦しそうに眉を顰めてもだ。
「どんなに傷つけても、ここなら、宮廷魔導士や政治的な力を注ぎ込んで守ることができる」
わたしはその言葉に、余計に苛立っていく。
「違うわよね。私が聖女だと知って、マグナカルタ公爵家が更に力を持つこと、そして国外に聖女が流出する危険性を危機と感じたあなたの都合よ。」
そこまでいうと、私の体から力が溢れ出るのを感じた。
これは、私の魔力だ。
自分の頭の意識とは別のところで怒りが沸騰し、コントロールできない。
「何が守るですって?トーマスからあなたは私を守れなかった。それどころか、新たに嘘をついてキャサリンを傷つけようとした。誰がお前のいうことなんて信じるものですか」
わたしのネクタイを持つ手から、瞬間、冷気が迸る。
ネクタイがピキピキと音を立てて、アーサーに向かって固まっていく。
「スラッシュセパレート」
お母様がハッと慌てて、呪文をサッと唱える。
わたしとアーサーを繋ぐネクタイは、鋭い刃物で瞬時に切り裂かれ、アーサーは冷気から放たれ咳き込んだ。
お母様の手が震え、静かな声がする。
「あなた、キャサリンじゃないわね。その魔力は娘の魔力と違うわ。聖女って?あなたは自分のことをキャサリンと呼んでいるけど、一体誰なの?キャサリンじゃないの?」
ハッとする。
怒りに火がついて、思わずアーサーに怒鳴り込んでしまったけど、わたしこそ自分の口に誓約をかけておかなければならなかったわ。
お父様とお母様の顔が険しくなっている。
わたしはあなた達のことをお父様とお母様だと頭と体が覚えているのに...
でも、わたしはキャサリンじゃない。
思わず唇を噛み締めるしかなかった。
ここにいるのは、純粋にキャサリンを愛する両親と、キャサリンがいない間に、キャサリンを傷つけようとする男、そして、権力に震える子犬しかいないわ。
私には、誰もいない──
それが現実だった。
◇
「では、娘は、先日の記憶喪失の際に階段から転落していて、あなたと入れ替わった。もしくは...」
ぐっと奥歯を噛み締めるように、お母様は私を見つめた。
亡くなった...
そんなこと口に出したくないだろう。
「私は自分が死んだ記憶はありません。ですから、入れ替わったと信じています」
そういうと、小さく「そうね」とお母様も頷いた。
「あの、私の頭と体はキャサリンさんなんです。ですから、お父様...とお母様...と呼んではいけないことはわかっているのですが、二人は両親だと全く疑問に持たない自分がいます。どのように呼ばせていただけるのが良いのか...」
娘の体を乗っ取った異世界人がここにいる。
そんな人からお父様、お母様といわれたくもないだろう。
わたしはすっかり、いつもの強気な態度はどこはやら、しょげかえってしまった。
間違いなくキャサリンはこの二人に弱い。
お父様は、わたしの肩に手を置いた。
「君はキャサリンではないが、キャサリンなのだろう。娘を自分のものにしようとするこの男を怒鳴りつけ、娘の経歴を気にする私たちを笑い飛ばした。それでこそ、いつものキャサリンだ。そのままいつものように呼んでくれたらいい」
お母様も手を置いて、確信を持ったようにお父様を見つめて、頷いている。
「そうね。私たちらしくもない。キャサリンの良縁がなくなることに怯えるような私たちではないはずなのに......だって、この国で良縁がなくても、キャサリンは世界中からのオファーがある娘ですもの」
眉を下げて、私らしくないわとやや落ち込み気味のお母様。
それが、シナリオ補正ですわ。
そう、心の中でつぶやく。
「あなたが異世界から転生してきたこと、魅了を使う転生者が学園に現れたこと、そして、聖女として目覚めたこと。王と話し合って、宮廷魔術師や神殿と話し合いがいるでしょうね。」
お母様はふーっとため息をつきながら、扇子を取り出し口元を押さえた。
「婚約者として囲って仕舞えば、神殿や宮廷魔術師からの強引な束縛からは守り、国内にとどめおける。そう思ったアーサー王子の考えは間違えではないわ。
我が国に聖女が現れた。それは、この国に元からいたダリア聖女が崩御したことを意味するもの。
今頃、神殿は大騒ぎ...それをアーサー王子は知っていたんじゃなくて?」
アーサーは、膝をついたまま、私から溢れる冷気を浴び、唇から血を流した状態のまま力なく頷いた。
お父様はそれを見て腕を組んで、アーサーに告げ鼻で笑って告げた。
「国王と話し合うか。娘がこの男の息の根を止める前にね。残念だが、簡単に別の女に魅了されるような男に娘はやれないよ」




