17 後悔だらけのプロポーズ
冷えた上に、汚い水につけられた髪や体の全身を、王宮侍女に綺麗に洗浄してもらい、暖かいお湯に浸かり一息──
はぁー、色々あったわね。
転生者か。
湯船から立ち上がる湯気と香油の香りに、少し心がほぐれていく。
初めて聞いたはずの「転生者」という単語は、今はしっかり頭の中で理解された単語に変わっている。
私は他の世界から来た転生者。
死んだ記憶はないけど、入れ替わったか生まれ変わったんでしょうね。
入れ替わったとしたら......
キャサリンは私が元にいた世界で私として過ごしているのかしら?
でも、わたしが、死んだとしたら......キャサリンも...
ぶるっと震える。
「死んだとしたらキャサリンはどこに行ったのかしら?
トーマスは直接手を下していないけど、キャサリンはそれが原因で転落した。わたしは、トーマスを犬にするぐらで許されるのかしら?」
わたしは独り言を呟いた。
お父様とお母様に、本当の娘は死んでるかもしれないなんていえないわ。だって、娘をすごく愛している。
それに、わたしの頭の中は、私の意識とキャサリンの意識の残滓が混じり、私の体にはキャサリンの経験が生きている。
死んだとしても、死んでない。
キャサリンじゃないとも否定できない。
記憶に何もないのに、いろんなパターンだけは知っている。
あと、アーサー......彼とどう関わっていくべきなのか?
好きなようにさせてもらう──
わたしは、先ほどの会話を思い出し、空中を睨みつける。
「アーサーも気づいたんでしょうね。アーサーに関してだけは、被害者は私ではなくて、実はここにいないキャサリンなのよね」
アーサーがやったことは、キャサリンを蔑ろにして、真実の愛を知ったから婚約破棄してほしいと告げたことだ。
私は、その時にはここにはいない。
納得いく別れを二人にはして欲しかったし、聖女であることを隠したかったから婚約破棄をしなかったのに...
アーサーは、すでにキャサリンはいないものとして動き始めているじゃないの。
アーサーやクルトを支配する行為は、キャサリンが受けた傷の代わりの仕返し。
入れ替わった私も大概、酷い目に遭わされたので、それ相応の仕返しをして手打ちとしていた。
でも、トーマスは二人とは違う。
トーマスのやらかしは重すぎる。
半殺し並みの罪だと思っている。
でも、アーサーからすれば、リリーが現れるまでは普通に貴族の子息たちとの絆や思い出がある。
だから、キャサリンの弱点の情に脆いところを利用して、トーマスを守ったんでしょうね。
でも、わかっているのかしら?
みんなで、キャサリンを傷つけたのよ。
そして、キャサリンを裏切ったあなたは、キャサリンが不在なのをいいことに、また彼女を裏切ろうとしている。
キャサリンあんたはどうしたいの?
なんで完璧な断罪を拒むの?
私は本当に許したくない。
間接的とはいえ階段からの突き落とし、今回の衆人の前で、汚れた噴水に落とし入れる行為。
魅了だとしても、トーマスの行為を許せば、マグナカルタ公爵家が舐められてしまう。
(......マグナカルタ公爵家が舐められてはならない。)
それは、私じゃなくてキャサリンの残滓ね。
親子の情に脆く、家を大切にするキャサリンの...
それがキャサリンか.......
私にも、心配してくれる親はいるんだろうか?
私は目を閉じて、記憶を探る。
思い出したいのか出したくないのか?
それすら、私にはわからない。
◇
「キャサリン!!」
「お前、キャサリンを傷物にしやがって!!」
部屋にお父様とお母様が、怒りと共に雪崩れ込んできた。
風呂から上がり、着替えを済まし、綺麗になった目の前で、
ガツン!
お父様の拳からアーサーが吹っ飛ばされる。
あら、ナイスショット。
でも、お母様もツカツカと歩いてきたわ。
えっ?
パンっ
乾いた清々しい音が、私の頬を叩く。
わたし...お母様に殴られた?
思わず頬を覆う。
私、なにをやったの?
「あなた!アーサーと婚約破棄をするか迷ってたんじゃないの?何やってるの?多くの人に、王子と部屋で過ごす関係と思われて、風呂まで入って!取り返しがつかないでしょう」
お母様の顔は、悔しそうに歪み、怒りで震えていた。
「へっ!お母様何を言っておられるの?王宮にはこれだけ多くの人が出入りして、これだけの部屋があるのよ。王宮の部屋を使うのは何も私だけじゃないはず...よね?」
私は目がチカチカして、心臓の音が耳元でどくどくと響く。
頬はじんじんと痛い。
「キャサリン様!大丈夫?」
殴られて呆然とする私のそばで、クルトも駆け寄り、ただ一緒に震えている。
「あなた...そうなのね。記憶がないことを良いことに!」
わたしが、きょとんとしてわかっていない様子は、おそらく普段のキャサリンならわかっているはずのことなのだろう。
そして、アーサーは、わたしの記憶が怪しいことを突いて、騙したのだ。
アーサーの攻撃は、まだ続いているのだ。
私が何もわかっていない事に気づいたお母様は、指でふいっと氷の塊を作り、アーサーに向かって呪文を唱えようとするが、そこをお父様は止める。
「ダメだ。クズでも王子だ。」
「だって、あなた!」
アーサーは、殴られて口から血が流れているのを拭い、クルトはそれを見て、あっ!と口に手を当てる。
「違うんです。お風呂の時には、僕たちは席を外しています。あのままの姿で家に帰らせるのは、あまりにも......」
「あまりにも...何かしら?その姿を家のものが見ただけなのと、王宮の目のあるところで見せることの違いは何?
わざと娘のみずぼらしい姿をみせて、何かがあったのだと思わせることが狙いでしょう?」
クルトはガタガタ震える。
違うのだ。
単純にクルトはこの二人が怖かったから、その前に身なりを整えられたらいいだろうと思ったのだ。
アーサーとは婚約者のままなので、特にそれを気に留めなかったのだろう。
「何かあったと噂されれば、良縁は望めなくなる。婚約者の王子の部屋に入って、入浴までしているとなれば、クルトさんがいても誰も信用しませんよ」
ここでクルトの父が宰相というのがタチが悪い。
口裏を合わせれば、二人きりで部屋で過ごしたと思われても仕方ないってことか。
迂闊だった。
誰も心を許すことができない。
恐らく、私の頭の中に、単純に襲われるということなら、自分を守れる自信があったのだ。
でも、世間からどう見られるか?なんて、私の頭にはまったくよぎらなかった。
「アーサー、あなたはわかってやったのよね。再びリリーに魅了されたのかしら?このあと、貴方は婚約破棄をして、私を瑕疵のある女に仕立てたらリリーが喜ぶのかしら?」
わたしはアーサーを睨みつける。
私が先ほど噴水でリリーと接触して以来明らかにおかしい。
魅了ではなく、単純に浮気心に再び火がついたのかしら?
それなら消し炭にしてやるわ。
だが──
アーサーは、みんなの前で突然膝をついた。
そして、両親とわたしを見回す。
「違う。婚約破棄じゃない。どれだけお叱りを受けても、君をわたしの妻にしたい。こんな騙し討ちのようなことをしてもだ。」
へっ?破棄...じゃなくて?
私は思わず息を呑む。
どうやら、わたしは過去にも、プロポーズされた経験は...ない。
これが...プロポーズ!
「その代わり、生涯、私は、君のために尽くすことを約束しよう。犬にでも、何にでもなる。どうか、わたしを君の夫にしてほしい」
目の前のアーサーの真剣な瞳に飲み込まれそうになる。
待て待て!キャサリンの情の脆い性格に飲み込まれてはいけないわ。
私の頭の中で危険信号が点滅している。
ここで、まさかの後悔、ちがった、公開プロポーズ。
これは...想定されてないパターンだわ。
クルトも、自分がプロポーズされたみたいに真っ赤になり
「ぼ、僕!どうしたらいいのだろう」
となぜか困惑顔。
わたしは、頭の中が整理できないまま、アーサーの真意を測ろうとしていた。




