15 やられたのは私一人
「キャサリン!」
「キャサリン様!」
アーサーとクルトの悲鳴と同時に、冷たいまとわりつく汚れた水と、自分の落ちた音が聞こえてくる。
また、やられてしまったわ。トーマスは脳筋じゃなくて?
このタイプ、理屈じゃないのよ。
自分が慕っている人が快か不快か......それだけ...
噴水に落とされる。
これは確かにパターンだけど...
想定外──
完璧にリリーたちをやっつけたはずの私の視界は、突き飛ばされたことにより揺れる。
整った髪はべったり水に張り付き、独特の汚水の臭いが鼻につく。
私は目が血走る。
なんですの!これ!許されませんわ。
髪も服もびしゃ濡れじゃないの!
どうしてやろうかしら?
わたしは思わず舌打ちする。
ビジュアルを壊されるのは本当に屈辱でしてよ。
ただ──
私が公衆の面前で落ちたら、どうみても、やられたのは私になるじゃない?
自演して落とされたふりするのはリリー、あんたのテンプレなのに、これはあなたにとっても想定外じゃなくて?
はぁ。
まさか、私が今回も被害者になるとは。
チラッとリリーを視界に入れる。
やっぱり、リリーは、慌てているようだわ。
みんなの目の前でやられるのは自分じゃないといけないのに、文字通り平民のくせに貴族に暴力を振るわせたんですものね
「トーマス!私を守るために女の子に暴力を振るうなんてダメだよぉ!」
涙で首を振りながらも、リリーは指先が震えている。
それでも──
伝家の秘刀! 必殺!責任転嫁!!
だけど、トーマスは脳筋。
責任転嫁されたことすらわかってないわ。
「リリーを守るためだ。こうでもしないとキャサリンは君に何をするかわからない」
「わたしはそんなこと望んでないのにっ!」
ほらほら、わたしは関係ないアピールが始まっているのに、お前のためだと繰り返している。
やればやるほど、リリーが意図の通り、マグナカルタ公爵家の娘に二人が危害を加えた事になりましてよ。
私は、呆れたように、二人の怒鳴り合いを汚れた噴水の中から眺める。
「おい、キャサリン手を伸ばせ!大丈夫か?」
アーサーが急いで駆け寄ってくるが、来るのが遅いのよ。
私は、すわった目でアーサーを睨みつける。
「大丈夫なわけなくってよ。」
私はのろのろとそのアーサーの手を無視して、噴水から一人で立ち上がった。
服が水を含んで重い。
「リリー様、あなたが望んでいようと望んでいなかろうと、やらせたという結果に変わりはなくてよ。トーマス様自身が、あなたのために、私に暴行したと明言しているのですから」
リリーはキッと私を睨みつける。
「何を!やらせたと言う結果に変わらないなら、あなただって同罪だわ。この噴水に浮かぶ教科書やノート、あなたがしなかったらそこにいる二人にやらせたんじゃなくて?」
もはや論理が破綻している。
私がやった、もしくはやらせた根拠がない。
そこに疑問をなぜ持たないのだろう?
まるで、そんな根拠はなくても、自分がそう言えばそうなるといわんばかりだ。
チラッとわたしと一緒に沈むボロボロの教科書とノートを目にする。
これは...確かにリリー様のものですわ。
ふふっ
私は、冷え切った体に、冷え切った目でリリーを見つめる。
自作自演ね。
哀れな本たちですこと...
この裏口の噴水は、学園玄関のものと違って
苔だらけで水も濁っている。
自分で飛び込むのは嫌だったのかしら。
だから本だけ投げたのね。
私が噴水に落とされてなければ、やられているのはリリーの本だけなんでしょうけどね。
ごあいにくさま。このドロドロの汚水に落とされているのは、紛れもなくわたし。
被害者はわたし一人──
「そうですわね。私がもしやるとしたなら、こんなふうにこの教科書は噴水には投げ入れないと思いますわ。だって、あなたに一番必要な教科ですもの」
「な、なんですって!」
リリーの声が裏返る。
わたしは水に沈んでいる教科書を引き上げた。
「だって、これ道徳の教科書じゃなくて?
まさに、私に暴行を働いた、あなたとあなたのナイトに一番必要なものだわ。
あらあら、他にもぜんぶサブ教科ばかり。リリー様、主要教科も大事ですけど、人生を楽しむならサブ教科は重要でしてよ。」
「平民は教養がないっていいたいんだね!ひどいっ!」
....ふうっ、馬鹿の一つ覚えだわ。
そろそろ、パターン外の言葉をぶち壊したくってよ。
私は、リリーを見据えた。
「あら?あなたは貴族より平民の方が教養は高いといいたいのかしら?それは素敵だけど、暴行を加えた後に、教養があるのかといわれたら?」
「やったのは、トーマスよ!」
......往生際が悪い
「そうね、そして、やらせたのはリリー様。わたしは、わたしの所有の子にそんな乱暴な真似はさせなくてよ。ほら、リリー様の手を離れたクルトもおとなしい可愛い子に早替わり。」
ざぶっと、噴水から上がる。
空気が肌に触れて一気に冷え込む。
アーサーが慌てて自分のブレザーを私に掛ける。
おお、腐っても王子!やるじゃないの!
「自分の取り巻きぐらい、自分で管理なさっては?」
わたしはそう言いながら、トーマスの頬にするっと触れる。
トーマスは、ハッとしたような顔になる。
また、魅了かしら?表情が変わったわ。
だからと言って許す気もないですけど...
「何の根拠もなく、マグナカルタ公爵家の令嬢に暴行したのですもの。正式に、我が家から抗議させていただきますわ。
ああ、証言は大量にありましてよ。足掻くことなくお待ちくださいませ」
私は呆然と立ち尽くすトーマスと悔しそうに睨みつけるリリーに氷の微笑を浮かべた。
「では、ごきげんよう」
飛んだ目にあったけど、この段階でやられているのは私だけ。魅了でみんなを欺いていると嫌疑をかけられることもないだろう。
うう、靴の中も水浸しじゃないの。
擦り傷と打ち身も痛いわ。
だが、歩き出した瞬間、リリーの言葉に足を止める。
「ねえ、モブって!あんた転生者だよね!」




