13 喋るな、わんわん
「やっぱり一度、父上と母上に報告させてくれないか。」
アーサーは、責任を感じ始めているようだった。
自分が魅了にかかってしまい、私が記憶喪失になったこと。そして婚約破棄はまぬがれないが、婚約者が聖女の力を発動させたこと。
そして、魅了をかけたものから、私が陥れられる可能性があることなど自分の手に負える範疇を超えてしまったと感じたらしい。
だが──
そんな100年に一度みたいな聖女が第一王子の婚約者ともなれば......
アーサーと簡単に婚約破棄出来るのか?
逃げたとしても神殿に閉じ込められかねない。
お父様とお母様も暴れてはくださるだろうけど、国が本気を出して戦うなら血が流れる覚悟はいるでしょうね。
流石にキャサリンが目覚めた時に、その状況なのは後味が悪すぎる。
「いやよ。そうしたら、私が解呪できる聖女だってみんなにバレちゃうじゃないの。するとしたら我が家の両親にまず相談するのが一番よ。」
お母様が宮廷魔術師なら、魅了を使えるものに心当たりがある、もしくは、リリーにそれを教えたものが誰かの目処は立つかもしれない。
それに、魅了は禁忌で、私が使ったのではないかと罪に陥れられた時には、両親二人にも飛び火する可能性大だ。
「えーっ!キャサリン様って聖女なんですか!」
私とアーサーの二人の重い会話に、クルトは一人、素っ頓狂ない声をあげて、目を丸くする。
クルトは、明らかに口が軽そうですわ。
事の重大性を全く気づいてない!
ここまで空気が読めないのもある種才能。
そして、魅了を受けていなくても、聞かれたら天然でペロリと話しそう。
なんだったら、聞かれなくても、雑談のように思わず言ってしまいそう。
はぁー、ため息をつく。
「駄犬、きゃんきゃん鳴く子は嫌いよ。」
私はキッとクルトを睨みつけると、ほら見てみろ。
ヘニャンとうっとりしている。
だめだこりゃ。
面倒なことを知られてしまった。
口を凍らせてしまうしかないかしら?
ふむ。家で練習した氷魔法の実践。
わたしはおもむろに杖を出す。
私の殺気を感じたアーサーが慌てて私を押さえて叫ぶ。
「早まるな!せ、誓約魔法を使って、聖女であることを言わないようにしてしまえばいい。」
誓約魔法......なんかそんなパターンがあった気がする。
「代償」とか「強制力」という単語が頭の中をかけめぐる。
「どうするの?」
アーサーは持っている本の一つを開いた。
その章には、契約魔法のあれこれがあり、誓約魔法もその一つだった。
誓約魔法のやり方は...
「言霊...約束を違えそうになると、別の言葉に書き換えてしまう...これ?」
わたしは、杖を羽ペンに変える。
杖は、各自、自分の魔力を流し、自分しか使えないように登録してあるらしく、魔力を流すだけで、形を変える。
その羽ペンは、氷のように透き通りキラキラと虹色に光り、美しい造形だった。
「あら、わたしに相応しいペンだわ」
ふふっと微笑みつつも、意識して初めての誓約魔法を使うので緊張する。恐る恐るペンを持ちつつ、本の解説を読みながら、空中に呪文を書きうつしていく。
不思議なもので、その書いた文字は、なにかのインクをつけるわけでもないのに、立体的に煙のように文字となって現れながら、黄金に光る。
「書いた文字、見たこともないのに...読めるわ」
そして、書けば書くほど記憶の奥が揺さぶられていくようにわたしはその知っている記憶と一体化していく。
「新しい魔法も増えてはいるが、すべての基礎となるべきものは、古代魔法なんだ。これは古代文字。元のキャサリンなら、全て丸暗記していたはずだ。」
これがキャサリンの記憶か。
文字が読めて書けるようななっただけだけど、かなりの進歩ね。
「キャサリンって万能少女じゃないの?古代文字が読めて書けて、魔法も使えて、しっかり魔力もある。
あなたみたいなお子様には、キャサリンの魅力は分からなかったのね。あと10年も経てば、あなたが悔しがる姿が見えるようだわ」
私は、キラキラに光り続ける私の羽ペンをクルトに渡す。
クルトもそれを受け取り、誓約する内容を、私が書いたその下に書き記す。
「キャサリン様が聖女であることは誰にも教えない。もし、うかつに教えそうになったら...なったら、どんなお仕置きが...どう書いたらいい?」
「お馬鹿。あなたが喜ぶような罰にするわけないでしょ。そうね。言いそうになったら、わんわんって言っちゃうようにしておくわね。」
ふふっといいながら、わたしはそこに書き加える。
最初自分が書いた文字は幾何学模様にしか見えなかったものは、間違いなく私の意志を持った文字に変わる。
「クルトの文字も私の文字もしっかり読めるし、書けるわ。やっぱり魔法も慣れかもしれないわね」
私が書き終えた文字は、更に自在に動き始めた。
その一つ一つの文字が、くるくる空中に泳ぎ始め、くるくると回り始める。
「古の誓約よ。これを守り実行せよ」
そう声高らかに伝えると、黄金の文字がしゅるしゅると、そのままクルトの喉に吸収されていった。
そして、すべての文字が入ったところで
「わおぉーーん!」
そう犬の鳴き声がして終わる。
ん?これが誓約?
どこかのスーパーの電子決済みたいな懐かしい音がするんだけど。
電子決済?スマホ??はて?
また分からない記憶が...
わたしはこめかみをゆっくりほぐす。
「善は急げね。私の知ってるパターンだと、図書館に入り浸るリリーに見つかれば、私も頑張っているのに、平民は勉強しても無駄だと言われるのねと叫び出すリリーと100%の確率で出会ってしまう気がするの。
魅了のことも早く相談したいし、今日は、一旦帰るしかないわね」
私は、そーっと誰にも出会わないように裏口から帰ることにする。
こんな時にリリーたちに出会ってしまったら、武器を持たずに丸腰でやられるようなものだ。
だが──
人目につかない場所にもテンプレは存在する。
「ひどいわ!私の参考書をこんなふうにボロボロにするなんて!平民は、こんなところで勉強するなっていうのね!」
噴水の向こうから金切り声が響いた。
ああ、なぜこんな目立たないところに噴水があるのよ。
「キャサリンさまぁ、どう足掻いても、結局、同じこと言われてません?」
クルトが叫ぶリリーを見て、同情とも諦めともつかない顔で見つめてため息をつく。
そしてお約束──
噴水にはリリーの破れた水浸しの参考書が浮いており、不運にも、いや、仕組まれたようにわたしはリリーの騒ぎに巻き込まれるのだった。




