12 陥れられる理由
「これは、ぜったいみんな魅了されてるわね」
「だな」
アンジェリカが帰った後、私はため息をつきながらお茶を口に入れる。
そばにいたアーサーも、私の会話に頷いた。
聖女の力──祈れば怪我が治り、触れれば浄化。
何てわかりやすいこと。
アンジェリカ様の記憶は、わたしが触れると明確になった。
そして、クルトの首に触れた時───
クルトは、凶暴さが突然なくなり大人しくなった。
クルトは何のこと?と首を傾げていますけど...
私が聖女だと認識していないからでしょうね。
「魅了も浄化も、された本人の自覚はなし......か」
わたしは、顎に手を置いて考えてみる。
とんでもなくチートな力だわ。
聖女が特別なのもわかる気がする。
そうなると、早くみんなの魅了を解きたいところですわね。
ただ──
全員に触れて浄化させていくのは大変よね。
突然手に触れ回るなんて、怪しさ満点ですし...
「ねえ、クルト」
私は、クルトをチラッとみる。
「魅了されたものを一斉に解く方法って何かあるの?」
それがあれば、後はリリーを闇に葬ればいいだけ。
リリーに近づいて、それなりの精神的ダメージは受けているようですけど、わたしは体も心も無傷で終わっていない。
「防御は大事ですわ。私、これ以上の怪我はしたくなくてよ。リリー様がみんなを魅了しているなら、一回でみんなの魅了を解く方法にしないと...」
アーサーの時は階段から転落して記憶喪失
クルトの時は脚を捻った。
今度は穏便にいきたいものだわ。
鍛え切ったトーマスが相手だもの。
再び痛い目に遭いかねない。
だが、クルトはきょとんとして、なにキャサリン様ってば言ってるの?と言わんばかりに笑いながら言った。
「一斉どころか、魅了を解く行為自体、神殿に行って聖女様にでも頼まないと無理だよ。そもそも魅了行為が、神殿法によって禁止された行為なんだからさ。」
人を殺したあとどうやって生き返らせたらいい?って聞いているようなもんだよねぇ
そう言いながら、クルトはアーサーに同意を求める。
「あら?そこまで禁忌なの?」
わたしは、聞きながら驚いていた。
魅了されてるのもとんでもないことだけど、魅了を解いたことがバレた段階で聖女ですと言ってるようなもんで、これもとんでもないことだわ。
「だれもが人を殺せても殺さないのは、やってはいけない倫理観があるからよね。じゃあ、魅了も、できたとしてもやらないという感じ?」
アーサーも、そこからかという顔で目を丸くしているが、魔法も魔力もわからないのだ。
記憶を無くさせた張本人なんだから、フォローしろって話だわ。
「そう簡単に魅了はできない。クルトが言ったように、そもそも魅了は神殿法で禁止されているから、禁呪扱いだ。その呪文も秘匿されているし、使える人間も限られる」
「ちなみに神殿法って何かしら?」
「神殿にいる聖女や神官、それから王に許可された宮殿魔術師しかやってはいけない行為を法で決めているんだ。魅了というのは、人の心を操る魔法になるから、破れば殺人と同じぐらい重罪だ。」
それを聞いて、妙に納得できる。
アーサーみたいな単純、おバカな人が王になってごらんなさい。
心を操れば、国一つ滅ぼすことも、思い通りにすることもできる。
「ちなみにどのくらいの人たちが、そんなこと出来るの?殺人だって、私の記憶している世界の中だと毎日何件もあったわ。そんな頻度で心を操られてたら怖くないかしらね?」
そういうと、ギョッとした顔をする。
あら?この世界は殺人事件がないの?
「い、いや...こっちではそんなに殺されることはないな。それに、魅了も限られてくるよ。呪文が分かったとしても上位魔法と呼ばれる難しい魔法だ。なおかつ魅了をかける相手より自分の魔力も高くないと使えない。」
「へぇ、やり方がわかればできるものじゃないのね」
「だって人の心に巣食う訳だから、防御魔法や魔道具で弾かれたら使えないだろう。王や宰相クラスになると、宮廷魔術師がそれらを弾くアーティファクトや魔道具で守るけど、強い魔法を使えて、強い魔力を持たないと、自分に何かしら代償が返ってきてしまう」
「強い魔力の人間以外は必然的にできないのね」
魅了が集団でかかっていることがわかった時に、一番最初に疑われるのは、その集団で一番魔力が強いものになるだろう。
だが──
「あら?我が家ってもしかして魔力は強くないかしら?だって、お父様もお母様も、氷を自在に操ってたわよ」
「そうだ。我が国のトップはマグナカルタ公爵家だ。君のお父上は、いうまでもなく魔力が高く、氷属性魔法が強いが、お母上は、元は宮廷魔術師であられた。その間に生まれた君は、それはそれはすごい魔力を持ち氷を自在に操った。」
「へぇーっ。じゃあ、魅了をしようと思えばできるかもしれないのね。でも、マグナカルタ公爵家は十分権力をお持ちで実力行使もしているから、魅了する必要性がないわね。」
そういいながら、心に気持ちの悪い影が押し寄せてくる。
魅了は禁呪。
できる人間も、それを使える人間も限られて、お母様は元宮廷魔術師か。
「ねえ、集団で魅了がかかっている時に、一番最初に疑われるのは...私じゃないのかしら?」
アーサーも気づいたようだ。
誰かが私を陥れようとしている。
それは、リリーなのか?
それとも、リリーに魅了を教えた人物なのか?
あの子どこでそれを学んだのよ!
「ちなみに、アーサーとクルトは?血筋だけはいいんだから、魔力はあるんでしょう?」
「この学園では、キャサリンほどじゃないけど高いと思う」
思い沈黙が、私とアーサーの間に落ちる。
ここまでくると、ただ、真実の愛という浮気で済む話ではない。
「えーっ!なんなの?二人してこそこそと。俺はキャサリン様の犬なんだからね。ちゃんと教えてもらえなきゃ困るよ。それとも、キャサリン様は、忠誠を誓った俺より、アーサーの方がいいわけ?」
ああ、まだこの空気を読めない奴がいる。
おバカには変わりないが、あんな素敵な婚約者様と引き剥がされて、私のペットにされたクルトに少し同情してしまうわ。
もう少し魔力が強くて賢かったら、リリーを出し抜けたんでしょうに。
それがもはや、私の犬。
まあいいか。本人は喜んでいるし...
「駄犬がなに唸ってるの?二度と踏んであげないわよ?」
私は、苦笑いでクルトを睨む。
だが、その途端に嫌な感覚を覚える。
だが今の話で確信した。
「下手したら、この駄犬の躾まで、魅了扱いしていると疑われるわけね」
ため息をつく横で、アーサーは頷きながら、静かに言う。
「それだけじゃない。もし俺やクルトがリリーに魅了されていたなら、俺たちよりリリーは魔力が上ということになる」
そして。
「それが効かなかったのは───私だけ...」
私はアーサーがいう言葉に眉を上げ渋い顔をした。
それは一つの答えを出していた。
「でも、わたしはリリーよりは魔力が高いってことは、わかったわ。」
あんな子より下なんて嫌だわ。
眉間に皺を寄せ、いらいらと指をコツコツ叩く。
「だが、君は記憶をなくしてしまった。魔力は高いが、なにか攻撃をされても、それを防御する魔法が使えない。俺たちを魅了している段階で、俺たちよりも強い」
部屋の空気が、一気に冷え張り詰める。
そして、アーサーは、静かに言った。
「そう考えると聖女だから、君には魅了が効かなかったと思う方がいいだろう。
だが、それはリリーにとって予想外のことだったから、君を排除しようとしているんじゃないだろうか?」




