11 しつけ直しが必要です
学園の赤絨毯に続く階段を静かに登る私の後ろに、アーサーとクルトが私の荷物を持って歩く。
「あら?キャサリン様じゃございませんの?」
私の上から降りてきたのは、目を引く赤い髪に意志の強さを感じさせるキツい目つき。そして、お約束の縦ロール。
上品なきつすぎない香水の香りに、おおっ!胸はメロン!
パターン通りの女ね。
ふうん......これは...
誰だっけ?
ダメだ。どんなに考えても、全く思い出せない。
私は静かにカーテシーをとる。
「ごきげんよう。」
するとそれだけでどよめきが起きる。
いや、まだ挨拶だけよ。
どんなに嫌いなやつでも、社会人の基本だわ。
あら?また...社会人...何だったかしら?頭が痛む。
「だ、大丈夫ですの?キャサリン様らしくもない」
「挨拶をしたぐらいで大袈裟な。それで、あなたはどちら様?残念ながら、全く記憶にないから自己紹介していただけるかしら?」
「私は、アンジェリカ=アンバーですわ。そこの、キャサリン様に付き添っているクルト様の元婚約者ですの。」
駄犬の婚約者...
私はチラッとクルトを見ると、居心地悪そうに私のカバンを握りしめている。
あら?この気の強さなら、クルトをうまく躾けてもらえそうだったのに解消したなんて残念なこと。
さて......私に友好的でもなさそうだけど?
この鋭い目つきは?
「クルトから伺いましてよ。あなたは無事にご縁も切れたようなので、かわいいクルトは、今は私が使っておりますの。」
とりあえずは、自分のペットはちゃんと主人が守ってやらないといけませんわね。
カバンを握りしめながらもホッとした顔でクルトは私を見つめてくる。尻尾があれば、さぞかし360度振り回しただろうという感じだ。
「あら?アーサー様まで使われておられるの?リリーも大概でしたけど、キャサリン様もお好きね。」
アーサーは、あら?無表情ね。
まだ犬じゃないと自分は思っているからかしら?
でも、持っている参考書を落としそうではあるけど...
「何とでもどうぞ。どんなに出来が悪くても、面倒を見ると決めた犬たちは、責任を持って飼いますわ。二人とも躾直しは要りますけど、血筋だけは良いようですし。鍛えればしっかり働くと思いますわ。ね?」
私は視線を後ろにチラッと向ける。
アーサーは、犬と言われているが、否定もしない。
で......このアンジェリカの前情報が全く分からない。
この女は何なのかしら?
取り巻き?
モブ?
そんなかんじでもないわ。
そこそこ存在感はありそうね。
パターンとも違う気がするけど?
「ふふっ、さすがキャサリン様。わたしがライバルと認めただけありますわ。ですが、飼い犬に手を噛まれないようにお気をつけ下さいませ。アーサー様に、みんなの目の前でリリー様への真実の愛を宣言された上、ここから落とされたわけですし」
ん?
ここから...落ちた?
サッとアーサーとクルトの顔色が変わり、一斉に、視線をずらす。
こいつら、まだ何か黙っていたわね。
わたしはピシャッと扇子を閉じると、びくっと二人の体が震える。
「どうやら二匹とも躾直しですわね。アンジェリカ様、どういうことか、教えていただけて?」
◇
「階段から落とされるなんていう典型的なパターンをわたしが見落とすなんて...」
やっぱりアーサーから婚約破棄されたぐらいで、キャサリンがぶっ倒れるわけがなかったわ。
そうよね。婚約破棄と言えば、社交界のパーティーか、赤絨毯の階段と相場が決まっていてよ。
私はアンジェリカと生徒会室に入り、ゆっくりお茶を飲みながら話を聞くことにした。
アーサーとクルトに入れさせたお茶は、東洋のお茶にフルーティーなドライフルーツが刻まれて、甘い香りを漂わせる。
そして二人にサーブさせたらもちろん定位置に。
「すいません、あの状況で言い出せなくて」
「すまない。俺もだ。謝りに行ってそのままご両親のブリザードに震えて言えなかった」
二人はわたしの前に正座でしょんぼり佇んでいる。
当然ですわ。
今日はそこで座ってなさい。
「あらあら、元婚約者がこんな哀れな姿になるのは、なかなか気分が爽快でしてよ」
アンジェリカは、しばらくクルトをじっと眺めていたが、少し悲しげに見えた。
へぇ、もしかしてまだ脈アリなのかしら?
私と違い、見た目ほどアンジェリカ様は悪役令嬢ではないのかもしれない。
でも、DVは繰り返しますからね。
ちらっとアンジェリカを見る。
ナイスバディだわ。
いわゆる目つきが悪いが故に、悪役に見えてしまうけど実はいい人令嬢で可愛らしい性格っていうパターンじゃないの?
別れて正解。
あなたはメロン。
ちゃんといい人と巡り会えますとも。
「私に内緒ごとなんて100年早いことを躾け直さなければ。かわいい子犬と思っていたら、もう牙が生えているなんて思いもしませんでしたわ。」
「本当に記憶がないとは思いませんでしたわ。失礼ですけど、キャサリン様はそういったフリをしながらも、着実に自分を優位に持っていく女性でしたの。
実は、私もあの日、あの場にいたのです。大騒ぎになっておられて」
「王子がそんなに賑やかに浮気宣言をしたら、そうにもなるでしょう」
本当に、そんな大切な話、両家の親を挟んだり、二人で話をする機会なんてたくさんあるでしょうに──
アーサーもクルトもリリーのそばにいる時は、トイレすら我慢する勢いで彼女の周りで過ごしていたらしい。
「二人だけの話ならそうなんですけどね。最初のきっかけは、リリーが、あなた様から階段から突き落とされたと騒ぎ始めたところからですのよ。」
アンジェリカは、嫌な人を思い出したと言わんばかりに、クルトをチラ見して、ため息混じりに話した。
「あら?リリーも階段から落ちたの?」
わたしはアーサーに聞くと、アーサーは決まりが悪そうに
「すまない」
と呟いた。
「誰もリリーが落とされたところは見ていないんだ。階段の踊り場でリリーが座り込み、キャサリンが立っていた。そして、リリーはお前から落とされたと騒ぎ出した。
俺は、鵜呑みにして、リリーと真実の愛という名の浮気心が働き、キャサリンに、俺が愛しているのはリリーで、真実の愛を見つけたと叫んだ」
「真実の愛という名の浮気心だと自覚しているところは成長を感じましてよ」
わたしは真面目に頷くと、それを見たアンジェリカは扇子を口に当てて目を丸くしながらくすくす微笑んでいる。
「なんだか爽快ですわ。ですが、落ちたのはその後でしたわよね」
そう言いながらアンジェリカはクルトを見つめる。
「トーマスです。あいつ、アーサーとキャサリン様が言い合いを始めたのを見てイラつき始めちゃって。
リリーとの仲を邪魔して、更には害すなんて許せないって詰め寄ったんです。手は出してません。ただ、トーマスは体はしっかり鍛えているから、でかいんです。
必然的に一定の距離を取ろうと下がったキャサリン様は階段下に...」
「その後は?」
「それが不思議なのですわ。大変!と思ったはずなのに、すぐに、キャサリン様は一人で転落した不注意な方というふうに私は、思ってしまったんですの。」
アンジェリカは、どうしてそんなふうに思ったのかしらと首を傾げている。
その姿を見て、アーサーも同意する。
「そうなんだ。誰かが何かしたわけじゃない。一人で落ちたんだと...だから、誰かがどうこうではなく、大丈夫か?とみんなでキャサリンに寄って行った。」
クルトも、あの日なことを思い出したようだ。
手をポンと叩いて、そういえば...と呟いた。
「たしか、リリーが、アーサーから私たちの愛を告げられてショックを受けてしまったんだって言ったんだよ。そうしたら、みんなも、確かにキャサリンは、アーサーから振られてショックを受けたんだろうなって」
アーサーもクルトも自分で言っていて、無理があると思っているのだろう。声が震えている。
だが、わたしは隠されたことよりは、アンジェリカの言葉の方が気になっていた。
「アンジェリカ様が、わたしが不注意で落ちたから仕方ないと思われたのは、リリー様の会話の後?それとも前?」
アンジェリカは思い出そうとしたようだが、はっきりとは思い出せないようだ。
手を額に当てて、唸っている。
「申し訳ありませんわ。責めるつもりではないの。記憶がないので少しでも当時のことが知りたいのです」
私はそっと、アンジェリカの片方の手に、自分の手を添える。
そして反応を見てみる。
アンジェリカはハッと思い出すように、私に告げた。
「正確には、リリー様が、みんなに聞こえる声で、あんなに私たちに意地悪したくせに、アーサーから婚約破棄を告げられてショックだったのかしらって。ただ、アーサーは真実の愛を理解してもらおうとしただけだってのにね。そう言ってましたわ!」
アンジェリカは思い出したといわんばかりに、クルトを見てそう話し、自分自身の話を確認するように頷いている。
「そして、その言葉の後、私も、ああショックを受けて足を踏み外してしまわれたのだと何の疑問も持ちませんでした」
アンジェリカも、今、記憶がなくて困っている私を見て、申し訳なさそうな顔をする。
「そうだったのですね。ああ、でもごめんなさい。まだその時のことは、思い出せそうにないの。普段の学園の話も聞かせていただけて?」
わたしは、アンジェリカから、学園内の人間関係やリリーの周辺に群がる男たちの情報収集をする。
それと同時に、一つの確信があった。
リリーは人の意識を操る力があるのね。
でも......どうやら、私はそれを解除する力がある。
これも聖女の力??
それに、私もだがアーサーも気づき始めたようだった。




