第5話『特訓デート』
俺が剣士になって二日目の朝がきた。
昨日はシュバルって黒い無双剣のナルシスト野郎をぶっ飛ばしたところだ。
それはそうと、グレイさんが言っていた、シスナ・エリートには、メリルの紹介で明日会うことになっている。
一体どこまで強い奴なのかワクワクが止まらない。
とにかく今日はどうするかなと朝食のフランクフルトでも買いに行こうと思って、部屋から出て、宿の階段を降り、宿の外へ出た。
すると、隣に庭から剣を振る音が聞こえた。
その音はよく聞き慣れた心地よい音だ。
俺は悪いと思いつつもこっそりとその様子を覗いた。
「四九七回。四九八回。四九九回。五〇〇回。ダメだ。全然剣力が纏えない……」
その人物はどうやらミリアだったようだ。
美しい青髪は汗だくになっており、服もびしょびしょになっている。
とりあえず俺は近くにあった自販機で一本スポドリを買った。
そして、何故か落ち込んでうずくまっているミリアにスポドリを額に当てた。
「冷たっ! ってゼロか。なんだよ。ワタシの無様な剣術を笑いに来たのか……」
どうやら大分自信を失くしてヘラっているようだ。
俺はとりあえず本当のことを口にした。
「綺麗な剣だったぜ。まるで剣の理想ってこうあるべきなんだなって一切迷いのない太刀だった」
そう言ってミリアににこりと笑いかけた。
しかし、ミリアはますます表情を暗くした。
「慰めはよしてくれ、ワタシは剣力すら纏えない、ポンコツ剣士なんだ。何が英雄の娘だ。笑えるよな……」
そう自嘲しているミリアにデコピンをおみまいした。
いきなりの不意打ちにミリアはブチキレた。
「お前! いきなり何をする!」
俺はゆっくり立ち上がり、腰の【リバイバル・ソード】を抜き放った。
「やるぞ! 剣を構えろ!」
俺が試合するようにミリアに促すと、ミリアは驚いたように言い訳を始めた。
「ま、待てよ。剣力を纏えないワタシとお前じゃ格が違うだろ……」
弱腰になっているミリアに俺は叫んだ。
「うっせぇ! いいから剣を構えやがれ! それとも何か? お前の剣の道を極めたいって覚悟はそこまでだったのか!」
俺の挑発にムキになって、ミリアは剣を構えた。
「ふざけるな! ワタシに一度も勝てたことない癖に! 今すぐ分からせてやる!」
俺たちは互いに並び合い頭を下げた。
これは剣の試合が礼儀に始まり、礼儀に終わるというセーラさんの教えだ。
俺たちに剣の基礎の型を教えてくれたのはセーラさんだ。
悪漢に襲われた時の護身用として習っていたと言っていた。
その作法が終わると、俺たちは互いに剣を構え合った。
俺は容赦なく剣力を纏った。
そこで俺は自分の格が一段階上がったことに気が付いた。
どうやらグレイさんとの勝負に負けて、シュバルに何度もボコボコにされたことで、剣能の効果により、俺は一枚皮がむけたらしい。
俺は速攻でミリアに斬りかかった。
いつもの圧倒的なフィジカルのミリアがまるで子供のように見える。
俺の猛攻にミリアは防戦一方だった。
しかし、ミリアには一瞬の隙もない。
完璧に洗練された技量である。
剣力とフィジカルで圧倒しているが、それなしだと間違いなくまた負けていただろう。
俺の元の自慢のスタミナも強化されており、ミリアは防戦になる度にどんどん体力を消耗していく。
それからは何合も打ち合った。
激しい打ち合いが続いた後、ミリアは疲れから一瞬だけ隙を見せた。
俺はそこを逃さずにみねうちで叩いた。
「がはぁっ!」
ミリアはそのたった一発の一撃で倒れてしまい、もう立ち上がる気力を見せようとしない。
そして、こんなことをほざきやがった。
「ははは。初めて負けたな。そうか。もうワタシはゼロの隣に並ぶ資格すら失くしたんだな。こんな足手纏いなんて剣士団に要らないだろ? ワタシなんてほっといて新しい仲間を……」
そう言いかけた時、俺はミリアを抱きしめた。
「ちょ、ぜ、ゼロ。いきなりどうしたんだよ。そ、そんなこんなところで急には駄目だってば……」
なんか変な誤解をしているみたいだが、そんなことは無視して、俺は本音を伝えた。
「俺はお前に傍にいて欲しい。足手纏いだってんなら、一緒に修行に付き合うから……」
そして、俺は語尾を強めて言った。
「だから俺の元からいなくならないでくれ。お前と一緒じゃなきゃ剣聖になったって意味ないんだよ!」
俺は遂に本音を口にしていた。
するとミリアは俺を強く抱きしめ返して泣いた。
「馬鹿ッ! ゼロの馬鹿ッ! うわぁぁぁぁん!」
俺はミリアが泣き止むまで抱きしめ続けた。
しばらく経つと、ミリアは泣き止み、俺から身体を離した。
「ありがとう。ゼロ。おかげで元気でたよ!」
俺もにやりと笑った。
「なら良かった! それじゃあ、俺、そろそろ行くわ!」
俺はそのまま朝食のフランクフルトを買いに立ち去ろうとすると、ミリアに袖を引っ張られた。
「な、なあ? もし良かったらなんだけどさ? 今日一日、ワタシに剣力の纏い方を教えてくれないか?」
「朝飯食いたかったんだけどな……」
そうぼやきつつ、ミリアにサムズアップした。
「いいぜ! 一緒にやろう!」
「ホ、ホントか!」
ミリアの顔がぱあっと明るくなる。
普段は無愛想な癖に、こういう明るい表情していたら、こいつめっちゃ可愛いんだよな。
俺は色恋に現を抜かしている場合じゃないと自分を律して、ミリアに現実的な提案をした。
「その前に朝飯にフランクフルト食いに行こうぜ? 俺、腹へっちまってさ?」
ミリアはくすくすと笑うと、俺の手を握った。
「ああ。一緒に食べに行こう。言っとくけど割り勘だからな?」
そう軽口を叩くミリアに、俺も軽口で返した。
「当たり前だ! 誰が奢るかっての!」
俺たちはフランクフルト屋に向かって歩き出した。
いま俺たちは手を繋いでいる。
いや、村の中だと手を繋ぐなんて、当たり前だったのだが、よく考えたらここは王都だ。
他の奴らに恋人だと誤解されないか。
そんな心配が湧いてきたのだが、ミリアは全く気にした様子がない。
てか、なんで俺が幼馴染をこんなに意識してんだよ。
あり得ないだろと思ったので、何も言わずそのまま歩いていた。
それになんだかミリアは上機嫌だ。
こいつが嬉しいのなら、俺は別に構わないかと思い、もう意識することをやめた。
フランクフルト屋に到着すると、おっさんに声をかけた。
「フランクフルトふたつくれ!」
「おう! 銅貨四枚だ!」
「分かった!」
俺は銅貨を四枚支払い、フランクフルトふたつを受け取った。
「毎度あり!」
ホクホクのフランクフルト受け取ると、ミリアに渡した。
「ほらよ!」
「ありがと……」
俺たちは宿に帰りながらフランクフルト食べ歩きしていた。
やっぱりここのフランクフルトは太くて塩加減とケチャップとマスタードの味加減が絶妙でものすごく美味い。
俺もミリアも五秒も経たないうちに食べてしまった。
田舎育ちの孤児の貧民だし、毎日トレーニング漬けだし、そりゃ、フランクフルト程度の食べ物なら、秒で食べ終わるに決まっている。
それよか、ミリアの表情は影を差したままだ。
俺は握っている手に力を込めた。
「ミリア。大丈夫だ。俺に任せとけ。絶対にお前が剣力を纏えるようにしてやるから!」
「ああ……。信じているよ。相棒」
本当に信じてくれているのか、半信半疑なくらい握る手の力がか細い。
こいつ本気でヘラってやがるな。
俺はミリアの手を痛くならないようにさらに強く握りしめる。
ミリアも握る手の力を少し強めてくれた。
俺はミリアと共に宿に戻ると宿の近くでスポドリを買っておいて、ミリアを呼んだ。
「それじゃ剣力を纏うコツを教えるぜ!」
「ああ。よろしく頼む」
ミリアはペコリと頭を下げた。
俺はこいつでも謙虚なところがあるんだなと幼馴染の新たな一面を発見して、ミリアの剣力を纏っている時のコツを説明した。
「まず俺の場合は剣能から剣力を感覚的に纏っているんだが、ひとつだけ気になったポイントがある」
「ポイント?」
ミリアが首を傾げるので、俺は冷静に説明した。
「つまりだな。自分の体内にある剣力を感じ取るってことだ。それさえできたら案外簡単に剣力を纏えるようになると思う」
「剣力を感じるか。やってみるよ!」
ミリアはじっとして神経を集中させていた。
黙っていれば、本当に美少女だ。
いや、黙ってなくても、可愛いけどな。
スタイルもいいし。
小柄だし。
ムチムチだし。
いつも不意に抱きしめられた時の感触が……って、阿保か。
俺はなにを自分の幼馴染を下心で見とるんだ。
本当にこの紳士の俺としてあるまじき行為だったぜ。
反省しよう。
ミリアは「うぐぐ……」と必死に自分の剣力を感じ取りコントロールしようとしているようだ。
頑張れ。
負けるな。
俺はそう心の中で応援しつつ、ミリアの覚醒の時を心待ちにした。
そうこうしているうちに、もう一時間の時間が流れた。
現在時刻は朝の十時。
ミリアはまだ集中している本当に根気強い奴だ。
さらに二時間経過した。
それでもミリアは剣力を身に纏うことができなかった。
俺はそこでミリアに制止をかけた。
「ストップだ。ミリア。どうやら今のやり方じゃ夜になっても習得できないと思う」
俺の声が聞こえたのか、ミリアは悔しそうに拳を握りしめた。
「わずかに剣力を感じ取ることはできたんだ。でもそれをコントロールできなかった……。どうしても身に纏えないんだ……」
なるほど。
もうそこまでステップアップしていたのか。
流石は英雄マイウェイの娘と言ったところか。
俺はミリアの頭を撫でた。
「そこまでできたなら上出来だよ。良くやったな!」
ミリアは恥ずかしそうに俯いた。
「べ、別にたいしたことないって。実際に剣力纏えなかったし……」
そうしょぼくれるミリアの肩に手を置いた。
ミリアは恥ずかしそうに睨んだ。
「なんのつもりだよ?」
俺は本音を口にした。
「いや。俺さっきから腹減っちまってさぁ。続きは後にしねぇか?」
ミリアはぐらりとずっこけそうになった。
「ホント馬鹿ゼロ。いいよ。昼食にしようか!」
俺はテンションが上がって、ミリアの肩を叩いた。
「いや、本当にそうだぜ。腹が減っては戦が出来ぬって言うしな!」
ミリアは俺の脇腹を小突いた。
「馬鹿。ことわざを自分の食欲の言い訳に使うな!」
そう言った瞬間、ミリアの腹がぐうと鳴った。
「あっはっは。お前も人のこと言えねぇじゃねぇか!」
ミリアは真っ赤になりながら俺を力強く睨んだ。
「うっさい。馬鹿ゼロッ! 絶対に剣力纏えるようになったら斬るからな!」
俺はミリアの肩をもう一度叩いた。
「その意気だ! それくらいの意気込みがありゃ剣力纏うなんて朝飯前だぜ!」
俺はまたミリアに脇を小突かれて、ツッコミを入れられた。
「もう昼飯前なんだから、朝飯前じゃないだろ。この馬鹿!」
俺はまたしてもゲラゲラと笑った。
「あっはっは。ちげぇねぇ。とりま昼飯食おうぜ! 話はそっからだ!」
ミリアは顔を反らしつつ同意した。
「そこだけは同意してやるよ」
そして、俺たちは再び手を繋いで、食堂に向かった。
なんか人だかりが多いような。
みんなの視線を追うと、そこにはグレイさんの姿があったので、俺は語りかけた。
「おーい。グレイさぁぁん!」
俺の声を聞くとグレイさんも笑顔で手を挙げた。
「おう! ゼロか! 女連れとはお前も隅におけねぇな。がっはっはっは!」
俺たちはグレイさんの隣の席に座りつつ、必死にいまの状況を否定した。
「ちげぇっての。ミリアと俺は幼馴染でそんな関係じゃねぇ!」
ミリアは顔を真っ赤にしながら否定した。
「そ、そうだ。ワ、ワタシがこんなガキと付き合うかっての!」
グレイさんはミリアを見ると、驚いた顔をした。
「こりゃマイウェイさんの娘じゃねぇか。名前は確か……」
赤くなりながらミリアは答えた。
「ミリアだ。ミリア・マイウェイ。二度とワタシの名前を忘れたら斬るからな!」
グレイさんはまた豪快に笑った。
「がっはっはっは! 流石はグレイさんの娘だ! それくらいイキがよくねぇとな!」
ミリアはぷいっと顔を反らした。
すると、カウンターから店員がやってきた。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
俺は店の上部に書かれたお品書きをみつめて、すぐにメニューを決めた。
「じゃあ炭酸ジュースととんこつラーメンセットで!」
ミリアも続いて答えた。
「ワタシは焼き肉定食セットとブラックコーヒーだ!」
店員は品書きを書くと注文を繰り返した。
「炭酸ジュースととんこつラーメンセットに、焼き肉定食セットとブラックコーヒーでよろしかったでしょうか?」
俺とミリアは頷いた。
店員は頭を下げてこう言った。
「ご注文を承りました。それでは出来上がるまで少々お待ちくださいませ!」
そう言ってもう一度お辞儀を繰り返して、厨房の奥へと戻っていった。
そして、グレイさんが俺に語りかけた。
「それじゃあ。本題だ。ミリア。お前何を悩んでやがる!」
俺は驚いた。
まさかほんの僅かな表情からミリアの心情を察するとは、ミリアの方を向くと、こいつも同じく驚きが隠せないようだった。
信用していい物かとミリアが警戒していたが、俺はこいつの背中を押してやることにした。
「相談しとけ。グレイさんはお前の親父さんの後を継いでブレイブ・ソードのリーダーやってんだ。信用に足る立派な人だし、お前の悩みを教えて貰うには、俺よかよっぽど最適だと思うぞ?」
ミリアは俺の言葉を聞いて、グレイさんに頭を下げた。
「そ、それじゃ、よろしくお願いします……」
グレイさんはまたしても豪快に笑って相談に乗ってくれた。
「がっはっはっは。いいぜ。何でもオレに言ってみやがれ!」
ミリアはいま悩んでいることを素直に話した。
「実は剣力を纏えなくて、悩んでいるんです。朝にゼロに教えて貰って、剣力を感じ取るコツを掴めたのですが……」
グレイさんはドンと机を叩いた。
「はぁ? 午前中に特訓しただけで剣力を感じ取れるようになったのか?」
ミリアは頷いた。
「はい。そうですが……」
グレイさんは顔に手を当てて、また豪快に笑った。
「がっはっはっは。こりゃすげぇや。実はな。お前の親父さんとは幼馴染の弟分なんだけどよ。あの人でも剣力を感じ取るのに、一週間かかってたぞ! それを娘のお前はたった一日と来た。こりゃ傑物だぜ!」
褒められたのが嬉しかったのか、ミリアはちょっと赤くなった。
「あ、ありがとうございます」
その後矢継ぎ早に現在の悩みを打ち明けた。
「ですが。剣力を纏えないのです。どう頑張っても剣力をコントロール出来なくて……」
グレイさんは真剣な表情をした。
「そりゃ当たり前だ。普通剣力を感じ取れるまで、一週間。剣力を身に纏えるようになるまで一か月かかるのが普通だ。そう甘い話じゃねぇ!」
そこで今度はミリアがドンと机を叩いた。
「そりゃじゃ、駄目なんです! ワタシは一か月もゼロの足を引っ張りたくない!」
「なるほどな……」
グレイさんはしばらく考え込んでいると、注文の品がやってきた。
「炭酸ジュースととんこつラーメンセットに、焼肉定食セットにブラックコーヒーです! ご注文は以上でしょうか?」
俺は首肯した。
ウェイトレスは恭しく頭を下げた。
「かしこまりました。伝票を置いておきますので、お会計の時にどうぞ!」
「ああ。あんがと!」
俺は声をかけて手を挙げると、ウェイトレスは照れたように黄色い声を挙げながら厨房に戻っていった。
すると、何故かミリアが足を踏んできた。
「痛っ! てめぇ何しやがる!」
ミリアはむくれながら文句を言った。
「そうやってデレデレしてろ! 馬鹿!」
俺は納得行かなかったが、グレイさんが口を挟んだ。
「はっは。ゼロ。お前も大変だな」
俺は意味が分からずに首を傾げた。
「どういう意味だ?」
グレイさんは、呆れたような表情を見せた。
「ったく。どうしてこう傑物の器は鈍感な奴が多いんだか……」
「おい。意味わかんねぇよ。グレイさん!」
グレイさんは俺の頭に軽くチョップした。
「馬鹿。いいから食え。相談の続きはそれからだ!」
「ちぇ。分かったよ!」
俺はひたすらラーメンセットを食すのに集中した。
濃厚なラーメンのスープがちぢれ麺に絡みついてものすごく美味い。
セットで付いてきた、餃子とチャーハンも絶品だ。
さらにそれらを食したあとに、炭酸ジュースを流し込む。
この贅沢ときたら筆舌に尽くしがたいものがある。
俺はわずか三分でラーメンセットを完食し、ミリアも同じく完食していた。
そして、ミリアから話題を切り出した。
「グレイさん。さっきの話の続き、聞かせてくれませんか?」
グレイさんはしばらく悩んだあと、一言告げた。
「方法はある。ただしリスクもデカいぞ?」
「どういうことですか?」
ミリアが尋ねると、グレイさんは渋々答えた。
「ゼロの剣力をお前の身体に流し込むんだ!」
ミリアはとてつもなく顔を赤くした。
「そ、それって……」
俺は意味が分からなかったが、グレイさんは首を振った。
「早とちりすんな。そんな不埒な方法じゃねぇ。ただゼロがお前の身体に剣力を流し込むだけだ。それをゼロとお前が感覚を同調させて、剣力を纏うというわけだ!」
「そ、それってつまり……」
グレイさんは頷いた。
「ああ。失敗すればどちらか心神喪失状態になる。一か月くらいで回復するがな!」
「そ、そんな……」
ミリアはがっくりと肩を落とした。
そこでグレイさんがフォローを入れた。
「だから普通の方法で特訓するしかねぇってこった。数時間で剣力を感じ取れたんなら、一週間も修行したら必ず身につけられる。だから焦るな。いいな?」
ミリアはしゅんとして肩を落とした。
「はい。分かりました……」
そして、話が終わるとグレイさんは立ち上がった。
「ここは俺が奢っておいてやる。ゼロ。しっかりミリアを支えてやれよ!」
俺はグレイさんに頭を下げた。
「ありがとうグレイさん。この恩は忘れねぇ!」
グレイさんは豪快に笑った。
「気にすんな。オレはちょっとお節介しただけだよ。頑張れよ。若人よ。がっはっはっは!」
そう言い残してグレイさんは立ち去った。
俺らもセルフサービスの水を飲んで立ち上がった。
「じゃあ。俺らも出るか!」
「ああ……」
俺たちは食堂を後にして、再び宿の庭を目指した。
☆☆☆
宿に戻ると、俺とミリアは必死に剣力のコントロールについてアドバイスしながら、特訓をしていた。
しかし、一瞬だけミリアは纏えたがすぐに消えてしまった。
確実に成果は出ているが、やはり一週間はかかるかもしれない。
もう昼飯を食って三時間経って、そろそろ夕方に近づいてきたので、ミリアに制止をかけた。
「もう今日は辞めとこうぜ! あとはシスナ・エリートって奴にも明日会えるし、そいつからコツを聞いてもいいじゃねぇか?」
しかし、ミリアは首を振った。
「やだね。ワタシは今日中に剣力を纏えるようになるんだ!」
どうやらこいつの意志はとてつもなく固いらしい。
なら俺も最終手段を口にした。
「ならグレイさんに言ってた裏技やるか!」
ミリアは一瞬迷いを見せたが、すぐに頷いた。
「やってくれ。ワタシはどうしても今日中に剣力を纏えるようになって、明日シスナ・エリートって奴に実力を認めさせてやりたいんだ!」
どうやらミリアの意志は固いようだ。
でもこのまま一週間このまま寝込むのは困る。
何か効率よく危険度を減らして、裏技を使えないか考えていると、地頭の良さだけには自信がある俺は、いいアイデアを思いついた。
「なら一気に剣力を流し込むんじゃなくて、少量ずつ流し込んだらどうだ。もうそこまで剣力をコントロールできてるんだ。ちょっとの量と時間でもお前なら感覚を掴めるんじゃないか?」
俺の提案にミリアはパチンと指を鳴らした。
「それだ! それだよ! 早速やろう!」
どうやらミリアはやる気満々みたいだ。
俺は「ちょっと失礼」と言って、ミリアの手を繋いだ。
わずかな剣力の流れを感じる。
俺はその剣力に同調するように、少しだけ魔力を流した瞬間、バチンと脳内にスパークが走った。
「あ……」
俺はそのまま意識を失った。
☆☆☆
目を覚ますと辺りはすっかり夕方だった。
俺はまだ宿の庭にいることに気がつき、誰かと誰かが剣を打ち合っている音が聞こえた。
「やりますね。ミリアさん。まさか剣力を纏えるだけでわたしのパージまで斬り払ってしまうとは!」
そこにはミリアとメリルが剣の試合をしていた。
しかもミリアをよく見ると、なんと剣力をその身に纏えるようになっていた。
それもただの剣力じゃない。
シュバルなんて足元にも及ばないほどの剣力だ。
ミリアはすっと【ブロンドソード】を腰に構えて居合のポーズをとり、そして、それを抜き放った。
「剣技【絶の一閃】――ッ!」
その強力な居合抜きによりメリルは倒れた。
ミリアはすぐに治療薬でメリルを回復し、手を貸した。
「いやぁ。負けちゃいました。もしかするとミリアさんもうグレイさんと同等くらい強いのでは?」
ミリアは首を振った。
「いや。まだあのおっさんは力を隠している。ゼロと戦った時も半分も力を出していなかった。ワタシなんてまだまだだ!」
へ? という感情が抑えられない。
まさか俺が気絶している間に剣力を身に纏うコツを掴み、自力で剣技まで開発したってのか。
俺はなんだか悔しかったが、ミリアのそばに近寄った。
「やったな。ミリア。おめでとう!」
俺が手を差し出すと、ミリアはぱしんと勢いよくハイタッチした。
「ああ。これも全てゼロのおかげだ。ありがとうな。あのそれで良かったらなんだが……」
「ん? どうした?」
ミリアはもじもじしながら俺にとって好都合な提案をしてきた。
「今夜一緒に過ごさないか? 今日のことでワタシ、ゼロへの気持ちがもう抑えられそうにないんだ……」
俺はパチンと指を鳴らした。
「つまり更なる剣技の特訓だな! いいぜ! 夜通し付き合うよ!」
するとミリアは拗ねたように顔を背けた。
「ゼロの馬鹿。鈍感……」
「へ? 何が?」
俺何か可笑しなことを言っただろうか。
ミリアはタオルで顔を拭くと、にっと笑った。
「言っとくが。いまのワタシはお前より強いぞ! 特訓覚悟しとくんだな!」
俺はなんだかワクワクしてきて、サムズアップした。
「おう! 楽しみにしとくぜ! さぁ。腹減った。飯だ。飯!」
すると背後から声が聞こえた。
「ミリアさんも大変ですね。でもわたしミリアさんには負けませんから!」
「ふっ! 望むところだ。ワタシはゼロのエネルギーを体内に取り込んだ仲だからな!」
「え、ええ! おふたりってそこまでいってたんですか!」
「どうだ。凄いだろう?」
「ううぅ。わたしも負けません。ゼロ様のエネルギーはわたしだけのものにして見せますからね!」
「やれるものならやってみろ! この色惚け女!」
「ど、どっちか色惚けですか! ぐぬぬ……。負けませんから! わたし絶対に負けませんからぁぁぁ!」
なんか後ろでふたりはエネルギーがどうたらで喧嘩している。
まあ。確かにミリアの剣力はすごかったからな。
俺も深夜の特訓頑張らなければと思う次第であった。