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第1話『不屈の少年剣士』

二作目の長期新連載です。

 朝日が差し込む孤児院の庭で俺は、青い髪の美しい少女と剣を交えていた。


「てやぁ!」


「甘い!」


 俺の袈裟懸けはミリアにいとも簡単に躱されて、【ブロンドソード】が弾き飛ばされた。


 武器を失った俺の喉元に剣が突き立てられる。


 青髪の少女は高らかに宣言した。


「あっはっは。またワタシの勝ちのようだな♪」


 澄み切った青い髪を揺らし、ミリア・マイウェイは勝ち誇っていた。


 彼女は同じ孤児院の幼馴染であり、家族同然の親友だ。


 その親友に俺は今日だけで五回も負けている。


 悔しさを噛みしめて、地面に転がった【ブロンドソード】を拾い、もう一度構えた。


「次は勝つ! 行くぞ!」


 どんなに負けても、諦めるわけにはいかない。


 それが俺の剣士としての生き様だ。


 しかし、現実はそう甘くない。


 俺はミリアに一度も試合で勝てたことがないのだ。


 それほど俺と彼女とでは大きな実力差がある。


 ミリアは身体能力も剣の技量もずば抜けて高く、一歳年下とは思えないほどだ。


 何せこの九年間毎日挑み続けて、通算一五〇〇〇回彼女に負けている。


 それも当然と言えば当然だ。


 何せ彼女は亡き英雄の娘であり、誰の子かも分からない親無しの俺と違い、親から受け継いだ天才的な剣の才能がある。


 だとしても負けてはいられない。


 何者でもないただの孤児の俺は、多くの人に認められて、自分の強さを証明したい。


そのために、いつか伝説の剣【グレイテスト・ソード】を手に入れて、剣聖になると決めているのだ。


 だからここで負けを認めるわけには、どうしてもいかない。


 俺は悔しい気持ちを抱えながら、再び試合を申し込んだのだが、そこでパンッパンッと手を叩く音が鳴り響いた。


「ゼロ。ミリア。剣の試合はもうそこまでにしておきなさい。朝ごはんができましたよ!」


 俺たちを止めたのは、院長のセーラさんだ。


 彼女はこのダンの村の孤児院長を務めている人で、俺たちの親代わりである。


 流石の俺もセーラさんの言うことには逆らえず「ちぇ。わかったよ」とぼやきながら【ブロンドソード】を鞘に納めた。


 同じようにミリアも「仕方ないな」と剣を鞘に納める。


 そして、セーラさんは俺たちに育ての親として当然の指示を出した。


「さあ。顔を洗って、服を着替えて、すぐにリビングに来るように! あと十五分で朝食の時間ですよ!」


「はぁい……」


 俺たちは少し不満そうに返事しながら、裏の洗面所で顔を洗った。


 ひんやりと冷たい水が火照った顔に心地がいい。


 俺は汗をタオルで拭くと、同じく顔を洗ってタオルで顔を拭いていたミリアが、とんでもないことを言い始めた。


「ゼロ。言っとくけど、着替えを覗いたらコロスからな?」


 俺はあまりにも破廉恥なミリアの言葉を力一杯に否定した。


「馬鹿言うなよ! 誰が覗くか!」


 俺が怒鳴ると、ミリアはからかうように「にしし」と笑い、洗面所の近くに設置してある女子更衣室へと入っていった。


 確かにミリアは十三歳とは思えないくらい理想的な美少女だ。


 小柄ながらも肉付きがよく、美しい体型をしている。


 だが、俺は紳士なので、女性の裸なんかに興味ない。


 なんだか面倒臭くて、どっと疲れた気持ちになり、俺も男子更衣室で手早く着替えを済ませることにした。


 鏡の前には赤い短めの髪に、赤い瞳をした女顔の少年の顔が映りこんでいた。


 なんだか軟弱で男らしくないので、俺は自分の顔があまり好きじゃない。


 身長もやや小柄で細身であり、男らしさに欠けている。


 もっとムキムキになるために筋トレをして、ミルクを飲もうと誓い、俺は男子更衣室を出た。


 どうやらミリアの方が先に着替えを済ませていたらしく、俺を律儀に待ってくれていた。


「うん。今日もゼロはイケメンだな!」


 いきなりミリアに褒められて、悪い気はしないが、俺はちょっと自虐的に文句を吐いた。


「からかうなよ。こんなひ弱そうなガキがイケメンなわけねぇだろうが!」


 俺は照れながら必死に抵抗すると、ミリアはにやにや笑っていた。


「あ、やっぱり照れてる。本当にピュアな奴だな。お前は!」


 また馬鹿にされた気がして、俺はちょっとだけ拗ねた。


「ちぇ。いいさ。そうやって人のこと馬鹿にしてろよ。いつかきっとムキムキマッチョになって、ゼロ様イケメン大好きって惚れさせてやるかんな!」


 ミリアはまた馬鹿にしたように笑った。


「やれるものならやってみろ!」


 そう飄々とした表情で言い放つ。


 こいつ本当に可愛くねぇ。


 俺は村の時計塔を見て少し焦った。


「やばい。朝食の時間が来るぞ! 早くリビングに行かなきゃまたどやされる!」


「そうだな。あまりセーラさんを待たせると面倒だし、急ごうか!」


「おう!」


 俺たちは急いで孤児院の扉を開けて、中に入り、リビングへと向かった。


 どうやらもうすでに、朝食の準備が整っているようだ。


 今日も黒パンに、卵入りの山菜スープに、ミルクのようだ。


 質素極まりない食事だが、この山菜スープがまた絶妙な塩加減で、なかなか美味い。


 孤児院のみんなにとって、この朝食は最高のご馳走だ。


 俺たちふたりは食卓に着くと、他のちび共もそれに習った。


 そして、セーラさんがいつもの前口上を唱え始めた。


「今日も神聖なる剣聖神様に感謝します。一同手を合わせて!」


「剣聖神様。本日もささやかな糧をお恵みくださりありがとうございます」


 そして、一同手を合わせたまま声を揃えて唱えた。


「いただきます!」


 食事の挨拶を唱え終わると、俺はさっそくスープを口にした。


 絶妙な塩加減と山菜の香りと卵の蕩け具合が堪らない。


 俺が黒パンを齧る前に、セーラさんが何やら不穏なことを言い始めた。


「ねえ。ふたりともよく聞きなさい。最近この村の近くの街で剣魔が現れたって噂があるの。だからむやみやたらに村の外に出ちゃだめよ?」


 それを聞いた俺とミリアは豪快に笑い飛ばした。


 セーラさんはその態度が気に食わなかったのか、急にムキになって怒りだした。


「い、一体何がおかしいのよ?」


 俺もミリアもはっきりと自分の意思を伝えた。


「俺とミリアは剣士になるんだ。剣魔なんかにびびってらんないぜ!」


「そうさ。ワタシとゼロは最強の剣士を目指している。たかが剣魔如きに怖気づくわけない!」


 俺たちふたりが自信満々に語ると、セーラさんは血相を変えたように激怒した。


「いい加減にしなさい。いくらあんたたちが村一番強い剣使いって言っても、まだ見習い剣士の子供なのよ? 弱い剣獣相手ならまだしも、剣魔相手に勝てるわけがないでしょ!」


 俺はこれ以上の会話は面倒臭いと思ったので、すぐに飯を平らげて席を立った。


「セーラさん。俺は【グレイテスト・ソード】を手に入れて剣聖になるんだ! いくら剣魔が人の姿をした剣の怪物とはいえ負けるわけにはいかないんだよ!」


 俺がそう啖呵を切ると、ミリアも同意した。


「そうさ。もしもこんなところで負けるようなら、そこまでの存在だったっていうことだよ!」


 俺たちの覚悟が揺るぎそうにないので、セーラさんは悲しそうに俯いた。


「まったくゼロは誰に似たのか知らないけど。ミリアはきっとお父さんに似たのね……」


 またその話だよ。


 ミリアの親父の話。


 これ以上の長話は時間の無駄なので、俺たちは机にかけていた【ブロンドソード】を腰に装備してセーラさんに宣言した。


「どんな相手でも、俺とミリアなら負けねぇから安心しろって!」


「そうだ。ワタシとゼロの前に敵なんていないからな!」


 とうとうセーラさんは呆れ果てて頬に手を当てて溜息を吐いた。


「はぁ……。もう勝手になさい……」


 俺たちはにやりと笑った。


「行こうぜ! ミリア!」


「ああ!」


 そのまま俺たちは屋敷から飛び出した。


 いつもの日課のランニングだ。


 孤児院の庭を駆け出し、俺はミリアにいつもの勝負を持ちかけた。


「よし! ミリア。いつもの木の下まで競争だ!」


「いいぞ。いつも通り負かしてやる!」


 ミリアは余裕の笑みを浮かべたので、俺はペースを上げた。


「そうは行くかよ! うおおおおー!」


「いいだろう。そうこなくてはな。やあぁぁっー!」


 俺たちはそのまま勢いに任せて、丘の上にある木の下を目指してかけっこした。


 最初はミリアが抜かしていたが、俺は持ち前の持久力でようやく追い抜いた。


 しかし、それはミリアの策略だった。


 木の下に近づくと、ミリアは一気に走る速度を上げたのだ。


 俺は思わず文句を言った。


「お前走るペースを調整してやがったな!」


「当たり前だ。お前のように馬鹿みたいなスタミナをした奴に、何の策もなしに挑むものか!」


「くそぉぉぉぉぉー!」


 そして、とうとう俺はミリアに追い抜かれてしまい、木下に辿り着くと、地団駄を踏んだ。


「ああ! くそ! また負けた!」


「お前がワタシに勝つなど、百年早い!」


「ううぅぅ。なんで俺だけお前に負けてばっかなんだよぉ……」


 俺が落ち込むと、ミリアがポンと肩に手を乗せた。


「まあ。才能の差だな!」


「うぅぅ。正論過ぎて、ぐうの音も出ねぇ……」


 俺はしょぼくれながらも、木に生っているリンゴをとって、それを水分の代わりにした。


 この木のリンゴは本当に甘くて美味い。


 俺たちは皮ごとかぶりながら、いつも通り将来のことについて相談し始めた。


「なぁ? ミリアはさ? 将来俺と一緒に剣士団作りてぇんだよな?」


 ミリアは頷いた。


「ああ。お前とじゃなきゃ面白くないからな!」


 ミリアは食べ終えたリンゴの芯を放り投げると、いつものマイペースな口調で淡々と将来設計を語り出した。


「ワタシはお前と違って剣能だの、剣聖の称号なんかに興味はない。ただ剣の道を極めたい! そのためにお前と剣士団を作りたいだけだ!」


 俺は呆れるように溜息を吐いた。


「はぁ。お前ってホント変わってるよなぁ~。普通さぁ? みんな最強の剣聖を目指して、【グレイテスト・ソード】を手に入れてぇって思うもんだろ? だって世界最強の剣士になれるんだぜ?」


 胸を張って高らかに宣言したが、ミリアはそれを一蹴した。


「変わっているのはお前の方だよ。普通の奴はみんなプロ剣士として、それなりに名を上げて、好きなことしながら生きていきたいくらいにしか思っていない。正直に言うと剣聖を目指すなんて馬鹿のすることだぞ?」


 俺は頬を膨らませてミリアに言い返した。


「でもお前だって剣の道を極めたいんだろ? 馬鹿なのは同じじゃねぇか!」


 ミリアはまたしても呆れたように肩をすぼめた。


「これだからお子様は。剣の道の本質ってものを分かっていないな!」


「な、なんだと!」


 俺が怒りそうになると、ミリアは諭すようにゆっくり語り始めた。


「本当の剣士っていうのは、世間がどう思おうと関係ない。ただひたすらに己が剣の道を極めるだけだ。それが剣士の本質って奴さ! 分かるだろ?」


 なんかこいつは俺と同じ夢を見ているようで、何処か冷めている。


 俺が陽だとするなら、ミリアは陰だ。


 でも正反対の価値観だからこそ親友をしていて面白い。


 俺はミリアの話を受け入れつつ、自分の主張を押し通した。


「ふぅん。まあ。お前がそれでいいなら俺も否定はしねぇよ。でもいくらお前でも俺の夢を馬鹿にすることは許さねぇ! 俺はこの命に代えても剣聖になるって腹を括ってんだからな!」


 ミリアはけらけらと笑った。


「あっはっは。別にワタシはお前の夢を馬鹿になんかしてないさ。それくらいお前はとんでもないことをやろうとしている自覚を持てと言っているだけだ。それに夢のために命を懸ける覚悟があるのも前から知っている。じゃないと一緒に剣士団立ち上げようなんて言わないだろ?」


「まあ。確かにそれもそうだな」


 俺が勝手に納得していると、ミリアはまたとんでもないことを言い出した。


「それと知っているか? この村には伝説の剣が封印されているらしいぞ? しかもまだ誰も抜けた者がいないらしい。【グレイテスト・ソード】ではないんだけどな。特別な剣能を持った名剣って聞いたぞ?」


 俺はパチンと指を鳴らした。


「いいね。そりゃ面白そうだ。それじゃあ一緒に、その剣抜きに行こうぜ?」


 ミリアはにやりと悪い顔で微笑んだ。


「よし面白くなってきたな。ワタシは剣能なんて欲しくないから抜かないけど、お前なら抜けるかもしれない。だって本気で剣聖を目指しているような奴だしな!」


「当たり前だろ。絶対に抜いてやる! よし! それじゃ早速行こうぜ!」


「ああ!」


 早速俺たちは木の下を離れて、名剣のある祠を目指して歩き出した。


 その途中で知り合いのベンに出くわした。


「よう。ゼロ。ミリア。お前ら今日も二人でデートか?」


 すると、俺は顔を赤くして否定した。


「ちげぇよ! デートじゃねぇし!」


 しかし、一方ミリアは落ち着きながら肯定した。


「そそ。デートだ。デート。だからお前はお邪魔虫ってわけだ。とっとと失せろ!」


 俺はミリアの冗談に本気でぶち切れた。


「馬鹿! 誤解されること言うなよ! 俺とお前はそんな関係じゃねぇだろうが! 好きでもない男にデートとか軽々しく口にすんなよな!」


 ミリアは不服そうに頬を膨らませて、一言呟いた。


「全くこの鈍感ときたら……」


「はあ? 俺のどこが鈍感なんだよ?」


「そういうガキ臭いところが鈍感だって言ってんだよ。この馬鹿!」


「はあ? 誰が馬鹿だ。お前喧嘩売ってんのか?」


「そういうわけじゃない。全く……。なあ? ベン? マジでこのガキどうにかしてくれないか?」


 何故だか分からないが、ベンは苦笑していた。


「全くミリアも大変だな。まあ。祠デートの邪魔はしねぇよ。俺はお前らのことを応援しているから頑張れよ!」


「ああ。ありがとう……!」


 俺はムキなって、ひたすら激怒した。


「だから俺とミリアはそんなんじゃねぇってば! 馬鹿にしやがって! くそおおおおおっ!」


 手を振って去り行くベンに、俺は感情を剥き出しにして、地団太を踏んだ。


 ところが、もう祠へと向かって歩き出しているミリアに注意を促された。


「いつまでもガキみたいに怒るなよ。置いていくぞ?」


「あ、ミリア、てめぇ。待ちやがれ!」


 俺たちは再び祠に向かって歩き出した。



 ☆☆☆



 歩くこと数十分。


 ようやく祠が見えてきて、俺たちは扉を開けてその中を潜った。


 中は巨大な空洞となっており、奥の方に見える台座に、美しい真紅の剣が突き刺さっていた。


 俺はその剣を見て思わず呟いた。


「か、かっけぇ~!」


 ミリアも俺と同様の感想を口にした。


「確かに美しい剣だな。なんだかお前には勿体ない気がしてきたよ……」


 俺はミリアの脇を小突いた。


「うっせぇ。俺はいまからこれを抜いて見せんだから黙ってみてろ!」


 いきり立つ俺にミリアは見事に挑発的な発言をした。


「そうやって、すぐイライラしていると、剣に嫌われるぞ?」


「むぐぅ……。確かに……」


 ミリアの言うことは最もだと思うが、悔しかったので、俺は無駄口叩かずに先へと進んだ。


 そして、台座の前で真紅の剣を見つめる。


 本当に綺麗な剣だ。


 こんな上物の剣を俺が抜けるのだろうか。


 いや。怯むな。


こんなところで退くわけにはいかない。


 だって俺は剣聖を目指しているんだからな。


 俺は覚悟を決めて剣を抜こうと、手にかけた――その時だった。


 ドゴォォォォンと巨大な爆砕音が村の方から聞こえてきた。


「な、なんだ?」


 俺は動揺していると、ミリアは落ち着いて状況説明をしてくれた。


「どうやら村で何かあったようだな。急いで戻るぞ? 剣はまた今度だ!」


「ああ。もう。ちくしょうー!」


 あともう少しのところで、伝説の剣能が宿った剣が手に入るはずだったのに、こんな時に一体なんだというのだろうか。


 もしかすると盗賊か何かの仕業かもしれない。


 そうとなれば村の門兵では太刀打ちできないだろう。


 俺たちが戦わなければ、村は救われない。


 それから急いで祠から出て、村の中に戻ると、そこには盗賊みたいなちんけな輩の姿はなかった。


 そんな可愛いものではなく、正真正銘の化け物がいたのだ。


 黒々としたボディ。


 禍々しいまでの剣力。


 人の形を保ってはいるが、顔が真っ黒だ。


 しかも腕は剣の形をしている異形の怪物だ。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 剣力。剣力がほちいぃぃぃ」


 わけのわからない叫び声を上げているのは、間違いない。


 俺はその怪物の正体を口にした。


「け、剣魔か。くそぉぉぉぉ!」


 ミリアはすぐに腰の【ブロンドソード】を抜き放った。


「おい。ゼロすぐに戦闘に移るぞ? 家が一軒灰になっている。もう一刻の猶予すらない!」


 俺はその灰に焼かれた家を見た。


 そこは先ほど散々軽く口叩き合っていた友人であるベンの家だった。


 しかも、ベンは自分の家が灰になった光景に悲しみ、馬鹿でかい声で泣き叫んでいた。


「父ちゃんが……。母ちゃんが……。う、う、うわああああああああああああああ!」


「ベン……」


 ベンの涙を見た瞬間、俺は深い悲しみを胸に抱き唇を噛みしめる。


 そして、目の前の剣魔に対して、とてつもない怒りの感情が生まれた。


「この剣魔野郎――ッ! よくも……よくも俺の大切な村の仲間に手を出しやがったな! ぜってぇぶった斬ってやるから覚悟しろぉぉぉッ!」


 俺は剣魔を鬼の形相で睨みつけて、怒りに任せて腰の【ブロンドソード】を抜き放ち、飛び上がって、剣魔の頭上に唐竹割を繰り出した。


 しかし、俺の攻撃は剣魔の剣に変化した腕に弾かれた。


「くそ……!」


 俺は諦めずに何度も果敢に太刀を浴びせたが、全て剣魔に防がれてしまう。


「まだだッ! まだ俺の怒りは終わってねぇぞぉぉぉッ!」


 しかし、俺の太刀では剣魔に傷を与えることすらできなかった。


 そこで入れ替わるように隙を突いて、ミリアが参戦した。


「ゼロの馬鹿ッ! 相手は剣魔だぞ! 後先も考えずに感情だけで突っ込むな!」


「うるせぇ! そんなの関係ねぇ! こいつはベンの家族を殺したんだ! ぜってぇぶった斬らないと俺の気が済まねぇんだよッ!」

 

「ったく! 分かったよ! そこまでの覚悟があるなら、きちんとフォローするから、ふたりでベンの家族の仇を取るぞ!」


「ああ……。頼んだぜ! 相棒――ッ!」


 その後、俺はミリアと連携を取って、ヒットアンドアウェイで剣魔に立ち向かった。


 しかし、剣魔の身体には、一ミリたりとも傷がつかないのだ。


 俺たちは剣魔の攻撃を避けて、バックダッシュで大きく距離を取った。


 なかなかダメージを与えられない苛立ちを隠せずに、思わず叫んでしまった。


「クソ! あいつの頑丈さは無敵かよ!」


 そこでミリアがここに来て絶望的だが、現実的な話題を口にした。


「やっぱりワタシたちはまだ剣力を身に纏う技術を習得してないから、剣魔にダメージを与えられないのかもしれないな……」


「なっ!? それじゃあ、いまの俺たちじゃ、天地がひっくり返っても剣魔には勝てねぇってことか?」


「たぶんな。せめて、あの伝説の剣を抜けて、剣能があれば、剣力も身に纏えて勝てたかもしれないが……」


「くそ! 抜いてからここに来るんだったぜ……」


 後悔先に立たずとはこのことだ。


 いまの俺たちでは剣魔に勝てない。


 俺はもう一度ベンの家を見た。


 父母の亡骸を探して、ベンは家の瓦礫を掘っていた。


「父ちゃぁぁぁぁん! 母ちゃぁぁぁぁぁん!」


 その悲しいまでに無情な光景を見て、俺はやはり諦めるわけには行かなかった。


「ミリア……。確かに俺たちでは剣魔に勝てないかもしれねぇ……。でも、でもよぉ……」


 俺はベンを指さして吠えた。


「村の仲間があんな風になっているのを見て、勝てねぇから、はいそうですかって引き下がれるわけねぇだろうが! だから俺は、俺は――ッ!」


 そう怒りを滾らせ【ブロンドソード】を抱えるとミリアは叫んで止めようとした。


「馬鹿ッ! よせ!」


 しかし、その言葉すら無視して、俺は吠えて突っ込んだ。


「ぜってぇこいつをぶった斬る――ッ! うおおお――ッ!」


 俺の渾身の一振りは、またしても剣魔に剣を弾かれてしまう。


 絶望的なまでの実力差。


 自分の太刀が届かない絶望感に包まれる。


 次の瞬間だった――。


 俺は剣魔の腕剣で腹を思いっきり斬り裂かれた。


「がはぁッ!」


「ゼロッ!」


 ミリアはすぐに俺のもとへ駆け寄ろうとしたが、すぐにそれを手で制した。


「来るな! まだ俺は負けちゃいねぇ。まだ諦めちゃいねぇんだよ!」


「ゼロの馬鹿ッ! もうよせ! 死んでしまうぞ!」


 俺は背後にいるミリアに向かって叫んだ。


「こんなところで死ぬわけねぇだろうが! 俺は……剣聖になるんだ。ぜってぇ剣魔なんかに殺されてたまるもんかぁぁぁッ!!」


 俺は懸命に吠えた。


 だがそれとほぼ同時に、またしても剣魔に胸を斬り裂かれた。


 大量の血飛沫と共に、俺は片膝をついた。


「がはぁッ!」


「ゼロォォォォォッ!」


 それでも俺は死ぬような痛みを堪えて立ち上がる。


 そして【ブロンドソード】を手にした。


「負けてたまるかぁぁぁッ!」


 俺は立ち上がり、剣魔に対して袈裟懸けに斬りかかる。


 しかし、俺の太刀は剣魔に全く届かない。


 これで最後だと言わんばかりに、剣魔は叫びながら剣を振るった。


「オマエの剣力がほちい。ほちいぃぃぃ。あああああああああああああああああああああああ!」


 今度は肩口から袈裟懸けに斬り裂かれた。


 これは致命傷だ。


 もう俺の命は助からないだろう。


 それでも俺は立ち上がり剣を握りしめた。


 どうやらコイツの狙いは俺の剣力らしい。


 だから倒れるわけにはいかない。


 俺が死ねば、剣魔は目的を果たし、後は欲望を満たすために、暴走して村人を皆殺しにするだろう。


 それだけは死んでも防がねばならない。


 負けることも、諦めることも許されないのだ。


 俺はどんなに傷つこうとも、村のみんなを守るために、自分以上の強大な敵を相手にして吠えた。


「まだだ。まだ負けてねぇぞ。剣魔野郎。ベンの家族の仇を討つまで俺は死なねぇ! てめぇをぶった斬るまで、ぜってぇに諦めねぇぞぉぉぉッ!」


 俺は不屈の闘志を燃やして叫んだ。


 その時だった――。


 急に祠の方から轟音が鳴り響き、赤い光が見えた。


「な、なんだ!?」


 その赤い光がこちらへ近づいてきて、俺の目の前に姿を現した。


「こ、これは……」


 村の伝説の剣だ。


 その燃えるような真紅の刀身は俺に戦え。


 ただそう告げている気がした。


 上等じゃねぇか。


 俺は諦めない不屈の闘志のままに、その真紅の剣を握った。


「う、うおおおおおおッ!」


 その瞬間――。


 俺の身体に力が流れ込む。


 そして流れ込んだ力の奔流から、脳内にこの剣の名称と効果が表れた。


 武器名称【不屈剣リバイバル】 【剣能】 敵からダメージを受けて、追いつめられたら、追いつめられるほどパワーアップする。瀕死の状態や敗北から折れずに立ち上がるとさらに強くなる。


 はは。笑えてくる。どうやらこの剣は諦めだけが悪くて、最弱な俺にぴったりの能力らしい。


 俺は剣能を得たことで、剣力を身に纏えるようになった。


 そして、無数の傷が剣能の効果によって、莫大な量の剣力が膨れ上がる。


「よくも今まで人を散々玩具にしてくれたな? ベンの家族を殺したお前を――俺は絶対に許さねぇッ!!」


 その途端、爆発的な量で剣力が肥大した。


 俺は尚も吠えた。


「だから俺はお前を――」


 俺は瞬歩で一気に距離を詰めた。


 そして、剣を頭上に構えて――。


「ぶった斬る――ッ!」


 一気に放たれた唐竹割りにより、剣魔は一瞬にして、頭上が斬り裂かれ、黒い炎で燃え上がった。


「剣力。高い剣力がほちいよおおおおおおおおおおおおおおお!」


 そんなくだらない断末魔をあげて、剣魔はこの世から姿を消した。


「やった。やったぞ……。俺の勝ちだぁぁぁッ!」


 無事に剣魔を撃破して、喜びのあまりに、俺は勝どきの拳を突き上げた。


「ゼロ! ゼロォォォォォォ!」


 そして、ミリアとベンが駆け寄ってきた。


 しかし、そこで俺は急に力が抜けるのを感じた。


「あ……」


 俺はそのまま意識を失い、世界が遠くなっていくのを感じた。



 ☆☆☆



 目を覚ますとそこは俺の部屋だった。


 俺は身体を確認するともう傷が治っていた。


 きっと【剣能】の効果に違いない。


 窓の外を見ると、どうやら宴があったようで、みんな村の外で泥酔して寝転がっている。


「ったく。呑気な人たちだぜ……」


 こっちは命懸けで剣魔と戦ったっていうのに。


 そこで俺はあの剣魔の言葉を思い出した。


 奴は俺の剣力を欲しいと言っていた。


 つまり俺がこの村にいる限り、また新たな剣魔がこの村を襲うだろう。


 だったら今すぐこの村を出て、自分の力で剣士になり、剣士団を設立してやるしかない。


 俺は覚悟を決めて、リュックサックに携帯ゲーム機とスマホと財布を入れて、孤児院の冷蔵庫から水とチーズを二つほど頂戴して、すぐに孤児院を出た。


 俺は人に見つからないように、村の裏門へ向かった。


 だが、そこには先客がいたようで、俺は思わず声を出した。


「げっ! ミリア……。あとセーラさんやベンや村長たちまで……」


 そこには泥酔していなかった村人が、ほぼ全員集まっていた。


 村人の半分くらいか。


 これは一体どういうことだろうか。


 すると、ミリアが近寄ってきて呟いた。


「あの剣魔。お前の剣力が欲しいって言ってたもんな。ひとりで旅立つつもりだっただろ?」


「うぐっ……」


 どうやら先を見越されていたらしい。


 俺が言葉に詰まると、ミリアは俺の胸を叩いた。


「水臭いことするなよ! ワタシとお前は一緒に剣士団を作るんじゃなかったのか?」


「そ、それは……」


 だってお前は剣能が使えないしとは言えなかった。


 しかし、ミリアはそれを見透かしたかのように、自分の【ブロンドソード】を俺の前に差し出した。


「お前が足手纏いと言いたい気持ちは分かる。でもワタシはお前にこの命も剣も預ける。だからワタシは必ず強くなってお前と剣士団の剣になるよ!」


「ミリア……」


 そこまで言われたら、もう断る理由はない。


 俺はミリアの剣を握った。


「よろしく頼む。ミリア。俺たちの剣士団をお前が守護者の剣として支えてくれ!」


「ああ。もちろんだ! 本日よりミリア・マイウェイは剣士団リーダーゼロに全てを預け、守護者の剣として守り続けることをここに誓う!」


 そう言い放ったあと、ミリアは自分の指をナイフで切り、血判を捺印した布を差し出した。


 俺はそれを大切に受け取った。


「確かに受け取ったぜ。これからもよろしくな。ミリア!」


「ああ。頼むぜ。ゼロ!」


 俺たちは誓いの儀式を終えたあと、村人から盛大な拍手が送られた。


そして、セーラさんやベンが近寄ってきて、それを村のみんなが見守っていた。


 まずはベンが別れの言葉を告げた。


「ゼロ。父ちゃんと母ちゃんの仇を討ってくれてありがとう。俺、成人するまで、セーラさんのところに厄介になりながら、いつかこの村の用心棒になるよ!」


 俺はベンに手を指し伸ばした。


「ああ。よろしく頼む。俺たちはいつまでも友達だ!」


 ベンは涙ぐみながら、笑顔で答えた。


「当たり前だろうが。一生友達に決っているだろう。ゼロの馬鹿野郎……」


 そして、今度はミリアが自分の手を俺たちに重ねた。


「ワタシにとってもベンは一生の友達だ。お前が困った時は、すぐ駆けつけるよ!」


「ああ。ありがとう。ミリア。ゼロと幸せにな……」


 ベンがそう告げると何故だか分からないが、ミリアは顔を赤くして怒りだした。


「馬鹿! 早とちりすんな! まだゼロとはそこまでいってない!」


 その意味に俺も後から気が付き、顔が沸騰しそうになり、ベンの頭を叩いた。


「この馬鹿野郎! 俺とミリアはそんなんじゃねぇって言ってんだろうが! 茶化すな!」


 ベンはけらけら笑いながら、サムズアップした。


「おーけい。おーけい。どちらでもいいさ。俺はお前らの成功を願ってるよ!」


 なんだかそんな風にからかわれから、気まずくてミリアから顔を反らしてしまった。


 まだ色恋とか、そういうことに現を抜かしている場合じゃないっていうのに。


 全く空気の読めない奴だ。


 俺とミリアはベンに手を振りつつ、なんだか恥ずかしくて互いに顔を合わせることができなかった。


 そして、ベンと入れ替わりにセーラさんが近寄ってきた。


「ゼロ。その剣を手にした貴方を止めることは、私にはもうできません。健康管理には気を付けて達者で暮らすのですよ?」


「ああ。セーラさん。ここまで俺たちを育ててくれてありがとう!」


「ワタシからも、今までありがとな。セーラさん」


「ええ。ミリア。貴方のお父さんは本当に立派な英雄でした。そのお父さんに負けないほど強い剣士になるのですよ!」


「ああ。絶対に親父を超えるよ!」


 ミリアの方を見るとにやりと笑っていた。


 やっぱりこいつは何処までも強い奴だ。


 そして、最後にセーラさんは涙を浮かべると、俺たちふたりを抱きしめた。


「ううぅぅぅ……。ふたりともお元気で……。絶対に無茶しちゃダメよ。絶対に生きてこの村に錦を飾って帰ってきなさい。私はふたりの帰りをずっと待っているますからね……」


 俺はセーラさんに抱きしめられつつ涙が抑えきれなくなり、熱い情動が溢れて、それが熱湯の如く噴き出した。


「セ、セーラさん。今まで本当に……ありがとうございました……。う、うわあああああああああああああああああああッ!」


 俺と同じくミリアも隣で静かに涙を流した。


 まるで本当の家族のように涙を分かち合った。


 いやそうじゃない。


 俺たちは本当の家族なのだ。


 そして、セーラさんから離れて涙を拭き、ミリアが俺に呼びかけた。


「行こう。ゼロ。別れはさっぱり済ませた方がいい……」


「ああ。そうだな。行こうぜ! 俺たちの夢のために!」


 俺たちは村人に手を振りながら、しばらく門から離れたところで大きく息を吸い込み自分の夢を宣言した。


「みんなぁぁぁ! 俺は! 剣士ゼロは! いつか【グレイテスト・ソード】を手に入れて、絶対に剣聖になって帰ってくる! だからそれまで楽しみに待ってろよなぁぁぁッ!」


 そう別れを告げて、俺たちは村から出て、森の中を歩き出した。


 そして、俺は自分へ誓った。


 俺は必ず夢を叶える。


 伝説の剣【グレイテスト・ソード】を手にいれて剣聖になってやる。


 これはまだ何者でもなかったただの孤児の少年剣士の俺が、世界に語り継がれる伝説の存在になるまでの物語。


 いかがでしたか? この作品が少しでも、面白いな、続きが気になるなと思われた方は、ブクマや評価などで応援してくださると作者のモチベが上がります。


 次の更新は八月二十五日の月曜日です。


 三作同時連載を予定しており、文字数も多いため、このような更新頻度となります。


 申し訳ありませんが、途中まででもお付き合いくださると嬉しいです。


 こちらも作者の身に何か不都合がない限りは、完結を保証しますので、どうか今後とも拙作をよろしくお願いします。

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