小説家 1日目
今日は、2025年7月10日。夏の朝の光が、ノートパソコンの液晶を白く照らしていた。今日が、小説を書く初めての日。
机の上には、メモとペン、そして開いたままの真っ新な原稿用紙ファイル。カーソルが点滅している。まるで鼓動のようだった。昨日までは「小説を書きたい人」だった。今日からは「小説を書く人」にならなければならない。その重みが、冷房の効いた部屋でも手のひらにじっとりと汗をにじませる。
何を書けばいいのか。頭は真っ白だった。アイデアノートには走り書きの断片がいくつかある。けれど、どれも「小説」という形になる気がしない。キーボードに指をかざす。しかし、指は動かない。書き始めることの怖さに、初めて気づいた。この空白が永遠に続くのではないかという不安が、喉を締め付ける。
深呼吸を一つ。吸って、吐いて。心臓の音が少し落ち着いた気がした。不安は消えない。それでも、とにかく始めなければ。ここで止まってはいけない。今日が初日なのだから。
震える指で、ようやく一つのキーを押した。
『き』
画面にひらがなが一つ、ぽつりと浮かんだ。小さな黒い文字。それは世界の始まりのように、そして自分自身の新しい始まりのように見えた。たった一文字。しかし、その一文字が、空白を破った。次の文字が、少しだけ待っている気がした。2025年7月10日、私は小説を書き始めた。そして、初めて小説を完成させた。