表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

私は、いらない子だったかもしれない

作者: 七星鈴花
掲載日:2025/07/10

 お読みいただきありがとうございます。初投稿です。

 私は、いらない子だったかもしれない。いる子でもある。

 画面の白が眩しい。テキストカーソルが点滅している。

 冷房の効いた部屋なのに、キーボードに乗せた指が湿っている。

 今日、私は初めて小説を書く。自分の話を。でも、自分の名前では書けないから、別の世界の別の名前を借りることにした。

 震える指で、最初の一文字を打った。






 公爵家の長女リーゼが初めて魔力検査を受けたのは五歳の春だった。結果は「極小」。

 検査官は何も言わなかったが、父の顔から表情が消えたのをリーゼは覚えている。それでも、まだ愛されていた。おやすみなさいの前に母が頭を撫でてくれた。絵本を読んでくれた。リーゼの世界は小さくて、温かかった。


 妹のノエルが生まれたのは、リーゼが六歳の秋だった。

 ノエルが生まれた日、屋敷中が歓声に包まれた。産声を上げた瞬間、部屋に光が満ちたのだという。すぐに魔力検査を受けると、結果は「極大」だったらしい。

 リーゼは、使用人に手を引かれて母の寝室に入り、小さな妹を覗き込んだ。かわいい、と思った。母の目が妹だけを見ていることには、まだ気づかなかった。


 季節が変わるごとに、リーゼの世界は少しずつ削られていった。

 おやすみなさいの前に頭を撫でてくれることがなくなった。母は、いつもノエルの部屋にいた。

 両親が会ってくれるのはついに食事のときをだけになった。食卓で今日あったことを話しても、父は生返事を返すだけで、目は手元の書類に向いていた。


 十歳の誕生日の朝、リーゼは少しだけ期待して目を覚ました。

 去年は忘れられていた。でも、今年は違うかもしれない。夢の中で母が「おめでとう」と笑ってくれたから。

 食堂に降りると、いつもと同じ朝食が並んでいた。パンとスープと果物。

 父は、書類を見ていた。母はノエルの髪を結んでやりながら、今日の予定を話していた。

 リーゼは、自分の席に座った。「おはよう」と言った。父が「ああ」と返した。母と妹には、無視された。

 昼が過ぎ、夕方になった。陽が傾いて、窓から橙色の光が廊下に伸びた。

 リーゼは自室の扉の前に立って、まだ待っていた。使用人の足音が聞こえる。

 誰かが扉を叩いて、「おめでとう」と言ってくれるかもしれない。

 結局、誰もいなかった。


 ノエルの誕生日には、朝から屋敷の空気が柔らかくなった。母が花を飾り、父がノエルに贈り物を手渡した。銀の腕輪だった。

 夕食の後には苺のケーキが出て、ノエルが蝋燭を吹き消すと皆が拍手した。ノエルの細い手首で腕輪が光るのを、リーゼは隣で見ていた。リーゼもその日は新しい服を着せてもらえた。妹の隣で笑う役を与えられたからだ。

 妹が生まれるまでは、リーゼにもそういう誕生日があった。


 今日、リーゼの十歳の誕生日に、花はない。ケーキや贈り物もない。おめでとうの一言すらない。

 夜、自室でリーゼは膝を抱えた。

 泣こうとしたけど、泣けなかった。涙を流すには、まず自分が悲しんでいいのだと信じなければならない。リーゼにはその許可を与えてくれる人が誰もいなかった。

 暗い天井を見つめながら、リーゼは思った。


(私はこの屋敷にいるのに、誰にも見えていない。いらない子なのかもしれない。いらない子なら、せめてそう言ってほしかった。そうすれば、ここにいる理由を探さなくて済むのに)


 それから二年が過ぎた。十二歳の冬、父の書斎に呼ばれた。

 父は机の向こうに座り、一通の手紙を差し出した。遠縁のヴェーバー男爵家がリーゼを養女として迎えたいという。

 父は、「おまえのためだ」と言った。しかし、その目は窓の外を見ていた。

 リーゼは、手紙を読まなかった。読まなくても分かっていた。ようやく、いらない子だと言ってもらえた。そのことに、どこか安堵している自分がいた。

 母は、書斎にいなかった。この話し合いに、母は来なかった。


 出発の朝は晴れていた。

 荷物は小さな旅行鞄一つだった。十二年暮らした屋敷を出るのに、鞄一つで足りてしまう。その事実が、何よりも静かにリーゼを傷つけた。

 門の前に馬車が停まっていた。御者が扉を開けて待っている。リーゼが馬車に向かって歩き出したとき、背後で聞き慣れない声がした。


「お姉様」


 振り返ると、ノエルが立っていた。走ってきたのか、頬が赤い。口が動いた。何か言おうとしている。

 リーゼは、聞かなかった。聞きたくなかった。

 今さら優しい言葉をかけられたら、困ってしまう。だから笑った。大丈夫という形だけの笑顔を作って、振り返って、馬車に乗った。

 扉が閉まった。馬車が動き出した。車窓に屋敷が映り、揺れ、小さくなった。

 リーゼは、前だけを見ていた。






 三時間かけて書いた作品を、画面の上から下まで読み返した。

 公爵令嬢リーゼ。異世界の貴族の少女。馬車に乗って屋敷を離れた少女。

 私はリーゼと違って、どこにも行っていない。あの家に、まだいる。

 引き取りたいと言ってくれる人もいなければ、出ていく理由を与えてもらえたこともない。

 いらない子ですらない。ただ、いる子。それが一番苦しいのだと、書いてみて初めてわかった。

 だから、リーゼには馬車を用意した。私が持っていないものを、せめて彼女には渡したかった。

 彼女がただいる子ではなくいる子になれるのを願っている。

 お読みいただきありがとうございました。作品の下の方にある☆☆☆☆☆を押していただけると、励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
物語は傷を癒やすかも知れない。癒されなくてもいい。必要とされたい、必要と思われなくてもいい。ただ書いている作り手が、明日に向かって踏み出す一歩になったら十分だと思います。書き手の言葉を受け取るたくさん…
作品を読ませて頂いて、リーゼとノエルの互いの想いに考えさせられました。リーゼは先に産まれて来てしまった事を後悔して妹のノエルを羨ましく思う。誕生日では妹のノエルは盛大に祝ってくれる両親、しかし自分の誕…
自分の足で出ていける日が来ます。 私がそうでした。 だから、その日が来るまで密やかに準備しましょう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ