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「和の国興亡記」第24話「影山無名 国家への献身」

**時期**:グランベルク暦1247年初冬の夜、午前3時

**場所**:桜京郊外「静寂の館」・茶室

**天候**:月が雲間から顔を出し、館を静寂が包む

### 【機能的な茶室での最後の面談】


桜井義信との面談を終えたクラル王は、最後の客人を迎える準備をしていた。


茶室は他の二室とは大きく異なる空間だった。**機能的でありながら計算された空間**——無駄な装飾はないが、すべてのものが意図的に配置されている。畳は新しく、茶道具は実用的で美しく、そして何より、部屋全体に静寂と集中力を促す雰囲気があった。


影山無名が部屋に入ってきた時、その表情には普段の冷静さに加えて、深い疲労と決意が刻まれていた。54歳の忍騎士団長は、この夜が自分にとって運命的な夜になることを理解していた。


「無名殿、お疲れさまでした」クラル王が茶を点てながら挨拶した。


「陛下、夜分にお時間をいただき、恐縮です」無名が丁寧に頭を下げた。


二人は向かい合って座った。茶室の静寂の中で、クラル王が点てた茶の香りが漂っている。


「この茶室は、君のために特別に設計しました」クラル王が説明した。「実用性と美しさを両立させた空間——まさに君の理念を表現したものです」


無名は周囲を見回した。確かに、すべてが計算されているが、同時に心安らぐ空間だった。


「お気づかいをありがとうございます」無名が感謝した。


### 【策略の全貌公開】


茶を一服した後、無名は深呼吸をして重大な決断を下した。


「陛下」無名が真剣な表情で口を開いた。「**全てを話します**」


この言葉に、クラル王は静かに頷いた。無名の覚悟を理解していた。


「私が仕掛けた策略の全貌を、包み隠さずお話しいたします」無名が続けた。「もはや隠し事をしている場合ではありません」


クラル王は茶碗を置いて、無名の告白に集中した。


#### 外敵情報の詳細分析


無名は最初に、外敵に関する詳細な情報を開示した。


「**両国の軍事計画**について、まず報告いたします」無名が正確な数字を挙げた。


「アーサー王国軍は重装騎兵5000騎、歩兵15000名、攻城兵器100台。指揮官はガウェイン卿、作戦名『聖剣作戦』。**侵攻予定は明日の夜明け**です」


クラル王は無名の情報の正確さに内心で驚いた。


「ベルガモット王国軍は軽装騎兵3000騎、弓兵12000名、魔導師団500名。指揮官はオリヴィエ伯爵、作戦名『薔薇の嵐作戦』。こちらも**同時刻に侵攻開始**です」


「**戦力分析**では、我が国の勝算は通常の状態で15%程度。しかし、現在の分裂状態では5%以下です」無名が冷酷な現実を述べた。


#### 偽情報作戦の詳細


次に、無名は自分が仕掛けた偽情報作戦について詳細に説明した。


「**武田派への偽情報**として、桜井派が外国と内通しているという偽造書簡を流しました」無名が具体的な手法を明かした。「狙いは武田殿の疑心暗鬼を煽ることでした」


「**桜井派への偽情報**では、武田派がアーサー王国と軍事同盟を結ぼうとしているという情報を流しました。義信殿の正義感を刺激して、武田派への対立意識を高める目的でした」


クラル王は無名の緻密な計算に感嘆した。


「**民衆への偽情報**では、外国スパイの活動と三騎士団の裏切りを示唆しました。ただし、外敵侵攻の情報は事実です。民衆の危機感を高めるためでした」


「**どんな反応を期待したか**ですが」無名が続けた。「三騎士団の対立を最高潮まで高め、その後の外敵侵攻により強制的な団結を図る計画でした」


#### 二重スパイ活動の全貌


最後に、最も複雑な二重スパイ活動について説明した。


「**アーサー王国のスパイ、エドワードに対して**、我が国の戦力を実際より30%少なく報告し、三騎士団の対立が修復不可能であると伝えました」


「**ベルガモット王国のスパイ、フランソワに対して**、内部分裂の詳細を誇張して報告し、桜井派が平和交渉に応じやすいと伝えました」


無名は深刻な表情で続けた。


「**真の目的**は、両国に過度の自信を抱かせ、同時侵攻を確実に実行させることでした。別々の時期に侵攻されるより、同時侵攻の方が団結の効果が高いと計算したからです」


### 【動機と苦悩の吐露】


策略の詳細を説明した後、無名は自分の内面について語り始めた。


#### 国家優先の思想


「私の基本的な考えは」無名が自分の価値観を説明した。「**個人の感情より国家の存続**が優先されるべきだということです」


「この思想は幼少期から叩き込まれました」無名が過去を振り返った。「忍者の家系として、個人の感情を殺してでも任務を遂行する——それが我が家の家訓でした」


クラル王は無名の厳しい生い立ちを理解した。


「しかし」無名の声が震えた。「今回の作戦は、その信念を試す最大の試練でした」


#### 仲間への罪悪感


無名は最も辛い部分について語った。


「**信頼する仲間を欺いた罪**について、毎夜苦しんでいます」無名が涙を浮かべた。


「武田殿、桜井殿——彼らは私を信頼し、友人として接してくれました。その彼らを、私は計算された嘘で欺いた」


無名は手を震わせながら続けた。


「特に辛いのは、彼らが私を『正直な現実主義者』として信頼していたことです。その信頼を利用して、偽情報を信じ込ませた」


#### 孤独な重圧


「**誰にも相談できない作戦の責任**も、私を苦しめています」無名が孤独を吐露した。


「部下たちは忠実ですが、この作戦の全貌を理解できません。説明すれば、彼らを苦しめることになる」


「他の二人に相談することもできません。彼らもまた、作戦の対象だからです」


無名は天井を見上げた。


「この重圧を一人で背負うことが、これほど辛いとは思いませんでした」


#### 家族への犠牲


最も痛ましいのは、家族への影響だった。


「**妻にも子にも真実を話せない苦しみ**は、想像以上でした」無名が家族について語った。


「長男の影太郎は『父さんの商売は立派だ』と誇りに思っています。長女の朧は『父さんのような商人になりたい』と言います」


無名の目から涙がこぼれた。


「もし彼らが真実を知ったら...私の仕事の本質を知ったら...どう思うでしょうか」


「妾の雪子は、私の商売の不振を心配してくれています。『あなたが心配だ』と言って、私を慰めてくれます」


無名は声を震わせた。


「その優しさが、逆に私を苦しめます。彼らの愛情が深いほど、嘘をついている罪悪感が増すのです」


### 【クラル王の深い理解】


無名の告白を聞いて、クラル王は深い理解と敬意を示した。


#### 忍者道の究極形


「無名よ」クラル王が静かに語りかけた。「君が実践しているのは、**忍者道の究極形**ですね」


「究極形、ですか?」無名が尋ねた。


「**自分の心を殺してでも任務を遂行する**——これは普通の人間にはできないことです」クラル王が説明した。「君は自分の感情、友情、家族への愛情、すべてを犠牲にして国を守ろうとしている」


クラル王は無名の犠牲の大きさを理解していた。


「これは単なる職業的義務を超えています。これは魂の献身です」


#### 策略家の宿命


「君のような策略家の宿命について話そう」クラル王が続けた。


「**理解されないことを承知で国を守る**——これがどれほど困難なことか、私は理解している」


クラル王は自分の経験を語った。


「私も1000年の統治の中で、同様の決断を迫られたことがあります。民衆の非難を受けることを承知で、国を救うために非情な決断を下したことが」


「そのような時」クラル王が無名を見つめた。「真の愛国者は孤独に決断し、孤独に責任を負うものです」


#### 無名への敬意


クラル王は立ち上がって、無名に深々と頭を下げた。


「**君のような人がいるから国が守られる**のです」


この行動に、無名は驚いた。神王が自分に頭を下げるなど、考えられないことだった。


「陛下、そのようなことは...」


「いえ」クラル王が遮った。「君の献身に対する敬意です。君は自分の名誉、友情、家族の信頼、すべてを犠牲にして国を守ろうとしている」


「君のような真の愛国者に、私は最大の敬意を払います」


#### 新しい役割の提案


最後に、クラル王は無名に重要な提案をした。


「無名よ、私から君に提案があります」クラル王が新しい可能性を示した。


「**表に出て、正々堂々と仕えよ**」


この提案に、無名は困惑した。


「表に出る、ですか?しかし、私は影で働く者です」


「君はもう十分に影で働きました」クラル王が説明した。「今度は光の下で、君の真の能力を発揮する時です」


クラル王は具体的な提案をした。


「三騎士団が統合された時、君が統合軍の参謀長となってはどうでしょうか。もう嘘をつく必要はありません。堂々と、正直に国に仕えるのです」


無名は可能性を考えた。


「でも、私が今まで仕掛けた策略が明らかになれば...」


「それも含めて、正直に話すのです」クラル王が励ました。「君の策略は、国を救うためのものでした。その動機を正直に説明すれば、きっと理解してもらえるでしょう」


### 【新たな希望】


クラル王の提案を聞いて、無名の心に新しい希望が生まれた。


「もし...もし本当に正直に仕えることができるなら」無名が恐る恐る口にした。


「君の能力を、正当な方法で活用するのです」クラル王が確信を込めて言った。「情報分析、戦略立案、組織運営——君には優れた能力がある」


「家族にも真実を話せるでしょうか」無名が最も気になることを尋ねた。


「段階的に、適切な方法で」クラル王が答えた。「『国を守る重要な仕事をしている』という事実は話せるでしょう」


無名は長い間考え込んだ。そして、ついに決断した。


「分かりました」無名が新しい道を選択した。「私は今日から、正直に生きてみます」


「素晴らしい決断です」クラル王が評価した。


「ただし」無名が条件を付けた。「今回の作戦が失敗した場合、すべての責任は私が負います」


「その覚悟も立派です」クラル王が頷いた。「しかし、作戦は成功するでしょう。君が仕組んだ通りに」


茶室の静寂の中で、影山無名は長年の重荷から解放され、新しい人生への希望を見出していた。


影で国を守る忍者から、光の下で仕える武士への転身——それは彼にとって、生まれ変わりにも等しい変化だった。


「ありがとうございました、陛下」無名が深い感謝を込めて礼をした。


「君の勇気と献身に感謝します」クラル王が答えた。「君のような人がいる限り、この国は安全です」


夜明けが近づく中、三騎士団長すべてとの面談が完了した。そして数時間後、大和国の運命を決する決戦が始まろうとしていた。

**次回予告:第25話「三者の相互理解と和解」**

*三騎士団長との個別面談を終えたクラル王は、ついに三人を一堂に集める。真実を知った武田信玄、自信を得た桜井義信、解放された影山無名——彼らは互いの真意を理解し、長年の誤解を解くことができるのか。田中翁の墓前で交わされる最後の握手と、新たな誓い。そして迫りくる夜明けと共に、外敵の侵攻が始まる...*

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