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「和の国興亡記」第22話「武田信玄 父への想い」

**時期**:グランベルク暦1247年初冬の夜

**場所**:桜京郊外「静寂の館」・和室

**天候**:雪が止み、星が美しく輝く静寂な夜

### 【対話の始まり】


「静寂の館」の和室は、まさに日本の伝統美を体現した空間だった。6畳の畳敷きに、床の間には武田家の家紋が刻まれた刀掛けが設置されている。部屋の中央には囲炉裏があり、炭火がゆらゆらと燃えて温かい光を放っていた。


武田信玄は正座して、神王クラルの到着を待っていた。62歳の侍騎士団長の表情には、深い緊張が浮かんでいる。


(**神王陛下の前で何を話せば...**)信玄の心は動揺していた。(私のような者が、あの伝説の神王と対等に話すなど...)


戸が静かに開き、クラル王が入室した。しかし、その姿は信玄が想像していたものとは異なっていた。


神王は華麗な王装束ではなく、質素な和服に身を包んでいた。深い藍色の着物に、黒い羽織という、まるで一人の老人のような装いだった。


「信玄殿、お疲れさまでした」クラル王が穏やかに挨拶し、信玄の向かいに座った。


「こ、光栄にございます、陛下」信玄が深々と頭を下げた。


しかし、クラル王は手を振ってそれを制した。


「**堅苦しい敬語は要らない。一人の老人として話そう**」クラル王の声は、驚くほど親しみやすかった。「私は今夜、神王ではなく、ただのクラルという名の老人だ」


この言葉に、信玄は困惑した。神王ともあろう方が、自分のような者に対等な対応を求めている。


「しかし、陛下は...」


「私は君より200歳ほど年上だが」クラル王が微笑んだ。「年の差など、人生の前では些細なことだ。君もまた、62年という長い人生を歩んできた。その経験に敬意を払いたい」


囲炉裏の火が二人の顔を優しく照らし、**まるで祖父と孫の対話**のような温かな雰囲気が生まれた。信玄の緊張が少しずつ和らいでいく。


「では...クラル様とお呼びしても?」信玄が恐る恐る尋ねた。


「それで結構だ」クラル王が頷いた。「むしろ、その方が話しやすい」


### 【過去の真実の開示】


クラル王は囲炉裏に薪を加えながら、重要な話を始めた。


「信玄よ、君に話しておかねばならないことがある」クラル王の声に深い感情が込められた。「**君の父君、武田信行殿を救ったのは私だ**」


この言葉に、信玄の体が震えた。


「父を...救った?」


「そうだ」クラル王が57年前の記憶を蘇らせた。「ネオニッポン事件と呼ばれる悲劇。12,000人の日本人が異世界に取り残された時、私は救出作戦を指揮した」


クラル王の語る**帰還拒否者救出作戦の詳細**は、信玄にとって初めて聞く内容だった。


「あの時、君の父は絶望の淵にいた」クラル王が回想する。「家族と引き離され、見知らぬ世界で生きていく希望を失いかけていた」


信玄は父親についての新たな側面を知り、驚いた。自分が知る父は、常に強く、決して弱音を吐かない武士だった。


「しかし、信行殿は仲間たちのために立ち上がった」クラル王が続けた。「『自分が希望を失えば、皆も希望を失う』と言って、皆を励まし続けた」


「それが...父らしい」信玄が呟いた。


「そして、この土地での新しい生活を始める時」クラル王の声が重くなった。「信行殿は私に最後の願いを託した」


クラル王は深呼吸をして、**信行の最期の言葉**を伝えた。


「**『息子に新しい時代を作ってほしい』**——これが君の父の遺言だった」


信玄は衝撃を受けた。「新しい時代を...?**父は...変化を望んでいたのか**」


「そうだ」クラル王が確信を持って答えた。「信行殿が最も恐れていたのは、古い時代の誤りを繰り返すことだった。『息子には、我々が経験した苦しみを味わわせたくない』とよく言っていた」


### 【父の真意の理解】


クラル王は信玄の混乱を察し、丁寧に説明を続けた。


「君の父の教えの真意を話そう」クラル王が穏やかに語りかけた。「**信行の本当の教えは、伝統を守りつつ、時代に適応せよ**ということだった」


信玄は目を見開いた。


「しかし、私が聞いた父の教えは...」


「『武士道を貫け』『血統を大切にしろ』『変化を恐れるな』——確かに信行殿はそう言っていた」クラル王が頷いた。「しかし、最後の『変化を恐れるな』という部分を、君は聞き逃していたのではないか」


信玄は愕然とした。確かに、父の教えの中にはそのような言葉もあった。しかし、自分は伝統保持の部分ばかりに注目していた。


「**武田家の家訓『人は石垣、人は城』の再解釈**も必要だ」クラル王が重要な指摘をした。


「これは排除の思想ではない。包容の思想だ。あらゆる人を石垣として受け入れ、共に強固な城を築くという意味なのだ」


信玄の頭の中で、様々な記憶が新しい意味を持って蘇ってきた。父が現地人に対して見せた優しさ、混血の子供たちへの温かい眼差し、そして異文化との調和を説く言葉。


「**私は父の教えを曲解していた**」信玄が震え声で呟いた。


「いや」クラル王が優しく否定した。「君は父を愛するあまり、純粋すぎる解釈をしただけだ。それは美しいことでもある」


信玄の目に涙が浮かんだ。


「**私は...私は父の期待に応えたくて、頑なになりすぎた**」信玄が涙ながらに告白した。「父の威厳を守ろうとして、父の本当の心を見失っていた」


「君の気持ちはよく分かる」クラル王が共感を示した。「父親への愛情が深いほど、完璧な継承を求めてしまうものだ」


信玄は深い後悔の念に襲われた。62年間、自分は間違った道を歩んでいたのか。


「しかし」クラル王が希望を示した。「今からでも遅くない。**父なら、必ず融和を選んだだろう**」


この言葉に、信玄の心に光が差した。


「そうだ...」信玄が確信を得た。「父は仲間を大切にする人だった。対立よりも協調を重んじる人だった」


「その通りだ」クラル王が微笑んだ。「信行殿なら、今の状況をどう判断するだろうか」


信玄は父親の人格を思い出した。困難な状況でも冷静さを保ち、仲間の意見に耳を傾け、最善の解決策を見つけようとする姿勢。


「父なら...桜井殿や影山殿と話し合って、共に国を守る道を見つけようとするでしょう」信玄が新しい理解に達した。


### 【重荷からの解放】


信玄の告白を聞いて、クラル王は深い同情を覚えた。


「信玄よ、君は62年間という長い間、重い責任を背負い続けてきた」クラル王が慰めの言葉をかけた。


**責任感の重圧**について、信玄は初めて率直に語った。


「私は...父の跡を継いだ時から、ずっと恐れていました」信玄が心の奥底を明かした。「自分が父の期待に応えられないのではないか、父の築いた名誉を汚すのではないかと」


「その重圧がどれほどのものか、私にも理解できる」クラル王が共感を示した。「偉大な父を持つ者の宿命だ」


信玄は続けた。


「だから私は、父の教えを厳格に守ることで、父に認めてもらおうとしました。少しでも変化を許せば、父を裏切ることになると思い込んでいました」


クラル王は信玄の手を取った。


「**君は十分に父の誇りとなっている**」クラル王が断言した。「62年間、君は父の教えを実践し、仲間を守り、国を支えてきた。信行殿は君を誇りに思っているはずだ」


この言葉に、信玄は長年の重荷が軽くなるのを感じた。


「しかし」クラル王が新しい視点を提示した。「今、君には**新しい使命**がある」


「新しい使命?」


「君はもはや単なる伝統の守護者ではない」クラル王が説明した。「**伝統と革新の橋渡し役**となるのだ」


この概念は、信玄にとって全く新しいものだった。


「伝統を捨てるのではない」クラル王が続けた。「伝統の精神を保ちながら、新しい時代に適応させるのだ。それこそが、父の真の願いだったのではないか」


信玄の心境に大きな変化が起きていた。**固い決意から柔軟な強さへ**の転換だった。


「私は...今まで石のように固くなっていました」信玄が自己分析した。「しかし、本当の強さとは、柔軟性を持ちながらも折れない竹のような強さなのかもしれません」


「素晴らしい理解だ」クラル王が評価した。「武士道の真髄は、まさにその柔軟な強さにある」


### 【新しい決意】


対話の終盤、信玄は全く新しい人間として生まれ変わろうとしていた。


「クラル様」信玄が感謝を込めて語った。「あなたのおかげで、父の本当の心を理解することができました」


「理解したのは君自身だ」クラル王が謙遜した。「私はただ、きっかけを与えただけだ」


信玄は立ち上がって、深々と頭を下げた。


「私は今日から、新しい武田信玄として生きていきます」信玄が宣言した。「父の真の教えを実践し、伝統と革新の架け橋となります」


「具体的には、どうするつもりか」クラル王が尋ねた。


「まず、桜井殿と影山殿に謝罪します」信玄が明確に答えた。「そして、三人で話し合い、この国を守る最善の方法を見つけます」


「それは容易なことではないだろう」クラル王が現実を指摘した。


「はい」信玄が覚悟を示した。「しかし、父ならそうしたでしょう。私も父の息子として、困難な道を歩む覚悟です」


クラル王は信玄の変化を見て、深い満足感を覚えた。


「君の父は、今頃天国で喜んでいるだろう」クラル王が微笑んだ。


囲炉裏の火が温かく二人を照らす中、武田信玄は62年間の重荷から解放され、新しい使命を見出していた。


外では夜が深くなり、星が美しく輝いている。明日は新しい日だった。そして、武田信玄にとって、それは新しい人生の始まりでもあった。


「ありがとうございました、クラル様」信玄が心からの感謝を述べた。


「こちらこそ、貴重な時間をありがとう」クラル王が答えた。「君との対話は、私にとっても大きな学びとなった」


二人は静かに別れを告げた。信玄は新しい決意を胸に和室を後にし、クラル王は次の面談への準備を始めた。


長い夜は続いていたが、希望の光が見え始めていた。

**次回予告:第23話「桜井義信 血筋を超えて」**

*次は桜井義信との面談。洋風の書斎で、暖炉の前のソファに座り、クラル王は義信の血筋コンプレックスと向き合う。「血筋がない私に日本人を名乗る資格があるのか」という長年の苦悩に対し、クラル王は自身の1000年の経験から答えを示す。血筋への固執の無意味さと、真の価値について語られる時、義信の心に何が起こるのか...*

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