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「和の国興亡記」 第20話「嵐の前の静寂」

**時期**:グランベルク暦1247年初冬

**場所**:大和国各地、国境地帯

**天候**:重い雲が空を覆い、雪がちらつく寒い日

### 【緊張の高まり】


田中翁の危篤状態が公表されてから三日が過ぎ、大和国全体に不穏な空気が漂っていた。翁の容体は小康状態を保っているものの、医師は「いつ息を引き取ってもおかしくない」と家族に告げていた。


そんな中、国境地帯では異常な軍事活動が観測されていた。


#### 軍事偵察の報告


大和国西部国境の見張り台で、国境警備隊長のヨハン・シュミットが望遠鏡を覗いていた。現地人と日本人の混血である彼は、10年間この任務に就いている熟練の軍人だった。


「これは...尋常ではないな」シュミットが呟いた。


望遠鏡の向こうには、アーサー王国の軍隊が大規模に展開している様子が見えた。銀色に輝く甲冑を身にまとった重装騎兵が整然と並び、その数は少なく見積もっても4000騎を超えている。


「隊長!」部下の見張り兵が駆け寄ってきた。「北部国境からも同様の報告が入りました。ベルガモット王国軍が『翠の森』に大軍を展開しているとのことです」


シュミットは血の気が引くのを感じた。両国が同時に軍を国境に集結させるということは、偶然ではあり得ない。


「すぐに桜京に報告しろ。緊急事態だ」


しかし、シュミットが知らなかったのは、この情報が三騎士団に正しく伝達されないということだった。現在の分裂状態では、軍事情報ですら各騎士団が独自に判断し、互いに共有することを拒んでいた。


#### 商人たちの急速な撤退


桜京の商業地区では、異様な光景が展開されていた。外国商人たちが慌ただしく店を閉め、荷物をまとめて国外への避難を急いでいる。


「マルセル商会」の看板を下ろしているフランス人商人、ピエール・マルセルに、近所の大和国商人が声をかけた。


「マルセルさん、どちらへ?」


「申し訳ありません、田中さん」マルセルが慌ただしく答えた。「本国から緊急の召還命令が出ました。政情が不安定になっているとのことで...」


実際は、各国の政府が自国民に対して「大和国からの即座の退避」を命じていた。近日中に軍事行動が開始されることを知っているからだった。


一週間前には20軒以上あった外国商人の店舗が、今では5軒を残すのみとなっていた。街から外国人の姿がほとんど見えなくなり、桜京の国際的な雰囲気は急速に失われていた。


#### 物価の急騰


商人たちの撤退は、即座に物価に影響を与えた。特に深刻だったのは、輸入に依存していた商品の価格高騰だった。


「小麦粉が一袋5銀貨だって?先週は2銀貨だったのに!」主婦の田中花子が食料品店で驚いた声を上げた。


「すみません、仕入れ先から値上げ通知が来まして...」店主の佐藤が申し訳なさそうに答えた。「それに、戦争の噂もありますし、皆さん買い占めに走っているものですから...」


米、塩、油、砂糖といった生活必需品の価格は、軒並み2倍から3倍に跳ね上がっていた。市民たちは戦争への不安から買い占めに走り、それがさらなる物価高騰を招いていた。


「このままでは庶民の生活が成り立たない」桜井派の経済担当官、山田健二が頭を抱えた。


#### 民衆の動揺


平和だった大和国に戦争の影が差すことで、民衆の間には深い動揺が広がっていた。


桜京の公園で、母親たちが子供を遊ばせながら不安そうに話し合っている。


「本当に戦争になるのでしょうか」若い母親のマリアが心配そうに尋ねた。


「分からないけれど...」年配の女性、田中ゆきが答えた。「こんな状況は建国以来初めてよ。外国の軍隊が国境に集まってるなんて...」


子供たちも大人の不安を察知していた。学校では登校を控える児童が増え、街で遊ぶ子供の姿も少なくなっていた。


「お母さん、戦争って何?」7歳の少女、さくらが母親に尋ねた。


母親は答えに困った。この平和な国で育った子供たちに、戦争の恐ろしさをどう説明すればいいのか分からなかった。


### 【三騎士団の完全分裂】


この危機的状況にもかかわらず、三騎士団の分裂状態は改善されるどころか、さらに悪化していた。


#### 桜の騎士団:外交による平和解決


桜井義信の私邸では、緊急の作戦会議が開かれていた。参加者は桜の騎士団の幹部と、理想主義的な政治家、文化人たちだった。


「現在の状況を分析しましょう」義信が地図を広げながら話を始めた。「両国が軍を集結させているのは事実ですが、まだ敵対行為は行われていません」


3世の外交官、ジェームズ・ハートが発言した。


「義信様、私はベルガモット王国との外交交渉を提案します。マリー・アントワネット伯爵夫人は平和的な文化交流を重視しておられます。話し合えば必ず理解していただけるはずです」


義信は頷いた。


「その通りです。**外交による平和解決**こそが、我々の目指すべき道です。武力は最後の手段であり、できる限り避けなければなりません」


桜の騎士団の基本方針は明確だった:

- 即座に両国との外交交渉を開始

- 平和的な解決策を模索

- 軍事的準備は最小限に留める

- 国際世論に訴えて支持を獲得


「我々の理想主義が試される時です」義信が決意を込めて語った。「暴力ではなく対話で、この危機を乗り越えましょう」


#### 侍の騎士団:武力による断固たる抵抗


一方、武田信玄の邸宅では、全く異なる空気が支配していた。武田派の武士たちが甲冑を身に着け、刀の手入れを行いながら作戦を練っている。


「諸君」信玄が厳かに宣言した。「敵は我が国を侮り、武力で脅迫してきた。これは我が武士道への挑戦である」


2世の古参武士、佐藤三郎が立ち上がった。


「信玄様の仰る通りです。外交など無意味です。敵が武力を用いるなら、我々も武力で応じるのが武士の道です」


信玄は刀を抜いて掲げた。


「**武力による断固たる抵抗**——これが我々の選択だ。父・信行の教えに従い、日本の誇りを守り抜く」


侍の騎士団の方針:

- 即座に全軍に戦闘準備命令

- 防御陣地の構築開始

- 民兵の徴兵と訓練強化

- 外交交渉は時間稼ぎに過ぎないと判断


「死を恐れる者は去れ」信玄が部下たちに告げた。「我々は最後の一人まで戦い抜く」


#### 忍の騎士団:秘密裏に防諜作戦を実行


影山商会の地下では、影山無名が最終的な作戦調整を行っていた。


「現在の状況は、我々の計算通りに進んでいる」無名が冷静に分析した。「両国の軍事行動開始まで、あと36時間」


上忍の影丸が報告した。


「団長、桜井派は外交交渉に固執し、武田派は軍事対決を選択しています。両派とも我々との情報共有を拒否しています」


無名は予想通りの展開に満足していた。


「よろしい。我々は**秘密裏に防諜作戦を実行**する。表面上は他の二派と協力を拒否するが、実際は両派を守るための準備を進める」


忍の騎士団の真の計画:

- 敵国のスパイ網の完全掌握

- 要人暗殺計画の阻止

- 重要施設の秘密防衛体制構築

- 最終段階での情報戦展開


「桜井派と武田派には、まだ真実を伝えるな」無名が指示した。「彼らが本当に絶望的な状況に直面した時、初めて団結するだろう」


### 【連携の完全破綻】


三騎士団の分裂は、もはや修復不可能なレベルに達していた。


#### 情報共有の完全停止


最も深刻だったのは、軍事情報の共有が完全に停止したことだった。


国境警備隊長シュミットからの重要な軍事情報は、三つの異なるルートで各騎士団に報告された。しかし、各騎士団は他派との情報共有を拒否し、独自の判断で行動することを決定した。


「桜井派の外交方針は現実を見ていない」武田派の幹部が批判した。


「武田派の軍事優先主義は時代錯誤だ」桜井派の政治家が反論した。


「両派とも感情的すぎる」影山派の実務家が冷笑した。


#### 合同訓練の中止


さらに決定的だったのは、定期的に行われていた三騎士団合同訓練の中止だった。


本来なら、外敵の脅威に対して合同で対処するための訓練を行うべき時期だったが、各騎士団は独自の訓練を行うことを選択した。


桜京郊外の訓練場では、奇妙な光景が展開されていた。同じ訓練場を時間で区切って使用し、各騎士団が他派の存在を無視して訓練を行っている。


「あの連中とは一緒に訓練などできない」

「我々独自の戦術で十分だ」

「協力など期待していない」


#### 指揮系統の混乱


最も危険だったのは、統一指揮系統の完全な崩壊だった。


大和国軍最高司令官である武田信玄の命令を、桜井派と影山派が公然と無視するようになった。同様に、桜井派の外交方針は武田派によって拒否され、影山派の情報は他の二派から疑われていた。


「もはや大和国軍など存在しない」軍事評論家の田中一郎が嘆いた。「あるのは三つの独立した武装集団だけだ」


### 【クラル王の最終判断】


宿屋「桜屋」で、クラル王は重大な決断を迫られていた。


「クラウドさん」女将の田中ゆきが心配そうに尋ねた。「この状況、どうなると思われますか?」


クラル王は窓の外を見つめた。雪がちらつく街並みは美しいが、その美しさが失われる日が近づいている。


「正直に申し上げると、非常に厳しい状況です」クラル王が率直に答えた。「内部分裂したまま外敵を迎え撃つのは、ほぼ不可能でしょう」


「でも、何か方法があるのでは?」ゆきが希望を込めて尋ねた。


クラル王は深く考え込んだ。統治者としての本能は、即座に介入してこの危機を収束させることを求めている。グランベルク王国の軍を派遣すれば、両国の侵攻を阻止することは可能だろう。


しかし、それは大和国の自立性を根本的に破壊することになる。彼らは永遠にグランベルク王国の保護に依存することになり、真の独立国家としての成長は望めない。


(彼らに任せるべきか、それとも介入すべきか...)


クラル王の心は揺れていた。1000年の統治経験の中でも、これほど困難な判断を迫られたことは少ない。


#### 影山無名からの秘密接触


その夜、クラル王の宿に意外な訪問者があった。変装した影山無名だった。


「クラル王陛下、お時間をいただけますでしょうか」無名が丁寧に申し入れた。


「影山殿、どうされました」クラル王が部屋に招き入れた。


無名は慎重に周囲を確認してから口を開いた。


「陛下、実は私には計画があります」無名が秘密を打ち明けた。「この危機を利用して、強制的に三騎士団を団結させる計画が」


クラル王は無名の話を聞いて驚いた。影山無名が仕掛けた壮大な策略の全貌が明らかになったからだ。


「しかし、成功の確率はどの程度ですか」クラル王が現実的な質問をした。


「正直に申し上げると、50%程度です」無名が率直に答えた。「しかし、他に方法がありません」


クラル王は無名の覚悟を評価した。国を救うために自分の名誉を犠牲にする覚悟——それは真の愛国者の証だった。


「分かりました」クラル王が決断した。「私は静観します。あなた方の自力での解決を信じましょう」


### 【運命の夜】


その夜、大和国の各地で重要な出来事が同時進行していた。


田中翁の庵では、翁の容体がさらに悪化していた。医師は「今夜が峠」と家族に告げた。


アーサー王国とベルガモット王国の軍営では、最終的な侵攻準備が完了していた。


三騎士団はそれぞれ異なる準備を進め、統一した対応策は存在しなかった。


影山無名は地下の作戦室で、最後の調整を行っていた。


そして桜京の街では、市民たちが不安な夜を過ごしていた。


「明日は一体どうなるのだろう」多くの人がこう考えながら眠りについた。


しかし、彼らの多くは知らなかった。明日の夜明けと共に、大和国の運命を決する決戦が始まることを。


嵐の前の静寂は、もうすぐ終わりを告げようとしていた。

**次回予告:第21話「神王の正体公開」**

*ついに運命の日が到来する。田中翁の死と同時に、アーサー王国とベルガモット王国が同時侵攻を開始。三騎士団の分裂は極限に達し、大和国は絶体絶命の危機に陥る。その時、クラル王が遂に正体を明かし、神王としての権威で最後の仲裁を試みる。しかし、田中翁の暴露により既に正体が知られていたクラル王の介入は、果たして成功するのか...*

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