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「和の国興亡記」第17話「忍の暗躍」

**時期**:グランベルク暺1247年晩秋、深夜

**場所**:影山商会地下秘密本部、大和国各地

**天候**:新月の暗い夜、冷たい霧が立ち込める

### 【地下深くの戦略会議】


影山商会の地下深く、一般の客や従業員が決して足を踏み入れることのない秘密の部屋で、重要な会議が行われていた。


この地下施設は、建物の設計段階から綿密に計画された諜報活動の本拠地だった。厚い石壁に囲まれ、外部からの盗聴は不可能。魔法的な探知も防ぐ特殊な結界が張られている。部屋の中央には大きな円卓があり、その周りに影山無名の最も信頼する諜報員たちが集まっていた。


影山無名は円卓の上座に座り、膨大な情報資料を前に置いていた。54歳の忍騎士団長の表情は、いつになく深刻だった。


「諸君」無名が静かだが確信に満ちた声で口を開いた。「我が大和国は、建国以来最大の危機に直面している」


無名の前に広げられた地図には、アーサー王国とベルガモット王国の軍事配置が詳細に記されていた。赤い印で示された敵軍の位置、青い矢印で示された予想進軍ルート、そして黄色い円で囲まれた重要拠点——すべてが、迫りくる侵攻の現実を物語っていた。


「まず、現状を正確に把握しよう」無名が報告書を開いた。


### 【完全な情報収集】


無名の諜報網による**情報収集**は、驚くほど詳細で正確だった。


「影丸、アーサー王国の軍事状況を報告せよ」


上忍・影丸が立ち上がって報告した。30歳の彼は、無名の右腕として長年活動してきた優秀な諜報員である。


「アーサー王国軍の配置は以下の通りです」影丸が地図を指しながら説明する。「重装騎兵5000騎が西の国境から15キロの『白銀平原』に集結。歩兵15000名が後方の『鉄の砦』で待機。攻城兵器100台が『雷鳴の丘』に配置されています」


影丸の報告は具体的だった。


「指揮官はガウェイン卿、副将はガレス卿とガラハッド卿。作戦名は『聖剣作戦』。開始予定は72時間後の夜明けです」


続いて、もう一人の上忍・霧女が報告した。25歳の女性諜報員で、変装術と潜入技術に長けている。


「ベルガモット王国の状況です」霧女が別の地図を示した。「軽装騎兵3000騎が北の国境『翠の森』に展開。弓兵12000名が『月光の谷』に配置。魔導師団500名が『星の湖』で術式の準備を行っています」


霧女も詳細な情報を持っていた。


「指揮官はオリヴィエ伯爵、魔導師長はメリン老人。作戦名は『薔薇の嵐作戦』。こちらも72時間後の夜明けに開始予定です」


無名は両方の報告を聞いて頷いた。


「両国とも、我が国の内部分裂が頂点に達するのを待っている。田中翁の容体悪化も計算に入れているだろう」


### 【冷徹な現状分析】


無名は立ち上がって、大和国の戦力を冷徹に分析した。


「我が大和国の軍事力を確認しよう」無名が別の資料を開いた。「桜の騎士団400名、侍の騎士団250名、忍の騎士団150名。総計800名の正規軍に加え、民兵約2000名」


数字だけを見れば、敵軍の4分の1以下の戦力だった。


「しかし、最も深刻な問題は数ではない」無名が重要な点を指摘した。「現在、三騎士団は互いに情報共有を停止し、連携した作戦行動を拒否している」


中忍の風太が憂慮を表明した。


「つまり、実際の戦闘では各騎士団が個別に戦うことになる」


「その通りだ」無名が頷いた。「800名の統一軍として戦えば何とか対抗できるかもしれないが、3つに分裂した状態では勝利は絶望的だ」


無名は円卓を見回した。


「**内部分裂では外敵に対抗不可能**——これが冷徹な現実だ」


### 【危険な賭けの決意】


無名は長い沈黙の後、重大な決断を下した。


「私は一つの策を考えている」無名の声に、普段とは異なる緊張感があった。「ただし、これは極めて危険な賭けだ」


諜報員たちが身を乗り出した。


「どのような策でしょうか」影丸が尋ねた。


無名は深呼吸をして答えた。


「**あえて対立を煽って危機感を演出する**」


この言葉に、部屋が静まり返った。


「団長、それは...」霧女が驚きを隠せなかった。


「味方同士の対立を、さらに激化させるということですか」風太が確認した。


無名は頷いた。


「現在の状況では、三騎士団は外敵よりも互いの対立を重視している。しかし、本当に国家存亡の危機が迫れば、彼らも現実を見るはずだ」


無名の計画は大胆だった。


「私は三騎士団の対立を意図的に最高潮まで煽る。同時に、外敵の侵攻情報を小出しにして危機感を高める。そして、最終的に外敵が侵攻してきた時、強制的な団結を実現するのだ」


これは**最終目標として外圧による強制的な団結**を狙った、極めて危険な策略だった。


「しかし、団長」影丸が懸念を表明した。「もし計算が外れれば、国家は完全に崩壊します」


「分かっている」無名が冷静に答えた。「だからこそ危険な賭けなのだ。しかし、他に手はない」


### 【二重スパイ作戦の開始】


無名の策略は、まず**二重スパイ作戦**から始まった。


#### アーサー王国への情報操作


「影丸、お前はアーサー王国のスパイ、エドワードに接触しろ」無名が指示を出した。


「どのような情報を流しましょうか」影丸が確認した。


「大和国の軍事情報を流すのだ。ただし、偽情報を混入させる」無名が詳細な作戦を説明した。「我が国の戦力を実際より30%少なく報告しろ。また、三騎士団の対立が修復不可能なレベルにあることを強調しろ」


無名の狙いは明確だった。アーサー王国に過度の自信を抱かせ、慢心による戦術的ミスを誘発することだった。


「同時に、武田信玄殿の居場所と行動パターンも教えろ」無名が冷酷な指示を追加した。


この情報により、アーサー王国は武田派への接近を加速させるだろう。その結果、武田派と他派の対立はさらに激化する。


#### ベルガモット王国への誘導工作


「霧女、お前はベルガモット王国の商人スパイ、フランソワに情報を提供しろ」


「どのような内容でしょうか」霧女が尋ねた。


「内部分裂の詳細情報だ。ただし、誇張して伝えろ」無名が指示した。「三騎士団が武力衝突寸前の状態にあり、民衆も暴動の危険があると報告しろ」


この情報により、ベルガモット王国は「人道的介入」の名目で侵攻を正当化できると考えるだろう。


「また、桜井義信殿の理想主義的性格を強調し、平和交渉に応じやすいことを伝えろ」


これにより、ベルガモット王国は外交的アプローチを優先し、軍事的準備に油断が生まれる可能性があった。


#### 同時侵攻のタイミング調整


最も巧妙だったのは、両国の侵攻タイミングを調整する工作だった。


「両国が別々の時期に侵攻してくれば、我々は各個撃破が可能だ」無名が戦略を説明した。「しかし、同時侵攻されれば、二正面作戦を強いられる」


「それでは不利ではないですか」風太が疑問を呈した。


「いや、むしろ好都合だ」無名が冷静に反論した。「同時侵攻という圧倒的な危機に直面すれば、三騎士団も団結せざるを得ない。分裂した状態で個別に侵攻されるより、統一した状態で同時侵攻に対処する方が勝算がある」


無名の計算は精密だった。アーサー王国とベルガモット王国の両方に、相手国の侵攻予定を微調整した情報を流し、完璧に同時侵攻させる計画である。


### 【部下たちの苦悩】


しかし、この冷酷な計画は、無名の部下たちに深刻な精神的負担をもたらしていた。


会議が終わった後、上忍の影丸が無名のもとに残った。


「団長」影丸が重い口調で尋ねた。「味方同士の対立を煽るのは、本当に正しいのでしょうか」


影丸の表情には、深い困惑があった。彼は無名を尊敬し、その判断を信頼してきた。しかし、今回の作戦は、これまでの任務とは根本的に異なっていた。


「私たちは国を守るために働いているのではないのですか」影丸が続けた。「それなのに、なぜ国民同士の争いを煽らなければならないのですか」


無名は影丸の苦悩を理解していた。この作戦は、諜報員としての職業倫理に反する部分があった。


「影丸、お前の気持ちは分かる」無名が珍しく感情を込めて答えた。「私も同じ苦悩を抱えている」


無名は立ち上がって窓の外を見つめた。


「しかし、今は非常事態だ。通常の方法では、この国は確実に滅ぶ。仲間を欺くという罪を犯してでも、国を救わなければならない」


霧女も不安を表明した。


「でも、もし計算が外れて国民同士が本当に戦い始めたら...」


「その責任は、すべて私が負う」無名が断言した。「お前たちは命令に従っているだけだ。罪はすべて私にある」


部下たちの苦悩を見て、無名は自分の孤独を痛感した。この作戦を理解し、支持してくれる人は誰もいない。すべての責任を一人で背負わなければならない。


### 【無名自身の苦悩】


部下たちが任務に出た後、無名は一人地下の部屋に残った。


「私は何をしているのだろう」無名が自分自身に問いかけた。


無名の心には、深い**罪悪感**があった。長年共に戦ってきた武田信玄と桜井義信——彼らは無名にとって、単なる政治的な同僚ではなく、真の友人だった。


特に、茶会での三人の決裂は、無名の心に大きな傷を残していた。


「あの時、私が真実を話していれば...」無名が後悔した。「外敵の脅威を正直に伝えていれば、あんな対立は起きなかったかもしれない」


しかし、それは甘い考えだった。三騎士団の価値観の違いは根本的なもので、外敵の存在を知ったからといって簡単に解決できるものではない。


「いや、違う」無名が自分を叱咤した。「あの対立は必然だった。私の策略とは関係なく、いずれ起きていた」


それでも、友人たちを欺いているという事実は変わらない。


無名は壁に掛けられた鏡で自分の顔を見つめた。そこには、長年の諜報活動で疲れ果てた中年男性の顔があった。


「私は国のために、自分の心を殺している」無名が呟いた。


#### 家族への罪悪感


無名の苦悩は、部下や友人に対してだけではなかった。家族への罪悪感も、彼の心を蝕んでいた。


妾の一人、雪子は無名の商売が順調だと信じている。隠し子の長男、影太郎は父が立派な商人だと尊敬している。長女の朧は、父の帰りを毎日楽しみに待っている。


彼らは皆、無名の真の仕事を知らない。知らないからこそ、無名を純粋に愛し、尊敬している。


「もし真実を知ったら」無名が想像した。「彼らは私をどう見るだろうか」


暗殺、破壊工作、偽情報の流布——諜報員の仕事は、決して美しいものではない。愛する家族に誇れるような仕事ではない。


「私は家族にも嘘をつき続けている」無名の声が震えた。「国を守るためとはいえ、これでいいのだろうか」


#### 孤独な重圧


最も辛いのは、この重大な決断を誰とも相談できないことだった。


武田信玄や桜井義信なら、もし真実を話せば理解してくれるかもしれない。しかし、今は彼らもまた作戦の対象となっている。相談することはできない。


部下たちは忠実だが、この作戦の全貌を理解できるほどの経験と知識を持っていない。彼らに全責任を説明することは、かえって彼らを苦しめるだけだ。


「この重圧を、私一人で背負わなければならない」無名が深いため息をついた。


そして、最も恐ろしいのは、この作戦が失敗する可能性だった。


もし三騎士団の団結が実現せず、外敵の侵攻に対して分裂したまま対処することになれば、大和国は確実に滅亡する。その責任は、すべて無名にある。


「国を救うために国を危険にさらす」無名が矛盾を認めた。「これほど皮肉な話があるだろうか」


### 【策略の実行開始】


翌朝、無名の策略が本格的に始動した。


#### 武田派への偽情報工作


最初のターゲットは武田信玄だった。無名は信頼できる部下の一人、忍丸に重要な任務を与えた。


「忍丸、お前は武田殿に接触し、以下の情報を伝えろ」無名が詳細な指示を与えた。「桜井派が密かにベルガモット王国と通じており、現地人優遇政策と引き換えに、軍事機密を提供していると」


この偽情報は、武田派の疑心暗鬼を煽るように精密に設計されていた。


「根拠として、これを見せろ」無名が偽造した書簡を手渡した。それは、桜井義信の筆跡を完璧に模倣し、ベルガモット王国の外交官宛に書かれた「機密協力」に関する偽の手紙だった。


忍丸は複雑な表情でその書簡を受け取った。


「団長、これは桜井様を陥れることになります」


「分かっている」無名が苦しそうに答えた。「しかし、今はそれしか方法がない」


#### 桜井派への偽情報工作


次に、桜井派に対しても同様の工作が行われた。


「影子、お前は桜井殿に、武田派がアーサー王国と軍事同盟を結ぼうとしているという情報を流せ」


女性諜報員の影子が任務を受けた。彼女は22歳の若い諜報員で、美貌を活かした諜報活動を得意としている。


「根拠資料はこれだ」無名が別の偽造書簡を手渡した。今度は、武田信玄の筆跡で書かれた、アーサー王国への軍事協力を申し出る偽の手紙だった。


影子も困惑した。


「これでは、武田様が売国奴のように見えてしまいます」


「それが狙いだ」無名が冷酷に答えた。「桜井殿の正義感を刺激し、武田派への対立意識を最高潮まで高めるのだ」


#### 民衆への情報操作


最後に、民衆に対しても情報操作が行われた。


「町の噂として、以下の情報を流せ」無名が部下たちに指示した。


「外国のスパイが大和国内で活動している」

「三騎士団のうち、どれかが外国と内通している」

「戦争が近づいている」

「田中翁の容体が急激に悪化している」


これらの情報のうち、最後の二つは事実だった。しかし、最初の二つは半分事実、半分偽情報の巧妙な混合だった。


「事実と虚構を混ぜることで、信憑性を高めるのだ」無名が説明した。


### 【計算外の副作用】


しかし、無名の策略は予想を超えた副作用を生み出した。


偽情報の拡散により、大和国内の不安と疑心暗鬼は極度に高まった。街角では険悪な表情の人々が見られ、商店では買い占めが発生した。


さらに深刻だったのは、三騎士団内部での粛清の動きだった。


武田派では、偽の証拠を基に桜井派に対する敵意が急激に高まった。


「裏切り者め!」武田派の若い武士が桜井派の事務所に押しかける事件が発生した。


桜井派でも同様で、武田派を「軍国主義者」「外国の手先」として非難する声が高まった。


「これでは、本当に内戦が起きてしまう」影丸が無名に報告した。


無名は計算外の事態に動揺した。


「予定よりも反応が激しすぎる」無名が冷や汗をかいた。「もう少し慎重にコントロールしなければ...」


### 【最後の賭けへの覚悟】


夜が更ける中、無名は一人で最終的な作戦の調整を行っていた。


「明日、田中翁が危篤状態になるという情報が流れる」無名が独り言のように呟いた。「その翌日、両国が同時侵攻を開始する」


すべては無名の計算通りに進んでいた。しかし、その代償として、大和国は前例のない混乱状態に陥っている。


「国を救うためなら悪魔にもなる」無名が自分に言い聞かせた。「これが私の選んだ道だ」


無名の覚悟は固まった。たとえ友人たちに恨まれても、家族に軽蔑されても、歴史に悪人として記録されても、大和国を救うためなら何でもする。


それが、影山無名という男の最後の賭けだった。


地下の秘密室で、一人の忍者が国家の運命を握っていた。その策略が成功するか失敗するかは、まもなく明らかになる。

**次回予告:第18話「偽情報作戦」**

*影山無名の偽情報作戦が本格化する。武田派には「桜井派の裏切り」、桜井派には「武田派の軍国主義」、民衆には「外敵侵攻の危機」——巧妙に設計された偽情報が段階的に拡散され、大和国は疑心暗鬼の渦に巻き込まれる。しかし、予想外の副作用により対立が激化し、本当の内戦が勃発する危険性が高まる。果たして無名の計算は成功するのか...*

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