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「和の国興亡記」第7話「世代間の亀裂」

**時期**:グランベルク暦1247年晩秋

序幕 内政官人事の火種


グランベルク暦千二百四十七年、十一月。大和国建国から四ヶ月の月日が流れた。祝祭の熱狂は既に過去のものとなり、新生国家は今、その骨格を固めるための地道で、そして困難な産みの苦しみの真っ只中にあった。その日、思わぬところから持ち上がった一つの火種が、この若い国家を根底から揺るがす、大きな炎となって燃え上がろうとしていた。


内政官の人事を巡る問題。それは、些細な、しかしあまりにも根深い亀裂の始まりであった。


首都桜京の中心にそびえ立つ、漆喰の白壁が美しい政庁。その最も格式高い会議室に、大和国の政治を動かす三人の巨頭が集っていた。議題は「第二次内-政官任命」について。建国時に暫定的に任命されていた、国家の行政を担う官僚たちの、正式な人事を決定するという、極めて重要な会議であった。


重厚な桜材で作られた長大なテーブルを囲み、三者三様の緊張感を漂わせながら、三人の男が座している。理想の輝きをその瞳に宿す、桜の騎士団長にして外政内務大臣、桜井義信。揺るぎない伝統の重みをその肩に背負う、侍の騎士団長にして軍事防衛大臣、武田信玄。そして、全てを見透かすような冷徹な眼差しを持つ、忍の騎士団長にして情報経済大臣、影山無名。


そして、その三人の中心、上座には、この国の生ける伝説であり、最後の「一世」である、田中源蔵翁が、まるで不動の岩のように鎮座していた。


「皆の衆、本日は、内-政官二十名の正式任命について、最終的な協議を行いたい」


九十二歳という年齢を感じさせない、翁の力強い声が、静まり返った会議室に響き渡った。だが、その声とは裏腹に、彼の深い皺が刻まれた表情には、隠しようのない憂慮の色が浮かんでいた。事前の根回しで、この人事問題が、単なる適材適所の議論に留まらず、この国が抱える、より深刻な対立の火種となり得ることを、彼は誰よりも理解していたからである。


第一場 武田信玄の血統論


「ではまず、こちらが人事委員会で選定した、内-政官候補者のリストになります」


桜井義信が、涼やかな声でそう言うと、手にした候補者名簿を、それぞれの前に配布した。そのリストには、二世、三世、そして現地桜族との混血者まで、多様な背景を持つ二十名の名前が、バランス良く並べられていた。


しかし、その名簿にざっと目を通した武田信玄が、まるで煮え切らないものを見るかのように、眉間に深い皺を寄せ、即座に異議を唱えた。


「……待っていただきたい」


その重々しく、腹の底から響くような声は、会議室の空気を一瞬にして凍てつかせた。


「この候補者リストには、断じて看過できぬ、重大な問題が含まれておる」

「と、申されますと……どのような問題でございましょうか、武田殿」

桜井義信が、あくまで冷静に問いかける。


「ここに、日本人の血統が、その半分にも満たぬ者が、七名も含まれておるではないか!」


武田信玄は、まるで不浄なものに触れるかのように、筆の先で名簿の該当者の名を強く指し示しながら、続けた。

「内政官とは、この国の屋台骨を支え、民草の生活を左右する、国家の中枢を担うべき重要な役職ぞ。日本人の血を、その身に濃く引かぬ者に、数千年の長きにわたって育まれてきた、この国の心、大和魂の真髄が、真に理解できるとは、この信玄、到底思えぬ!」


会議室の空気が、張り詰めた弦のように、ピーンと緊張した。


「よって、この人事案には断固反対すると共に、儂から新たな提案をさせていただきたい」

武田は、懐から周到に用意してきたであろう文書を取り出し、厳かに読み上げた。


「第一条、要職血統規定。内政官、軍事官、外交官といった、国家の重要な公職に就く者は、日本人としての血統を、その五十パーセント以上有する者に限定するべきである!」

「第二条、結婚優先順位。国家に仕える公務員の配偶者は、日本人血統者を優先とし、現地人との婚姻は、国家の厳格な許可制とすべきである!」

「第三条、教育言語規定。この国に生まれる全ての子供たちの教育において、日本語を絶対的な第一言語とし、日本文化を、唯一の第一文化として教授することを、ここに定める!」

「そして第四条、文化純化政策。公の場で行われる全ての行事、祭典、儀式においては、純粋なる日本の伝統文化のみを採用し、現地文化に由来する、いかなる異質な要素も、これを完全に排除するものとする!」


そのあまりにも過激で、排他的な提案に、会議室はどよめいた。

「皆さん、どうか誤解なきよう。これは、決して異民族への差別などではない。これは、我々が、子々孫々に至るまで背負うべき、責任の問題なのじゃ!」

武田信玄の声に、抑えきれないほどの、深い感情がこもった。

「思い出されよ! 我らが父祖は、この何もない荒野で、その命を削り、血と汗の結晶として、この美しき日本を、一から築き上げてこられたのだ! その尊き遺産である、純粋なる日本文化を、一滴たりとも薄めることなく、ありのままの形で、次世代へと継承していく。それこそが、我々に課せられた、最も重い責任ではないのか!」

彼は静かに立ち上がると、窓の外に佇む、一本の古い桜の木を見つめながら続けた。「現地の民を、儂が軽んじているわけではない。彼らは、我々の良き隣人じゃ。しかし、この国の舵取りを任される指導者たる者は、日本の魂の真髄を、その血肉のレベルで、完全に理解している者でなければならぬ!……聞きたい。日本人の血が、その半分しか流れておらぬ者に、真に、この国の心が分かるというのか?」


その最後の言葉は、誰の耳にも、明らかに桜井義信に向けられた、痛烈な当てこすりとして響いた。彼の母が、現地桜族の出身であることは、周知の事実であったからだ。「古来より、我らが日本という国は、血統というものを、何よりも重んじてきた。万世一系の天皇家しかり、我らが祖先である武家しかり。純粋なる血筋こそが、その者の正統性を証明する、唯一無二の証であったのだ! この原則は、この異世界においても、何ら変わることはない! 純粋なる日本の血を引く者だけが、真の日本を、その魂で理解し、継承していくことができるのだ!」


第二場 桜井義信の反論


桜井義信は、武田の、まるで自分自身に突きつけられたかのような辛辣な言葉の数々を、ただ静かに、目を伏せて聞いていた。しかし、その平静を装う胸の内では、抑えようのない怒りと、そして深い悲しみの嵐が、渦巻いていた。


「……武田殿。あなた様のお考え、そしてこの国を思うその熱いお気持ちは、痛いほど理解いたします」

やがて、彼はゆっくりと顔を上げ、凛とした声で言った。その声は静かであったが、そこには、何ものにも屈しない、鋼のような強い意志が秘められていた。

「しかし、そのお考えに対して、私は、全く異なる意見を持っております」

義信は静かに立ち上がると、テーブルを回り込み、武田の正面に立った。

「重要なのは、その身を流れる血の色ではない。その胸に宿る、心の在り方である。血ではなく、心でこそ、人は日本人たるべし。これこそが、私の、揺るぎなき信念でございます」


彼は、まるで演説を行うかのように、会議室の中をゆっくりと歩き回りながら、情熱的に語り始めた。

「真の日本人とは、一体何でしょう? 日本人の親から生まれた者、というだけでしょうか? 私は、そうは思いません。真の日本人とは、自らの出自に関わらず、日本の心を深く理解し、この国が掲げる、美しき理想の実現のために、その身を捧げる覚悟を持つ者のことではないでしょうか! 血統というものは、生まれ持った、変えることのできない偶然に過ぎません。しかし、心というものは、我々自身の自由な意志によって、選択することができるのです! 自らの意志でこの国を愛し、この国のために尽くそうとする者こそが、真の日本人と呼ぶにふさわしい、と私は信じます!」


そして彼は、武田の抽象的な血統論に対し、具体的で、誰にも否定しようのない、生きた実例を次々と突きつけていった。

「ここにいる皆さんは、私の母、マリアのことを、よくご存知のはずです。確かに、彼女は生まれながらの現地人です。ですが、皆さん、教えてください。この国に、彼女以上に、日本文化を深く愛し、その精神を学び、日々の暮らしの中で実践している人間が、一体どれほどいるというのですか! 母は、毎朝欠かさず、日本語で般若心経を唱え、茶道を嗜み、華道を学び、自らの手で仕立てた着物を身に纏い、そして、私以上に美しい、完璧な日本の礼儀作法を身につけております! 血統においてのみ日本人である、多くの二世の方々よりも、私の母の方が、遥かに『日本的』な生活を送っている、とは言えませんか!」


さらに彼は、名簿に記載された、混血の候補者の名を指し示した。

「ここにいる、田村健太郎君! 彼の母親もまた、現地人であります。しかし、彼は誰よりも熱心に日本の歴史を学び、誰よりも美しい日本語を話し、そして、誰よりも真剣に、この国の未来を憂いている若者です! 佐藤美奈子さん! 彼女の書く詩を、皆さんは読んだことがありますか? そこには、我々が忘れかけていた、純粋で、繊細で、美しい、古の日本の心が、鮮やかに歌い上げられているではありませんか! 血の色が何だというのです! 血の純粋さよりも、その魂の純粋さこそが、問われるべきではないでしょうか!」


彼の声は、次第に熱を帯びていく。

「武田殿の血統主義は、結果として、我々の国から、多くの有能な人材を、永遠に失わせることになります! 経済担当候補の山田次郎氏! 彼は確かに現地人でありますが、彼の商業に関する深い知識と、長年の経験は、この国の経済を飛躍させる上で、必要不可欠なものです! 彼らを、ただ血統が違うという、それだけの理由で排除してしまえば、この大和国は、自らの手で自らの発展を阻害するという、愚かな過ちを犯すことになるのです!」


義信は、最後に、その瞳に理想の輝きを宿して、力強く締めくくった。

「私が夢見る大和国の姿。それは、血統や出自による、いかなる区別も存在しない、真に公平な国です! 日本の心を理解し、この国を愛する者であれば、誰もが、その出自に関わりなく、等しく機会を与えられる国! 多様な背景を持つ人々が、それぞれの持つ異なる長所を活かし、互いに尊重し合いながら、一つの美しい交響曲を奏でるような国! それこそが、真の意味で美しく、真の意味で強く、そして永遠に繁栄し続ける、新しい日本の姿ではございませんか!」


第三場 激化する議論と影山無名の介入


二つの、決して交わることのない正義の激突。武田と桜井の議論は、次第に理性のタガを外し、剥き出しの感情のぶつけ合いへと変貌していった。

「桜井殿! そのような青臭い理想論は、聞き飽きたわ! それは所詮、絵空事に過ぎぬ!」

武田の声に、もはや隠しようのない、苛立ちが混じった。「現実を見よ! 血統という最後の砦を軽んじれば、いずれ、この国の文化は異民族の文化に飲み込まれ、日本の独自性など、跡形もなく消え失せてしまうぞ!」


「武田殿こそ、頑なに過去に固執するあまり、時代の大きな変化の流れから、目を背けておられるのではございませんか!」

桜井も、一歩も引かずに反論した。「血統、血統と、そればかりを声高に叫び続ければ、この大和国は、世界から孤立した、閉鎖的で、偏狭で、そして何よりも醜い国になってしまいますぞ!」


まさに、一触即発。二人の間の空気が、危険なほどに張り詰めた、その時だった。それまで、まるで石像のように、沈黙を保ったまま議論の行方を見守っていた影山無名が、静かに、しかし有無を言わせぬ響きで、口を開いた。


「……お二人とも、少々、感情的になりすぎてはおられませぬか」


その、温度というものを全く感じさせない、冷静極まる一声は、燃え盛る炎に浴びせかけられた、氷水のように、会議室の空気を一瞬にして変貌させた。


「私は、お二人の、大変興味深いご高説を、拝聴させていただきました。武田殿が仰る、伝統と純粋性を守るべきだという『血統論』。そして、桜井殿が唱えられる、多様性と理想を追求するべきだという『心意論』。どちらにも、それぞれに、揺るぎない一理がありましょう」


無名は、テーブルの上に散らばった資料を、几帳面に整理しながら、慎重に、そして的確に、言葉を選んで続けた。


「しかし、我々が、いかなる時も、ただの一瞬たりとも忘れてはならない、たった一つの、絶対的な基準があるはずです。それは……この大和国にとっての、『国益』。それ以外に、一体何があるというのですか」


彼は、ゆっくりと立ち上がると、壁に掛けられた巨大な周辺国の地図を、無感情な指先で差し示した。

「我々は今、美しい理想郷を、粘土でこねて作っているのではありません。我々が今行っているのは、食うか食われるかの、厳しい現実の国際社会の中で、何としてでも生き残り、そして繁栄していかなければならない、『国家』という、冷徹な機械を運営することなのです」


彼は、自ら用意した、全く新しい文書を、二人の前に置いた。

「私の提案は、極めて単純明快です。血統でも、美しい理念でもない。ただひたすらに、『実務能力』と、国家への『忠誠心』、この二点のみを、人事の絶対的な基準とすべきである、と」


彼の提案書には、こう記されていた。第一基準、その職務を遂行する上で、必要不可欠な知識、経験、技能を有しているか。第二基準、この大和国の繁栄と安全のためならば、自らの私心を捨て、命さえも投げ出す覚悟があるか。そして第三基準、国家的な危機に直面した際、冷静に状況を分析し、適切な判断と行動ができるか。「血統や出自などは、これらの絶対的な基準を満たした上で、初めて考慮されるべき、些細な『参考情報』に、留めておくべきでしょうな」


そして、彼の表情が、初めて厳しいものへと変わった。

「お二人の熱い議論を聞いていて、私は、心の底から、深い憂慮を禁じ得ません。我々が、この部屋の中で、血統がどうの、理想がどうのと、不毛な議論に時間を浪費している、まさにこの瞬間にも、我らの隣国は、この生まれたばかりの国を、虎視眈々と狙っているという、厳然たる事実がお分かりでないのか!」

彼は、机を、バンッ!と強く叩いた。「ベルト王国は、既に国境に、我々の三倍もの軍隊を集結させておる! アークス公国は、我々の経済を破綻させるべく、本格的な経済制裁の発動を検討しておる! このような、国家存亡の危機的状況において、血統論だの、理想論だのに、うつつを抜かしている暇が、我々に、本当にあると、お思いか!」


「今、この国に必要なのは、ただひたすらに、優秀で、そして忠実な人材です! その者の血の色が、赤かろうが、青かろうが、そんなことは、二の次、三の次だ!」


第四場 民衆の反応と社会の分裂


三人の指導者たちの間に生じた、この根深い亀裂は、またたく間に、井戸端会議や酒場の噂話となって民衆の間に広がり、社会全体を、賛成と反対の二つの陣営へと、深く、そして激しく、分断させていった。


武田信玄の純血主義は、父祖の記憶を神聖視する、多くの二世から、熱狂的な支持を得た。「武田様のおっしゃる通りだ! 我らが親父たちが、命懸けで築いたこの日本を、どこの馬の骨とも分からぬ、血の薄い連中なんぞに、好き勝手にさせてたまるか!」。彼らは、血統の純粋性を証明するための、「血統証明書」の発行を求めるという、過激な運動を繰り広げ始めた。


一方で、桜井義信の理想主義は、新しい時代を担う、三世の若者たちの心を、強く捉えた。「血の色で人間を差別するなんて、あまりにも古すぎる! 大切なのは、その人が、どんな心を持ち、どんな能力を持っているか、ということじゃないか!」。彼らは、「心の日本人」というスローガンを掲げ、血統主義に反対する、大規模なデモ行進を組織した。


そして、その間で、最も複雑な心境に置かれていたのが、現地人の人々であった。「……私たちは、もう、この国にはいられなくなってしまうのかしら……」。五十数年間、日本人と共に、手を取り合って生きてきたはずの彼らは、排除されることへの、言いようのない恐怖に震えた。だが、その一方で、若い世代の中には、「血ではなく、心で日本人になれる」という、桜井の言葉に、一条の希望の光を見出す者たちもいた。


このイデオロギーの対立を、最も冷ややかな目で見ていたのは、商人たちであった。「血統がどうだの、理念がどうだの、そんなくだらないことで揉めている間に、こっちの商売は、上がったりだ!」。彼らにとって重要なのは、政治的な安定と、経済的な利益、ただそれだけであった。


第五場 田中源蔵翁の苦悩


全ての議論を、ただ黙って聞いていた田中源蔵翁の胸には、誰にも言えぬ、深い苦悩が渦巻いていた。九十二歳。彼は、あの地獄のような開拓時代を知る、最後の生き証人であった。


「……わしは、この五十数年間、一体、何を見てきたのだろうか」。夜、一人、書斎で、彼は遠い過去を振り返っていた。あの頃は、誰も、血統のことなど気にしていなかった。日本人だろうと、現地人だろうと、ただ、明日の朝日を拝むために、誰もが必死だった。

「信行は、確かに血統を重んじておった。だが、それは、他者を排除するためではない。日本人としての、誇りを保つためじゃった。良太は、融合を説いた。だが、それは、日本を捨てるためではない。この地で、より強く、発展させるためじゃった。そして正蔵は、常に厳しい現実を見つめておった。だが、それは、理想を諦めるためではない。いつの日か、それをこの手で実現するためじゃった……」


彼は、今の三人の指導者たちの姿に、彼らの父親たちの、一面的な影しか見ることができなかった。「息子たちは……なぜ、父親の、その一面だけしか、受け継ぐことができなかったのじゃろうか……」。彼は、現在の対立の根本原因を、痛いほど理解していた。生き残ることだけが全てだった「生存」の世代、父の教えを絶対視する「継承」の世代、そして、新しい価値を創造しようとする「創造」の世代。

「どの世代の言い分も、正しい。だが、悲しいかな、どの世代も、それだけでは、不完全なのじゃ……」


第六場 クラル王の観察


そして、この国家を揺るがす、深刻な世代間対立の全てを、一人の、ごく平凡な香辛料商人として、クラル王は、冷静に、そして深い洞察力をもって、観察していた。宿屋の常連客として、あるいは市場の客として、彼は、あらゆる階層の人々の、生の声に耳を傾けていた。


「……世代交代期に、必ずと言って良いほど発生する、典型的な症状だな」。千年の統治者としての経験が、彼に、この対立の、歴史的な必然性を教える。「新しい国家は、その揺籃期において、必ず、『我々は何者であるか』という、根源的なアイデンティティの問題に直面する。血統か、能力か。伝統か、革新か。純粋性か、多様性か……」。


彼は、自らの立場について、深く、そして静かに悩んでいた。神王としての知識と経験をもってすれば、この不毛な対立を、いとも容易く解決することはできるだろう。だが、それは、彼らが自らの力で成長する、貴重な機会を、奪うことにはならないか。


「……もう少し、様子を見ることにしよう。だが、もし、この国の分裂が、決定的となる兆候が見えたならば、その時は、私も、行動を起こさねばなるまい」


終幕 深まる亀裂


結局、その日の内-政官人事に関する会議は、何の結論も出ぬまま、完全な決裂に終わった。武田は血統の基準を、桜井は能力主義を、それぞれ一歩も譲ろうとはしなかった。


そして、この決裂は、社会全体の分断を、さらに加速させる結果となった。桜京の街角では、武田を支持する集会と、桜井を支持する集会が、互いを罵り合い、時には小競り合いを起こすまでに、その関係を悪化させていった。三騎士団の関係もまた、修復不可能なほどに、険悪なものとなっていた。


その夜、自らの無力さに打ちひしがれていた田中源蔵翁は、一つの、重大な決意を固めた。「……わしに残された時間は、もう、いくらもない。その命の灯火が消える前に、何としてでも、あの若者たちを、和解させねば……」


彼は、三人の騎士団長を、個別に自らの屋敷に呼び出し、彼らの父親たちが、本当は何を思い、何を願っていたのか、その真実を、語って聞かせることを決意した。


そして、もし、それでもなお、彼らの心が解けぬのであれば、最後の、最後の切り札として、ある一人の人物に、助けを求めることも、考えていた。

宿屋「桜屋」に滞在している、あの、どこか底の知れない、不思議な香辛料商人に……。


星々が、冷たく地上を見下ろす、深い夜。分裂していく国家の未来を憂う、一人の老人の、切なる祈りが、秋の夜風に乗って、儚く、そして寂しく、流れていった。

**次回予告**:

深刻化する世代間対立の中、田中源蔵翁は最後の手段として、謎の商人クラウド・マーチャントに接触することを決意する。一方、クラル王は大和国の危機を察知し、ついに積極的な行動に出る。三騎士団長との個別面談が始まり、隠されていた真実が次第に明らかになっていく。

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