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時を超えた王と炎の復活

グランベルク王国歴85年、夏の陽射しが王宮の庭園を照らしていた。


「また日焼け止めを忘れたの?」


エリザベス王妃が、夫のクラルに声をかけた。105歳になった王妃の顔には、年相応の皺が刻まれていたが、その瞳には変わらぬ愛情が宿っていた。一方、クラル王は……


「日焼け止め?必要ないだろう」


振り返ったクラル王の顔は、どう見ても40代前半にしか見えなかった。年齢とは大きくかけ離れた若々しい外見で、金属光沢の肌も艶やかに輝いている。


「あなたって人は……」エリザベス王妃は苦笑いした。「本当に不思議ね」


最近、このような会話が増えていた。同世代のグランベルク人たちが次々と一線を退く中、クラル王だけが異常なまでに若い外見を保っていた。


「父上、また庭仕事ですか?」


アレクサンダー王が現れた。84歳になった息子の方が、見た目年齢では父親より上に見えるという奇妙な状況だった。


「ああ、トマトの調子を見ていた」クラル王は満足そうに答えた。「今年は特に良く育っている」


アレクサンダーは父親の異常な若さについて、内心複雑な思いを抱いていた。医師に相談しても「健康そのもので、説明がつかない」と言われるばかりだった。


「父上、実は相談があります」


「何だ?」


「鍛冶職人組合から要請が来ています」アレクサンダーは書状を取り出した。「父上の技術指導を求めているそうです」


クラル王の目が輝いた。


「鍛冶か……久しぶりだな」


「お引き受けいただけますか?」


「もちろんだ」クラル王は即答した。「むしろ、やりがいのある仕事を貰えて嬉しい」


王宮の一角で、密かな会議が開かれていた。


「王の外見について、調査結果をお聞かせください」


アレクサンダー王が、宮廷医師のドクター・ハートウェルに尋ねた。70歳のハートウェルは、グランベルク王国で最も優秀な医師の一人だった。


「正直に申し上げて、医学的には説明がつきません」ハートウェルは困惑した表情を見せた。「王の肉体年齢は、どう検査しても40歳前後です」


「40歳?」


「はい。筋力、反射神経、内臓機能、全てが40代前半の数値を示しています」


ネリウスも会議に参加していた。


『我々龍族の視点から見ても、異常です』ネリウスは説明した。『通常の魔人族なら、107歳でこれほど若い外見を保つことはありません』


「何か特別な要因があるのでしょうか?」


『可能性としては……』ネリウスは考え込んだ。『過去に何らかの特殊な魔法的影響を受けた可能性があります』


その時、ユリス・アーマイトが口を開いた。45歳になった彼女も、クラル王に比べると明らかに老けて見えた。


「思い当たることがあります」


「何ですか?」


「ネオニッポン事件の後、王は一時的に記憶の混乱を起こしていました」ユリスは振り返った。「あの時、何か特別なことがあったのかもしれません」


アレクサンダーは考え込んだ。確かに、父親は時々説明のつかない知識や能力を示すことがあった。


「父上ご本人は、何か自覚していらっしゃるのでしょうか?」


「それが……」ハートウェルは首を振った。「王は自分の若さを『体質』だと思っておられるようです」


夕食の席で、この話題がそれとなく持ち出された。


「お父様、最近よく『若く見える』って言われませんか?」


イザベラ王女が、28歳になった現在でも父親より老けて見えることを気にしていた。


「そうか?」クラル王は首をかしげた。「自分ではよく分からないな」


「鏡を見てください」エリザベス王妃が少し強い口調で言った。「あなた、私より20歳は若く見えるのよ」


クラル王は手鏡を取り出して自分の顔を見た。


「確かに……皺が少ないな」


「少ないどころじゃありません」ミリリィアが苦笑いした。「龍人族の私でも、あなたより老けて見えます」


25歳のエリーも頷いた。


「おじいちゃま、本当に不思議です。まるで時が止まっているみたい」


クラル王は困惑した。家族全員が自分の外見について指摘している。


「しかし、体調は至って良好だ」クラル王は腕を曲げて筋肉を見せた。「力も衰えていない」


「それが問題なのよ」エリザベス王妃は心配そうに言った。「普通じゃないの」


「普通じゃない……か」


クラル王は何かを思い出そうとしたが、記憶の奥が霞んでいて掴めなかった。


翌日、クラル王は王立グランベルク鍛冶工房を訪れた。


「王よ、お久しぶりです!」


現在の工房長、マスター・エドガー・フレイムハンマーが出迎えた。40歳の彼は、グスタフ・アイアンハンマーの孫弟子にあたる優秀な職人だった。


しかし、エドガーはクラル王の外見に驚愕した。


「王……失礼ですが、お幾つでいらっしゃいましたっけ?」


「107だが?」


「107歳……」エドガーは絶句した。自分より若く見える75歳など、聞いたことがなかった。


工房内では、20名ほどの職人が働いていた。年齢は20代から60代まで様々だったが、全員がクラル王より老けて見えた。


「では、技術指導をお願いします」


エドガーは気を取り直して、現在の作業を説明した。


「今、龍人族用の特殊武器を製作しています。従来の技術では、彼らの能力に見合う品質が出せません」


クラル王は作業台の上の武器を手に取った。


「うむ……確かに、バランスが悪いな」


クラル王の手が武器に触れた瞬間、不思議なことが起こった。金属が微かに光を放ち、全体の形状が僅かに変化した。


「これは……」


職人たちが息を呑んだ。


「ちょっと調整しただけだ」クラル王は何でもないように言った。「金属の分子配列を整えただけ」


「分子配列?」


「そう、こうすると……」


クラル王が再び武器に触れると、今度は刀身が美しい模様を浮かび上がらせた。


「信じられない……」


エドガーは驚愕した。このような技術は、伝説の中にしか存在しないはずだった。


鍛冶作業を続けるうちに、クラル王は時々奇妙な感覚に襲われた。


(この技術は……どこで覚えたのだろう?)


手が勝手に動き、自分でも知らない高度な技術を使っている。まるで、別の誰かの記憶が蘇ってくるかのようだった。


「王、その技法は一体……」


若い職人が尋ねた。


「さあ……体が覚えているのだろう」


クラル王自身も困惑していた。明らかに自分の知識を超えた技術を使っている。


その時、鍛冶炉の炎が突然高く燃え上がった。普通なら危険な状況だったが、クラル王は平然としていた。


「炎が……王に反応している?」


炎はクラル王の周りを舞うように動き、まるで生き物のように振る舞った。


「これは……」


クラル王の記憶の奥で、何かが蠢いた。


(炎を操る……この感覚は……)


しかし、記憶は曖昧で、掴みきれなかった。


鍛冶指導を始めてから一週間が経った。


工房では連日、奇跡のような現象が起こっていた。


「王が手を触れるだけで、金属の質が向上します」


エドガーがアレクサンダー王に報告していた。


「どの程度の向上ですか?」


「通常の3倍以上の強度です。そして、魔法伝導率も大幅に改善されています」


アレクサンダーは困惑した。父親の能力が、常識を超えている。


「それだけではありません」エドガーは続けた。「王は、金属の『声』を聞くことができるようです」


「声?」


「はい。金属の内部構造や、欠陥の位置を、見ただけで正確に把握されます」


これは明らかに、通常の豊穣神の能力を超えていた。


ある日、クラル王は一人で夜遅くまで鍛冶作業を続けていた。


工房の炎が、また不思議な動きを見せ始めた。


「お前たちは……何者だ?」


クラル王は炎に向かって話しかけた。すると、炎がより激しく踊った。


その時、炎の中に人影のようなものが見えた。


『久しぶりだな、クラル』


「誰だ?」


『忘れたのか?我は……』


しかし、その瞬間、激しい頭痛がクラル王を襲った。


「うぐっ……」


記憶の封印が、強制的に意識を遮断していた。


『まだ時ではないか……』


炎の中の声が遠ざかっていく。


「待て……お前は……」


しかし、炎は通常の状態に戻り、人影も消えていた。


クラル王は額に手を当てた。


「また頭痛か……最近多いな」


翌日、エリザベス王妃がクラル王の様子を心配していた。


「最近、夜中にうなされることが多いのよ」


アレクサンダーに相談していた。


「悪夢でも見ているのでしょうか?」


「分からないの。でも、時々『アス』って名前を呟いてるの」


「アス?」


「心当たりはないのだけれど……」


アレクサンダーは考え込んだ。「アス」という名前に、僅かな記憶があった。


「もしかして……アスモデウス?」


「アスモデウス?」エリザベス王妃は首をかしげた。「誰かしら?」


「悪魔の名前です」アレクサンダーは説明した。「ネオニッポン事件で出てきた七大悪魔の一人」


「まさか……」


「詳しく調べてみます」


アレクサンダーは、ネオニッポン事件の記録を詳しく調べ始めた。


古い文書の中に、気になる記述を発見した。


『アスモデウスとの魂の融合により、15万人の完全救出が可能となった』


「魂の融合……」


さらに調べると、もっと詳細な記録があった。


『融合後、クラル王の記憶に一部混乱が見られた。アスモデウスの記憶を封印する処置を実施』


「やはり……」


アレクサンダーは真実に辿り着いた。父親の若さの秘密は、アスモデウスとの融合にあった。


しかし、この情報をどう扱うべきか迷った。父親本人が知らない方が良いのかもしれない。


アレクサンダーは、ネリウスに相談することにした。


『やはり、そうでしたか』


ネリウスは納得したような表情を見せた。


『実は、私も薄々感づいていました』


「どういうことですか?」


『クラル王の魔法的なオーラが、時々変化するのです』ネリウスは説明した。『通常より古く、より深い力の片鱗を感じることがあります』


「アスモデウスの力ということですか?」


『おそらく。封印されているとはいえ、完全に消失したわけではないのでしょう』


「危険はありませんか?」


『今のところは大丈夫でしょう』ネリウスは続けた。『むしろ、その力が王の長寿と能力向上をもたらしている可能性があります』


「しかし、封印が解けたら……」


『その時は、慎重に対処する必要があります』


クラル王の鍛冶指導は、王国全体に革命をもたらしていた。


「王の指導を受けた武器の性能が、従来品の5倍になりました」


軍事担当大臣からの報告だった。


「5倍?」


「はい。強度、切れ味、魔法伝導率、全ての面で飛躍的な向上です」


これにより、グランベルク王国の軍事力は急激に強化された。


「近隣諸国からも、武器の購入依頼が殺到しています」


商務大臣が続けた。


「王の技術で作られた武器は、『グランベルク・マスターピース』として、既に伝説的な評価を得ています」


しかし、クラル王自身は自分の能力の源泉を理解していなかった。


鍛冶作業を続けるうちに、クラル王はさらに驚くべき能力を発見した。


「これは……生きている?」


彼が作った剣が、微かに脈動しているように見えた。


「王、その剣は……」


エドガーも驚愕していた。剣から、明らかに生命力のようなものを感じたのだ。


「どうやって作ったのですか?」


「分からない……」クラル王は困惑した。「気がついたら、こうなっていた」


実際、クラル王は無意識のうちに、アスモデウスの記憶にある古代の鍛冶術を使用していた。


魂を金属に込める技術——それは、悪魔と天使の戦争時代に開発された、失われた技術だった。


「この剣は、使い手の意思に反応します」


クラル王が剣を握ると、刀身が美しく光った。


「使い手の力を増幅し、さらに自己修復機能まで備えています」


「自己修復?」


「小さな傷なら、自動的に治ります」


これは、もはや単なる武器ではなく、生きた芸術品だった。


クラル王の鍛冶技術により、グランベルク王国は新たな黄金時代を迎えた。


「世界中から技術者や商人が集まってきています」


首都カストラムは、かつてない活気に満ちていた。


「王の作品を一目見ようと、各国の王族も訪問を希望しています」


しかし、クラル王は商業的な成功よりも、技術の探求そのものに興味を示していた。


「まだまだ改善の余地がある」


彼は毎日のように工房に通い、新しい技術の開発に没頭していた。


ある夜、クラル王は夢を見た。


古い記憶の断片が、夢の中で蘇ってきた。


(15万の魂を救うために……)


(我と融合しろ、クラル)


(愛する者のために……)


「アスモデウス……」


クラル王は夢の中で呟いた。


しかし、目が覚めると記憶は曖昧になり、夢の内容も思い出せなくなっていた。


「また悪夢か……」


エリザベス王妃が心配そうに声をかけた。


「すまない、起こしてしまったか」


「大丈夫よ。でも、最近夢見が悪いようね」


「そうだな……でも、なぜか懐かしい夢なんだ」


エリザベス王妃は夫の手を握った。


「無理はしないでちょうだい。あなたは十分頑張ったわ」


「ありがとう、エリザベス」


クラル王は妻の愛情に包まれながら、再び眠りについた。


翌日、クラル王は新しいプロジェクトを発表した。


「龍人族専用の武器を開発したい」


エリーを始めとする龍人族の若者たちが、工房を訪れていた。


「私たちの特性に合わせた武器ですか?」


「そうだ。君たちの複合能力を最大限に活かせる、全く新しい武器を作る」


クラル王の目が輝いていた。


「魔人族の身体能力と龍族の魔法能力、両方を同時に増幅できる武器だ」


「そんなことが可能なのですか?」


「やってみなければ分からない」クラル王は笑った。「だが、不可能を可能にするのが、鍛冶職人の仕事だ」


それから数年が経った。


クラル王は113歳を迎えたが、相変わらず40代の外見を保っていた。もはや王国民にとって、それは当たり前の光景となっていた。


「伝説の王」「不老の鍛冶神」


様々な呼び名で呼ばれるようになったが、クラル王自身は変わらず、毎日工房に通い続けていた。


「おじいちゃまは、いつまで若いままなの?」


30歳になったエリーが尋ねた。


「さあな」クラル王は微笑んだ。「分からないが、まだまだ現役でいたいものだ」


「でも、不老不死なんて、寂しくありませんか?」


「寂しい?」クラル王は首を振った。「家族がいる限り、寂しくはないよ」


エリザベス王妃は既に111歳になり、明らかに老いていたが、夫への愛情は変わらなかった。


「あなたがいつまでも若いおかげで、私も気持ちだけは若いままよ」


「それは良かった」


夕日が工房を照らしていた。


クラル王は今日も新しい作品を完成させ、深い満足感に包まれていた。


封印されたアスモデウスの記憶は、彼に永遠の時間と無限の可能性を与えていた。


そして、その力を使って、彼は世界をより良いものにし続けていた。


「明日は何を作ろうか……」


クラル王の挑戦は、まだまだ続いていく。

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